2006/5/31

傷跡なお深く 水俣病の50年  公害・薬害・環境・医療問題

(*以下は東京新聞の記事より)
傷跡なお深く
水俣病の50年<上>
 
 有機水銀を含んだ廃水の垂れ流しで引き起こされた未曾有の公害事件・水俣病が、発生を公式に報告されて五十年を迎えた。水銀濃度の高い水俣湾口は埋め立てられ、事件を生々しく感じさせるものは目につかなくなったが、いまだに三千人を超える未認定患者が存在する。月日を重ねても癒えることのない患者たちの思いを二回にわたってルポする。 (坂口千夏)

 五月一日午前。患者団体「水俣病互助会」の会員ら約四十人がチッソ水俣本部を訪れた。今年一月、チッソ創立百周年謝恩会のあいさつ状には「(水俣病)問題は終息に向かいつつある」と記してあった。認定申請者が続出する状況などについても同社の考えを文書でただしたが、一つの質問にわずか二、三行という回答は、患者たちにとって「誠意がない」としか受け取れなかった。
 正門脇の守衛室の前で、胎児性患者の坂本しのぶさん(49)が不自由な腕を激しく振り、その面前で回答書を破り捨て、泣きながら声を絞り出した。「あんたたちは、私たちを全然、相手にしとらん。人の気持ちが分かっていない」
 水俣病は当初「感染症の可能性もある奇病」とされたことで被害者が差別される事態を生んだ。
 中学三年で発病した生駒秀夫さん(62)は、視野が極度に狭い。ぎこちない歩き方をからかわれたこともある。地元の商店に買い物に行くと、店員は直接金を受け取らず、生駒さんが出て行った後、はしでお金をつまんでいた。就職は県外に求めざるを得なかった。
 四月三十日に水俣市内で開かれた患者団体主催の集会。水俣病被害を行政が公式確認した第一号患者、田中実子さん(52)を介護する姉(62)は、地元で初めてこの半世紀を語った。
 「伝染するからと近所も親せきも近寄ってはくれんかった。五十年って、何か一言言っとかんと終わりにされてしまう。私たちにすれば、終わりなんてない」。実子さんは今、体重は二十キロ余。夜もほとんど寝ないため、姉も布団には週一回ぐらいしか入らない。集会で心の一端を証言はしたが、今後も表に出るつもりはない。
 一日午後、患者や遺族、行政、チッソ関係者ら千人が参列した慰霊式は、水俣病被害の原点・水俣湾埋め立て地で行われた。九〇年に完成した五十八ヘクタールの広場や親水護岸は、約百五十万立方メートルの高濃度の水銀汚泥を封じ込めながらさまざまなイベントに使用されている。
 水俣湾内の汚染魚の拡散を防ぐために設けられていた仕切り網も九七年秋、撤去された。有機水銀を発生させたチッソのアセトアルデヒド生産施設は既になくなり、事件を連想させるものは目につきにくくなった。そんな水俣の水源をかかえた山腹に、今、民間の産業廃棄物最終処分場が計画されている。
 慰霊式で宮本勝彬市長は「私たちは水銀ヘドロを封じ込めた埋め立て地を既に受けとめている。海に産廃があるのに、今度は山、命の水を生み出す場所に処分場を造るという。歴史を顧みない行為がなされようとしている」と強く非難した。
 未曾有の環境破壊と、集落の離散をもたらした水俣病の教訓は、五十年の月日を得ても過去の歴史にはできない。

■被害者は2万人以上
 熊本県水俣市のチッソ水俣工場が化学原料のアセトアルデヒドの製造工程で有機水銀を含む廃液を長年にわたり排出。その水銀で汚染された魚介類を大量に食べた広範囲の住民が中枢神経を侵される病気になった。
 水俣病は、チッソ水俣工場病院長の報告が出た一九五六年五月に「公式発見」された。現在、熊本・鹿児島両県の認定患者二千二百六十五人。政治決着などによる救済を含め、被害者は二万人以上にのぼるが、実態は分かっていない。
 最高裁は一昨年十月、旧環境庁の水俣病認定基準を緩和する大阪高裁の判断を支持。この判決後、三千人を超える患者が名乗り出たが、熊本、鹿児島県とも国と司法の二重基準に戸惑い、認定審査会さえ開いていない。
(東京新聞、2006年5月22日)


