<天皇を利用してきたアメリカ>
米国(=国際ユダヤ金融資本家たち)
『属国――アメリカの腕に抱かれ続ける日本』の中で、
ガヴァン・マッコーマックは、日本の戦後史を概観しながら、
特に、2000年以降、

小泉純一郎政権下で、日本がどのように変貌していっているか、
を細かく、詳しく記述している。
そして、
アメリカは、
日本を「極東のイギリス」(the Britain of the Far East)に仕立てようとしている、とマッコーマックは主張している。
言い換えると、アメリカは、世界全体を支配する帝国として膨張し、
その中で、小泉政権下の日本を、
戦争の出来る、アメリカの忠実な家来(vassal、lackey)として
行動できる国家にしようとしている、ということである。
マッコーマックは、
戦後、アメリカが日本を属国として支配するために、

天皇を利用してきた、と、
第1章「永遠に12歳の少年?」の中で、主張している。
彼の行っている主張の核の部分を以下に引用したい。
(『属国』第1章から引用はじめ)

エドウィン・ライシャワー(Edwin Reischauer)は、太平洋戦争初期の1942年に、米国務省に対して、戦後の日本管理についてのアドヴァイスを行った。
その中で、ライシャワーは
、「日本をアメリカの操り人形となるように改造すべきである」と主張した。
そして、
その目的のために、天皇を利用すべきだ、とも主張した。ライシャワーは、
日本が満州国(Manchukuo)支配の目的のために、中国の「最後の皇帝」だった
溥儀(Pu Yi)
http://www.youtube.com/watch?v=RG3GPsphO-w
を利用したように、
「天皇をアメリカの日本支配のために利用すべきだ」、と主張したのである。(2ページ、訳文は評者)
アメリカは「日本が独特の国家であり、
そもそも他のアジア諸国とは根本的に異なっている」と主張した。
また、アメリカは、
日本が東アジア諸国で構成する共同体(an East Asian community)に参加することを許さなかった。それは、日本占領の初期段階から、アメリカの根本的に重要な政策となってきた。
天皇は、その地位にとどまり、戦犯としての追及を逃れることで、日本を、保守的で、親米国家とすることが出来たのだ。天皇を罰するのではなく、日本国家の空虚な、しかし象徴としては大きな中心(the empty, but symbolically rich centre of the state)として、新しい役割を演じるようにすることで、アメリカの国益は増進されてきたのだ。(2ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
天皇は、戦後、政治に関わらない、「国民統合の象徴」としての存在とされてきた。しかし、マッコーマックは、
戦後日本がアメリカの属国として改造されていく上で、天皇が果した役割を強調している。
天皇の存在を利用して、
アメリカ(国際ユダヤ金融資本家たち)
は、日本を、アジアから孤立し、
米国に依存するしかない、属国となるよう仕向け
てきたのである。span>
上に挙げた引用部によって、日本の右翼、愛国勢力は怒りを募らせることだろう。しかし、この第1章の中で、マッコーマックは、更に続けて、日本の最近の状況、特に小泉政権下における諸改革について、次のように書いている。長くなるが、以下に引用したい。
(『属国』第1章から引用始め)
日本の諸改革は、日本を改造することを目的としていた。改造する対象は、国家体制、アイデンティティ(identity)と国家の役割の概念、そして戦後の民主政体であった。諸改革によって、官僚が主導する、「資本主義的発展志向国家」(the bureaucratically guided ‘capitalist developmental’ state)は消え去ることになるであろう。
この「発展志向国家」によって、日本は奇跡とも呼ぶべき、経済成長と平等な社会を達成することが出来た。しかし、諸改革によって、日本のシステムは、そのモデルは消え去り、アメリカ型の、新自由主義的で、規制を無くし、民営化がなされる、小さな国家(small state)に取って代わられることになるのだ。
終身雇用制(lifetime employment)、家族主義経営(corporate paternalism)、機会が平等に与えられる教育制度(egalitarian education)そして、国民皆福祉(保険)(universal welfare)のような、1970年代の
田中角栄首相が創設に深く関わった諸制度は消え去っていくのだ。
