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その積もりになれば、独裁者的権力を自由に振るうことの出来るのが知事というものらしい。だから、知事になると、皆さん、少しずつ頭が狂ってくる。長野県の前知事田中康夫にもその嫌いがあって、県民からその独善的手法を忌まれて職を去ることになった。この田中知事を破って知事になった村井仁も、早くも乱心の兆しを見せている。
知事に就任した村井仁が最初にやったことは、長野五輪招致委員会の帳簿焼却というスキャンダルに蓋をしてしまうことだった。会計帳簿を焼き捨てるという明々白々な不正行為に調査のメスを入れたのは、ほかならぬ田中康夫元知事だった。彼は調査委員会を発足させ、使途不明金9000万円の行方を追及していたのだが、村井現知事はこの委員会を解散させると言い出したのだ。
続いて現知事は、長野県のHPから前知事関係のデータを削除するという暴挙を敢えてしたと思ったら、今度は県議会の反対を押し切って子飼いの秘書3名を任期付き県職員に採用した。国会議員だった村井が、それまでの秘書の再就職のために奔走するのは美しい話である。だが、元秘書を三人までも県職員に押し込み、これの給与に県民の税金をあてるということになれば、話は違ってくる。これは明らかに県財政を私物化する行為なのだ。選挙の際、村井知事を支援した県会7会派が、この件について問責決議案を提出しようとしているのも当然といえる。
村井知事は、当選後しばらくの間は、田中前知事の放胆な態度とは反対に、慎重に身を持してきた。県内各方面を歴訪して礼を尽くし、丁重な口調で旧来の慣例を守ると誓って来たのだ。ところが、程経て村井知事のやりだしたことときたら、田中前知事も仰天するほどの独善的行為、無法行為の連続だったのである。
村井長野県知事が「慇懃無礼」の典型だとすれば、石原慎太郎東京都知事は「傲慢無礼」の典型なのだ。
他の知事たちが緊迫している財政を配慮して国外視察を控え、国内に出張する際にも一泊2万円程度のホテルに宿泊しているのに、石原都知事はやたらに国外に出かけ、一泊20万円以上のホテルに宿泊している。しかも、随員を多数引き連れての大名旅行である。そして公金の濫用を追求されると途端に不機嫌になり、声を荒げて相手を叱りとばす。
石原都知事が記者から気に入らない質問をされたときに放つ愛用の言葉は、「あんた馬鹿じゃないの」「馬鹿なことをいいなさんな」「馬鹿言うんじゃないよ」などだ。「馬鹿」「馬鹿」と連呼するのが、日本国の首都・東京都民を代表する石原慎太郎の特技なのだ。作家出身の看板を掛けながら、その語彙の貧困なこと彼の軽蔑してやまない「ババア」にも劣るのである。
石原慎太郎の政治手法は、かつての盟友ハマコーによく似ている。
ハマコーは国士を気取り、弱者に対しては悪口雑言を浴びせながら、金丸信の前に出ると平身低頭、その足を舐めんばかりだったという。石原慎太郎もアメリカに屈従する政府を攻撃して反米保守の国士を気取りながら、後援してくれる宗教団体教祖夫人の前に出ると見苦しいほどに愛想を振りまき、その様子はまるで幇間のようだったといわれる。
こういう傲慢無礼な人物を東京都民は、どうして支持するのだろうか。
小泉前首相は、格差を広げて多数の「負け組」を生み出しながら、その「負け組」の心を右翼的パフォーマンスによって癒して彼らをも味方にした。石原慎太郎の成功も、基本的にこれと同じやり方から来ている。
少しでも東京で暮らしてみると分かるけれども、首都東京には恵まれた階層と恵まれない階層が雑居しており、その比率はおおざっぱに言って、1対2くらいになっている。戦後に、生まれてはじめて東京見物にやってきたお袋は、感に堪えたように言ったものだ。──「東京にはお金持ちばかり住んでいると思ったら、田舎よりもっと貧乏な人がいるんだねえ」
東京には、大企業に押される中小企業や、スーパー・百貨店に太刀打ちできなくなった中小商店や、田舎から出てきたものの一向にうだつの上がらない中小市民が存在する。美濃部都政はこれらの階層を意識して福祉政策を実行することで人気を得ていたが、石原都政はこれらの階層を切り捨てているにもかかわず彼らから支持されている。石原は、中国や韓国を排撃し愛国主義を声高に唱えることによって欲求不満の中小都民から喝采を浴びているのである。
全体の三分の二をしめる中小都民は、恵まれた階層の良識やリベラリズムに反感を持っている。だから、反動的な政治家が、エリート層の国際協調論や平和主義を攻撃すれば人気が出るのだ。これこそ、ポピュリスト(大衆迎合主義者)の手口であり、狡猾な政治家の常套手段なのである。
こうしてみてくると、慇懃無礼にしろ、傲慢無礼にしろ、独裁的な権力の所産であることが判明する。反省力のない人物に権力を与えることほど危険なことはないのだ。
コメント(1)
石原慎太郎は、恵まれない階層を切り捨てているにもかかわず、愛国主義を声高に唱えることによって彼らから支持されている。これこそ、ポピュリスト(大衆迎合主義者)の手口であり、狡猾な政治家の常套手段なのである。反省力のない人物に権力を与えることほど危険なことはないのだとのこと、そんなところでしょう。
AMAKARA