昭和12年(1937年)8月13日には、第二次上海事変が起こり、再び日本海軍陸戦隊と中国軍の交戦が開始されます。

南京入城
同年の12月13日には日本陸軍が南京を占領し、中国軍民を殺害すると言う南京虐殺事件(南京城内外で、日本軍が中国軍(国民軍)の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件で、中国側は30万人が殺されたと発表しているが、当時南京市の人口はおおよそ5万、国民軍の軍人も併せて20万人弱だった。被害者が過大評価して自国の被害をでっち上げるのは歴史の常)が起こります。
▲上海事変当時の漢口に進行する日本海軍陸戦隊。

▲上海/四川路で戦う日本海軍の陸戦隊装甲車。
▲上海事変に駆り出される日本海軍将兵。
▲満州事変/上海郊外の日本海軍陸戦隊。

▲南京攻略祝賀会。

▲満州事変後の拡大する中国戦線。
▲南京城へ入城の松井石根(いわね)中支那方面軍最高司令官(陸軍大将)。第二次大戦後、南京大虐殺事件の責任を問われ、A級戦犯として絞首刑。

▲2.26事件以降、軍部の力は勁くなり、蘆溝橋(ろこうきょう)事件を発端に、日本は日中戦争に向かう。

▲上海事変当時。防毒面をつけての応戦する日本軍兵士。日本人僧侶が中国人に襲われた。しかしこの裏には、田中隆吉少佐の工作があった。
その後、昭和15年(1940年)には日・独・伊三国同盟が調印され、日本は軍国主義へと偏って、戦争の真っ只中に突入していく事になります。
大政翼賛会の結成、東条英機陸軍大臣の『戦陣訓』の示達、大日本青少年団の結成、国民学校令、生活必需物資統制令、大本営「対南方施策要綱」決定、日ソ中立条約の調印、国際スパイ容疑のゾルゲ検挙事件、第三次近衛内閣総辞職、臨事郵便取締令(外国郵便物が開封され検閲される)、そしてこれに代わり、東条内閣が成立し、国民勤労報国協力令昭和16年(1941年)12月8日には太平洋戦争が始まり、同月の16日には呉海軍工廠に於いて
戦艦大和が竣工します。
▲日・独・伊三国同盟調印/ベルリンでの調印式。起立者は外務大臣・松岡洋右。軍事同盟に並び、三国同盟が締結された。

