
1. 四方を威圧する冷徹な目
いったん親密さを現すとその後はきわめてスムーズに進行したが、ロシアの大統領との会見には、ひたすら消耗させられたばかりでなく、その冷徹なまなざしに射すくめられてぞっとしたことも、たびたびであった。じっと凝視するまなざしはこう語っていた。「俺が仕切っているんだ」
モスクワの西の郊外にある、白樺ともみの林に取り囲まれたロシア王朝風の大統領の別邸、ノーヴォ・オガレヴォ。なぜあのプーチンの私邸を警護する警備要員があんなに少ないのかという理由は、もしかしたらこの威圧する眼力のせいかも知れない。
2. オリガーキーのベッドタウンを抜けて
モスクワの都心からそこまでは、車で25分ほど要する。近代的ロシアの街並から、やがてソ連時代の凡庸なアパートが延々と続く団地を通り過ぎ、新しい世代のオリガーキー(ロシアのプチブル官僚)御用達の、ベルサイユ様式とチューダー様式をないまぜにしたような瀟洒なマクマンションが林立し、プラダやグッチのような「ありきたりの」贅沢なブティックだけでなく、ランボルギーニやフェラーリまで取りそろえた超高級ショッピングモールが立ち並ぶのを横目にしながら、郊外へと抜ける道程である。
3. 狙撃手が警備する郊外の私邸
ダーチャ(ロシア語で別邸)のネオクラシックスタイルを模したゲート(赤坂迎賓館のようなゲート?)に到着したら、乗っていた車はそこへ停めて、クレムリン側で用意した一台に乗り込まなくてはいけない。その送迎用の車は、てっぺんにすでに雪をかむってしんと静まり返った樅の木の、鬱蒼とした木立の中をゆっくりと走り抜けてゆく。同乗した側近は、敷地のいたるところで物陰に隠れてこちらに狙いを定めているスナイパーの注意を引くような、挙動不審の行為をとらないようにと注意する。ここはなにしろ、あの55才のプーチン猊下の職場なのである。(彼が妻とふたりの20代の娘と一緒に私生活で住んでいるのは、この森のもっと奥深くにある邸宅である)
4. 飾り気のない広大な大統領執務室
邸内の部屋は、やたらにだだっぴろく感じられた。最近リノベーションを行なったばかりらしく、ほとんどの部屋がガランとしていた。われわれ一行が、広々としてはいるがスパルタ式に飾り気のないプーチンの執務室へまさに足を踏み入れようとしたとき、中から入れ替わりに出てきたのは、ロシアでも最もパワフルな閣僚たちであった。プーチンの側近のトップ(メドベージェフ)、彼の政見アドバイザー、ロシア議会下院議長などである。彼らはみな一見して高価なオーダーメイドと看てとれるりゅうとしたスーツに身を包み、スマートな黒いブリーフケースをたずさえていた。
5. ディナーを交えて破格の3時間半の会見
プーチンはといえば、本来は外国の記者と直接会見することはめったにないのだが、われわれには執務時間から3時間半もさいて、インタビューに宛ててくれた。この会見は、まず最初に彼の執務室で行なわれ、その次には階上へ上がって、細心にして完璧なフルコースディナーをとりながら行なわれた。ディナーは、ロブスターと椎茸のサラダに始まり、蟹の爪のホットソース添え、ワインは年代物のピュリニー・モンラッシェとチリ産のカベルネが供された。
6. 第一印象「小矩に秘められた権力への意志」
プーチンの与える第一印象は「秘めたるパワー」である。彼は小柄で、敏捷だが無駄のない動きをする。の引き締まった体躯は、長年黒帯の有段者として鍛えた柔道の鍛錬と、早朝に欠かさない1時間以上の水泳のおかげである。身長にして5フィート6インチ(約170cm)というロシア人にしては「チビ」の部類に入るが、だからこそ反動で、逆に腹の据わった自信と鋼のような強靭な精神を身につける原動力になったのでは、と憶測させられる。しかしプーチンは、その鋭く削ぎおとされた頬と鋭く射るようなまなざしからして、紛れもなくロシア人の風貌を備えている。愛嬌は彼の魅力の片鱗ですらない。会話の合間には、お愛想のひとつさえ口の端にしようともしなかった。
7. うちに秘めた強靭な自己統制
彼と会った者の中には、プーチンはまるで自分の内に秘めた戒律に絶え間なく畏敬の念を払っているかのようだ、と感じられる方もいるかもしれない。しかし、大酒飲みで最後には悲劇的に幕を引いたボリス・エリツィンの後継者であるからには、プーチンは否が応でも激昂することなく、乾杯の音頭をとって祝杯を挙げるときだけ、グラスのワインをちびりちびりと口にする程度にならざるをえないのだろう。そんな塩梅でディナーの間中もっぱら、彼はモンラッシェの入ったグラスをゆっくりと回していた。彼は概して小食だったが、ロールパンのパン屑をパン皿からひっきりなしにつまみ出していたのが印象的だった。
8. 座右にブラームスとビートルズとバイブル
ディナーの料理を口に運ぶ合間合間に、プーチンは自ら口を開いたときだけ、きわめて僅かではあるが彼のプライベートな側面のディテールをぽつりぽつりともらした。クラシックの作曲家では、ブラームス、モーツァルト、チャイコフスキーを聴くとリラックスできること。彼の好きなビートルズの曲は『イエスタデイ』。生涯まだ一度もe-メールを送ったことがないこと。そして(驚いたことに)公的には無神論の共産主義国家に育ったにもかかわらず、彼はキリスト教の信者で聖書も時々読むこと。その聖書は大統領専用のジェット機に常備しているそうである。
彼はつまらない会話には横暴とも言えるほど我慢できないそぶりを見せたが、自分自身の口から発するメッセージに対しては、完璧とも言えるほどしっかりと内容を表現をしていた。
KGB退役後公職への登竜門となったサンクトペテルスブルク市 元市長の命日の供養に未亡人を訪れたプーチン
by米流時評