気分も滅入り体調も優れず薄ボンヤリしている時に、なぜか脳内に現れそれを解きほぐし和らげて呉れるのが、あの”

美空ひばり”の笑顔と対話であり”、

エルビスプレスリー”の躍動感溢れるステージ、ともに故人となって久しい日米両国の大歌手だが、それぞれの国家、或いは広く世界にも、文化的、或いは、精神的に、少なからずの影響を及ぼしたと云う点では共通するものがあり、その意味で云えば偉人と呼ぶのに相応しく、
戦後に出現したまさに”女”と”男”の代表、文化の創造者である。

プレスリー42歳(1935〜78)、

美空ひばりが51歳(1937〜89)と、余りにも早すぎる年齢での離世ではあったが、今も尚、意識さえすればより強く脳内に蘇る二人の幻影、還暦を優に過ぎた今に在っても、それは益々明確に蘇り、目前に現れる、二人は神様のような存在ではある。
基より、神様の尊顔など一度足りとも拝したことはないが、精神的下支えのバックボーンともなるプレスリーとひばりは別格の存在、昭和天皇、或いは、亡き両親に対する畏敬や感謝の念とは異なる意味で、更には、ヒーローやヒロインと云う浮薄なイメージでは顕わせない点で、自己規範の修正部位を司って呉れている神そのものと云う事にはなる。
プレスリーはユダヤ系民族の血を引く米国人、
美空ひばりは朝鮮系民族の血を引く日本人、
http://blue.ap.teacup.com/97096856/1617.html
出生系譜を遡ればその様にもなる様だが、米国と日本の両国ではともに数的にはマイナーながらも、際立って浮かび上がるのが畏敬なる存在、逆に言えば、彼等にとっての二十四時間は周囲に集まる熱狂的支持とその外縁に位置する蓋然的畏怖、その闘いではあったろう。
だが、
ひばりと
プレスリーの決定的な相違点が何かと云えば、誕生の地に在りながら明らかな民族差別の対象とされて来たユダヤ系と朝鮮系と云う、所謂、差別下に置かれた民族としての意味は同じでも、米国に於ける一方の差別する側にはユダヤ系民族が紛う事なく存在していたし、また今も尚その構図(利用)が存在する事に変わりはないが、
日本国内に於ける朝鮮民族はどうかと云えば、仮初にも少数且つ被差別下に在る事を喧伝利用し、時と場合に拠っては大量虐殺を同一民族に強いたり、若しくは、強いられて来たかと云えば否、同祖同血に成る日本民族の狭隘な偏向心に因って、斯かる不条理行為を強いられた事は間々在っても、同じ民族間でそれも強欲目的成就の為に、明確なる殺戮を謀り実行するという事はなかったし、少なくとも、南北間に分かれてはいても日本に住まう朝鮮民族同士で殺め合う事はなかった。
僅かに手にする史書や書物から学ぶ民族の流浪史からは、特に、差別と迫害に遭い続けたユダヤ民族の悲惨な歴史を学ばされる事を常とし、且つ、二千年有余の今日へとそれは未だに続いているとされ、ディアスポラに流され続けた不遇なるユダヤの民は民族であるとの認識をも強く抱かせて呉れ、
更に云えば、斯かる、ユダヤ民族イコール、遍くの世界にも常識として広がっている非業の民である事すら知らしめても呉れているのだが、同一ユダヤ系の民をヒトラーの手に引渡し、奈落の底に突き落としたとされる選良の民ユダヤ民族が、真に存在しなかったのかと云えば、こちらの事実に関しては未だ検証途上と捨て置かれた侭とされている。
歴史の墓が掘り返されぬ間は、或いは、よしんば掘り返されても、選良民の手に権力が握られている限りは、延々として検証に付される事すらなく、況してや、自ら(選良の民)を貶める様な不条理の歴史開示等する由もない。
42歳と云う若さで此の世を去ったプレスリー、アメリカ南部で育ち、黒人霊魂歌を唯一白人で顕わしたとされる彼、生誕七十三年の今日に於いて若し彼が生存下に在れば、シオニストユダヤ系大財閥資本家群が不条理を以って現に取り仕切る、アメリカ合衆国社会を如何様に評価し、破壊、悲嘆、祈りを、渾然一体として鏤めた<自己主張>の歌として、65億の人類に流して呉れたのであろうか。
NTA Essay 「侃諤」