傷跡なお深く
水俣病の50年<下>
 
 生まれた時から水俣病を背負ってきた胎児性患者たちは四十代、五十代になった。自らの体の衰えと、介護してくれる親の高齢化という切実な問題に直面している。これからの生活設計をどう描けばいいのか−。大きな悩みを抱えつつ、安心して暮らせる地域づくりを訴えている。 (坂口千夏)

 胎児性患者の娘(44)と暮らす諌山茂さん(75)=熊本県津奈木町。娘は日常のあらゆる面に介護が必要で、それを妻と分担する。夫婦二人も水俣病認定患者。手足のしびれを抱えながら、娘中心の生活を続けている。
 夫婦二人が仕事を持っていた時、娘を重症障害者施設に入れたことがある。当初はまだ関節を曲げられた娘は、施設ではただ寝かせられるだけ。自宅へ連れ帰った時は「骨と皮だけになって、体は曲がりもせん」。
 「親がおる間はどうにか見ていくけど、この先どうなるかが一番心配」。その不安が娘にも伝わるのだろう。「家内には『お母さん、あんたが逝く時一緒に連れてけ』って…」。おえつしながら、諫山さんは話を続ける。「私らはこれでいい。でも娘が人間らしく生活できる場所がほしい」
 一日、水俣市であった慰霊式。社会福祉法人・さかえの杜(もり)が運営する市内の小規模授産施設「ほっとはうす」に通う、胎児性水俣病患者五人が一語一語を絞り出すように、祈りの言葉を読み上げた。
 「この、五十年は、私たち、の、人生、でも、あります。この、悲劇が、希望と、未来、に、つながる、日まで、私たちは、生き抜きます」
 五人の中に、松永幸一郎さん(42)の姿もあった。ほっとはうすで喫茶の接客を担当し、名刺も作る。小中学校で水俣病や差別体験を語るのも大事な仕事だ。
 脳性まひと診断されていたが、二十歳の時に水俣病認定患者となった。「自分が水俣病だなんて親からも知らされていなかった。申請も父が黙ってやった。だから当時は、認定されてもピンとこなかった」
 他の患者に比べて症状は軽く、自動車免許証も取得し、就職を志した。しかし面接では障害ゆえに何もできないとみなされた。「補償金あるけん、働かんでも」と言われるのがくやしかった。
 何とか二十代半ばの六年間、大分県の車の部品工場で働いたが、腰や足の骨の痛みは、年々ひどくなる。二十九歳で帰郷し、今は一人で暮らしながらリハビリ治療も受けている。
 身の回りには、携帯電話やテレビといった、水俣病の原因企業・チッソがつくる液晶材料などの恩恵を受けた品々があるのも現実。「チッソを憎む気はない。ただ原因が分かっていた時点で何で廃水をとめなかったのか。それが不思議」
 今望むのは、働く喜びを感じながら、地域で自立して暮らせるささやかな日常だ。
 これまで医療事業に力を注いできた環境省は、国や県の責任を認めた一昨年の関西訴訟最高裁判決や水俣病被害者などのヒアリングを踏まえ、本年度から胎児性患者らの生活改善支援に九千九百万円の予算を組んだ。グループホームの整備や日常生活の手助けをする民間団体への財政支援に充てるという。
 一九九八年秋に発足したほっとはうすは、水俣病患者や障害者、高齢者の区別なく地域社会の中で交流しながら働き、可能な限り自立した生活を目指す拠点。施設長の加藤タケ子さん(55)は言う。「障害の状態や程度に応じて、労働や療養ができ、居住などさまざまなサービスが受けられる多機能な施設が必要です」
 経済優先の風潮の中で引き起こされた水俣病は、被害者である患者への差別を生んだ。患者にはその痛手も丁寧にカバーできる体制が必要で、既存の福祉サービスだけでは対応できない側面がある。「そんな水俣だからこそ、経験に基づいた新しい福祉モデルが発信できるはずなんです」

■行き場ない胎児性患者
 胎児性水俣病 妊娠中の母親がメチル水銀を含んだ魚介類を食べ、胎盤を通じて胎児の体内に取り込まれた先天性の中毒症。全介護が必要な重症者、自力歩行ができる軽症者など症状はさまざま。完治は難しく、痛みは対症療法でしのぐしかない。患者数は死亡者も含めて五十人以上とされるが、正確な数は分からない。
 さかえの杜によると、中学卒業後はどこにも行き場がなく、家族と暮らす胎児性患者が「最も多い層」。水俣市内の施設に三十年以上入所している患者も十四人いる。実態すら把握できず、地域で孤立している重症患者とその家族もいるとみられる。
 さかえの杜は、胎児性患者十九人の生活実態を調査。両親・家族が水俣病の被害を受け、本人は肢体不自由、言語障害など複数の障害を負っている。一般就労しているのは現在一人。経験者も六人いるが、いずれも小規模零細企業での不安定な雇用だった。
(東京新聞、2006年5月29日)
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2006/5/30