更に言うと、日本は、冷戦(the Cold War)時代、戦争放棄を定めた平和憲法を持ち、外交的には一歩退いた形で、米国に依存する関係を続けてきた。アメリカは、そうした関係を次のように変えようとしている。アメリカは、日本との関係を、軍事力を備えながらもアメリカに従属する同盟関係にしようとしている。アメリカは、日本を、アメリカに依存し、従属する、核兵器を保有する超大国(a dependent nuclear superpower)、端的に言うと、「極東のイギリス」(’the Britain of the Far East’)にしようとしているのだ。(4ページ、訳文は評者)
小泉、
安倍政権下で遂行されてきている「革命」の実体は、日本に僅かながらも残されていた、自主性を消滅させる過程でしかなった。
そして、彼らの革命は、アメリカが世界帝国として、全世界を支配する体制を建設し、維持する上で、日本がアメリカにより従属し、アメリカからの搾取を受け入れることを意味しているのである。(5ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
マッコーマックの主張の基にあるものは、「日本は、戦後、アメリカの属国となり、今もそうあり続けている」というものである。まさにここは、副島隆彦先生の「属国・日本論」の主張と全く同じものである。そして、彼の日本に対する認識を示した今の引用文章は、今の日本の悲惨な現状を的確に述べたものである。
日本の右翼、愛国勢力の「世界に冠たる、日米関係」、「世界に存在感を示し、アジアをリードする日本」というような主張などは、全く実体のない、幻想に過ぎない、ということを、マッコーマックは冷徹に主張しているのである。そして、評者(古村)はマッコーマックの主張の方に、正当性があると考える。
第2章「米国に依存する超大国」において、マッコーマックは、戦後の日本が何故アメリカに依存し、従属し続けるようになったのか、を分析している。
マッコーマックは、「アメリカが、戦後日本が東アジアの各国と協調し、東アジア共同体(ご近所づきあい)(an East Asian Community)に参加できないように、明治期から戦前にかけての、日本はアジア各国と異なる、独自の存在なのだという日本例外主義(Japan’s Exceptionalism)の伝統を利用したのだ」と主張している。マッコーマックは、日本例外主義について、次のように書いている。
(『属国』第2章から引用はじめ)
日本のアイデンティティの、独自性、非アジア性(non-Asian)、曖昧な性質が存在するという考えが、日本文化の根本を形成する、と考えられてきた。
そこでは、天皇中心の制度がその根本をなすと考えられる場合もあるし、そうでない場合もある。戦前期、その様な考えは、「国体」(kokutai)や国家政治体制(national polity)という言葉で表わされていた。そして、戦前の日本政府は、こうした「国体」や国家政治体制を日本国家のイデオロギーとして定着させようとして、かなりの努力を払ったのである。(7−8ページ、訳文は評者)
1930年代の、日本とアジア各国を全く違う存在として扱うという考えは、東アジア共同体(大東亜共栄圏)を創造しようとする上で、学問的、哲学的な障害物となった。そして、1945年の敗戦以降も、この日本例外主義は、西洋世界の日本研究と日本人の自己理解において、重要なテーマとなっていった。(9ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
福沢諭吉の「脱亜論」を引くまでもなく、明治維新以降、日本のエリートたちは、アジアを蔑視し、日本が西洋列強の仲間入り出来ることを目標に、富国強兵政策を遂行していった。その中で、日本は、自分たちを、植民地化され、弱体化したアジア各国とは違う存在として、捉えるようになったのである。
上に引用した文章にもあるように、こうした日本例外主義は、戦後も引き続き存在し、それをアメリカが利用したのだ、というのがマッコーマックの主張の重要な部分である。大変に長くなるが、重要な部分であるので、以下に引用する。
(『属国』第2章から引用はじめ)
戦後、こうした日本例外主義的な考え方が残存した。それはつまるところ、CIAの前身となった米戦争情報省(the US Department of War Information)の「外国戦意分析局」(’Foreign Morale Analysis Division’、FMAD)の画策の結果である。
