「世界をあやつるユーロダラーの陰謀」
アジア国際通信・神保隆見
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何時の頃からか,奇妙な事件や出来事が連続的にマスコミを賑わしてきた。近年,それが次第に「日本社会の崩落」を連想させるほどにエスカレートしている。
“大人たち”はあれやこれや言ってはみるが,もはや理解の範疇を超えており,実は「一体何でこんな国になってしまったのか」とただ呆然としているだけだ。
“大人たち”の常識からはまったく理解不可能なのは,それらが70年代初期以降の「現代」に根を持った事件や出来事だからであろう。それほどに「現代」とそれ以前とでは,「時代的断層」が明確に異なっている。
「1970年以前にはまったく見られなかった新しい動き」がある。「実体経済」をはるかに上回る規模のパワーで世界経済を引っ張る「マネー経済」が登場したことである。
この怪物のようなパワフルな「マネー経済」の登場以後を「現代」,それ以前をさしあたり「近代」とでも区別しなければならないほどに,明確に時代が断絶している。
それは,1945年8月の敗戦以前と以後との違いのような誰の目にもハッキリと判る劇的な姿をとったわけではなかったが,しかしそれを上回る重大な歴史的大転換点であったであろう。
「世代」のワンサイクルは25年といわれる。
「70年以前」とえば,いまやそのワンサイクルをすでにオーバーしている。 ところが“大人たち”にとって「70年以前」などといわれてもつい昨日のようで,それほど遠い過去のことという実感はほとんどない。
●「バーチャル」が現実をリード
70年代以前には一定の存在感を誇示した「左翼」が70年代に入り「サヨク」になり,次第にメルトダウンしていったのも,「労働運動」はむろんのこと「労働者」そのものが解体され,単なる「消費者」に組み込まれていったのも,「70年以前にはまったく見られなかった新しい動き」と深い関係があるはずだ。
マネー経済が実体経済を支配するということは,無限に仮想現実(バーチャル)が現実を支配するということで,倒錯したオカルティズムへの「免疫不全症候群」が蔓延することになっても不思議ではない。
「テレビゲーム」が誕生し,やがて「ゲーセン」が若者たちの『殿堂』になっていったのも,それを用意した“大人たち”が「バブル経済」というバーチャルな「マネーゲーム」に狂奔する精神的土壌が準備されていったのも,「70年代以降」のことであった。
こうして70年以前の日本人とは全く異なった日本人へと気づかないうちに“改造”されていった。
「マネー経済」の中心には「ユーロダラー」があり,昨今の東南アジア「通貨危機」の主犯でもある。その淵源は1914年に業務を開始した『米連邦準備銀行』に辿り着く。
●世界経済を動かす力が変わった
英紙『エコノミスト』が「70年代のはじめ以降に現れた世界経済の最大の変化は,為替レートを動かす力がモノの貿易から貨幣の流れに変わったことである」と記したのは,1988年1月9日号においてであった。
だが,著名な経済学者のピーター・ドラカーが『Foreigin Affairs』(Spring1986)の‘The Changed WorldEconomy’という論文で,「最近10年間に生じた世界経済の3大構造変化」を指摘したのが,「70年代以後の新しい“歴史的地層”」を明確に示した嚆矢ではなかったか。
ドラカーが言う「3大構造変化」の1つは,「世界経済を動かす力は(財と・サービスの実際の需要に基づく)貿易ではなく,資本移動に変わった」というものだ。
他の2つは,「一次産品経済と工業経済との間の関連が断ち切られたこと」と,「工業経済それ自体においても生産量と雇用量との間の関連が断ち切られたこと」である。
これらは「1970年以前にはまったく見られなかった新しい動きである」。
●生産と労働が卑しめられる
70年代初期以降は,資本移動すなわち「マネーゲーム」が世界経済において圧倒的なパワーを確立し,すべての生産関係がズタズタに切断され,あらゆる種類の生産と労働がまったくの「バカバカしい行為」におとしめられた。