『その場所に女ありて』  映画

『その場所に女ありて』(鈴木英夫監督)
1962年にこうした仕事に生きる女を描いたキャリア・ウーマンものがつくられていたとは爽快。サスペンス映画の名手、鈴木英夫監督らしく、ハードボイルドなタッチで恋ではなく仕事に生きようとするヒロイン(司葉子)像が描かれるが(まあ、かなり地味な作品ではあるのでうわーと盛り上がるシーンはないのだけれども)、周囲に恋におぼれるヒロインの姉(森光子)や同僚の女子社員の姿が描かれているため、対比されてヒロイン像が浮かび上がるようになっている。
一方、まだまだ女子社員が少ない時代のためか、会社の女子社員たちが口では喧嘩したりしながらも男社会で生きている者同士の独特の絆で結ばれているあたりは興味深い。
男優陣の宝田明、浜村淳、山崎努らが若いのにも(当たり前か)驚きますね。
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2006/5/29

森崎東と牧口雄二の70年代東映2本立て  映画

シネマヴェーラ渋谷で『喜劇 特出しヒモ天国』(森崎東監督)、『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』(牧口雄二監督)。どういう2本立てなんだ。ある意味では1970年代の東映が黄金時代だったことを思わせる快作(怪作)2本だな。

『喜劇 特出しヒモ天国』
冒頭と終盤の方に殿山泰司の説教僧が説教していておばあさんたちが聞いているシーンがあるのだけれども、なんでこのシーンがこのストリップに生きるストリッパーたちとそのヒモたちを描く群像ドラマの冒頭にあるのかはよくわからない。説教僧は生と死の無常みたいなことを語っているのだが、おそらくこの説教のリズムがこのドラマに結びついているというわけなのだろうか。
それにしても、この映画に出てくる女も男もなんと哀切なんだろう。セールスマンとしてストリップ劇場にやってきてストリッパーのマネージャーになってしまう男、アル中のストリッパー、刑事をやめてヒモになる男(ストリップの舞台に上がっているときに警察がガザ入れしてきて刑事を首になるのだ)、性転換したストリッパー、道路交通整理の警備員からストリッパーになる女、ともに口が聞けない夫婦(生まれてくる子供のために妻がストリッパーになる)などなど、あまりに強烈なエピソードとそれぞれの個性を生かしたユニークなストリップシーンまで満載の傑作。

『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』
これはなんとも残酷な話が2話のオムニバスなのだけれども、どういうわけでこの2つの話が1本の映画になっているのかはよくわからない。たしかにともに結ばれなかった男と女の話ということでは共通点があるのだけれども、それだけだし・・。でも、この2つの話を続けて見ると、何か、プログラムピクチュアの映画2本立てを見ているような気にはなる。もしかすると1本の映画の中で2本立てをやってしまうという意図だったのかも?

どちらの映画も川谷拓三が快演(怪演)していて、あらためて70年代東映映画にはこの役者が欠かせなかったんだなあと思う。
しかし、『喜劇 特出しヒモ天国』は当たらず、森崎監督の東映での監督作品はこれっきりになってしまったらしい。残念。
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2006/5/28

田坂具隆監督特集、終わる  映画

田坂具隆監督特集、『若い川の流れ』。
お互いにズケズケと本音を言い合い最後には気持ちを通じ合うという、石坂洋次郎の小説世界の忠実な映画化で、まるで、石坂洋次郎を熱中して読み耽り恋愛に憧れていた中学高校時代の自分(とにかく中学高校と男子校の自分は6年間、実際の恋愛にはまったく縁がなく女の子の手を握ったことさえなかったのだ)にタイムスリップしてしまったような気分だった。それぐらい、律儀なまでに忠実でバカ丁寧な映画化作品だったということですが・・。

ワクワクドキドキさせられる夢のような時間を過ごせた田坂具隆監督特集、今日で終わってしまいました。結局、今回、上映された田坂具隆監督作品17本中、16本を鑑賞。
三百人劇場は今年で閉館するそうだけれども、この特集上映を催してくれたことに大いに感謝したい。
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2006/5/28