▲日・独・伊三国同盟/東京での調印祝賀会。左端は内閣総理大臣の東条英機。
以上の歴史の流れをみますと、必然的に戦争へと突入していく構図が窺(うかが)えます。人間の大量死亡を裏付けする地獄への始まりです。これはまさに、日本の大都市圏が焦土と化す、その入口であった事が分かります。
昭和4年(1929年)10月に始まった世界大恐慌を、資本主義の経済破綻の最頂点に置きますと、そのドン底が昭和20年(1945年)8月であり、この16年間に、最悪の人間大量死のシナリオが実行されていった事になります。
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人間固有の弱点が大恐慌と大戦を卯を齎す
人類は歴史を記録し始めて、既に数千年以上経ちましたが、人間の本質は、少しも進歩していない事が分かります。
二十世紀の幕開けは、意図的に作られた共産主義と言う虚構理論で幕が開け、更に、二つの世界大戦を経験しながらも、おおよそ半世紀以上を経ても、世界各地に点在する戦争の火種は消えず、人の命は、かくも軽々と扱われて、この時代の幕を閉じました。
また、二十一世紀に至っても、現代という時代は、ひと握りの「幸福者」と、数十億と言う圧倒的多数の茫々(ぼうぼう)たる不幸な民衆が存在します。そして、不幸な民衆の命は、現代に至っても、微生物の如き、軽々しく扱われ、迫害や苛(いじ)めは、いつも弱い者に向けられます。
今でも世界中には、数え切れないくらいの紛争地域があります。こうした地域では、人々がお互に主導権争いを競い合い、戦争によって破壊行為を繰り返し、非建設的な作業に没頭しています。こうした愚かな行為によって、有史以来、どれほどの人類の貴重な遺産が傷付き、多くの人命が失われたことでしょうか。
小さな争い事も、地球規模の世界大戦争も、本質的には同じ起因から発生します。争い事は、人間の闘争本能と言いますが、両者に共通している事は、常に、争い事を欲する人間(=国際金融ユダヤ資本家たち)がいると言うことです。
つまり争う事によって、利益を得る事が出来るという集団が居ることで、こうした集団は、決して平和を望んだりしないと言うことです。争いを好む人間は、野望によって好戦的となり、その裏には爬虫類脳のR領域を満足させる、縄張り意識の達成という課題があるからです。
世界で起こる様々な出来事や事件を、注意深く観察すれば、その背後には隠された「意図」や「仕掛け」が浮かび上がって来ます。
物事を観察する為には、表面だけ検(み)る方法と、水面下の本質を洞察する方法があります。前者は可視的に、肉の目で見て、表皮の部分のみしか見えませんが、後者は不可視部分の見えざる部分を、霊的に洞察し、霊の眼で検て、その深層部を透視する事が出来ます。
今日の世界情勢は、その動きや方向性が複雑で、不可解な為、極めて動向が掴(つか)みにくいと言う現実があります。まして、人知の「予言」等で見通す事は不可能であり、また自称霊能者の乏しい霊視能力では、この世界を幾ら覗いても、その動向を推し量(はか)る事が出来ません。
今日の世界動向は、その動きは複雑であり、左か右かの二者選択と言った甘いものでなく、幾重にも分化し、見通しは非常に立ちにくく、こうした複雑なものを占い師に頼り、これで解決するような、決して占いの範疇(はんちゅう)で片付くものではありません。
歴史を工学的に、かつ精密に観察すると、戦争の前触れである「恐慌」という悪想念の現象は、発生するのに、二つの理由があります。
一つは、人間の固有の弱点と言うものが、不可僻(ふかへき)な恐慌を引き起こすと言う事です。また、もう一つは、自然の摂理や霊的な作用が働いて、恐慌が引き起こされると言う事です。
人間の固有の弱点と言うのは、「富が幸せを齎(もたら)してくれる」という事を信じる人間によって、引き起こされる恐慌があります。これは意図的であり、平成バブル崩壊や、それから60年前の世界大恐慌のような意図的な作為によって画策される恐慌(バックに国際金融ユダヤ資本家たち)です。
富が幸せを齎してくれると信じる人は、無限の富を欲します。これはアルコールを飲む事によつて、幸せが訪れると言う事を信じているのと同じであり、更には、麻薬を呷(あお)る事によって、幸せが訪れると信じるのと同じです。
アルコール中毒患者や、麻薬中毒患者は無制限にこれらを欲しがります。無限のアルコールによって、幸せが来ると信じている人を、精神医学ではアルコール依存症患者と言い、無限の麻薬を服用する事によって幸せが訪れると信じている人を麻薬中毒患者と言います。
しかし無限の富を欲しがる人を、現代では、以上のような病気とは認定しません。むしろ大富豪として、逆に尊敬の念すら抱かれます。しかし実は、こうした人も、一種の金銭依存症患者並びに、金銭による中毒患者であり、こうした中毒患者(=国際金融ユダヤ資本家たち)が、この現世を支配し、世界に君臨しているのです。