FMADは、当時最高の知性と考えられていた、30人の社会学者、人類学者、心理学者たちを雇った。それは、日本を破り、アメリカに服従させるための、心理戦(psychological warfare、’psywar’)の戦略を立てさせるためであった。このプロジェクトから生まれた研究成果が、
ルース・ベネディクト(Ruth Benedict)の『菊と刀』(The Chrysanthemum and the Sword)であった。(中略)
FMADの雇った学者たちは、20世紀において、最高のプロパガンダ部隊(propaganda coups)の一つと言って良い。彼らは、「日本がアメリカに対して長期間の服従し続けるようにする」ことがアメリカの目的なのだということを良く理解していた。
その目的を達成させるため、彼らは、次のような主張を裏付ける研究成果を次々と発表していった。その主張とは、日本の文化「パターン」(pattern)の根底にあるものは、言語化が難しく、天皇を中心とする(emperor-centered)、非アジア的なものだ、というものだった。
その主張からすれば、日本人及び日本が、他のアジア諸国と、心理面で大きな隔たりがあることで、日本はアジア共同体の一員になることは出来ず、1945年の敗戦後には、アメリカへの依存、従属関係を続けねばならないことになる。こうした神話によって、アメリカ軍が日本に駐留し続けることが望ましいものとして奨励された。それは、偉大な、非アジア国家である日本は、アジア共同体建設には参加できないので、アメリカに依存し続けるしかないからだ。(8ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
日本は明治以来、アジアを蔑視し、日本は非アジア国家であることを自己主張してきた。
しかし、それをアメリカ、特に、アメリカの社会科学者たちに逆に利用されてしまい、戦後、アメリカに依存、従属することを余儀なくされたのだ。
日本がアメリカの属国へと転落していく道は、明治期に既に用意されていたということが言える。もっと言うと、日本例外主義によって、日本はアジアから切り離された、根無し草国家にもなってしまった。そして、このグローバリゼーション(Globalization)と並行して、リージョナリズム(Regionalism)の動きが活発化している現在、日本はその動きについていけていない。
マッコーマックは、この第2章で、日本例外主義、ナショナリズムの残滓の具体例として、小泉元首相、安倍前首相の靖国神社参拝と、言論の自由を封殺するテロリズム(小泉、安倍に批判的であった、リベラル派の加藤紘一議員の実家に対する放火など)に言及している。
マッコーマックは、宮内庁(Imperial Household Agency)の高官が1988年に残した、昭和天皇の靖国神社不参拝に関する発言のメモについて言及している。昭和天皇は1978年にA級戦犯たちが靖国神社に祀られたことに不快感を示し、「そのことが、私が靖国神社参拝をしなくなった理由である。これが私の気持である」(17ページ、訳文は評者)と発言した、というのがメモの内容である。しかし、小泉は靖国神社参拝を続行した。続いて、アメリカ政府は、小泉の靖国神社参拝に、不快感を示した。マッコーマックは嫌みを込めて、次のように書いている。
(『属国』第2章から引用はじめ)
小泉にとって、アメリカ政府からの靖国参拝への批判は、昭和天皇からの批判よりも、もっと深刻なものであった。靖国神社附属の博物館「遊就館」(ゆうしゅうかん)の展示、特に戦時中の日本帝国政府の歴史観が反映された展示物及び、日本の首相が靖国神社の宗教儀式に参加することはサンフランシスコ講和条約(San Francisco Treaty)の遵守義務に違反していることになる。具体的に言うと、1951年に日本政府は、極東国際軍事裁判(International Military Tribunal for the Far East)、いわゆる「東京裁判」(’Tokyo Tribunal’)の正当性を受け入れたはずだが、それに違反することになるのだ。アメリカ政府はそうした違反を不問に付すわけにはいかなかったのである。(18ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
日本例外主義は、元々日本の明治期に醸成(じょうせい)されたものが、戦後、アメリカに利用されたことは既に述べた。しかし、小泉、安倍の靖国参拝は、アメリカの許容範囲、コントロールを越えるものであった。アメリカとしては、日本がアメリカに従属し続けるために日本例外主義を温存しておきたい。ところがそれが極端な形、つまり、ナショナリズムの高揚という形にまでいってしまうと、アメリカにとって不都合なものなってしまうのだ。ここに、アメリカの日本支配に関しての、ジレンマを見ることが出来る。
