医者は患者の病気を直すのではなく、最先端医療だ何だと色々難癖をつけて出来るだけ長く患者の状態を保ち、病院の売り上げに貢献しているようにさえ見える。そういえばサラ金と呼ばれる人達がこれと同じ様な商売をしている。サラ金業者の中には、金を借りた側が金を返そうとすると、店を臨時休業にしてまで金を返さないようにし向けるところもあるという。出来るだけ長く金利を払わせたいからである。病院だって、延命治療だと言って出来るだけ長く患者の立場に置こうとする。そうすれば病院の売り上げが伸びるからだ。だが延命治療の先にはたいてい死が待っているのだ。
久司氏は不思議でならないという。世界中で今も莫大な費用と優秀な頭脳が医療に投じられている。だがそれは病気の痛みを取り除いたり、進行を遅らせたりするような対処療法に限られている。もっとも大事と思われる、”病気になった根本原因の究明”がなされていないのだ。この久司氏の根本原因の究明こそが一番大事という主張は、まさしく正論中の正論である。それがなされないのだから患者の数は増えることはあっても減ることがないのだ。では何故それがなされていないのか。久司氏は奥ゆかしい性格だからか、わかっているのに書かない。そこで好き勝手言える私が書くことにしよう。それは病気の根本原因を究明してしまえば、病人が減ってしまうからだ。これは医者を含め大量の医療関係者が失業することを意味する。日本では国家予算の3分の1という莫大な金額を医療費に当てている。莫大な金が動くということは、そこに巨大な利権が生まれるということだ。日本の医療費が減ることを願わない人々がいるということだ。だがこれは我々一般庶民にとって実に迷惑な話である。医者の失業を哀れと思うか、病院で本来治るはずの病気を悪化させられ長い間病院のベットで過ごす人々の方を哀れと思うかは人々の選択ではある。だが圧倒的多数は、健康を願い医療費の負担が減ることを望んでいるはずだ。
今年の6月に亡くなった私の父は、私をはるかに凌駕する医者嫌いであった。タバコはプカプカ吸うし、酒も浴びるほど飲んだ。それで77歳まで生きたのだから天寿を全うしたと言えるのだろう。その父の葬式で、亡くなる前日も日本酒を五合も飲んだという話が出て参列者を感心させていた。当然ながら父は歳老いても全く医者にかかろうとしなかった。理由を聞いても、「医者は好かん!」と言うだけだった。死ぬ前日まで普通に食事し、酒を飲み、普通に話していた。亡くなった当日も家で意識を失い、そのまま救急車で病院に運ばれ、半日もせずに亡くなった。実にあっけないというか、見事というか、いさぎよい死に際だった。父が病院にかかっていたらこんな死に方は絶対出来なかったはずだ。さして学問のない父だったが、父なりに現代医療の本質を見抜いていたのかもしれない。
byMO氏
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