中国を狙う米国核兵器を日本に置かせたデュロン。
こうしてデュロン社の核兵器販売促進のために
日本と中国、アジア人同士が核戦争で
「滅びる」準備を「させられている」。
http://blue.ap.teacup.com/97096856/1614.html
その一環として
毒餃子、チベット事件、
参考
一部の西側のメディアは
「チベット独立」を批判し、
西側の態度について反省しています。
カナダのグローバリゼーション研究センターはウェブサイトで、文章を掲載し、
「アメリカ(=国際ユダヤ金融資本家たち)は
チベット事件を画策した。
その目的は中国をゆさぶることにある。
ダラムサラに亡命して今まで、
ダライ・ラマは
アメリカ民主主義基金(NED)から
数百万ドルの資金を得た。
トロイの木馬:米国民主主義基金(NED)
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/c19.html
しかし、チベット事件に関する西側のメディアの報道は的確ではない」と指摘しました。
また、IOC・国際オリンピック委員会のサマランチ前会長はこのほど、スペインのメディアのインタビューに答えた際、「パリとロンドンで発生した、暴力で聖火を奪う事件を非常に不愉快と感じ、受け入れられない。これは画策者が裏で行った陰謀だ。『ボイコット』という言葉は
オリンピックの辞典のなかには存在しない」と述べました。(翻訳:玉華)
byCRI
靖国等々がある。
http://blue.ap.teacup.com/97096856/1614.html
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=ka12z7pa4ka4da4a4a4f65a4a8a4f&sid=1835217&mid=28360
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=ka12z7pa4ka4da4a4a4f65a4a8a4f&sid=1835217&mid=28366
昭和12年(1937年)8月13日には、第二次上海事変が起こり、再び日本海軍陸戦隊と中国軍の交戦が開始されます。

南京入城
同年の12月13日には日本陸軍が南京を占領し、中国軍民を殺害すると言う南京虐殺事件(南京城内外で、日本軍が中国軍(国民軍)の投降兵・捕虜および一般市民を大量に虐殺し、あわせて放火・略奪・強姦などの非行を加えた事件で、中国側は30万人が殺されたと発表しているが、当時南京市の人口はおおよそ5万、国民軍の軍人も併せて20万人弱だった。被害者が過大評価して自国の被害をでっち上げるのは歴史の常)が起こります。
▲上海事変当時の漢口に進行する日本海軍陸戦隊。

▲上海/四川路で戦う日本海軍の陸戦隊装甲車。
▲上海事変に駆り出される日本海軍将兵。
▲満州事変/上海郊外の日本海軍陸戦隊。

▲南京攻略祝賀会。

▲満州事変後の拡大する中国戦線。
▲南京城へ入城の松井石根(いわね)中支那方面軍最高司令官(陸軍大将)。第二次大戦後、南京大虐殺事件の責任を問われ、A級戦犯として絞首刑。

▲2.26事件以降、軍部の力は勁くなり、蘆溝橋(ろこうきょう)事件を発端に、日本は日中戦争に向かう。

▲上海事変当時。防毒面をつけての応戦する日本軍兵士。日本人僧侶が中国人に襲われた。しかしこの裏には、田中隆吉少佐の工作があった。
その後、昭和15年(1940年)には日・独・伊三国同盟が調印され、日本は軍国主義へと偏って、戦争の真っ只中に突入していく事になります。
大政翼賛会の結成、東条英機陸軍大臣の『戦陣訓』の示達、大日本青少年団の結成、国民学校令、生活必需物資統制令、大本営「対南方施策要綱」決定、日ソ中立条約の調印、国際スパイ容疑のゾルゲ検挙事件、第三次近衛内閣総辞職、臨事郵便取締令(外国郵便物が開封され検閲される)、そしてこれに代わり、東条内閣が成立し、国民勤労報国協力令昭和16年(1941年)12月8日には太平洋戦争が始まり、同月の16日には呉海軍工廠に於いて
戦艦大和が竣工します。
▲日・独・伊三国同盟調印/ベルリンでの調印式。起立者は外務大臣・松岡洋右。軍事同盟に並び、三国同盟が締結された。