第3章「消滅しつつある日本型モデル」において、マッコーマックは、小泉政権下での諸改革によって、日本が戦後経済成長し、繁栄するための基礎となった諸制度の総称、日本型モデル(Japanese Model)が崩壊していく様子を詳述している。そして、日本型モデルの特徴であった、平等主義的な発展、格差の少ない社会が崩壊していく様子を描いている。マッコーマックは、戦後の日本型モデルとその崩壊を次のように書いている。
(『属国』第3章から引用はじめ)
20年前に中国が産業化を進める大国として台頭し始めるまで、「日本」という単語は、「成長」と「奇跡」という二つの単語と同義である、と考えられてきた。
日本は、産業の組織化(industrial organization)に成功した。そして、日本の独特な、「資本主義的発展志向」国家(’developmental capitalist’ state)という概念は、アングロ・アメリカ系の市場経済(market economy)を凌駕したし、凌駕し続けるだろうと考えられていた。
その当時の雰囲気を最も良く捉えていたのは、エズラ・ヴォーゲル(Ezra Vogel)の『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』(Japan as Number One)であった。
日本のシステムの中心にあったメカニズムは、「土建国家」(’construction state’、doken kokka)や「公共事業国家」(’public works state’)と呼ばれるものだった。こうしたメカニズムは、
田中角栄首相(在任1972−1975年)の政権下で花開いたものであった。(29ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
しかし、こうした日本型モデルは、1990年代の長期不況下、その正統性に疑問符が付き(数々の汚職事件、機能不全、増大し続ける赤字公債額)、やがて、高い支持率を背景に小泉純一郎が首相となり、様々な「改革」が断行された。マッコーマックは、小泉政権下の「構造改革」について次のように書いている。
(『属国』第3章から引用はじめ)
小泉が情熱を注いだ「構造改革」は次のことを意味した。それらは、多くの雇用の喪失、日本の伝統的な雇用システムの消滅、所得の減少、社会保障費の支払の増大、そして多くの国民に対する社会給付の削減であった。(39ページ、訳文は評者)
小泉時代は、「都市部に出現した新しい貧困層(a new class of urban poor)と、若年労働者たちがそこから脱出出来る希望もないまま、低賃金の仕事を転々とするという事態が拡大していった」時代として記憶されている。(47ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
マッコーマックは、小泉政権下の郵政民営化(postal privatization)について、次のように書いている。
(『属国』第3章から引用はじめ)
郵政民営化は、数十年にもわたって、アメリカ政府が日本政府に実現を要求してきたものだった。つまり、郵政民営化は、アメリカ政府の「日本の政策で変更して欲しいもの」リストの上位に来るものであった。(47ページ、訳文は評者)
ワシントンにおける小泉の人気の高さは、「アメリカの要求通りに日本を変える」という小泉に課せられた使命を、小泉自身が良く理解し、その実現に情熱を燃やしていたことによる。(48ページ、訳文は評者)
小泉の「改革断行」は、民営化(privatization)と規制緩和(deregulation)、言い換えると、新自由主義(neoliberalism)の実現である、と有権者たちに受け止められた。
その一方で、小泉の諸改革は、日本の米国依存の深化(具体例:自衛隊のイラク派遣)を意味すると同時に、愛国主義と日本という国に誇りを持つこと、というネオ・ナショナリズム(neo-nationalism)の深化をも意味していた。(51ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
小泉政権下での「諸改革」によって、戦後の「日本型モデル」は崩壊した。それによって、日本が、世界の賞讃(しょうさん)を集めてきた、平等社会が崩壊した。
