2008/5/27

『ランボー 最後の戦場』  映画

『ロッキー・ザ・ファイナル』がそうであったようにきわめてシンプルな作り。90分という短さで、クライマックスの交戦シーンにシンプルに話を集約させている。アクションシーンはただただ凄い。スタローンってたいしたものなんだね。
あえて言えば、敵を極端に悪く描くので、結局、「勧善懲悪もの」になってしまっているので、戦場の悲惨さを描こうとしたのならその点はうまくいっていない面があるのかも。(どっちが善で、どっちが悪とも言えない、本当に無益に人と人とが殺し合う姿を描き出してこそ、戦場の悲惨さが表現されるのではないかと思うので。)なんて書くと、ランボーにそんなことを言うのは見当違いだと言われるかもしれないけど。

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2008/5/23

『外套と短剣』  映画

1946年、アメリカ 監督 フリッツ・ラング 出演 ゲイリー・クーパー、リリー・パルマー
シネマヴェーラ渋谷で。
フリッツ・ラング監督の反ナチスものの一本。ラングの映画にしては「速度」のようなものがない気はするが、それでもナチスの眼を潜って不安な心理に脅えながら諜報活動をしているリリー・パルマーが演じるヒロインの姿には目が釘付けになる。猫が出てくるシーンとダンスシーンの演出のうまさ。でも、ラングが描く恋愛像って、やっぱりちょっと変な気がするな・・。

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2008/5/21

四川大地震、やはり核施設も倒壊していた  原爆・原発問題

(ニュース)
四川大地震で核施設も倒壊…中国・環境保護相が明かす (読売新聞)

記事写真
 被災した人たちで埋め尽くされた中国・綿陽市の体育館。テントでの仮設学校が始まった(20日午後、青山謙太郎撮影)
 
 【北京=河田卓司、佐伯聡士】新華社電によると、中国の周生賢・環境保護相は20日、四川大地震の被災地視察のため訪れた四川省成都で、「32個の放射性物質ががれきの下に埋もれたが、うち30個は回収した」と語った。
 残る2個については、位置を特定し、周囲を立ち入り禁止にして回収作業を進めており、近く安全な場所に搬出するという。中国政府高官が核施設の倒壊を明らかにしたのは初めて。
 核施設の詳細や場所、放射性物質の種類などは明らかにしなかった。環境相は「四川省内にある民用の核施設はすべて安全な状態にある」と強調した。地震による核施設への影響に関しては、人民解放軍総参謀部幹部が18日の会見で、「すべて安全だ」と述べていた。被災地では放射能漏れなどを懸念する声があるため、環境相も核施設の安全を改めて強調したと見られる。
 一方、四川大地震から9日目の20日、中国政府は、地震の死者が四川省や甘粛省などすべての被災地で前日の発表より約6000人増えて4万75人に、負傷者が24万7645人に達したと発表した。
 被災地での余震は、20日午後までに計6500回を超えた。華僑向け通信社「中国新聞社」(電子版)は20日、マグニチュード(M)5・0の余震が同日未明に起きた四川省平武県で、山崩れにより家屋が損壊するなど大きな被害が出たと伝えた。19日に復旧したばかりの道路10キロもすべて寸断された。具体的な死傷者の状況は不明という。
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2008/5/21

『黄泉がえり』、スピルバーグがリメーク  映画

(ニュース)
「黄泉がえり」が米でリメーク!スピルバーグ監督か
5月21日7時4分配信
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2008/5/15

中国四川省大地震 核施設に専門家を派遣  原爆・原発問題

(ニュース)
核汚染防止へ専門家派遣
中国環境保護省は14日までに、四川大地震を受け核汚染防止対策を取ることを決定、李幹傑次官を中心に核安全局担当者や汚染防止問題の専門家を四川省の被災地に派遣したと発表した。大規模な地震で核施設が破損、放射能漏れなどがないか調査し、汚染防止対策に努めるためとみられる。環境保護省はまた、四川省や甘粛省、青海省、陝西省など内陸各地区に緊急通知を出し、核施設の状態について厳重に調査し、放射能漏れなどがないよう全力を挙げるよう求めた。(産経新聞)