70年以前,生産と労働は「貧富の格差」(資本対労働の矛盾)という課題を抱えつつも,人間にとって疑いようもない重要な意義と意味を持っていた。
今でも生産と労働の重要性に何ら変わりはないのだが,いかんせん「マネーゲーム」の巨大なパワーを前にしては「奴隷的」な地位を確保するのがせいぜいである。 こうなってしまっては70年代以前の経験や知識はものの役にたたない。
●シーガル氏が明言したアジア通貨危機
最近の「欧米市場勢力」による「バーツ危機」を発端とするタイの金融混乱は,あっという間に“成長のアジア”全域を飲み込む「金融危機」へと拡大した。しかしそれとてなおことの前哨戦に過ぎず,「欧米市場勢力」の進撃は始まったばかりである。
日本はすでに“金融ビックバン”で仕上げを残すのみで,目指す本丸はシーガル氏が指摘したように,「反体制派を閉じこめるほどには強力だが,不法移民,海賊行為,盛んな麻薬取引,はびこる汚職を規制」できるほどにはすでに強力ではない「中国の国権」の空洞化,解体であろう。
つまり,中国を含む全アジアを金融的に征服することに違いない。
これは筆者が思いつきで想像していることではなく,上記したロンドン『国際戦略研究所』のジェラルド・シーガル上級研究員が,昨年10月9日付と11月14日付の『ヘラルド・トリビューン』で明言していたことである
あまりにも見事な“予言”ぶりなので,一部を以下に再度引用する。
「…悪いことに,欧州の通貨と経済を混乱させていた投機資本がアジア市場を揺るがし始めるだろう。投機筋はいくつかの市場を同時に攻撃し,お互いの通貨を防衛するというアジア中央銀行間の取り決めもこの攻撃を撃退できないであろう。ばかげているだろうか?そうした将来はかなり先のことかもしれないが,この数ヶ月間に,将来起きそうなことの前兆が見られる…」。
「アジアの金融危機」を仕掛けることができるのは「欧米の市場勢力」,すなわち「ユーロダラー市場を牛耳る勢力」以外にはあり得ない。彼らは,今やいかなる国家の資金力をもはるかにしのぐパワーを持っている。
ここが重要なポイントで,それはいつごろから顕著になったであろうか?
●ヴェロキラプトルのようなジョージ・ソロス
「ユーロダラー市場」がいかなる国家をも超越するほどの資金力を貯えたものとして姿を整える以前,すなわち1970年以前では,世界経済を動かす力は「財・サービスの貿易(実需)と深く関連した資金の国際的流れ」の範囲内にあった。
しかし,70年以降の世界経済はドラッカー教授が指摘したように,実体経済をはるかに上回る「資本移動経済」,すなわち「マネー経済」が世界経済を圧倒的に牛耳る構造に転換した。
昨今,「アジアダラー市場」で「アジア金融危機」を演出しているジョージ・ソロス氏は「シティー」の先兵に過ぎない。
“差別的”な話に脱線するが,彼は恐竜時代ならさしずめ「こいつに遭遇したら生き地獄さながらに殺される」といわれる「ヴェロキラプトル」(映画『ジュラシック・パーク』と『ロスト・ワールド』では「ディノニクス」)に例えたくなる。それは大きさは人間ほどで,足のツメは体に不釣り合いなほど大きく鋭い。いつまでも追いかけてくるしぶとさと,バネのような精悍さが売り物で,不気味なほど頭が良かったという。
●ユーロダラーの実力
「ユーロダラー市場」は1950年代に誕生し,70年代後半には1兆5000億ドルという規模に拡大した。
英・米・日の中央銀行が協力して,1日あたりの外為市場の取引高を初めて調査したのは1986年3月であった。
結果は「マネー経済」の想像を絶する巨大さと,ロンドン「シティー」の圧倒的な強さをまざまざと証明するものであった。
すなわち,ロンドン=900億ドル,ニューヨーク=586億ドル,東京=480億ドル,3市場の合計が1965億ドルとなっており,年間の取引総額は「実体経済」の15倍を上回る50兆ドル弱という“史上最強”の経済主体の姿が浮き彫りになった。
80年代後半には,世界の金融機関が相互に貸借しあうロンドンの「ユーロダラー市場」では,商い額が1営業日あたり3000億ドルを超え,年間75兆ドル(年間世界貿易の25倍)を扱うまでに急膨張している。
●「欧米の市場勢力」の実態とは何か?