1970年代からの日本研究では、日本の達成した「不平等なき経済成長」(’economic growth without inequality’)が、主要な研究テーマとなってきた。それは、世界の常識、「経済成長すると、社会の中に、必ず不平等や格差が生じる」を覆すものであったからだ。しかし、それも今は昔話となってしまった。そして、小泉元首相の行った「諸改革」とは、アメリカ政府の要求したものであった。小泉元首相が、アメリカに忠実な「ポチ」であった、という事実をマッコーマックは指摘している。
そして、彼はまた、
竹中平蔵・郵政民営化担当大臣(当時)に対して、アメリカの当時の国務副長官であった、
ロバート・ゼーリックから構造改革を推進するように激励する趣旨の書簡がわたったことについてまでも指摘している。
関岡英之氏が明らかにした、アメリカから日本に対して提出されてきた、いわゆる「年次改革要望書」の存在についても言及している。これは注目に値する点であるといえよう。(p49)
第4章「ブッシュ支配下の世界における日本」において、マッコーマックは、
ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)政権下で、日本が、同盟国(an ally)としての役割を再編成され、「極東のイギリス」としての役割を果すようにさせられていく状況を詳述している。
マッコーマックは1997年の「日米防衛協力のためのガイドライン」(the 1997 ‘Guidelines for US-Japan Defense Cooperation’)と1999年の「周辺事態法」(the 1999 ‘Regional Contingency Law’)そして、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロとその後の日本のイラクへの自衛隊派遣に注目している。そして、アメリカは、日本が軍事力で、アメリカとの同盟に貢献するようにしようとしている様子を描いている。マッコーマックは次のように書いている。
(『属国』第4章から引用はじめ)
1997年の「ガイドライン」における、日本の「周辺」(’environs’)の「状況」(’situations’)に応じて、日本政府がアメリカ軍へ「後方支援」(’rear support’)を行う、という取り決めだけで十分、という訳にはいかなかった。
日本政府は次のように憲法解釈していた。「日本国は集団的自衛権(right of collective self-defense)を保有しているが、日本国憲法によって、その行使は禁止されている」つまり、日本の自衛隊は、戦闘地域や、戦闘に巻き込まれるような作戦には参加できないという制約の下でのみ、多くの国々が参加する(multilateral)計画や作戦に参加できる、というものであった。
アメリカ政府の次の目標は、日本国憲法が課す、この制約を取り払うことであった。この戦略的な目標は、2001年9月11日に同時多発テロが発生するずっと以前からはっきりしたものであった。
そして、北朝鮮をめぐる衝撃とアジア各国間に発生した緊張関係によって、アメリカの目標は実現に大きく近づくことになったのだ(61ページ、訳文は評者)
アーミテージ(Armitage)国務副長官はまた、次のように述べた。「日本国憲法の政府解釈に関して大きな責任を持つ、日本の内閣法制局(Japanese Cabinet Legislative Bureau)は、日本の集団安全保障(collective security)へ参加する権利について、もっと柔軟な解釈する必要があると確信するに至った」と。(65ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
このように、日本が戦後堅持してきた、日本国憲法に規定された「専守防衛、自衛隊を海外に派遣しない」という大原則は、1990年代に脆くも崩れ出した。
アメリカ政府は、自分たちが日本に押しつけた日本国憲法を、骨抜きにしようと画策してきたのである。日本国憲法の成立とその内容変更(解釈変更)まで、アメリカの意向によって行われる。このことだけでも、「日本がアメリカの属国である」という冷徹な事実の証拠となるものだ。
そして、日本はアメリカの世界管理戦略の道具として、イラクへ自衛隊を派遣することになってしまったのである。日本を「極東のイギリス」として、イギリスと同じレベルではないにしても、利用しようとしているのである。そのことをマッコーマックは詳述している。
(『属国』第4章から引用はじめ)
ラムズフェルド国防長官(Defense Secretary Rumsfeld)の指揮の下、世界の軍事バランスや軍事情勢は、再編された。アメリカは、米軍の規模は縮小しながらも、緊急事態に即応できる機動性と対応力を増進させる計画を立てた。
