「日銀総裁人事について」
1.武藤氏が日銀総裁としてふさわしいかどうかが問題となっている。
日銀総裁は我が国の金融方針を動かす中心となる人である。具体的には、日本をこれからインフレにするのか・デフレにするのか・それとも中立的にするのか?金利を上げるのか・下げるのか?国に沢山お札を印刷して貸し込むのかどうするのかを決定する。
また、公開市場操作、即ち特定の会社の株を買ったり・売ったりすることも出来る。
つまり、日本の経済方針の半分は(財政政策以外は)、日銀総裁が動かすことが出来るのである。
だからこの人事は誰でもよいわけではなく、ふさわしい人格・政策の持ち主がなることがベストであり、次善の策は席が空白と成ることであり、最悪のことはふさわしくない人が総裁になることである。
1.武藤氏についてこれまで私が知っていたことは、一貫して自民党の経済政策どおり動いてきた人ということだ。つまり、バブルの時代はバブルを演出し、平成不況時はゼロ金利でバラ撒きを大々的に行った。
人格面で知るところは少ないが、一見して華がなく、逆に言えば真面目で手堅いという好印象を私は持っていた。金融の番人としてふさわしいという印象はあった。つまり当HPの主張のような、金利を直ちに上げよという方針は、現在の政治状況の中ではどの政党も取っていない為、ならば今までどうだったかより・今後どうするか、今まで10年以上平成不況時に関わられた責任と反省をどのような言葉で語られるのか?それによっては、幅広い意見を聞く耳を有する方ならば、今現在の最善の方であるかもしれないという気はしていた。
ところが最近TVを見ていて不安が募った。それは、TV記者の方からの取材を受け、「いや私は何も語りません」というその語り方が、如何にも蓮っ葉で重厚な人物では全然ないと感じたからである。
1.国会で審査を受けられ、語られたことは、日銀の超低金利政策について「わが国経済の置かれた状況を考えた場合には、必要かつ適切であった」ということだ。あの時はデフレスパイラルとなって世界大不況の引き金になるかもしれなかったのだから止むを得なかったとの考え方だ。これに付いてはあとで検証するが、ご自分のなさったことを一切の反省もなく、ただ「しょうがなかった」と。同じことを今後もやるのだと。これでは一切の異論は認めないとけんかを売っているに等しいだろう。
1.そこで、あの時はデフレスパイラルとなって世界大不況の引き金になるかもしれなかったのだから止むを得なかったとの考え方を検証しよう:
当HPグループの基本的考え方を述べれば、既に何度も言っているとおり、不況・好況とは人間が引き起こすものだということだ。自然現象ではない。経営者の見通しの甘さ、従業員の創意・工夫の不足、要するにお客が誰も欲しがらないような商品を作るから売れなくなるのである。まともにやっていれば不況は起きないのに人間とはついつい怠け心が10年に1回とか・60年に1回出てしまい大不況を引き起こすのだ。
否そうではないという主張もある。ケインズは有効需要を増やさないことが原因だといった。他にも様々な言い訳は山ほどあるが、ではそうして本当に不況の「真の原因」を突き止めたならば予防することも出来るはずだが出来てはいない。
日本でもケインズ政策に従い、大々的なバラ撒きをやった。それで不況は克服できたのだろうか?出来なかったのだ。ただ、中国の景気が良いから引っ張られて何とか立ち直って来ただけだ。
不況はないほうが良いに決まっている。だが人間に怠け心が生じる限り、如何しても起きてしまう。不況とは資本主義の健全な発展にとり不可欠なもので、社会にとり不要な・無意味な会社や商品にお引取りを願うメカニズムである。だが、全く政府が手を打たずほって置くというのも一つの考え方だが、失敗した企業や人々が反省し立ち直る時間を与える為、ある程度手助けするという考え方があっても良いと思う。