ロンドンの「シティー」,すなわち「ユーロダラー市場」はロスチャイルド家,モンタギュー家,ウォーバーグ家,クライウォート家などが寡占支配する国際銀行群がコントロールしてきた「米ドル市場」である。
「シティー」はロンドン銀行間出し手金利(LIBOR)に連動させて,巨額な米ドルの貸付条件や金利を決定しており,このことはニューヨーク「ウォール街」が「シティー」の出店に過ぎないことを証明している。
「市場」の主役は米ドルであるにもかかわらず,そのドルはアメリカという「国家」の手を離れており,「最強の国家」であろうともまったく手出しができない。これは偶然そうなったのではなく,「ユーロダラー」を誕生させるために長い年月をかけ,恐るべき注意深さと徹底した秘密主義に基づいて仕組まれた「コンスピラシー」(陰謀)の結果であった。
それはジュラ紀の地上の王者「ティラノザウルス」のように,見るからに異形な姿をしているわけではないが,1970年代以降の「シティー」は名実ともにいかなる「国家」をも超越した“地上の支配者”となった。
若き日のクリントンがイギリスに留学したとき,担当教授から「植民地からの留学生か」といわれたことは有名な話だが,アメリカ合衆国はいつの間にか「シティーの植民地」になっていたのである。
◆暴かれた『連邦準備制度』のカラクリ
『連邦準備制度』の秘密のカラクリを初めて白日の下に引きずり出したのは,長い年月をかけて『連邦準備制度』を研究している米国の作家ユースタス・マリンズであった。
マリンズの研究成果を無断で盗んだ者は数知れずあったが,後にも先にもマリンズ以外にこれを研究した人物はいない。
マリンズが1953年にその著書『The Secrets of The FederalResserve』(邦訳『民間が所有する中央銀行』:秀麗社より1995年刊)を自費出版するまでの40年間,だれも『連銀』の実体や実際の株式所有者の名前を知らなかった(興味ある方は秀麗社03-3943-3400に問い合わせて下さい)。
マリンズが原稿を持ち込んだ出版社は18社にのぼったが,何のコメントもなく出版を拒絶された。19番目の『デヴォン・アデア出版社』の社長デヴォン・ギャリティは,「…この連邦準備の本の出版は忘れたほうがいい。印刷できるかさえ疑問に思う」とマリンズに忠告したという。
いずれの出版社も銀行家たちによる報復をおそれたのだ。
いわゆる「マルクス経済学者」であろうと「近代経済学者」であろうと,あるいは政治,歴史,社会などのいかなる学者も,また政治家や社会運動家といえどもマリンズ以前にこの最も基本的な「事実」に手を着ける者はなかった。
それ以後も真摯にマリンズの声に耳を貸す者はほとんどいなかった。
●合衆国の経済史における「独立記念日」
それは1914年11月16日から正式に業務を開始した『米連邦準備銀行』(以下『連銀』)の発足に始まる。この時,ポール・ウォーバーグは「この日は,合衆国の経済史における7月4日(独立記念日)と考えてもさしつかえない」と語った。
その意味するところは,「合衆国の経済すなわち『連銀』が合衆国から独立し,ロンドンのコントロール下に入ったこと」の祝福であった。
ポール・ウォーバーグについては改めて詳述するが,J&W・セリグマン国際銀行家一族の一員であるコロンビア大学経済学部長E・R・A・セリグマン教授が「…連邦準備法の基本的な特色は,国内のだれよりもウォーバー・O氏の業績である。…準備金と割引政策の執行という2つの基本原則…これらの原則はウォーバーグ氏の創造物であり,ウォーバーグ氏ただ一人に帰するものである…」(政治学学会「会報」第4巻第4号)と書いている人物で,ロンドンのロスチャイルドの“大番頭”であり合衆国における代理人であった。
『連銀』はドルを発行する発券銀行として,アメリカ国家の通貨と信用を管理する紛れもない「中央銀行」なのだが,『連銀法』を準備したメンバーたちは注意深く「中央銀行」の表現を避け(理由については改めて詳述する),『米連邦準備銀行』という奇妙な名称で人々を欺くことに成功した。
●『連銀』株主の大半は外国の商業銀行
信じられないことなのだが,『連銀』の株式は「シティー」の面々とその米国での代理人たちがすべてを握り,米政府は1株も所有することはできなかった。
しかもその大半を「外国」の商業銀行が所有するという異常な構成になっており,これらの事実はアメリカ合衆国の人民はもとより,いっさい誰にも知らされることなく,一部始終が徹底した秘密主義の厚いベールの中で進められた。
『連銀』の実質的な株主は以下の通り