▲日・独・伊三国同盟/東京での調印祝賀会。左端は内閣総理大臣の東条英機。
以上の歴史の流れをみますと、必然的に戦争へと突入していく構図が窺(うかが)えます。人間の大量死亡を裏付けする地獄への始まりです。これはまさに、日本の大都市圏が焦土と化す、その入口であった事が分かります。
昭和4年(1929年)10月に始まった世界大恐慌を、資本主義の経済破綻の最頂点に置きますと、そのドン底が昭和20年(1945年)8月であり、この16年間に、最悪の人間大量死のシナリオが実行されていった事になります。
●
人間固有の弱点が大恐慌と大戦を卯を齎す
人類は歴史を記録し始めて、既に数千年以上経ちましたが、人間の本質は、少しも進歩していない事が分かります。
二十世紀の幕開けは、意図的に作られた共産主義と言う虚構理論で幕が開け、更に、二つの世界大戦を経験しながらも、おおよそ半世紀以上を経ても、世界各地に点在する戦争の火種は消えず、人の命は、かくも軽々と扱われて、この時代の幕を閉じました。
また、二十一世紀に至っても、現代という時代は、ひと握りの「幸福者」と、数十億と言う圧倒的多数の茫々(ぼうぼう)たる不幸な民衆が存在します。そして、不幸な民衆の命は、現代に至っても、微生物の如き、軽々しく扱われ、迫害や苛(いじ)めは、いつも弱い者に向けられます。
今でも世界中には、数え切れないくらいの紛争地域があります。こうした地域では、人々がお互に主導権争いを競い合い、戦争によって破壊行為を繰り返し、非建設的な作業に没頭しています。こうした愚かな行為によって、有史以来、どれほどの人類の貴重な遺産が傷付き、多くの人命が失われたことでしょうか。
小さな争い事も、地球規模の世界大戦争も、本質的には同じ起因から発生します。争い事は、人間の闘争本能と言いますが、両者に共通している事は、常に、争い事を欲する人間(=国際金融ユダヤ資本家たち)がいると言うことです。
つまり争う事によって、利益を得る事が出来るという集団が居ることで、こうした集団は、決して平和を望んだりしないと言うことです。争いを好む人間は、野望によって好戦的となり、その裏には爬虫類脳のR領域を満足させる、縄張り意識の達成という課題があるからです。
世界で起こる様々な出来事や事件を、注意深く観察すれば、その背後には隠された「意図」や「仕掛け」が浮かび上がって来ます。
物事を観察する為には、表面だけ検(み)る方法と、水面下の本質を洞察する方法があります。前者は可視的に、肉の目で見て、表皮の部分のみしか見えませんが、後者は不可視部分の見えざる部分を、霊的に洞察し、霊の眼で検て、その深層部を透視する事が出来ます。
今日の世界情勢は、その動きや方向性が複雑で、不可解な為、極めて動向が掴(つか)みにくいと言う現実があります。まして、人知の「予言」等で見通す事は不可能であり、また自称霊能者の乏しい霊視能力では、この世界を幾ら覗いても、その動向を推し量(はか)る事が出来ません。
今日の世界動向は、その動きは複雑であり、左か右かの二者選択と言った甘いものでなく、幾重にも分化し、見通しは非常に立ちにくく、こうした複雑なものを占い師に頼り、これで解決するような、決して占いの範疇(はんちゅう)で片付くものではありません。
歴史を工学的に、かつ精密に観察すると、戦争の前触れである「恐慌」という悪想念の現象は、発生するのに、二つの理由があります。
一つは、人間の固有の弱点と言うものが、不可僻(ふかへき)な恐慌を引き起こすと言う事です。また、もう一つは、自然の摂理や霊的な作用が働いて、恐慌が引き起こされると言う事です。