『段ボールハウスで見る夢』  

『段ボールハウスで見る夢 新宿ホームレス物語』(中村智志著)は新宿のホームレスの人たちを5年、取材したユニークなノンフィクションだが、元タクシー運転手のおっさんがインタビューで妻は故郷で看護婦をしていて娘と息子がひとりずついてと家族の話をするところがある。ところが、後日、その話は嘘で、おっさんは結婚したこともなかったことが分かる。面白いのは、この書き手のライターが、なんだ、嘘だったのかと思って先に聞いた話を書かないでカットしたのではなく、おっさんがこのような嘘をついた、ここにこそ、この人の人間性が現れているのではないかと考えて、こういう嘘をつかれましたということをそのまま書いていることだろう。このノンフィクションが型通りのものでないのは書き手のこうした姿勢によるものなのではないかと思う。

たとえばインターネット上で自分のプロフィールを偽っている人がいて、実際はこの人はこういう人であるということをそのままドキュメンタリーで撮って作品に出来たのならば、実に面白い作品がうまれるのではないだろうか? 「嘘」にこそ人間性があらわれているということはあると思うから。
もちろん、その嘘と実際の部分を映画のつくりてが「創作」してしまうのではなくて(それではドキュメンタリーではなくドラマになってしまう)映画のつくりての計算をこえたものが撮れたならばそれこそ面白いわけだけれども、いったい、どうすればそういうものが撮れるのかは分からない。
中村智志というライターは計算していたわけではなくインタビューをしたら結果としてそういう面白い「嘘」と「事実」にめぐり合えたわけで、ノンフィクションライターとして面白い体験をしたと思ったのではないだろうか。(もちろん、そこに面白さを見いだす書き手としての感性が大事なのかもしれないけれども。)
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2006/5/27

「フィルム表現の存続を求める会」が発足  映画

フジフイルムがシングル8フィルム販売・現像終了の発表をしたのに対して、有志で「フィルム表現の存続を求める会」が作られたようです。

※以下のブログに呼びかけ文や今後の動きが掲載。
http://blogs.yahoo.co.jp/syunsoku1961/folder/787233.html


(呼びかけ文)
「フィルム表現の存続を求める会」の賛同人としてご協力をお願いします!

 本年4月25日、富士写真フイルム株式会社は突然、シングル8フィルムの終了を発表しました。フィルムの出荷は2007年3月まで、現像サービスは2008年9月までという内容です(http://fujifilm.jp/information/20060425/index.html)。
 しかし、同年1月19日、富士写真フイルム株式会社は「弊社の写真事業への取組みについて」と題された声明で(注1)「人間の喜びも悲しみも愛も感動も全てを表現する写真は、人間にとって無くてはならないものであり〜銀塩写真を中心とした感材写真事業を継続し、更なる写真文化の発展を目指す〜」と述べています。
 シングル8フィルムは富士写真フイルム株式会社(以下、フジフイルムと書きます)が開発したフォーマットで、専用のフィルムを使っているために、フジフイルムが製造を中止すると、それでシングル8の歴史は終了してしまいます(注2)。
 ユーザーが製造コストに見合わなくなるほど減少してしまったとしたら、そのフォーマットの製造を中止することはしかたのないことかもしれません。しかし、もっぱらシングル8フィルムで撮影し、映像作品を現在もつくっている作家も多数存在します。例えば、山田勇男、万城目純、関根博之、山崎幹夫、石井秀人らのシングル8作品は、海外の映画祭に出品され、また国内の美術館に収蔵されたりしています。そして彼らは現在もシングル8による製作活動を続けています。
 また、70年代、80年代にシングル8で映画を作りはじめた若い作家たちの中から、現在の日本の劇場用映画の監督として活躍している人たちが数多く存在します。
 映像教育の現場でもシングル8フィルムは使われています。武蔵野美術大学、東京造形大学、早稲田大学第二文学部、早稲田芸術学校、阿佐ヶ谷美術専門学校などでは、2005年度におこなわれた授業内でシングル8フィルムが使用されたことが確認されています。
 人間の喜びも悲しみも愛も感動も全てを表現する映画(映像)作品は、人間にとってなくてはならないものだと言えるでしょう。シングル8によってそんな作品が生まれてきたことをフジフイルムはご存知ないかもしれませんが、シングル8で作品をつくる人々が現在でも数多くいること、そして映像教育の現場ではシングル8が使われていることを考えれば、あっさりと切り捨てるわけにはいかない「文化」であることがわかってもらえるかと思います。
 いま問われているのは、映像文化を電子的文化だけにするか、電子的文化とフィルム文化の共存する文化として存続させるかということです。では、フィルム文化はなぜ重要なのでしょうか。8ミリはレトロだから、懐かしいから、かわいいから重要なのでしょうか。違います。
 フィルムはビデオと比較すると人間がものを見る構造にはるかに近いメディアです。比喩的にいえば、われわれは眼球の中の網膜というスクリーンに映った映画を見ています。網膜に映っているのは一枚の絵です。映画の最小単位は一齣つまり一枚の絵(写真)です。ところがビデオを最小単位に還元すると光の点になってしまいます。ビデオのワンフレームの絵は高速で移動する光点の残像によって描かれます。この違いは決定的です。つまりビデオやコンピュータはより情報に近く、フィルムは絵画に近いのです。フィルムは人間が物を見ることに直結した、映像文化の存在論的な根拠といってもよいでしょう。
 8ミリはこのようなフィルム文化の入り口に立ち、若者たちが、個人が、わずかな投資でフィルムという豊穣な世界で創造することを可能にしてくれるメディアです。8ミリを失ったとき、映像文化は知らず知らずのうちに貧しいものとなっていくことでしょう。
 「シングル8の製造、現像を今後も続けていってもらいたい。事業として赤字であるなら、赤字にならないような方策をユーザーと一緒に考えませんか!」
私たちはこのことをフジフイルムに提案したいと思います。しかし数名の小さな声では門前払いを食らわされるだけでしょう。企業として、無視できないような多くの個人や集団の共通の意思としてまとまった時、ようやくこちらの声に耳をかたむけてくれるのではないかと思います。
 趣旨に賛同していただいて呼びかけに協力してくださる「賛同人」のひとりになっていただければ幸いです。

