「(無題)」
【28日の東京株式市場は続落。日経平均株価は前日比256円安の終値1万5307円で取り引きを終えた】
確信していた年内のブラックXデーは結局発生せず、予測が外れたが、経済アナリストのほぼ全員が、ドル暴落、アメリカ経済破局から全世界大恐慌への予測を変えていないと思う。筆者も、サブプライム問題の抜本的対応がありえないこと。中国バブル崩壊が不可避であることなどから、大恐慌がタイミングの問題だけであるとの認識は変えられない。
なんで遅れているのかといえば、結局、巨大投資家の延命措置にすぎない。大暴落が発生すれば巨大投資家は存亡の危機に陥る。彼らのできることは、損失を大衆投資家に転嫁することと、経済危機を戦争へとすり替えることである。仮に、巨大投資家の誰かが、売り抜けを図れば、それを察知した他の巨大投資家が瞬時に売り浴びせの洪水を起こすことが確実で、誰が売り抜けを始めるのか、一触即発のタイミングに戦々恐々としているのだろう。
ゴールドマンに代表されるユダヤ系投資ファンドも、需要もないまま、これほど石油デリバティブを暴騰させてしまえば残るのは余剰察知と売り抜け暴落しか待っていない。こうなれば先物を大量に抱え込んだファンドの破滅が確実になるわけで、それを防止するためには、どうしてもイラン戦争から世界大戦へと突き進み、膨大な石油需要を作り出してもらうしかないのである。
そこでユダヤ・フリーメーソンのロボットであるアメリカ大統領、真のトップであるチェイニーを焚きつけ続けている。毎日、一触即発の空気であって、こちらもタイミングが成熟すれば、ただちに発生するだろう。藤原直哉レポートでは来年三月の可能性が強まっているという。もっとも、イラン戦争の必然性について、チェイニーは一昨年から、毎年春先に危機を煽り続けている。これは石油需要がゆるみ、ファンドの暴落損失を防ぐ狙いがあるのだろう。
余談
筆者は、30歳代あたりから50歳に至る20年以上、猛烈なノイローゼに包まれて過ごした。自分を見失ってから、精神状態がおかしくなって常識的な規範が理解できなくなる。最初は躁状態で、やがて自分の異常性に気づきはじめて、なんとかしなくてはと思い始めると鬱状態になり、心の重荷に押しつぶされる暗い毎日になる。
20年もの間、視界にはぼんやりしたベールがかかっていたようだった。鮮明な思考のピントがとれず、理屈はそれなりに解るが、感覚が戻らない。本当に辛い毎日だったが、あまりに長いと、本来の自分がどのような人間だったのかさえ忘れてしまう。いわゆる「空気読めない病」ということになり、どうしてもピントが合わず、回りの人たちとの乖離に苦しんだ。
筆者の場合、そうなった原因はたくさんあるが、元々独善的で協調性に欠けた性格の土台の上に、反権力市民運動に情熱を注いでいたのに、世間はバブルに向かい、人権より金儲けという風潮に、どうしていいのか分からなくなったこと。自分自身もまた、資格マニアになり、反権力の姿勢を見失ってしまったことなどがあり、それに自転車で飛び出した子供を轢いて死なせるという交通事故が最後のトドメを刺した。
一時は、完全な精神分裂病と断定されるレベルまでひどくなった。辛うじて仕事はできたが失敗ばかりで、うまくいかなかった。タクシー運転手になってからも「空気読めない病」は人間関係の微妙な感覚を、どうしても把握できなくて困ることが多かった。
当掲示板にも、当時の自分を彷彿させる「空気読めない病」の人が、ときどき現れるが、かつての自分を思い出して、どうしたら微妙なピントを回復させてあげられるか悩むことがある。
筆者は同情できるから、よほどでなければ削除などしないが、死刑板など掲示板支援をいただいている方、船長氏などは、ピントずれが、どうしても許せないようだ。秩序を乱すという感覚だろうか?
しかし、願わくば、人に対しては寛容であっていただきたい。彼らは自己主張しながら、かつての自分がそうだったように、見失ったミッシングリングを探し回っているのだ。そして、対話を重ねながら、薄皮が剥けるように本当の自分を思い出してゆく。
今、自分のアイデンティティを見失って焦っている人が激増している。
周囲を見渡しても、完全な安定を保っている精神の持ち主などほとんどいない。みんな病んでいる。だから死刑制度賛成者が増えるのだ。病んだ人間でなければ死刑などに賛成しない。みんな、自分の人生のより所を探し回って、苦しみ、うめいている。
金儲けか? 学歴か? 地位か? 配偶者か? 豪邸か? セレブ人生か?
違うんだよ。見失った大切なミッシングリング、それは忘れてしまった人情なんだ。人生で一番大切な宝、それは人情なんだ。
それさえ思い出すことができれば、必ず、人生と社会に対する鮮明なピントが戻ってくる。
ピントを失うことは辛いことだ。世間の人たちは異常だと決めつけ、少し変になると、小馬鹿にしたり迫害しようとするものが出てくる。いわゆる潔癖症人間で、それ自体が異常なのだが、自分の価値基準に合わない者を異常と決めつけ排除したがるのだ。
ピントが合わないで焦っている者が排除されると、ますます焦り、人間不信と自分自身に対する不信が募り、絶望的な気分に追い込まれる。
排除なんかしなくていい。人は誰でも、みんな苦しんでいる。苦しむために生まれてくるんだ。排除すれば、本当は、された側よりも、した側が追いつめられることになる。苛酷な自分を正当化しなければならなくなり、あらゆる人に苛酷を要求しなければ生きてゆけなくなる。
人に優しくすれば自分に優しくできる。自分を追いつめなくてすむようになる。世の中は因果応報だと知ってほしい。
(もっとも嫌がらせ荒らしを排除しているのは、書き込んだ本人のためだ。人を馬鹿にすればするほど、実は自分を馬鹿にしていることになる。地獄ロードにいることを教えてあげるために、断固排除しているのだ)
ノイローゼは必ず治る! 世間に対するピントもやがて戻ってくる。そのスピードを決めるものは人に愛されることだ。「愛されていない」と知らされるなら、回復は遠のくだろう。どうか、苦しんでいる人を追いつめる姿勢はやめていただきたい。
TOUKAI