又女人の身には猶五障有り。一には梵天王と作ることを得ず。二には帝釈、三には魔王、四には輪転聖王、五には佛身なり。如何ぞ女身速かに成佛することを得ん。
(またにょにんのみにはなおごしょうあり。いちにはぼんてんおうとなることをえず。ににはたいしゃく、さんにはまおう、よんにはりんてんじょうおう、ごにはぶっしんなり。いかんぞにょしんすみやかにじょうぶつすることをえん。)法華経提婆達多品第十二より
男も女も、ほとんどの人が男性優位を信じて疑わなかった。そればかりかカーストという身分制度も存在していた社会構造の現実。国王の地位まで投げ捨てられて出家者の道を歩まれた釈迦と、その釈迦の履歴をすべて承知で弟子入りした舎利弗。なのに「この提婆達多品の中の舎利弗女性蔑視容認発言・・・???。」私はその真意を理解しかねていました。
けれども繰り返し読んでみるとこの婆達多品第十二の章は「成仏」という高次元の問題を議論するための方便。衆生を救うために釈迦と舎利弗があえて仕掛けられた・・・舎利弗と竜女を対話を装った逆説的表現・・・!!??。難解ですね。

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