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美空ひばりの歌唱そのものもさることながら、あの万民を包み込む笑みや表情、或いは話し方は、対象とするには失礼とは思うが、現皇后美智子陛下の微笑等に匹敵する美しさと云って然るべきもので、
同祖同血に在る日本民族や朝鮮民族に限らず、人類須らくを包み込むようなそれは宝物の存在でもある。
また、
美空ひばりが若し存命にあれば、宮中で皇后陛下に謁を賜っていた事であろうし、久しく会話も為され微笑み合われていた事でもあろう。国家の微笑と国民の微笑み、アジアの何処にも、或いは、欧米の何処にも見られぬ、勿論、後にも先にも現われ得ないそれこそが至宝の笑みと想像し得るのである。
日本人のルーツを辿れば数多に上るが、北から西から南からと、新天地に食糧や安住の地を求め、或いは、気象変化に因って追い追われ、その一部は遂に、現在の秋田や山形、鳥取や島根、下関や長崎、或いは、鹿児島や和歌山等々に、更には、白色や黄色、或いは茶褐色等の肌色を持つ日本人の御先祖様達が、五、六万年前頃から徐々に辿り着き、斯かる列島(元は陸続き)に定住したと云われている。また、今も尚、海外から日本列島に住居を移し、若しくは、逆に日本を離れて異国の地へと向う人々は絶える事もなく続いている。
ミトコンドリアDNAに拠っても、日本民族の過半は北東アジアを経由して移動して来た民族で在り、体形、頭形、肌色、毛色等々を見ても、朝鮮系か満州系の血が多くに混じっている事が一目瞭然に判り、
更には、
モンゴル系かチベット系、ネパール系や漢系の血も混じった、此処日本列島は袋小路にも成り得た場所である事もまた理解が可能、基より、アラスカや北米、或いは、南米へと、何万年もの時間を掛けて移動を続けていたであろうその移動途上で分かれた一部の民族集団、それが現在に生きる日本民族の御祖先様達、と云う事にはなる。
日本列島に人類が移り住んでから既に五、六万年、今、西暦二千八年を向えているが、集団、組織、社会、国家と、離合集散を繰り返し巨大化して来たであろう日本の民族史も、内外に於ける政治経済活動の変化や軋轢とともに、行動様式や思考様式までもが変化を余儀なくされ、勿論、その良し悪しは別にしても、少なくとも、民族意識と云う紐帯そのものが、二十世紀を境にして細くなりつつある事は確かな様である。
特に、貨幣経済を絶対とする価値観頼みの国家社会構成は、逆に均衡を欠く事で組織社会の紐帯を細くする必然をもたらす大きな要素ともなったのだろう。
また同時に、
情報化社会への普遍的加速は民族の壁を取り払う代わりに、持てるものと持たざるもの、即ち、これまた歪な拝金主義に起因するのだが、富めるものと富まざるものとに分離浮遊を余儀なくされ、国家社会ではなく、支配層と被支配層の二極分化を促進させ、国家社会は日本と云う看板を掲げただけの二層社会、支配者層にとってみれば酒池肉林の場、被支配者層にとっては汚物塗れの豚小屋と化すのである。
自分が何時の世代から日本民族になったかは分からぬが、日本国籍を持って生まれた極普通の日本人にとって、それも現に生活している六十歳以上の者にとっては、
美空ひばりの生まれ育った昭和十年代の国家社会環境を明確に思い起こす事は、それこそ苦痛以外の何ものでもないと感じている人も少なくなかろう。
基より、
斯かる記憶を脳裡に残していない者にとっては、一片の苦痛すら感じる事もない。
また、生々しい悪夢として、記憶の箱に鮮明に留めて来た多くの日本人でさえ、一年を経る毎に苦渋に満ちた悪夢の思い出も徐々に薄れ、更には、体験世代の離世を以って風化も進行、映像と文章を通じてのみおぞましい記録が遺されるだけと相成るのである。