ロスチャイルド銀行(ロンドン),ロスチャイルド銀行(ベルリン),ラザール・フレール(パリ),イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア),ウォーバーグ銀行(アムステルダム),ウォーバーグ銀行(ハンブルグ),リーマン・ブラザーズ(ニューヨーク),クーン・ローブ銀行(ニューヨーク),ゴールドマン・サックス(ニューヨーク),チェース・マンハッタン銀行(ニューヨーク)
この堂々たるメンバーをなんと表現したらよいのであろう。多少なりとも「文明化」された知的な人ならば,中世の「異端審問」めいた響きがあって二の足を踏むところであろうが,「ユダヤ国際資本の銀行」としか言いようがない。
●連邦準備制度理事会(FRB)
『連邦準備制度理事会』(Board of Governors of the Federal ReserveSystem::FEB)の理事(Governors)は合衆国大統領によって任命されるが,『理事会』の実際の業務の管理は,理事(Governors)と協議しつつ『連邦諮問評議会』(Federal Advisory Council)が行う。
『連邦諮問評議会』は,1914年1月7日に開かれた連邦準備制の組織委員会で選定された12の特権的都市の「金融地区」連邦準備銀行の役員(directors)によって選出されるが,『連邦準備法』に基づき一般には公表されない。
12の特権的都市とは,まず「金利を設定し,公開市場操作を指揮することによって合衆国の通貨の日々の供給と価格をコントロール」し,制度全体の真の支配者であるニューヨークが頂点にある。『連邦準備制度』発足の「論功行賞」で特別に選ばれたのがリッチモンド。
以下はボストン,フィラデルフィア,クリーブランド,シカゴ,セントルイス,アトランタ,ダラス,ミネアポリス,カンザスシティー,サンフランシスコで,これらの都市は,以後重要な「金融地区」として発展した。
最初の12地区の連邦準備銀行の株式は,それぞれの地区の国法銀行(連邦政府の認可を受けた商業銀行)が購入した。
『ニューヨーク連邦準備銀行』は20万3053株を発行し,1914年5月19日に通貨監督官が登録した。
ロックフェラーとクーン・ローブが支配する『ナショナル・シティ・バンク』が最大の株数3万株を取得。J・P・モルガンの『ファースト・ナショナル・バンク』が1万5000株を取得。この2つの銀行は後に合併(1955年)し,彼らが適すると思う者を『連邦準備制度理事会』の議長を指名することができるようになり,単独で制度全体をコントロールすることが可能になる。
他には『チェース・ナショナル・バンク』が6000株,ナイアガラ電力会社とその他の大企業を支配していたシェールコフ一族が所有していた『マリーン・ナショナル・バンク・オブ・バッファロー』(後の『マリーン・ミッドランド・バンク』)が6000株,ニューヨーク市の『ナショナル・バンク・オブ・コマース』(現在の『モルガン・ギャランティ・トラスト』)は2万1000株をそれぞれ取得した。
●『ニューヨーク連銀』が制度全体を支配
制度全体の実質的総本山『ニューヨーク連銀』の株式を所有するこれらの銀行の株主は,ヨーロッパのロスチャイルド家,ラザール・フレール(ユージーン・マイヤー/『ワシントン・ポスト』のオーナー),クーン・ローブ商会,ウォーバーグ商会,リーマン・ブラザーズ(後にクーン・ローブ商会と合併),ゴールドマン・サックス,ロックフェラー一族(シカゴ大学設立),そしてJ・P・モルガン財閥(ハーバード大学設立)であった。
彼らはアメリカ国家の根幹である「ドルの発行権」を独占的に握ることによって,世界中の金融市場の操作を可能にする「システム」を手に入れることになった。
その「システム」は,この世に本当にそんなことがあるのかと思わず疑ってしまうような,全くの無からいくらでも富を生むことが可能な“打ち出のこずち”になっている。
つまり,アメリカ財務省が国債を発行し,それを『連銀』が財務省に印刷させたドルで購入(財務省はただドルを印刷するだけで,所有権は『連銀』にある)し,その国債の利息は国民の税金で賄うのである。
『連銀』は『連銀』であるがゆえに,何の元手もなしに無限に富を手にすることができるのだ。アメリカが,巨大な財政赤字から永遠に逃れられないのはこのためである。
また個人も同様で,連邦所得税の半分近くが国債の利息支払いに充てられている。ただし,裁判(陪審制度)で「連邦準備制度は憲法違反である」という訴えが成立した場合,税金を支払わなくてもいいことになっており,実際に税金を払っていないケースが多数ある。