人間の固有の弱点と言うのは、「富が幸せを齎(もたら)してくれる」という事を信じる人間によって、引き起こされる恐慌があります。これは意図的であり、平成バブル崩壊や、それから60年前の世界大恐慌のような意図的な作為によって画策される恐慌(バックに国際金融ユダヤ資本家たち)です。
富が幸せを齎してくれると信じる人は、無限の富を欲します。これはアルコールを飲む事によつて、幸せが訪れると言う事を信じているのと同じであり、更には、麻薬を呷(あお)る事によって、幸せが訪れると信じるのと同じです。
アルコール中毒患者や、麻薬中毒患者は無制限にこれらを欲しがります。無限のアルコールによって、幸せが来ると信じている人を、精神医学ではアルコール依存症患者と言い、無限の麻薬を服用する事によって幸せが訪れると信じている人を麻薬中毒患者と言います。
しかし無限の富を欲しがる人を、現代では、以上のような病気とは認定しません。むしろ大富豪として、逆に尊敬の念すら抱かれます。しかし実は、こうした人も、一種の金銭依存症患者並びに、金銭による中毒患者であり、こうした中毒患者(=国際金融ユダヤ資本家たち)が、この現世を支配し、世界に君臨しているのです。
歴史的に見れば、恐慌と言う事態は、無限の富に幸せを求める、ごく一部の富裕者によって仕掛けられ、ひと握りの彼等(=国際金融ユダヤ資本家たち)が、社会の富の大部分を独占し、自己に集中させる事から起こります。
現在、資本主義の総本山であるアメリカでは、全人口の僅か1%にあたる人が、社会の富全体の40%を所有していると言われます。これは単純計算して、全人口が2億人として、その1%ですから200万人が、その全体の40%を所有している事になります。
アメリカに比べて、富の格差が少ないと言われる日本ですら、全人口の1%にあたる人が全体の富の25%を握っていると言われます。つまり100万人が、日本社会の富の25%を所有しているのです。こうした一極集中型で進行する富の集中は、社会を富とめる人と貧しき人に二分化します。その結果、中間に位置する中産階級はやがて没落していきます。この1%と言うのは、アメリカ国籍を持つ1%のアシュケナジー・ユダヤ人(カザール人のユダヤ教改宗者。白人の肌を持つ)の数と一致します。
歴史を工学的に観(み)て行くと、一つの社会システムは、時間の経過と共に、富の一極集中化が進んでいきます。これは富とめる人が、富こそ幸せの源泉であると信じて、その富を無限に増やそうとするからです。富を多く所有する事は、それだけ富は有利に働き、大きく仕掛けて、大量に儲けると言った投機的な試みが企(くわだ)てられるからです。
資本主義が行き着く所まで来れば、実体経済は金融経済に取って代られ、社会支配の主流は投機によって儲けを齎すと言うような方向に傾いていきます。投機によるボロ儲けこそが、富を強大にする、もっとも手っ取り早い方法であり、富とめる人は、自らの資産だけではなく、借金をしてまで、投機に奔(はし)り、自分の資産を幾何級数的に増やそうとします。
その最たるものが、デリバティブと言う金融システムで、これは金融派生の手法を用いて動かすものであり、既に投機化し、カジノ化した投機ゲームの最先端となっています。
無制限に富を求める想念は「人間固有の弱点」であり、富の集中が進みますと、欲望を加速させて、バブルが出来上がります。そして、このバブルが弾けた時に、恐慌が起こり、下手をすれば、この損失の補填を企てて戦争の暗い翳(かげ)りが画策されます。
