
後継者に指名されたメドベージェフ、速攻で新首相にプーチンを提案
総選挙圧勝から1週間で次世代ロシア体制の基礎を確立したプーチン

1. 首相職の権力拡大も視界に
プーチンは、大統領の三期目に立候補することは(二期までという制限を超えるため)憲法で禁止されているが、いったん大統領の座から降りても、明らかに強大な権力を振るう役割にとどまりたいようである。メドベージェフの今回の提案は、特にもしも首相の権限が拡張するように憲法を改訂するならば、プーチンにそのような役割を与えるものである。この場合は、新しく選出された国会の議席がプーチン支持派の国会議員によって寡占されたために、その体制はすでに整ったと言えよう。
10月22日 モスクワ郊外ノヴォ・オガレヴォの首相の私邸で密談?するプーチンと現行のズブコフ首相
2. プーチン後任指名の翌日に提案
今年42才のメドベージェフは、これまでの経歴の大部分をプーチンの忠実な側近として過ごしてきており、大統領指名を受けた翌日に、今度は逆に彼がプーチンを首相に推すよう提案したという経過を見れば「ほとんど確実にプーチン大統領との事前協議で指示を受けた」と解釈するのが当然であろう。
「ロシアの大統領に立候補する私自身の心構えをはっきりと表明するためにも、わが国の新しい大統領を選出する選挙が終わった暁には、私はプーチン大統領に対して、彼が『ロシア政府を統率することに同意する趣意書』を国会に提出するよう求める提案書を渡しました。」メドベージェフは、プーチンから次期大統領候補の指名を受けた翌日に、テレビ中継でこう語った。
上と同じ私邸の会議室で地図をバックにしたプーチン ロシア地図にしっかり日本列島が入っているのが不気味
3.
「プーチニズムの踏襲と完成を目指す」
プーチンがメドベージェフを後継者に指名したことで、彼が大統領選で勝利を掴むことは実質上確実となった。メドベージェフはまた「ロシアは過去8年間プーチンによって推進されてきた政策を、選挙後も継続して遂行するべきである」と今後への抱負を述べた。
メドベージェフのプーチン政策への支持と、プーチンが大統領任期満了後は首相になるように提案した事によって、「果たして彼は純粋に独立した大統領でありえるだろうか?それとも基本的にはプーチンの言いなりの傀儡になるのだろうか?」という疑問を投げかけたことは疑うべくもない。
11月の選挙運動中に氷雨降るサンクトペテルスブルクの広場に集まったプーチン支持派の若者たち 子供まで参加
4.
威圧的プーチニズムを緩和するソフトパワー
従来プーチンは公式の場では、ともするとロシア流ナショナリズムの推進者としてのプライドを必要以上に誇示するあまり、強面(こわもて)な印象を与えがちだった。プーチンの見せるこういった特徴が災いして、とりもなおさず欧米諸国からは危険人物視される傾向があったことは否めない。それにひきかえ後継者に指名されたメドベージェフは、威厳はあるがややもすると近寄り難く冷徹に見えるプーチンに比べて、はるかに穏健で親しみやすいイメージを与えている。
ミサイル・シールドならぬ本物のシールド(楯)をかまえるプーチン ドイツ訪問先のバヴァリア地方で
5. 「世界に冠たるロシアが復活」
「ロシアに対する世界の態度は変わった。彼らはもう昔のように、我々を小学生扱いして教えを垂れるようなことはしない。彼らはわれわれに敬意を表し、優遇するようになった。ロシアは国際社会において、ふたたび偉大なる地位に復活することができた。」メドベージェフは、国営テレビ局の放送でわずか3分間ではあったが、このように最近のロシアに対して抱く思いを語った。
93年モスクワ赤の広場で気炎を上げる今は亡きイェリツィン プーチンは彼の抜擢でクレムリン入りを果たした
6. 軍事威圧型タカ派イワノフと対照的
メドベージェフはまた、ソビエト連邦崩壊後、予算のつけられないまま何年も放置されてきたロシア政府軍を再建するために、プーチン大統領の指揮の下に続けられた防衛力復活の努力に対して賛辞を惜しまない。「わが国の防衛と安全保障体制は、プーチン大統領の下で格段に増強された。」
しかしながら、このような軍事力強化への手放しの信念を表明しているにもかかわらず、メドベージェフ自身はクレムリンのロシア政府内では、軍事体制重視の強硬派とは見られていない。むしろ、プーチンの後継者と看做されていた、メドベージェフと同じ地位のセルゲイ・イワノフ第一副首相に代表されるような、タカ派とみなされる他の閣僚メンバーとは対照的である。
プーチンと密談するイワノフ この人に決まらなくて良かったと思わせる陰険な雰囲気 KGB出身の強硬外交派
7. サンクトペテルスブルク時代からの子飼いの側近
メドベージェフとプーチンの両者は、1990年代初頭には、ともにサンクトペテルスブルクで、改革主義者のアナトリー・ソブチャック市長の指揮下に、市の自治体に勤務していた。その後1999年にプーチンが首相になった時点で、プーチンはメドベージェフをモスクワへ引き連れ、内閣側近のトップの地位に就けた。その後もメドベージェフは、プーチンの大統領就任と対応して大統領直属の副参謀官へと昇格し、2002年には天然ガス供給の国営公社ガスプロムの取締役会長に任命された。2003年には大統領補佐官となり、2005年には第一副首相を任命され今日に至っている。 [了]
かなり険しい表情のふたり メドベージェフは20代半ばから自治体弁護士としてプーチンの補佐役の側近中の側近
米流時評