
愛というものに就いて、僕は正面きって他の誰かに語ったことはありません。いや、随分若い時分、当時、好きだった異性にその想いの一端を打ち明けた時、或いは僕なりの愛の形を呟いたかもしれません。
だが、その愛は破局しました。殊更、いまそのことに就いて、ここに連綿と言及する気はありませんし、過去を振り返ってばかりではただ闇雲にひとに哂われる、ばかりです。僕なりの愛の形は、今後、自身の書く小説や何かで、空想世界のお話しとして、或いは語るときがあるかもしれない。つまり、今の僕には、愛とは幻であり、失った想い、でしかないということ、です。
かの芥川も、うんと若い時分、ひとりの異性を愛しました。ご承知の方もおられると想います。彼が23歳の夏の話し、です。才色兼備として誉れの高かった吉田弥生との交際。青山女学院を卒業した弥生は、文学に一見識が有り、語学も堪能。東大英文科在籍の芥川とは今でいうところの相性が抜群で、もしもこの交際、順調に進めば結婚に行き着くはずでした。
ところが弥生に、別の男性から縁談が舞い込み、芥川、彼はその時、どれだけ深く彼女を愛しているかということに気づき、弥生に求婚したい、という想いが募り、そのことを養父母に打ち明けたところ、ひじょうな反発を受けるわけです。相手の女性が「士族」で無かったことや私生児であったこと、また、当時、既に相手に婚約者が居たにも関わらず、弥生に恋恋慕した芥川の一途さに反感を持たれたなど、様々、今日に伝えられております。芥川は、唇を噛んであきらめた。養父母に打ち明けた夜、明け方まで泣いていたという話しもある。あきらめたからこそ、芥川の愛は本物ではなかった、などという批判はあたりません。芥川が生きた当時の日本の背景を考えれば、あまりにその底が深い、からです。文学史に拠れば、このことがあった直後、芥川は『仙人』を書く。
「何故生きてゆくのは苦しいか、何故、苦しくとも、生きて行かなければならないか」
その連綿たる文章は悲痛、です。ひとはひとを愛する。叶わないから愛、なのか?、苦しむからこそ愛、なのか?、僕なりに未だに答えはありません。ただ言えることは、あの芥川でさえ乗り越えられなかった愛というものが有り、それほど愛というものは真摯で先の見えない、底なし沼のようなもので有る、という事実。愕然とかつての僕も、恐縮ながら自身の叶わなかった愛の出来事で、そのことを知りました。今は、あの頃の自身の心根の一途さが懐かしい、ばかりです。