そして、もう一つの理由である、自然の摂理や霊的な作用が働く要因は、「過度の富の集中」が起こった場合です。非実在界の現象人間界は、流動する幻夢の世界であり、この世界は流転を繰り返します。
そして、一方に極端に傾き、腐敗に向かってバランスを失い、転覆(てんぷく)寸前になった時、この拮抗(きっこう)を保とうとして、大自然からの復元力が働きます。
富を無制限に求めようとする人は、最終的には非合法な手法を用いたり、不正に奔(はし)り、倫理的に許されない手段を用いたり、社会に腐敗を齎す方法まで遣(つか)います。その結果、貧困層は富を増やす機会が失われ、彼等の想念に抑圧が加えられて、こうした下層階級は、苦痛や苦悩が耐えられないレベルにまで抑圧想念を増幅してしまいます。
こうした抑圧想念がピークを迎え、メルトダウン状態に陥った時、「破綻の連鎖」が起こり、その国の社会が、貧しい人を救えない場合、自然の摂理と霊的な作用が働いて、恐慌が起こります。つまり社会体制が腐敗し、社会構造が貧困層を救えないとなった時、社会に代わって、大自然の摂理と霊的な作用が働いて、富める者に対し、恐慌と言う形で襲い、破綻連鎖を派生させて、それを貧困層に還元しようとする恐慌の現象が起こります。
ただ、こうした場合、一つ目の理由の恐慌と、二つ目の理由の恐慌は次元が異なり、一つ目の理由の場合、これは人為的ですが、二つ目の理由は霊的な意味を持ち、このこと事態が、一つの文明の終焉(しゅうえん)しを意味します。
資本主義が極度に発達すると、そこには資本主義の腐敗が現れ始め、その象徴的なものは、本来の資本主義が実体経済であるのに対し、その変型として金融経済にすり変わり、その金融経済の象徴的なものが、デリバティブです。
1980年代、人為によって考案された、現代的な投機市場の現実としてデリバティブなるものが登場しました。この市場は、コンピュータを駆使して、先物、スワップ、オプション等の最新金融手法を用い、最終的な富裕者の為の金融派生商品です。
デリバティブの最大の特徴は、取引実態がバランスシートに記載されず、オフ・バランスとして、取り引きされる事です。これは公衆の眼から隠される事になり、巨額な利益を生む市場としては、好都合であり、巨額な利益を派生させるのです。
結局、
「資本主義とは何か」と申しますと、腐敗に行き着いた先が、その社会システムの終着点であり、市場がギャンブル化し、カジノ化して、景気動向に大きく作用して、破綻連鎖を起こし、一つの文明を崩壊させる経済システムなのです。
私たちは、歴史の中で、その恐ろしい影を、既に60年前の史実で、ハッキリとこれを目撃しているのです。そして、これが引き金となり、ヒトラーを登場させ、第二次奥州大戦が世界規模の大戦争を齎し、日本も太平洋戦争に突入した事実でした。
日本が大東亜戦争と言い、アメリカが太平洋戦争(PACIFIC WAR)と名付けた戦争は、主として東南アジア並びに太平洋方面における日本とアメリカ・イギリス・オランダ・中国等の連合国軍との間で激しい戦闘が繰り返され、その戦死者は数百万人とも言われます。
そして日本では、いつの間にか女性達が戦闘員として与(くみ)され、外地(満洲や東南アジアや太平洋諸島)や内地(本土空襲)で多くの婦女子達が無慙(むざん)に死んでいきました。
太平洋戦争下の1942年11月、東条内閣は拓務省ならびに外務省の一部、その他の外郭団体を吸収して「大東亜省」を打ち立て、大東亜共栄圏地域の政務を扱う中央行政機関を発足させました。
そのスローガンは欧米勢力を排除して、日本を盟主とする満州・中国および東南アジア諸民族の共存共栄を説き、アジア支配の正当化を捏造(ねつぞう)するものでした。