 2006年5月20日
「フィルム表現の存続を求める会」
発起人:大久保賢一(映画評論家)、山崎幹夫(映画作家)、黒川芳朱(映像作家)、水由章(ミストラルジャパン)、片山薫(ミストラルジャパン)、太田曜(実験映画作家)、万城目純(映像作家)

連絡先:ミストラルジャパン 〒184-0013 東京都小金井市前原町5-16-6
TEL:042-380-8270/FAX:042-380-8271
info@mistral-japan.co.jp

※ (注1)
富士写真フイルム株式会社は「弊社の写真事業への取組みについて」と題された以下の内容を発表しています。(http://fujifilm.jp/information/20060119/index.html
(デジタル化の急速な進展で事業は厳しい状況であるという内容の前段があり、そのあと)しかし、人間の喜びも悲しみも愛も感動も全てを表現する写真は、人間にとって無くてはならないものであり、長年のお客様のご愛顧にお応えするためにも、写真文化を守り育てることが弊社の使命であると考えております。その中でも銀塩写真は、その優れた表現力・長期保存性・低廉な価格・取扱いの手軽さと現像プリントインフラが整備されている点等でデジタルに勝る優位さもあり、写真の原点とも言えるものです。弊社はそのような銀塩写真を中心とした感材写真事業を継続し、更なる写真文化の発展を目指すとともに、写真をご愛顧いただけるお客様、ご販売店様の支援を今後とも続けてまいる所存です。

※ (注2)
一部の業者がカラースライド用フィルムを8ミリ幅に切断し加工しシングル8カートリッジにつめた商品を販売・現像をしていますが、ベースの厚みがシングル8と異なることや、価格面、安定供給からも現在のシングル8の需要の極一部の補完的な役割にしかならないと思われます。
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2006/5/25

『ジャケット』  映画

ソダーバーグが関わる映画だからある程度、予測がついたことなのかもしれないが、パズルのような映画で、それでいながら主人公がどういう生い立ちで湾岸戦争の兵士としてどのような人物だったのかとか、どうしてタイムスリップをするようになったのかといった状況設定の説明があまりにも省かれ過ぎていて、主人公の人物像がよくつかめないので感情移入することも出来ず、正直、疲れる一方だった。
やはり僕は群像ものやパズルのような構造の映画はどちらかというと得意ではないのかな? どうも登場人物に感情移入して見ようとすると話が切れ切れになってしまうのできついのだ。
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2006/5/24

『ちいさこべ』『冷飯とおさんとちゃん』  映画

田坂具隆監督特集、『ちいさこべ』『冷飯とおさんとちゃん』。
ともに山本周五郎原作の人情味の溢れる時代劇。人情話をたっぷり聞かされた感じだけれど、人情話といっても類型的なものではなく、ユニークなエピソードばかりで興味深いものだった。
特に、3話オムニバスの『冷飯とおさんとちゃん』の第2話「おさん」のパートは男と女の哀しみを描いた逸品。

