〜医療を考えるT〜
数年前、私の子供(長女・2番目)の誕生1か月前の臨月に、出産する病院を探さなくてはいけない状態になった。
状況としては小児科医が不在となるため、出産を扱えないということ。
足掻こうが、仕方のない話で、事態を受け、近隣病院をあたった。
しかし、仕方がない・・・なのか?なんだろうな・・・。いや、出産を予定する家庭はうちだけではない、当然、私の立場もそうだが、これはなんとしても動かなくてはいけない。と、それから住民のみなさんの力が大きく、小児科医師が常勤できる状況に戻った。
しかし、これまでの約3年弱の間、ことは着実に追い込まれていた。地方で勤務できる医師が減少してきたこと、病院を運営していく財源が確保できなくなってきていること。もっと突っ込んで議論をしてこなくてはいけないところが露わになってきていた。
ことの進行度は想像以上。
私はこの医療に関しては、議論の念頭に10年、20年先を見て、現状の認識をしっかり持ち、考えていかなくていけないと思っている。
この何年間、どれくらいかは断言できないが、確実に不便さと不安は尽きない状況となるのは覚悟している。しかし、その覚悟もどこまで耐えることができるのだろうか。私ではなく、町民そして、近隣市町村のみなさん全てだ。
簡単なことではない。それどころか、超難関。
この町にある厚生連の厚生病院、隣町の道立病院の羽幌病院、近隣の留萌市の留萌市立病院。それぞれ、岐路に立たされている状況。形態の変更や、目先の状況の中、致しかたなく辛い選択(幸いな選択)をするときが迫っていて、その時その時の課題を解決するだけで、手一杯の現状・・・。
議論の中に、10年・20年先を見た、現状課題の解決を見ないように感じる。
そうしたとき、どうだろう??10年後、20年後にあの時の選択は、議論はあれで良かったのか?どういうことかというと、私は、この地で生活するために必要不可欠なものの最重要項目のひとつに、医療があげられると思う。ましてや高齢化率が40%にも近づいていることを考えると、医療を受ける(受けなければならない)人口割合がかなり高いことを意味します。そして、その病んだ方々を介助、介護する人口は反比例し少ないという状況が、今の苫前町の現状からもわかる。
介助、介護していく状況も厳しいものがある。行政、政治はどうすべきか。
他のものを地域や町民、そして受益者たちと協議をし、理解しあう中で町の予算を極力医療や福祉に向けていくということも考えなくてはいけないのではないだろうか。
その中で、効率的、効果的な産業の振興策を構築していく。
地域の医療に関しては、何も苫前町だけのことではなく、近隣の市町村と同様に言える事であり、こうした事態を考え、真剣に考えていかなくてはいけないし、行動を起こさないことには、まさしく、住んでいられない、住みにくい、いたしかなく充実した都市圏への転出が後を絶たなくなってしまう。
もうたくさんだ!!そんなことは。
無力さを感じる一方で、こうしてはいられない感が募り、隣町の議員とともに、また有志でこうした問題を解決すべく行動に出る。第2弾というわけだ。
そんなことを日々考えている。人は辛い時、苦しい時に、人の助けを受けることは全身全霊でそのありがたみを感じることができるのであって、そのことを忘れることなく、過ごすことができれば、極端な贅沢や物質的豊かさなど、がまんできるものだと思っている。全てではないことは重々承知しているが、何より生きている、生活している実感が一番感じられるのでないだろうか・・・。だから、医療のこと含め、今一度立ち返り、しっかり考えたいと思う。(価値観の違いだ!と言われるとどうにもならないのだが・・・)
医療に関しては、まだまだ書き足りない(具体的なことなど)のでパートUでまた、記事にしていきたい。
いずれにしても、今始まったのではなく、もう少し前からこうした懸念があったわけです。町民のみなさんも今一度、自分がこのまちで、この地域で生活するということを考えてみて欲しいと思います。