「中也は、この時、誰を想い、そう、憂えたのだろうか?」
日々、是、瞑想。
湖 上
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。
沖に出たらば暗いでせう、
櫂から滴垂る水の音は
昵懇しいものに聞こえませう、
――あなたの言葉の杜切れ間を。
月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇する時に
月は頭上にあるでせう。
あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言や、
洩らさず私は聴くでせう、
――けれど漕ぐ手はやめないで。
ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮べて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。
この中也の詩は、僕が幼い頃から好んだ詩の一編で、様々な詩の数々に想いは尽きませぬけれど、僕なりに心寄せることの出来る詩の一作、でもあるわけです。幻影的な感じと、けれどどこか若い人特有を想わせる、愁躁観みたいなものがその背景に感じられて、大変、いまだに好き、ですね。いつか、この詩を題材に小説の一編を編みたいと想っておりました。まもなくその想いが達せられそうで、実は僕なりに密かに心待ちにしていた次第でもあったのです。自身の作、執筆において、こういう感慨も少しおかしなものなのでしょうけれど、この詩に纏わる物語が編めるのかと想うと、自分なりの勘考が沸き立ちます。まもなく『爛熟』にてそのシーンをお見せしたいなと思考致しております。どうぞ宜しければご一読、くださいませ。