
▲無政府主義者の大杉栄夫妻を拷問で殺害し、陸軍軍法会議にかけられる甘粕(あまかす)正彦憲兵大尉。(1923年10月8日)
古来より神道で培った日本人は、その多(おお)らかな宗教観に、後に、聖徳太子によって仏教が奨励され、これが新たな宗教観として加わります。そして仏教が、日本人の精神面に大きく関与していく事になります。
万物への哀れみを説く仏教は、慈悲(衆生に楽を与えることの「与楽」を《慈》、苦を除くことの「抜苦」を《悲》を説く)の心を教え、例えばこの哀れみは、仏門の修行者が錫杖(しゃくじょう)を鳴らしながら歩くのは、一匹の虫をも踏み殺すまいとする、万物への慈悲の心でした。
しかしこうした仏教精神を培った日本人でも、一度狂えば、残虐(ざんぎゃく)で、冷酷な、うんざりとするような行動を易々(やすやす)とやって退けます。
日本の歴史を紐解(ひもど)くと、今日では想像できない残忍で、冷酷な日本人像が浮き彫りになって来るのです。
そして、こうした残虐で冷酷な想念こそ、次の因縁を引き摺(ず)って、「無限の残酷な魂」を連続させるのです。この連続の中にこそ、横死の相は横たわっているのです。
かつて、やられた者は、今度はやりかえす立場となり、次にその立場にあった者は、またやられる者になると言う、過去からの復讐劇を永遠に繰り返し続けているのです。人間が想念の中で、過去からの想念を引き摺ったまま輪廻転生する所以(ゆえん)です。

▲拷問する憲兵と特高警察
人類は先祖から受け継いだ「無限の残酷な魂」を抱(だ)きかかえています。その意味で、誰もが毎日爆弾を抱えて生きているようなものです。何かの弾みで爆発すれば、平然と残虐行為に奔(はし)ると言うのが、未(いま)だに前頭葉未発達な亜人類こと、現代人の実体であり、地獄の呪縛からは、未だに解き放たれてないことが分かります。
そして世の中が泰平(たいへい)であり、人心が穩やかに見えれば見えるほど、この心中には「鬼神」の爆発に対して、総べての人が無防備になっているのではありますまいか。
残虐行為が殺戮(さつりく)に変化した時、その無防備は突如として爆発し、人々を戦争への想念と駆り立てていくのです。国家の名を以て、隣国を強奪し、奪って、犯して、合法的な人殺しへと。
そして明治以降の主要な残虐行為が、主として「戦争」という異常事態の中で行なわれた来たと言う事実を忘れてはなりますまい。
そうした想念は、いつまでも残留するものであり、この残留が現代社会にもエコーとして反響している事を見逃してはならないのです。
人が死んだ多くの場所には、様々な恨みの種類の怨念が漂っています。殺戮に明け暮れた場所には、亡霊集団が渦巻いていて、殺された人達の想念の塊が漂っています。
この想念は実体を持つ霊魂でない為、非常に始末が悪く、どれほど多くの慰霊祭を行なって、「南無阿弥陀仏」を献(あ)げても、この想念は解き放たれません。
浄霊として、幾多の霊能者が力を注ぎましたが、消滅していない想念の塊が、現代人に取りつく現象が、日本各地で起こっているのです。

▲切死丹の斬首刑。日本キリシタン迫害の図。(1623年ミュンヘン『P.Nicolao Trigautio殉教録』より)

▲大蛇に殺させる動物刑。

▲馬引きの刑。

▲刑罰/磔刑(はりつけけい)

▲刑罰/石抱き責め。

▲刑罰/海老責。
●戦争の中に横死を見る
戦場は、古戦場を問わず、多くの兵士や軍属が死した後、地縛霊(しばくれい)となって亡霊集団を作っている所が少なくありません。
十六世紀の乱世の戦国時代であれば、一定の時刻になれば何処からともなく法螺貝(ほらがい)が鳴り響いて、喚声と共に両軍の兵士が相乱れて戦いを繰り広げます。そしてまた、ある時間が来ると、軍勢は何処かへ消え去ってしまいます。こうした所では、まさに無限の地獄を繰り返しているのです。
日本全国には、こうした怪し気な地区が至る所にあります。
では、何故こうした現象が起こるのでしょうか。
日本人が、本来存在しなかった「地獄」という呪縛にかかった時期は、平安時代の中期頃を推測されます。
これは源信僧都(げんしんそうず/平安中期の天台宗の学僧。二十五三昧会を主導し、『往生要集』を著して浄土教の理論的基礎を築いた)の『往生要集』に、地獄の態(さま)を紹介した事から始まります。
この『往生要集』の目的とするところは、本書にあるとおり、「それ往生極楽の教行(きょうぎょう)は、濁世(じょくせ)末代の目足(もくそく)なり。道俗貴賤、誰(たれ)か帰(き)せざる者あらん。ただし顕密の教法(きょうぼう)は、その文(もん)、一(いつ)にあらず。事理の業因(ごういん)、その行(ぎょう)これ多し。利智精進(りちしょうじん)の人は、いまだ難(がた)しと為(な)さざらんも、予が如き頑魯(がんろ)の者、あに敢(あえ)てせんや」と冒頭を述べ、次に「念仏の一門に依りて、いささか経論の要文(ようもん)を集む。これを披(ひら)いてこれを修むるに、覚(さと)り易く行ひ易からん」とあり、要するに、浄土教・念仏宗の教主・阿弥陀仏以外は、人類の罪は救えないとしていることになります。