松岡洋右(1880〜1946年)。
山口県生れの政治家。アメリカで苦学した後、外交官となる。満鉄副総裁を経て政友会代議士となる。国際連盟脱退の際の首席全権。満鉄総裁を経て、近衛内閣の外務大臣として日独伊三国同盟・日ソ中立条約を結ぶ。第二次大戦後、東京裁判でA級戦犯として起訴され裁判中病没。

▲日ソ中立条約に調印する松岡洋右。
▲国際連盟総会から意気揚々と退場する外務大臣・松岡洋右。

▲松スターリンと松岡洋右外相。
大東亜共栄圏の思想は、1940年当時、外務大臣松岡洋右(国際連盟脱退の際の首席全権で、満鉄総裁を経て近衛内閣の外相として日独伊三国同盟・日ソ中立条約を結ぶ。戦後、A級戦犯として挙げられ裁判中病没)の談話に由来するものでした。そして彼のこうした発想は、やがて国民皆兵へと駆り立て、「一億火の玉」の戦闘思想へと繋がっていきます。
また一方、国際連盟は加盟国五十数ヵ国に達したていましたが、アメリカは当初から不参加、日本は昭和8年(1933年)3月27日、満州問題が原因で脱退、のちドイツとイタリアもこれにならい、一旦加入のソ連もフィンランドとの戦争の際除名され、この国際機関は有名無実のものとなっていきます。
そして世界の暗雲はこの時を境に暗い翳りを落とし始めます。
昭和15年(1940年)10月、ソ連駐在大使・建川美次を通じてソ連に不侵略条約締結を提議し、これを受けて、昭和16年(1941年)4月13日には日ソ中立条約がモスクワで調印されます。その時の全権は外務大臣の松岡洋右でした。
この条約は、有効期間は5年でしたが、昭和20年(1945年)4月5日、ソ連は外相モロトフが不延長を通告し、同年の8月8日の対日参戦により失効します。そしてソ連は満州へ進攻を開始します。
ソ連軍は、9日午前零時に豆満江(とまんこう)の河口、黒龍江(こくりゅうこう)中流の黒河(こっか)東南約100キロ地点の奇克(きこく)、ノモンハン(Nomonhan/かつての日ソの激戦地。
中国東北部の北西辺、モンゴル国との国境に近いハルハ河畔の地。1939年5月から9月中頃まで、日ソ両軍が国境紛争で交戦し、日本軍が大敗を喫した)の、三方向から満州に雪崩れ込みました。モスクワ時間では8月8日の午後六時でした。
鈴木貫太郎首相は、小石川の私邸でソ連参戦を知る事になります。
これまで精強を誇っていた関東軍も、南方方面や本土決戦に備えて日本内地に兵力を転出したばかりでしたから、満州を守る兵力は手薄であり、二ヵ月ともたないと判断されました。
日本はこの時、三つの決断に迫られます。それは、ソ連を仲介とする和平工作に失敗した責任をとって総辞職するか、ソ連の宣戦に応呼して日本も宣戦布告を発して徹底抗戦するか、ポツダム宣言を受諾して無条件降伏するか、でした。
結果的にはポツダム宣言を受諾する道を選択しますが、これには多くの難問が山積みされていました。
▲ソ連軍T34戦車(31.3トン)。日本軍の装甲の薄い97式中戦車では全く太刀打ちできなかった。 ▲8月8日午後六時(日本時間では8月9日)、満州に続々と攻め入るソ連軍機械化部隊。

▲日本陸軍の九七式チハ中戦車。(乗員4人、重量15トン、エンジンは空冷V6ディーゼル・エンジン170馬力、時速:38キロ、航続距離:210キロ、最大装甲:25ミリ、武装:57ミリ砲1門、7.7ミリ機銃2丁)
歩兵支援用として開発された戦車だが、武装と装甲がひ弱だった為、太平洋戦争では米軍のM4シャーマンやソ連軍のT34戦車(ディーゼル12気筒500馬力、時速51キロ、装甲75ミリ、武装85ミリ砲1門、機銃2丁。当時、世界中の総ての戦車に対抗出来るように作られていた)には全く太刀打ち出来ず、最大装甲が僅かに25ミリという薄さは、戦車乗員達を大いに苦しめた。敵戦車からの74ミリ砲が命中すると、まるで飴のようにグニャリと変型し、簡単に破壊されてしまった。
かつて、作家の司馬遼太郎氏は大戦末期、陸軍将校として、北支方面で戦車隊長をしていたが、日本戦車のあまりの装甲の薄さと、火力の弱さに、「これでどう戦えと言うのだろうか?」と、日本陸軍の戦車戦思想を大いに疑っていた。
●
滅びの美学
一言で、「国敗れて山河在(あ)り」と言いますが、恐らくこうした情緒で、「滅びの美学」を唱えるのは日本人だけでしょう。