『ちいさこべ』は、大工の家を継ぎ再建することばかりを考えていた棟梁(中村錦之助)が、幼馴染のおりつ(江利チエミ)が連れて来た火災で親と家を無くし焼け出された子供たちを引き取ったことをきっかけに変わっていく話。おそらくこの江戸の火災で焼け出された子供たちには戦後の戦災孤児のイメージが重ねられているのだろう。子供たちが金を稼ぐために人形で自分達の境遇を芝居にして語って町中で見せるシーンが面白かった。

『冷飯とおさんとちゃん』は、第1話「冷飯」は武家の四男坊であるために家督も継げず分家も出来ないので嫁を貰うことが出来ずに好きな女が出来ても悩む青年武士がひょんなことから幸せをつかむまでの話。なんともとぼけたタッチで穏やかな幸福感を味わえるユニークな作品だったが、第2話「おさん」はさらに秀逸で、セックスになると自我をなくすぐらい熱中してしまい知らない(過去の?)男の名前を口走る女房(三田佳子)を持ったことで悩む夫の話。男と女の哀しいすれ違い。
3つのパートとも中村錦之助が主演で役柄を演じ分けていて、さすがにうまいと思った。
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2006/5/23

『五人の斥候兵』  映画

田坂具隆監督特集、『五人の斥候兵』。
日中戦争の最前線で戦う日本軍を描いた1938年のこの作品を「戦意昂揚映画」だったとすることに別に反論はないのだけれども、それにしてもストーリーは5人の兵士が斥候に出るがひとりが戻らないので戦友や上官が心配して待っている・・というようなもので、別に捜しにいったりするわけでもなくただただ待っているだけという、なんていうか、これほど、ドラマチックに盛り上がらない戦争映画も珍しいのではないだろうか?
田坂監督は何をしたかったのか? 飲食のシーンを細かく描写しているあたりから類推するとひたすら日常の延長としてある戦場をとらえたかったのではないだろうか? 戦闘シーンも淡々としていて、まるですべてが日常の営みの延長としてあるかのようだ。
ラッパによる君が代の演奏、死んだ兵士の書いた日誌を読んで心を落ち着かせて帰って来ない兵士を待つ上官など、ディテールも興味深い。
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2006/5/22

『玉割り人 ゆき』  映画

シネマヴェーラ渋谷で『玉割り人 ゆき』(牧口雄二監督)。

『五番町夕霧樓』について遊郭ものというので思っていたのと違ったと書いたけれども、実は遊郭ものというと僕はついこの『玉割り人 ゆき』のような作品をイメージしてしまい、生真面目と言われる田坂具隆監督がどんな風に遊郭ものを撮ったのだろうかと思ってしまったのであるが、考えてみれば田坂監督が牧口雄二監督のような作品を撮るはずがないのであった。
まあ、これは水上勉の世界というのがどういうものかをよく知らなかったという僕の不勉強さからきた勘違いかもしれないけれども・・。

で、ニュープリントで牧口雄二監督のデビュー作『玉割り人 ゆき』を見ることが出来たのだけれども、1970年代の日本映画を「エロと暴力」の描写が横行した時代の産物として考えるならば、その頂点を極めたが牧口監督の作品であり、牧口雄二こそ、もっとも70年代的な映画監督であると言えるのではないかと思うのだけれども、そのエログロの話と描写にもかかわらず牧口監督の映画が圧倒的に美しいのは、そうしたエログロの話(たとえば川谷拓三の男性自身が切り落とされるといった)をなんとも堂々たる画面で撮ってしまう(ローアングルは加藤泰だけではない。牧口雄二を忘れてはいけない。)という律儀さから来るのかもしれない。
今回のシネマヴェーラ渋谷での特集上映では牧口監督作品は他に『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』も上映されるようだけれども、牧口監督作品だけを集めた特集上映をどこかでしてほしいと思うとともに、何よりも牧口監督の新作を見たいと思うのだった。
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2006/5/21