ところが、窮地に立った銀行やゼネコンの考え方は違った。反省し、方針を変えるとか撤退するのでなく、何時何時までも現状維持のため国の援助を利用したのだ。援助すればするほど、既得権益者として居直ってきたのだ。その悪影響は現在も国民は受けている。このように、援助も程ほどにしないとモラル・ハザードが起き、後々まで経済をゆがめてしまうのだ。
日銀のゼロ金利政策とは、それまでどこの国でもやられたことのない政策だった。それはある程度のバラ撒きではなく、インフレになるまでは何処までも紙幣を印刷し続けるという極端なものだ。それによって当期の目標は達成できず(たまたま中国の景気に引っ張られて経済が良くなっただけで)、景気が良くなると今後は世界的な不況下のインフレを引き起こしている。
だが、景気が良くなるまでは何処までも紙幣を印刷し続けるという考え方をもう1度良く考えよう。経済を良くするとは、我々国民が汗を流し頭を使い、消費者のニーズを正しく捉えてより便利な・より性能の高い・より安い商品を開発して売ることで経済は良くなるのだ。何処にも打ち出の小槌はない。それなのに只お札を輪転機で刷るだけで景気が良くなるなどとは有り得ない話であるし、既に10年以上そうしたのであるからそれに気付かねばならないのだ。その一切の反省がないことは人格を疑う以外ないし、日銀総裁にふさわしくない。
単に自民党の圧力の為ゼロ金利が止むを得なかったというより、より積極的に「あれで良かったのだ」といわれては、そこに何の反省もないのでは話は全然違ってくる。
こういう人物が日銀総裁になれば大変なことになる。当HPはこれに断固反対しなくてはならぬだろう。
1.武藤氏を日銀総裁とする案が参院で否決され、衆院で可決された。従ってこの案は、国会で否決されたことになる。当HPはこの結果を支持する。早急に政府は代わりの人を代案として国会に提案すべき義務を負う。
1.これに対し幾つかの新聞社説で、民主党に考え直すようにとの意見が出ている。そこで、そうした意見の代表として読売新聞社説(080306、08、13)を取り上げ、その誤りを糺すこととする。
1.「国会空転 日銀総裁人事を決着させよ」(3月6日付・読売社説):
○「予算案採決と日銀人事は、別次元の問題だ。・・そうであるなら、新総裁人事は、与野党で合意した国会同意人事の新ルールに従い、粛々と処理すべき性格のものだ。 新総裁選出の基準として、民主党は「政治からの中立性がしっかりと守れる」ことを挙げていた。それなのに、その人事を政治的な駆け引きに使うのでは、大いに矛盾するのではないか」。
つまり、自民党は衆院で予算案を強行採決したのだ。それに対し民主党・小沢代表が、これで武藤総裁は有り得なくなったと発言したことを言っている。一見読売の主張は筋が通っているかのように見える。これでは民主党は、日銀総裁選びを政争の具とし、全然中立でないではないかと。
然し実は、ある週刊誌がいっているように、元々日銀総裁選びを政争の具としたのは自民党の方かもしれないのだ。福田首相は民主党に武藤総裁に反対させ、日銀人事の空白を作り出し、現在の日本の経済的苦境の責任の全てを野党に押し付ける陰謀を企んだ。その為に強引な強行採決をやったのではないか。このシナリオは事前にささやかれていたことであり、国会の流れを追う限り益々信憑性が高まっている。
つまり福田首相は全然経済に手を打たず苦境を広げるだけ広げ、罠をはって待った。日本がどんどん苦境に陥るのを見て心配した新聞はいっせいに速く日銀総裁を決めてもらいたいと騒ぎ出した。そこを見計らって強行採決を仕掛けたとしたら、野党は自民党の手にあっさり乗って良いのか?
元々武藤氏とは自民党に極めて近い人である。確かに経験の豊富な方でもある。回りの様々な意見に聞く耳を有される方ならば、現状では(ねじれ国会の中では)止むを得ないかもしれない。だがこういう状態の中で指名されて総裁になられれば、自民党は強気になり、武藤氏にも野党に対し強気になることを求めるだろう。それが過去の歴史ではないか?