斯かる悪夢は、関東大震災や大東亜戦争、或いは、被爆に因る敗戦へと繋がる歴史経過の一断面に見られるのだが、其処に於いても尚、明治期以来続く、特に朝鮮民族に対する明らかな差別は在ったし、戦後にも持ち越された、
それは
日本民族のおぞましき攻撃性格が現われた一断面ではあったろう。今でこそ何もなかったかの如くに見える朝鮮民族に対する偏見や差別だが、満々と水を湛える湖も枯渇に近付けばガラクタも底に見えるもの、
自らが酒池肉林の饗宴の後に捨てたガラクタを他人の所為にするのが巧みな支配者層の事、再発しないとは限らない。
その悪夢を感じさせる外的事象が何かと云えば、北朝鮮国に因る日本人拉致事件の未解決問題がその顕著なものであり、没交渉に捨て置く日本政府の政治的不作為、
即ち、
積極的発言とは裏腹に、相手の出方のみを待ち続けたり、第三国に解決を委ねてみたり、交流拒否権を布いてみたりの、所謂、消極的に在りながら対決姿勢を鮮明にしての引き下がりだけでは、
”偏見や差別心”を社会に温存させるだけに止まらず、朝鮮民族に対する敵愾心すら煽り、且つ、増長させ兼ねずのもの、望ましかろう筈もない。
日本の若者達に問うてみれば直ぐに分かる。即ち、北朝鮮国と韓国の共通点を挙げよ、とでも問うてみる事だ。
八百長政党自民党為政者群に拠る現状為政は、まさしく、あのおぞましき暗愚の時代を彷彿とさせるもの、我が八百長為政者の為であれば、条理も正義もかなぐり捨てて恣意的に権力を執行、問い詰められれば、詐欺ペテンの詭弁を以って平然と言い立て、正論を悉く排除、条理の悲鳴を押し潰す様はまさに醜態の極みにあり、在ってはならない権力の行使が延々と続いているのである。
拉致被害者のご家族達は、安倍晋三の首相時代に自国政府を見限り、また、ブッシュの解決に向けた安請け合いを間に受けた行き掛かり上、米国詣でを繰り返す様は何とも悲愴に過ぎると云うもので、哀しくもありまた寂しくもある。
第一陣五名の帰国から既に五年を経過した今、日本社会に何が起きているかと云えば、一つには、行政府と行政組織に拠る米国頼みの他力本願から、漢民族中国胡錦涛政権への依頼へとシフトが見られるのみ、其の何処にも日本民族の指導者として為すべき主体的自主性が見られる事もないのである。
福田康夫は開口一番、拉致問題の解決を最重要課題として位置付けると言明しながら、朝鮮民族に最も近く、日本人としても真新しい元首相小泉純一郎さえ傍に寄せ付けず、胡錦涛頼みへとシフトする様は、それこそがやぶへびのもので、執ってはならない粗末な手段であり稚拙な手法、
朝鮮民族の自尊心を甚く傷付け、逆撫でにするだけのものでしかない。勿論、日本民族の執るべき手法で在る由もなければ、即刻、他力本願を取り下げ、解決に向けた主体的戦略を新たに組み直すべきが肝要である。
北朝鮮国が空腹を満たす為に、米国や中国の妖言に惑わされて自力更生を捨て、核開発と核兵器そのものをも放棄すれば、それこそが日本国家社会安全保障にとっての最大の危機を生ぜしめるもの、
即ち、シオニストユダヤ系大財閥資本家群の世界支配化目論見は、更に一歩近付くだけとなるからである。
北朝鮮国は同祖同血に在る日本民族が積極的に支援の手を伸ばし、自力更生が叶うべく協力すべきが筋で、北朝鮮国並びに韓国の人々が許せばとの条件は付くが、同心円の中に三国が同意して治まり、生活すべきが道ではあろう。
シオニストユダヤと漢民族中国に因る、北東アジアの不条理なる侵略と平定を防ぐ方法は、同祖同血に在る日本民族と朝鮮民族が小異を捨て大同に付く事、集結を見る事である。
現代に浮かび上がる
美空ひばりの笑顔は、
加藤清正や
西郷隆盛の不徳すら包み込む柔和さにはあり、
プレスリーに見られる晩年の淋しい背中とは、対照を成すものである。
NTA Essay 「侃諤」