歴史的に見れば、恐慌と言う事態は、無限の富に幸せを求める、ごく一部の富裕者によって仕掛けられ、ひと握りの彼等(=国際金融ユダヤ資本家たち)が、社会の富の大部分を独占し、自己に集中させる事から起こります。
現在、資本主義の総本山であるアメリカでは、全人口の僅か1%にあたる人が、社会の富全体の40%を所有していると言われます。これは単純計算して、全人口が2億人として、その1%ですから200万人が、その全体の40%を所有している事になります。
アメリカに比べて、富の格差が少ないと言われる日本ですら、全人口の1%にあたる人が全体の富の25%を握っていると言われます。つまり100万人が、日本社会の富の25%を所有しているのです。こうした一極集中型で進行する富の集中は、社会を富とめる人と貧しき人に二分化します。その結果、中間に位置する中産階級はやがて没落していきます。この1%と言うのは、アメリカ国籍を持つ1%のアシュケナジー・ユダヤ人(カザール人のユダヤ教改宗者。白人の肌を持つ)の数と一致します。
歴史を工学的に観(み)て行くと、一つの社会システムは、時間の経過と共に、富の一極集中化が進んでいきます。これは富とめる人が、富こそ幸せの源泉であると信じて、その富を無限に増やそうとするからです。富を多く所有する事は、それだけ富は有利に働き、大きく仕掛けて、大量に儲けると言った投機的な試みが企(くわだ)てられるからです。
資本主義が行き着く所まで来れば、実体経済は金融経済に取って代られ、社会支配の主流は投機によって儲けを齎すと言うような方向に傾いていきます。投機によるボロ儲けこそが、富を強大にする、もっとも手っ取り早い方法であり、富とめる人は、自らの資産だけではなく、借金をしてまで、投機に奔(はし)り、自分の資産を幾何級数的に増やそうとします。
その最たるものが、デリバティブと言う金融システムで、これは金融派生の手法を用いて動かすものであり、既に投機化し、カジノ化した投機ゲームの最先端となっています。
無制限に富を求める想念は「人間固有の弱点」であり、富の集中が進みますと、欲望を加速させて、バブルが出来上がります。そして、このバブルが弾けた時に、恐慌が起こり、下手をすれば、この損失の補填を企てて戦争の暗い翳(かげ)りが画策されます。
そして、もう一つの理由である、自然の摂理や霊的な作用が働く要因は、「過度の富の集中」が起こった場合です。非実在界の現象人間界は、流動する幻夢の世界であり、この世界は流転を繰り返します。
そして、一方に極端に傾き、腐敗に向かってバランスを失い、転覆(てんぷく)寸前になった時、この拮抗(きっこう)を保とうとして、大自然からの復元力が働きます。
富を無制限に求めようとする人は、最終的には非合法な手法を用いたり、不正に奔(はし)り、倫理的に許されない手段を用いたり、社会に腐敗を齎す方法まで遣(つか)います。その結果、貧困層は富を増やす機会が失われ、彼等の想念に抑圧が加えられて、こうした下層階級は、苦痛や苦悩が耐えられないレベルにまで抑圧想念を増幅してしまいます。
こうした抑圧想念がピークを迎え、メルトダウン状態に陥った時、「破綻の連鎖」が起こり、その国の社会が、貧しい人を救えない場合、自然の摂理と霊的な作用が働いて、恐慌が起こります。つまり社会体制が腐敗し、社会構造が貧困層を救えないとなった時、社会に代わって、大自然の摂理と霊的な作用が働いて、富める者に対し、恐慌と言う形で襲い、破綻連鎖を派生させて、それを貧困層に還元しようとする恐慌の現象が起こります。
ただ、こうした場合、一つ目の理由の恐慌と、二つ目の理由の恐慌は次元が異なり、一つ目の理由の場合、これは人為的ですが、二つ目の理由は霊的な意味を持ち、このこと事態が、一つの文明の終焉(しゅうえん)しを意味します。
資本主義が極度に発達すると、そこには資本主義の腐敗が現れ始め、その象徴的なものは、本来の資本主義が実体経済であるのに対し、その変型として金融経済にすり変わり、その金融経済の象徴的なものが、デリバティブです。
1980年代、人為によって考案された、現代的な投機市場の現実としてデリバティブなるものが登場しました。この市場は、コンピュータを駆使して、先物、スワップ、オプション等の最新金融手法を用い、最終的な富裕者の為の金融派生商品です。
デリバティブの最大の特徴は、取引実態がバランスシートに記載されず、オフ・バランスとして、取り引きされる事です。これは公衆の眼から隠される事になり、巨額な利益を生む市場としては、好都合であり、巨額な利益を派生させるのです。
結局、
「資本主義とは何か」と申しますと、腐敗に行き着いた先が、その社会システムの終着点であり、市場がギャンブル化し、カジノ化して、景気動向に大きく作用して、破綻連鎖を起こし、一つの文明を崩壊させる経済システムなのです。
私たちは、歴史の中で、その恐ろしい影を、既に60年前の史実で、ハッキリとこれを目撃しているのです。そして、これが引き金となり、ヒトラーを登場させ、第二次奥州大戦が世界規模の大戦争を齎し、日本も太平洋戦争に突入した事実でした。
癒しの杜
続 泥沼への戦争