▲アメリカの対戦車砲(バズーカ砲/対戦車用のロケット砲)で破壊された日本軍戦車。日本の戦車は装甲が薄く、軟弱だったので簡単に破壊された。撃破された戦車の傍には、黒焦げの日本軍将兵の死体が、まるでブロンズ像のように転がっている。
浄土教・念仏宗は、鎌倉時代、一遍(いっぺん/鎌倉中期の僧で時宗の開祖)や法然(ほうねん/浄土宗の開祖)によって唱導され、「専修念仏」の教えが広まるようになると、真鸞(しんらん/鎌倉初期の僧で浄土真宗の開祖)はこれまでの一切の仏教的戒律を取り払い、「臨終の一声だけの念仏で、いかなる極悪深重の罪人でも、来いよ来いよのお招きで極楽浄土へ往生できる」と説きました。つまりこれで地獄への呪縛は、念仏宗を一心に信じる者だけが解放されるとしたのです。
念仏の「南無阿弥陀仏」はここから始まり、欣求浄土(ごんぐじょうど)こそ極楽の証拠であり、念仏宗は、あらゆる地獄から解放されているとしているのです。しかしこれは、一歩も俗諦(ぞくてい)の範囲を出る事なく、方便として無知な民衆を導いた事になり、この仏法を説いた僧自身が、実は地獄を想念して、地獄に行った事になります。
一度、戦時となれば、人は死を覚悟しなければなりません。そして死した後は、せめて自分だけでも極楽へと、こうした考えに至るのはある意味で人情かも知れません。
ところが、こうした念仏信仰がやがては、地獄と極楽を二元論で分離してしまった為、この想念が日本中を支配しました。以降日本中が戦時に際し、怪し気(げ)な穢土(えど)に変化してしまったのです。
この為、こうした土地を浄霊しようとしても、この呪縛から解き放てないのです。これまで幾多の霊能者が力を注いで、浄霊に努めましたが、未だに消滅し切れない地域は多く、こうした地域に住む人は、次の戦争へと次から次にかり出されました。また敏感な人は得体の知れない難病・奇病に罹(かか)り、冒され、断末魔の思いで死地に向かいました。
古来より、戦場と言われる場所は、多くの慰霊祭が行なわれ、どれほど多くの「南無阿弥陀仏」が上げられたか知れないのに、戦争で死んだいった兵士や軍属や、また戦争に巻き込まれた非戦闘員達の霊は、何故、未(いま)だに鎮(しず)まらないのか、あるいは成仏しないのか、という事が上げられます。

▲射殺された日本軍の女子挺身隊員。彼女は野戦病院の、学徒動員で召集されたの臨事看護婦だった。
誰もが死の真際、「南無阿弥陀仏」を唱え、死んで行ったはずなのに、想念の地獄に陥った地縛霊達は、地獄では大力の仏菩薩でもこうした亡者の霊は救えないのでしょうか。
あるいは「仏」というのは架空の存在であって、唱名念仏は死に行く者の気休めだったのでしょうか。
それとも、戦場の亡霊集団と言うのは、そうした戦争に参加し、巻き込まれた人達の想念の塊が、実体を持つ霊魂でなかったと言う事でしょうか。
つまり想念は一人の個人から独立して存在するとすれば、戦場の亡霊の想念は、想念群の塊(かたまり)であり、それは地獄を形成したと言う事になります。しかしこの地獄の形成は、未(いま)だにその呪縛(じゅばく)から解かれる事なく、徳川幕府成立後、二百五十年間は平穏が保てましたが、明治維新、日清戦争、日露戦争、日本の中国大陸進出、日中戦争、太平洋戦争、そして止めは広島・長崎の原爆投下という、多くの非戦闘員を巻き込んだ戦場が次から次へと現れ、この中に多くの霊魂は土地の地縛霊となって没していきました。
まさに、この地縛霊の姿こそ、横死の相を強(し)いられた霊魂ではなかったのでしょうか。

▲従軍看護婦を宣伝する陸軍恤兵部発行の『陣中倶楽部』(昭和十四年)

▲日赤の従軍看護婦、いよいよ戦場へ。そして彼女らの多くは、再び生きて日本の土を踏めなかった。

▲死んだ弟を背負って、火葬場に火葬願いを出す少年。(敗戦直後)

▲規律厳守・敬礼励行を日本の軍需工場も「矢尽き、刀折れ」では、如何ともし難かった。(アメリカ軍上陸後)
戦争に巻き込まれての死は、事故死であるのみならず、その形相は、紛れもなく「横死」です。
事故死は、霊魂波動と肉体波動が一致しなくなった時に起こします。一致が観(み)られなくなった場合、霊魂波動は肉体波動から「離れる」現象を起こします。これが《予定説》に予め定められた「死の定義」であり、この二つの波動が遊離したとき、人は「死を迎える」のです。
そして、死した後、死者は亡者となりながらも、その霊魂は、新たな悩みを抱えるのです。
これは生前の、死ぬ間際までの意識が、生に対して執着し、然(しか)も、死に対して恐怖を抱いて死んだ時に、新たな苦しみや悩みが起こって、生前、霊魂の存在を否定し続けたり、信じなかった人は、苦しみや悩みの中に再び連れ戻されてしまうのです。
それは肉体を持たない霊魂の悩みであり、その意識から発せられるものなのです。残念や無念の唸が残った時、死者はこうした苦悶する悩みを自身で解決できず、その唸は「迷い」となって空間を彷徨ったり、同じ場所に頑迷に居残って、自らの意識が描いた悪想念で、地獄の住人となります。
しかし本来、地獄と言う者は存在しませんが、つくり出された悪想念は忽(たちま)ちのうちに地獄をつくり出し、その中で、霊魂自体が悩み、そして苦しむのです。
そして、その苦しみや悩みが、いつ終わるとも知れない、戦争地獄を繰り返しているのです。
癒しの杜