ブット暗殺の真犯人こそパキスタン民主化とテロ戦争の敵である

ベナジル・ブット元首相の暗殺は、衆人環視の中で堂々と行なわれた。現地のテレビ局も実況で放送していた最中であり、他にも多数のメディアカメラマンが暗殺の瞬間をビデオに収めていた。銃撃のあと自爆テロという経過もいくつかの異なる距離と角度から、犯人の武器とぼけた姿が映像証拠として残った。
下のビデオクリップは暗殺時、車の両サイドのガードマンが銃声で一斉に後ろを振り返った瞬間
世界を駆け巡った訃報
世界のニュースメディアで最初に発表になった言葉は「パキスタンのブット元首相が選挙遊説中に暴漢(テロリストとはまだ指摘していなかった)に襲われ、病院に収容された」という短い一行のセンテンスで、重傷なのか軽症なのかは不明だが、命は助かったようなニュアンスであった。(CNNのニュース速報)しかし急転直下、暗黒の暗殺事件として世界に衝撃が走ったのはそのあとである。「ブット女史は自爆テロに襲われ、病院へ収容後死亡」という、これもまた実にあっけないほど簡潔な「臨終通知」であった。
即決でタリバン犯人説
しかし、ことが込み入ってきたのはこのあとで、パキスタン捜査当局の最初の発表では、テロリストがブットの車を襲って自爆したので、ブット女史は死亡、車を取り巻いていた群衆十数人が爆破の巻き添えで死亡したというもの。これが、27日暗殺当日の夜の発表。その翌朝28日の記者会見で、チーマ内相は、証拠も理由も挙げずに「犯人はタリバンシンパのムスリム過激派」とずばり指摘。あまりにも早い断定が不自然な印象を残した。
諜報の会話傍受でメスード犯人説
さらに翌日にはその疑問に答えるように、パキスタン諜報が傍受したテロ指令者と思われる人物の電話での会話を公表。それによると、タリバン系パシュトゥン部族叛徒のリーダーであるメスードのネットワークの会話で「あの二人の連中は若いのに、ブットを狙った大仕事を首尾よくやった」という賞賛の言葉を傍受したと言う。だが、政府側の解析する暗殺劇の筋書きが、あまりにも不自然に急旋回したのはこのあとである。
銃創から打撲傷へ死因を変更
それまでのブットの死因の説明では「直接の死因は後部から狙撃され、後頭部の首に命中し頭部へ貫通したために脊髄を損傷したのが致命傷」となっていた。世界中のメディアもその発表通りに報道し翌日にはそのビデオも発表され、犯人の身元は不明と言いながらも、医学的な死因は解明されたと世界中が信じていた。しかしムシャラフ政権チーマ内相は、29日の記者発表でその説を根本から覆したのである。新しい説明では、死因は銃創ではなくその直後の爆破の際にブット女史が急いで車内に戻ろうとした際に、車の部分に「自ら」頭部を激しくぶつけた「打撲挫傷」のためだというのである。
タリバン側が全面否定
ここにいたって、それまでもムシャラフ政権の暗殺とのかかわり合いに疑惑を抱いていたパキスタン国民の怒りが爆発した。余りにも適当な捜査と捏造内容の記者発表。それ以降は二転三転する説明がすべて胡散臭く思われるようになったのは言うまでもない。この疑惑に追い打ちをかけるように、今度は暗殺指令の犯人として名指しされたタリバンシンパの首領メスードがAP記者へ連絡を取り「俺たちはやっていない。タリバンは女に手を下したりしない」というのである。
従来タリバン、アルカイダを始めとするイスラム過激派は、テロ事件が起るたびに間髪を入れず犯行の事実と実行者名を、サイト上や時にはスポークスマンの記者発表連絡などで「誇らしい戦果」として発表するのが通常であった。したがって、この場合はあえてわざわざ否定していることから、情けないことだがメスードの説の方がパキスタン政府の説明よりも信憑性がある。
馬鹿も休み休み……
これ以降は世界のメディアも「ムシャラフ政権の隠蔽」とか「独裁政権の捏造」というタイトルを使用するのに躊躇しなくなった。この傾向に拍車をかけたのが、チーマ内相がメディアへ手渡した犯人ふたりの、「死体の頭部」の写真。首もちぎれるほどの爆破力でなぜ顔が破壊されなかったのか。カラー写真でないので確認しようがないが、どう見ても下手な制作者がこしらえた「ダミー」にしか見えない。いったいこの政権は、パキスタン国民は元より、世界の良識ある市民をからかっているのか。捏造、愚弄にもほどがある。
スコットランドヤードが捜査担当
ことここにいたって、本来ムシャラフ政権を支援してきた欧米の政府関係者も、疑問を公にするようになり、米国もFBI専門家の捜査を申し出たが、1月2日の段階で事件への他国の介入を一度は拒絶したムシャラフ政権も内外からの圧力に抗しきれず、ついに英国のスコットランドヤードの独自捜査の申し出を承諾せざるを得なくなった。事件直後の現場が警察当局の手でホースの水で洗い流され、犯人確定の決め手となるDNAもきれいさっぱり消失してしまった現在となっては、捜査の難航も開始前から予測されている。さらには、叛徒側なのか政府側なのか、どちらが暗殺指令を下したにしろ、命がけの捜査妨害が待ち構えていることだけは確かである。
【米国時間 2008年1月2日『米流時評』ysbee 記】
