
聞くともなしに或る編集者に聞いた話しに拠れば、いまだに定期的に版を重ねている昭和初期の文学者は、かの太宰治ばかりらしいのです。つまり、太宰の作はその文章に普遍性が伴っていたということになり、それは太宰愛好家諸氏にとっては、胸のすく事実、かもしれません。あの三島が、太宰本人を前にして、「あなたの書く文章は文学では無い。」と言い放った出来事はいまやあまりにも有名な日本文壇史の一事柄、なのでしょうけれど、それにしても太宰は読まれております。その何が、ああも時代を超え、人々を魅了して止まぬ、のだろう?。識者に置かれては、「実際、あれは文学じゃあ、ありません。」などと三島に追従なさるお方もおられるけれど、あの文章が文学、では無いとするならば、僕自身の底辺もいちどきに瓦解せねばならず、三島自体の書く物も愛好して止まない僕としては困ってしまいます。
「文学では無く、繰言。日々、日常の感想文、なのさ。」とは非太宰擁護者の一強論ではあるのですが、その日常の繰言をさも平易に切り取って、こちら側に見せた太宰の技量はやはりさすが、と僕には想わずにはをれないのですが、皆さん、いかが、でしょうかね?。
僕には、太宰が舌なめずりしながら、連綿とした想いを太宰流ともいうべき筆致体でまるでその自身をあやすように書き込んでいったかのような、多分極めて読み手が覗いてはならない、ある側面を多大に感じ入りながら太宰の作を読んでしまうのですが、
さてさて、物語とは読み手の読み方、その色合いで千化万化するものだと仮定するならば、その作を読んで死にたくなってもそれを止める手立てなど無い、ということになってしまう。太宰の作は怖ろしい。太宰の作を読んで自死、する者が在る。ほんに太宰はその身、この世に無くとも罪作りなおひとだな、と僕はかつてのだれそれを偲びながら、今日もひとり、太宰を想う次第、なのでもありました。