ねじれ国会状況において日銀の独立とは、与党と共に野党にも耳を傾け、最終的決断を充分に国民に説明される方でなくてはならぬ。
氏は内心ではこれまでの反省を有しておられたかもしれないが、国会でその立場を説明されたとき明らかに謙虚ではなかった。小沢氏の予想は当たったのだ。武藤氏は結局日銀総裁の任に堪えないことが国会で判断されたのだ。
○「米国の「サブプライムローン」問題で、世界の金融市場は動揺を続けている。各国の金融政策に注目が集まる中、日銀のトップがなかなか決まらないというのでは、市場の不安感をますます増幅するばかりだ。
しかも、内向きの政争が原因とあっては、日本の政治は国際的に物笑いの種になるだろう」。
前回記事でも述べたがもう1度言おう。日銀総裁「人事は誰でもよいわけではなく、ふさわしい人格・政策の持ち主がなることがベストであり、次善の策は席が空白と成ることであり、最悪のことはふさわしくない人が総裁になることである」。
読売の考えでは、誰でもいいから席が塞がることは塞がらないよりいいことだと。果たして世界の市場がそういう単純な考えを持続するかどうか。市場は賢い。若しも日本の政治が物笑いになるとしたらそれは、自民党の間違ったごり押しが何時までも続いた時のみだろう。
読売がこういう社説を掲げたことで「物笑いの種となるだろう」ことを私は心配しているのだ。
1.「日銀総裁人事 「財金分離」は理由にならない」(3月8日付・読売社説):
○「武藤氏は、ここ5年間、福井総裁を支えて金融政策に携わった経験や、経済界、政界に広い人脈を持つ点が評価されている」。
当HPは、福井総裁自体、ゼロ金利政策を続け、国民大衆から莫大な金利を奪い、銀行・ゼネコン・特殊法人などの寄生勢力へのバラ撒きを続け、更に米国への世界の金の流れを作り出してイラク・アフガン戦争を支え、今日の不況下の大インフレを造り出した人物として決して高く評価するものではない。経済界・政界に人脈を持つといっても、それが国家に寄生する護衛船団に守られた・自民党への政治献金を続ける勢力でないことを祈るのみだ。明日の日本を支える本物の財界勢力は、国家のばら撒きに頼らぬ・受けぬところから発生することはソニー・ヤフー・パロマを見ても明らかだ。
○「「財金分離」は、本来、旧大蔵省から銀行監督など金融行政を切り離す時に使われた言葉だ。それを民主党は違う意味で使っている」。
そうだろうか?では「財金分離」を読売は如何なる意味で使うのか?これを説明できない限り読売の言い方に何の説得力もないだろう。
○「財務省出身者が総裁になっては、・・政府からの独立性が損なわれる心配がある、という趣旨なのだろう。
だが、財政当局の出身者が中央銀行のトップに就くのは、世界でも珍しいことではない。
日銀総裁にまず求められる資質は、経済・金融全般にわたる知見と、あるべき政策を判断し、対外的に説明する能力だ。出身母体や経歴よりも、中央銀行の司令塔としての職責を忠実に果たせる人物かどうかが重要なのだ」。
「財務省出身者が総裁になっては、・・政府からの独立性が損なわれる心配がある、という趣旨なのだろう」と、余り勝手に決め付けない方が良い。政府から中立・独立を保てるかどうかは総合判断の問題で、その場合の重要なファクターが出身母体であるからだ。最終的な民主党の考えでは、決してこのことだけで判断するということになっていない。
むしろ読売の主張が奇異なのは、「出身母体や経歴よりも、中央銀行の司令塔としての職責を忠実に果たせる人物かどうかが重要なのだ」として、「出身母体や経歴」を一切不問に付していることだ。「出身母体や経歴」とは結局、その人物が口で何を言うかではなく・実際に何をやってきたかを最も如実に示す重要なファクターではないだろうか?
○「民主党をはじめとする野党は、その結果も踏まえ、冷静に人物本位の判断を下すべきだ」。
野党は冷静に判断するだろう。私は頭を冷やすべきは読売であると思う。
1.「日銀総裁不同意 民主党は責任ある対応を」(3月13日付・読売社説):
○「1998年に施行された新日銀法で、日銀の政府からの独立性は強化された。
武藤氏も衆参両院での所信聴取で、日銀の独立性の重要さを強調し、自らについて「副総裁の5年間、100%日銀の立場でものを考えてきた」と述べた」。
この10年以上の間、日銀は自民党の政策どおりのことをやってきた。それを自分たちは自主的にそうしてきたといわれても益々罪が重くなるだけで、今後とも自民党から独立した行動は期待できない。だから反対しているのだ。
○「民主党は、政府・自民党を追い詰めようとの思惑の方を、人物評価より優先したのではないか。それでは、日銀総裁人事を政争の具にしていることになる」。
余り想像でものを言わない方が良い。むしろ自民党の方こそ党利党略である。読売は過去に自民党の陰謀に積極的に加担した罪がある。自分が腹黒いから他人もそうだと思っているのではないか?
○「中央銀行総裁の重みを「代行」に求めるのは無理だ」。
何故?白川氏を愚弄しているのか?
○「総裁候補の安易な差し替えは、日銀総裁の信認を損なうことにならないか。そんな点も含め、冷静な判断を求めたい」。
国会法に「一事不再議の原則」があるから、「差し替え」を行う以外ない。既に決まったあとで駄々をこねても仕方がない。読売は冷静になるべきだ。
「国会法:
第五十六条の四 各議院は、他の議院から送付又は提出された議案と同一の議案を審議することができない」。
by安岡明夫