『ナイロビの蜂』(2)  映画

『ナイロビの蜂』は『シティ・オブ・ゴッド』を上回る出来栄えの映画かというとはなはだ疑問な作品で、なんともすっきりしない作品である。
が、ではつまらないのかと言うと、そのすっきりしないところが面白いとも思えてくるから奇妙な作品である。
原作が有名なようなので原作の力なのかもしれないが、はっきり言ってすっきりしない話だし、大きな愛の物語・・なんて宣伝しているけれども、単に軽はずみの夫婦の話なんじゃないかという気もしてくる。そもそもこの妻は本当に夫に恋愛していたのだろうか?
でも、だからこそ、面白い。映画のいいか、悪いかはやはり完成度が高いとか、そういうことばかりで決まるわけではないと思う。そういうことをこえたところに人間の面白さがあるのであり、というか、そもそも人間は不完全で欠点だらけのものだからこそ人間であるのではないか。人間が不完全であるように、作品や物語も不完全な動態のものであっていいはずだ。だからこそ、完成度だけではなく不完全度だって大切なことなのだと思う。
『ナイロビの蜂』で描かれる夫婦の不完全な姿はすなわち人間的であるということなのだと思う。
少なくとも僕は『ホテル・ルワンダ』より『ナイロビの蜂』を支持します。
(まあ、僕は不完全な人間ですので、今、ここに書いたことは明日には気が変わって撤回するかもしれないですけれども。)
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2006/5/21

『ナイロビの蜂』  映画

『シティ・オブ・ゴッド』の監督、撮影のコンビによる作品ということで期待をして見に行ったわりには、アフリカの町並みをとらえるカメラにはドキドキしたけれども、全体的にはわりと真面目な社会派ものという感じで『シティ・オブ・ゴッド』ほどの迫力ある映画ではなかったかな・・なんて思いながら見ていたのだが、ラストにひたすら脱帽。すっきりしないラストだが、だからこそ、いろんなことが頭の中をくるくる回る・・。原作の力なのかもしれないけれども。
あと実はこのヒロインは正義の行動一方の人間ではなく、目的のためには手段を選ばない人間であるところが面白い。
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2006/5/21

田坂具隆監督作品3本  映画

田坂具隆監督特集、『陽のあたる坂道』『五番町夕霧樓』『湖の琴』。

『陽のあたる坂道』
堂々、3時間29分の大作だけれども、石原裕次郎、北原三枝、芦川いづみ、川地民夫のアンサンブルでまったく飽きさせない。やっぱり日活青春映画を支えていたのはこうした俳優たちの魅力だったのだろうか。
石坂洋次郎の小説世界は、自分の本音をぶつけあってその果てに関係性を築くみたいな話で、ちょっとユートピア的な世界というのか、現実の恋愛などの人間関係ではやっぱりそれではうまく行かないと思うし相手の気持ちを思いやることが大切だと思うのだけれども、まあ、現実と違うからこそ憧れを感じる部分というのもあるのかな。
なんといっても、石原裕次郎が主人公の信次という相手にぶしつけなことをズケズケ言っても悪い印象を与えないという自然児の青年のキャラクターに見事にマッチしている。石原裕次郎があってこその作品だろう。
なお、ネットで検索していたら、以下のような記述を見つけた。

「デビュー当時の撮影秘話
裕ちゃんの三作目の作品で、昭和31年11月14日公開の「乳母車」の田坂具隆監督は裕ちゃんに教えた。「お前の存在が自体が演技なんだ」「お前は演技なんて必要ない。小芝居なんてするな、いま持っているお前の持ち味そのものがお客さんにインパクトを与えているんだ。お前そのままを全て出せばそれでいい。それが一番リアルな芝居なんだ。」「あくまでも、生の言葉で喋れ。意味をつかんだら、お前え自身の言葉で喋れ」と、さらに裕ちゃんの地をそのまま出すために、田坂監督は裕ちゃんに命じた。「セリフは、覚えてきちゃいけない、台本も持って来なくていい」田坂監督は裕ちゃんには徹底して台本を持たせなかった。撮影当日の現場の、まさにこれからスタートする、という直前に、裕ちゃんに台本を渡す。下手に撮影開始数ヶ月も前に台本を渡すと、セリフを完璧に覚えてしまう。それが、かえって新鮮な味が出にくくなる。また、裕ちゃんは他の監督の組では遅れて撮影現場に入ることがあったが、田坂組の撮影の時はけっして遅刻はしなかった。自分の出番までに即興でセイフを叩きこむ必要があったからである。裕ちゃんは短時間で自分のセリフをすらすらと頭に入れた。抜群の記憶力であった。集中力が異常に優れていたのだ。裕ちゃんは田坂監督をどの監督よりも尊敬していた。つまり他の監督が撮るアクション作品にくらべ。田坂監督の作品は文芸作品がほとんどであった。じっくりと時間をかけ、丁寧に撮る。ところがアクション映画で起死回生を計ろうとする日活は、どうしても、裕次郎主演のアクション映画を量産したい。そのため、一本の映画を丁寧に撮るよりも、短時間で撮り終えなくてはならない。裕ちゃんは、まだ、そんなあわただしい撮影体制に馴れることができなかった。だから、なおのこと田坂監督の丁寧な撮り方に共感を覚えたのである。(裕次郎伝説/大下英治著より)」

