竜女、智積菩薩、尊者舎利弗に謂って言わく、我宝珠を献る。世尊の納受、是の事疾しや不や。答えて言わく甚だ疾し。女の言わく汝が神力を以って我が成佛を見よ。復此れよりも速かならん。当時の衆会、皆竜女の忽然の間に変じて男子と成りて菩薩の行を具して即ち南方無垢世界に往き宝蓮華に坐して等正覚を成じ三十二相八十種好ありて普く十方の一切衆生の為に妙法を演説するを見る。
(りゅうじょ、ちしゃくぼさつ、そんじゃしゃりほつに いって いわく、われ ほうじゅを たてまつる。せそんの のうじゅ、このこと としや いなや。こたえて いわく はなはだ とし。むすめの いわく なんじが じんりきを もって わがじょうぶつを みよ。また これよりも すみやかならん。まさに ときの しゅうえ、みな りゅうじょの こつねんの あいだに だんしとなりて ぼさつの ぎょうを ぐして すなわち なんぽうむくせかいにゆき ほうれんげに ざして とうしょうがくを じょうじ さんじゅうにそう はちじゅうしゅこう ありて あまねく じゅっぽうの いっさいしゅじょうの ために みょうほうを えんぜつするを みる。)法華経提婆達多品第十二より
「法華経を信ずれば、女でさえもたちまち成仏できる・・・。」「女が男に変身して・・・」という方便まで用いて一挙に意識改革を実現させようとしておられるのは、男女不平等・女性蔑視はもちろん、カースト制という厳しい身分制度を当時は誰もが容認した時代・社会だったからなのでしょう。
ところで、もし仮に、竜女は他力の人、竜女の持っている「宝珠」は「信じ帰依する意志」。舎利弗、智積菩薩は「自力」の人だと考えた時、提婆達多は釈迦と敵対した極悪人なのだから・・・日本の親鸞上人の悪人正機説の原型はこのあたりなのかも・・・・。

0