そして、アメリカの負っている負担を、各同盟国がもっと分担するようにさせようと画策している。米国とイギリスの間では、役割と責任の分担という形になるが、日本と米国の間では、自衛隊とアメリカ軍の「合併」(merger)という形になる、と予想されている。(73ページ、訳文は評者)
日本と韓国は、「善意の同盟」(’Alliance of the Willing’)に参加することになった。もちろん、イギリスやオーストラリアと同程度の貢献をするまでではなかった。しかし、「同盟」への参加によって、両国は、将来発生するであろう、テロリズムや災害に対処する、もしくは、中国や北朝鮮を封じ込める(containing)際に、重要な役割を果すことを期待されたのである。(73ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
上記のように、日本は、アメリカの属国として、アメリカの世界戦略に着々と取り込まれてきているのである。更に、マッコーマックは、日本が「アメリカ帝国に対して直接的な経済・金融援助をも行っている」(81ページ、訳文は評者)として、次のように書いている。
(『属国』第4章から引用はじめ)
日本は、世界最大の債権国であり、また、世界最大の外貨準備高を保有する国である。外貨準備高の総額は、90兆円(約8000億ドル)にも達するが、その殆どをドルで保有している。
日本国は、多くの資産を保有しているが、同時に巨額の債務も抱えている。しかし、日本国の資産は、赤字国債の総額の約8分の1をカバー出来るに過ぎない。
更に言うと、日本のドル資産は、現金化できないのである。それは日本が保有するドル資産を現金化し、日本に持ち帰ってきた場合、世界的な経済恐慌(global economic collapse)を引き起こしかねないからだ。
従って、
日本のドル資産は、実体のないものである。日本の保有するドル資産は、アメリカが経済的、軍事的、そして文化的に優越性(supremacy)を保つために使う、日本から取り立てた税金である、という見方が最も正しい。
中国をはじめとする、各国は、ドル保有を減らし、ユーロ(euros)にシフトし、大きな損失を蒙らないよう、バランスを取り始めている。日本にはその動きに追随する意図が全くないように見える。(81−82ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
このような「日本はアメリカの属国」という現実がありながら、日本では、1990年代以降、ナショナリズムが拡大している。そして、この矛盾を体現していたのが、
小泉元首相である。マッコーマックは小泉元首相について次のように書いている。
(『属国』第4章から引用はじめ)
小泉はナショナリストであると一般的に考えられていた。しかし、彼のナショナリズムは実体のない、ポーズに過ぎなかった。
ワシントンの意向に全て従いながら、一方で、小泉は、力強い言葉で、日本人らしさを強調するという、仮面を被っていたのである。
小泉は、外国の、つまり、アメリカの目的や利益に奉仕すればするほど、ナショナリストとして行動しなければならない、という矛盾を自分の中に抱え込んでしまったのである。(87ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
まとめると、この第4章で、マッコーマックは次のように主張している。
ブッシュ政権下で、日本は属国として、経済的にだけでなく、軍事的にもアメリカに奉仕せねばならないように仕向けられてきた。そして、日本側でアメリカの目的が達成されるように動いたのが、ナショナリストの仮面を被った小泉元首相であった。ここに米国と日本の抱える矛盾がはっきりと現われている。
第5章「アジアの中の日本」で、マッコーマックは、小泉政権下で、矛盾した対外戦略を追求したと主張している。マッコーマックは、東アジアの共同体の一員であることを目指しながら、日本とアジア各国の距離が大きくなった、と主張しているのだ。彼は、小泉政権下での、日本の北朝鮮関係、中国関係を詳述している。マッコーマックは次のように書いている。
(『属国』第5章から引用はじめ)
東アジアでは、経済大国としての中国が台頭し、同時に韓国が、成熟し、ダイナミックな市民社会の発達した民主政体(civil democracy)として出現している。その中で、小泉政権下の日本は、矛盾した、精神分裂症でも発症したのではないかと思わせるような(schizophrenic)、戦略を追求してきた。