なるほど。こういう感じはよく分かるなあ。『乳母車』も『陽のあたる坂道』も石原裕次郎あってこそ魅力的な作品に成り得たものだと思う。

『五番町夕霧樓』
こ、これはすごい話ですね・・。遊廓の話というので思っていたのとはちょっと違ってすごい純愛ものだった。
でも、この作品は映倫と激突したというんだけど、それほど、セックスシーンはないんですけど。むしろ、セックスシーンを描かないことである種のミステリーになっている。隙間のない見事な脚本(ストーリー)で、後半のぐいぐい進むストーリーはまさにクラクラさせられる。田坂監督の代表作とされるのは納得の傑作。

『湖の琴』
2本、続けて純愛メロドラマを見れて至福でした。
ストーリー上は悪役の中村鴈治郎が人間味のある人物として描かれているのが良かった。
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2006/5/20

水俣病、カネミ油症の与党のPTがそれぞれ初会合  公害・薬害・環境・医療問題

*水俣病、カネミ油症の与党(自民、公明)のプロジェクトチームがそれぞれ初会合を開きました。

(ニュース)
認定基準見直さず 与党プロジェクト初会合
 自民、公明両党による「与党水俣病問題に関するプロジェクトチーム」(松岡利勝座長)は十九日午前、東京・永田町の衆院第一議員会館で初会合を開き、新たな認定申請者が約三千八百人に上っている現状を踏まえ、今後の水俣病対策を協議。現行の認定基準は見直さず、一九九五年の政治解決を前提とした対策を検討していくことで一致した。
 自民党の小杉隆環境調査会長や園田博之衆院議員、木村仁参院議員、公明党の木庭健太郎・水俣病問題小委員長や富田茂之環境部会長のほか、環境、財務、厚生労働各省の担当者ら約二十人が出席。松岡座長が「与党として共通の場で議論していきたい」とあいさつした。
 その後は非公開で、自公がそれぞれ四月末にまとめた水俣病対策の在り方について説明。自民党は、チッソを患者補償や公的債務返済を担う会社と事業運営会社に分ける「分社化」を中心とする案を提示し、「あくまで現状に対する見解で、これが対策のすべてではない」と強調したという。
 一方、公明党は医療費の自己負担分の全額支給に、毎月一定額の療養手当を加えるなどした案を報告。被害者救済を優先したい意向を示した。
 今後は二週間に一回程度開くことで合意。次回は、関西訴訟最高裁判決で示された国・熊本県の賠償責任の内容や判決後の状況変化を検証する。
 終了後、木庭委員長は「自民党に公明党の考え方を説明した」。松岡座長は「公明党の対策は自民党より、やや踏み込んだ内容。引き続き協議していきたい」と語った。(鎌倉尊信)(熊本日日新聞、2006年5月19日夕刊)


カネミ油症:被害者救済法案、今国会の提出不透明
 1968年に発生した国内最大の食品公害「カネミ油症事件」の被害者救済法案を検討する与党のプロジェクトチーム(PT)の初会合が18日、国会内で開かれた。与党は救済法案の今国会提出を目指しているが、座長の小杉隆元文相(自民)は会合後、記者団に対し「そこまで議論は進んでいない」と明言を避けた。6月18日までの会期中に提出できるかは不透明となっている。【坂口裕彦】(毎日新聞 東京朝刊、2006年5月19日)
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2006/5/20

スティーブン・オカザキ監督がヒロシマを描いた作品の上映  映画

下記でヒロシマを題材にしアカデミー賞(短編ドキュメンタリー部門)にもノミネートされたスティーブン・オカザキ監督『マッシュルーム・クラブ』が上映されるそうです。

「現代倫理学研究会6月例会」
日時:6月3日(土) 午後2時〜7時
場所:専修大学・神田校舎・7号館(大学院棟)・772教室
専修大学神田校舎

http://www.acc.senshu-u.ac.jp/koho/campus/index06a.html

第1部 報告:東琢磨「『マッシュルーム・クラブ』をめぐって」(仮題)
      同映画を上映した後、御報告していただきます。
第2部 報告:大庭健「自己決定という概念の行方ーーQOLなる概念の面妖さ」
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