▲海軍神風特別攻撃隊の米空母フランクリンへの壮絶な体当り。特攻機は艦橋に撃突。
太平洋方面の玉砕や万歳突撃も、航空機やロケット機での敵艦隊当たりも、総べて「滅びの美学」から来たもので、その根本には「死への憧れ」と「死の美学」がありました。
したがって日本人の内情は、国家存亡を賭(か)けて戦い、国益をぶつけ合って戦うという意識が薄く、元々太平洋戦争は、こうしたところにも戦争目的が不明確でした。
日本人は、明治維新以来、一旦戦争に負けると、山や河はおろか、国家や民族としての纏(まと)まりすら奪われ兼ねないと考える欧米人の思考とは大きく逸ししています。また、ヨーロッパで起こった今迄の歴史すら研究しようとしませんでした。
逆に言うと、欧米では民主主義と言う市民社会では、国民達を守ってくれる軍隊に対し、深い信頼と尊敬を寄せ、勝利した戦争に誇りを持つと言う意識が強くあります。
フランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」は、マルセイユから祖国防衛の為に進軍する義勇軍の歌ですし、アメリカ国歌の「星条旗よ永遠なれ」は独立戦争当時の、銃弾に倒れた愛国者の歌です。そして欧米では、戦争はしばしば、自分達の民主主義を標榜(ひょうぼう)する市民社会の同一性であり、正統性を形作る為の神話にまで発展させていたのです。
こうした例をアメリカにとるならば、それは独立戦争と南北戦争に回帰されます。
この国は、二度の戦争を経験しながら、軍隊は、正しい戦争を戦う勇者達という感覚を持っていて、健全な市民社会のバロメーターとなっていました。
しかし考えてみれば、戦争は「矛盾と欺瞞(ぎまん)」に満ちています。
市民社会としての一員である市民は、殺人や暴力が禁じられています。また市民自身も、普段ではこうした行為はいけない事であると信じています。ところが一旦戦争になると、敵を攻撃し、殺害する事を躊躇(ちゅうちょ)してはならぬ事を教え込まれます。
こうした矛盾を繕(つくろ)う為に、心理的な「任務遂行のメカニズム」が用いられます。
すなわち「命令」であり、軍人の命令厳守は「任務を遂行している」のであり、決して人殺しをしているのではないという「任務遂行のメカニズム」が動員されます。任務を遂行し、これを果たせば、軍人としては名誉であり、市民が賞賛し、尊敬すら得る事が出来ます。
また、政府は任務遂行に対し、勲章や称号や階級特進の制度を与えます。こうした心理的なメカニズムによって、市民社会と軍隊が両立していたのです。そして市民社会では、市民はこうした両方の世界を行ったり来りしました。
そもそも戦争は、矛盾と欺瞞(ぎまん)で満たされているのですが、これでも軍隊は維持しなければならないと言う、人類特有のエゴイズムがあります。戦争の悲惨さは充分に分かっていても、人間が市民として暮らしていく為には、市民社会が必要であり、この幾つもの市民社会は民族を形成し、国家を形成します。
市民社会が国民国家として立ち行く為には、平和を共存する必要があります。近代に於ける軍隊は、そういう国際社会の現状の、不可欠な一部であると定義出来ます。
しかし、こうした背景に、人類が唯一つの価値観を信じ、唯一つの市民社会に纏まって暮らせる日が来るまで、人類から戦争は無くならないのです。
●
負けるべく戦い、太平洋戦争
日本は、いよいよ「滅びの美学」に向かって突き進みます。
「大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり」
これは昭和16年12月8日早朝のラジオの臨事ニュースです。
日本海軍が真珠湾を奇襲攻撃し、太平洋戦争に突入した事を報じたニュースです。
下記参照
英米イスラエルの背後にいる寡頭勢力=国際ユダヤ金融資本家たち
第二次大戦に米国を参戦させるための手口・・真珠湾攻撃http://www5f.biglobe.ne.jp/~shishoukaku/07sk/160813guide/guide.html#06
この日より日本は国家滅亡に向かって進んでいく事になり、大勢に非戦闘員の命が失われる最悪の暗示がありました。
日本が米英を相手に戦いを始めた事は、大局的に見て戦略的な失敗であり、また日本の国家戦略のなさが悉々く敗因へと繋がっていきます。
明治維新以来、日本はアジア諸国を決して友邦として扱おうとしませんでした。日本人から見るアジア人は、常に日本人より一等低く扱われ、蔑視して、中国や朝鮮を連携の対象と看做(みな)していなかった節がありました。
連携する事はもとより、中国に侵略して、植民地支配を続け、抗日、侮日のナショナリズムを高揚させていったのです。こうした事が、日本をアジアの中で孤立させる事になります。
更には、
ABCD包囲網によって経済的には封鎖される事にもなります。