小泉首相は平壌(Pyongyang)を訪問した。
これもまた、どっちつかずの戦略態度の結果である。日本は2つの矛盾した戦略を追求してきたのである。
一つは、東アジアに拡大してきた、奇跡の経済成長と民主政体を基礎とした地域共同体(regional community)を建設する際の参加者となる戦略である。
もう一つは、一つ目と矛盾するが、アメリカの軍事力に基づいた世界帝国に対する、従属国となる戦略である。(95ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
2002年の
小泉首相の平壌訪問によって、日本は北朝鮮との国交正常化の緒を掴むことが出来た。これによって、東アジア共同体の実現が大きく近づいたことを意味した。
しかし、日本政府は、拉致被害者家族連絡会や世論の強い反対に遭い、北朝鮮への経済制裁(economic sanctions)を実行することになった。
マッコーマックは、アメリカ政府と日本政府が、北朝鮮を、拉致問題(abductions)、核兵器(nuclear weapons)とミサイル、そして人権(human rights)問題の面から攻撃する様子を詳述している。これによって、日本国内では、北朝鮮に対しての敵意が増幅されていった。
マッコーマックは、日本国内で北朝鮮への憎悪と恐怖が増幅することが、アメリカ政府の狙いであったと主張する。それによって、日本から、アメリカの「テロとの戦争」(War on Terror)への支持、支援が得やすくなる、というのである。実際、日本は、北朝鮮と共同声明まで発表しておきながら、北朝鮮への経済制裁を発動したし、日本国憲法の規定を無視し、自衛隊をイラクに派遣することができた。
(『属国』第5章から引用はじめ)
2003年に、北京で開催された六カ国協議(Six-Party Conference)は、東アジアの取るべき二つの方向性がぶつかり合う場となった。
一つは、アメリカが東アジアでの覇権を維持するために必要だとする、北朝鮮の無条件降伏という方向性であり、
もう一つは、東アジア、もしくは北東アジア共同体設立へ向けての様々な動きという方向性であった。後者の動きは、2002年10月に日本と北朝鮮が発表した共同宣言によって確認されたもので、韓国は強く支持し、中国とロシアは基本的に支持していた。
北朝鮮は地域内と地域外の各国関係を規定する上で、重要な、中心的役割を果した。
「北朝鮮の脅威」(’North Korean Threat’)というものがなければ、日本の人々は、「テロに対する世界規模の戦争」(’global war on terror’)などに関心を持つことはなかったであろうし、イラクにアメリカの属国を建設するために、アメリカが日本に求める軍事的、財政的支援に同意することなどなかったであろう。(119ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
マッコーマックが上で引用した部分で書いているように、六カ国協議に参加している国々の大部分は、東アジア、もしくは北東アジア共同体設立に積極的であり、肯定的な態度を取っている。マッコーマックはこうした状況を次のようにまとめている。
(『属国』第5章から引用はじめ)
アメリカの東アジア、世界政策は、後ろ向きな側面に重点を置いている。それは「反」テロリズム(anti-terror)、「反」悪の枢軸(anti-evil)などの言葉で表現される。
アメリカは、こうした政策を採ることで、「新しいアメリカの世紀」(’New American Century’)という名の帝国主義的支配を正当化しようとしているのだ。
一方で、東アジアの各国は、帝国主義的ではない、ヨーロッパ連合のような、未来の東アジア共同体の設立に向けて奮闘している最中である。未来の東アジア共同体は、和解、正常な各国関係、そして経済協力を基礎とするものとなる。(120ページ、訳文は評者)
(引用終わり)
日本は、マッコーマックが指摘している二つの方向性の間で、漂流していると言っても良いだろう。しかし、小泉政権下では、アメリカに追随する道を選択し、アジア各国との距離が益々大きくなったと言えるだろう。
以下、6章以下では日本国憲法や教育基本法など、日本の立法制度の面からの指摘を行い、さらに沖縄問題や日本の核武装についての議論も紹介している。これらについては次回以降に述べることにしたい。(つづく)
古村治彦 記
参考
マコーマック教授の研究業績(オーストラリア国立大学HPから)
http://rspas.anu.edu.au/people/personal/mccog_pah/