▲赤い夕陽の満洲といわれた新天地も、決して日本人入植者が考えるような「王道楽土」ではなかった。
松岡洋右の談話に由来する「大東亜共栄圏」という、日本を盟主とする満州・中国および東南アジア諸民族の共存共栄を説くこの思想も、アジア諸国の理解を得られるものではなく、西欧植民地に日本が取って代るというスローガンにしか過ぎませんでした。
その上、
満州事変を正当化した「王道楽土」の建設も、結局、当時の中国人には全く通用しないものでした。 しかし、これにもかかわらず、太平洋戦争が勃発してしまうこの経緯は、既に日本を戦争の中に引きずり込む、歴史の罠が存在していたからです。
太平洋戦争は海軍が主体の戦争でした。アメリカを相手にして日本が勝つ見込みは殆どありませんでしたが、しかし勝てないまでも、より良い負け方をする方法は幾らでもあったのです。
もし、日本側の戦争指導者の中に、高度な戦略思想を持ち、それを実行する愛国心に燃えた指導者がいれば、この戦いはもっと別の方法で、より良い負け方をしていたはずです。そして多くの犠牲者を出さず、戦局もまた違ったものになっていた事でしょう。
大日本帝国海軍という軍事組織の中枢は親米派や欧米派によって彩られていました。その主要な人物は総てがフリーメーソンのメンバーであり、日本海軍首脳(日本海軍士官の研究・親睦・共済機関で、1876年に創設され「水行社」と言われた。
終戦後、解散し、東京本部ビルは在日ユダヤ系団体の本部となり、この建物はメソニック・ビルと言われる)はフリーメーソン支配層にコントロールされた節が否めません。
▲冷暖房完備の全長263m・最大幅38.9mの大和ホテル。戦艦「大和」(排水量6万9100トン)の主砲46cm砲9門のアウトレンジ戦法は、ついに見る事がなかった。
この為、日本海軍は太平洋上において不可解な動きをします。それはアメリカに手心を加え、まるで負ける事を意識したような作戦を次から次へと展開したからです。これでは、勝てるはずの戦争も勝てるはずがなく、軍部の中枢に、利敵行為を働くような買国奴がいては勝てるはずもありません。
こうした動きは海軍ばかりでなく、陸軍統制派の中枢にもこうした手合いがおりました。大本営参謀本部の高級参謀達は、常に無謀極まる作戦計画を立て、日本軍に多大な損害ばかりを与え、多くの下級将兵ばかりを失う事ばかりを繰り返していたのです。
陸軍参謀本部といえば、陸軍大学校を優秀な成績で卒業したエリート中のエリートが集うところであり、この優秀な頭脳を持った彼等が、まるで痴呆(ちほう)のような幼稚な作戦計画を立てるのです。
そして、
拙劣な作戦を立案するばかりでなく、それを強引に強行して、現場の将兵にこれを押し付けたのです。
日本軍に次から次へと負けるような戦いばかりを押し付けていき、最後は「滅びの美学」を持ち出して、万歳突撃を敢行させたり、特攻隊を編成するような愚行をやらかします。
陸海軍の参謀本部のエリート達は、日本を敗北に導く為に、国際ユダヤ金融資本の支配層によってコントロールされた人達でした。
そして彼等の一部はフリーメーソンの高級メンバーであり、また、その一部はソ連に通じ、共産主義分子でした。
癒しの杜