*中国、四川省の大地震は、今日の毎日新聞の報道では被災者は1000万人をこえるとあったし、とてつもない被害であるようだが、気になっていることのひとつに、核施設は大丈夫だったのか?ということがある。関連するニュース報道がまったくないようなので(たとえば核施設に被害はないことは確認・・といった)かえって不安になるわけだけど、ようやくひとつだけ、産経新聞の上記のニュースを発見。でも、ますます心配が増すような記事ですね、これ・・。

あとミャンマーの軍事政権が他国の救援を拒んでいるのは、ミャンマーがすでに核開発を進めていることを知られたくないからではないか・・という説もあるよう・・。
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2008/5/15

「世間では評判の作品のようだけど自分はあまり面白いとは思わなかった」2本の映画  映画

別に、映画の悪口を書くこと自体に喜びは感じないし、「世間では評判の作品のようだけど自分はあまり面白いとは思わなかった」映画というものについて何かを書くことにそもそも意味があるのかと思うし、むしろ、「ちくしょー!みんな、盛り上がっているようなのに、また俺だけ、乗り遅れちゃってるよ−」という口惜しい気持ちを表明することにしかならないんだけど、それはなんの映画の話かというと、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と『ミスト』である。
と、「世間では評判の作品のようだけど自分はあまり面白いとは思わなかった」2本の映画のタイトルをあげるだけで、どうしてつまらなかったのかを書くことは前述の通り、あまり意味があるとは思えないので、この2本の話はこれで終わり。
やっぱり「世間では不評のようだけど、個人的にはチョー面白かった」映画、たとえば『ジャンパー』とか『軍鶏 Shamo』とかについて書くほうが、気持ちが弾む・・わけではある。
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2008/5/15

渡辺文樹監督逮捕って・・  映画

*この記事だけではよく事情が分からないので違うかもしれないけど、なんか、これってもしかして「別件逮捕」っていうやつなのでは!?

(ニュース)
<無銭宿泊容疑>たけしと並ぶ、カンヌ出品映画監督を逮捕 宮城
5月15日13時26分配信
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2008/5/12

『恐怖省』  映画

『恐怖省』監督 フリッツ・ラング 1944年、アメリカ
 フリッツ・ラングと言えばフィルムノワールの巨匠というのか、フリッツ・ラングの映画こそがフィルムノワールというものだと思うのだけれども、にもかかわらず典型的な「フィルムノワール」の定義からラングの映画が外れていることがある。それはヒロインのキャラクターである。フィルムノワールのヒロインと言えば、大体、美人だけれどもすごい悪女で、男を惑わすファムファタールの女・・と相場が決まっているのだけれども、しかしラングの映画のヒロインは、『暗黒街の弾痕』のシルヴィア・シドニーにしろ、『恐怖省』のマージョリー・レイノルズにしろ、悪女ではなく、それどころか、逆に愛した男を信じてどこまでもついていく女性像のヒロインなのだ。ほかの点では、ラングの映画はまさにこれこそがフィルムノワールと思われるものなのに、このヒロイン像だけがフィルムノワールの定義や範疇から外れているようにも思える。そこにラングの映画が他の「フィルムノワール」の映画とは異なる独自性があるのかもしれない。
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2008/5/10

松田奈緒子『100年たったらみんな死ぬ』  マンガ

このマンガの中で2人の女子高生が「夢も希望もない」自分達の将来について会話をしている・・。

ホストとして働き始める父。不倫をしている長女。引きこもりの長男。さらに政治おたくの女子高生やら、腐女子やら・・。ホスト、不倫、引きこもり、腐女子といったいかにも流行の(?)アイテムを揃えたかのような、一見、キワモノとも言えるようなマンガ作品なのだけれども、実はこれはひどくまっとうな「社会派」の作品なのである。その「まっとうさ」は、そうしたキワキワのアイテムを揃えて、現代社会の腐敗や家族崩壊を描いていく・・のではなくて、逆に「夢も希望もない」この時代に前向きに生きるアイテムとして転化している、そのイナバウアー的なしなやかさにあるのではないかと思う。中年の父がホストクラブで働き出すなんてめちゃくちゃな話だけれども、それが「崩壊」ではなく、生きる力を取り戻す「癒し」のものとして描かれているところが出色なのであり、引きこもりの男の子も腐女子らしい少女に恋をすることで(この男の子自身は相手が腐女子であることに気がついていないようだけれども)ささやかながら歩み出すという、まあ、現実的に考えると都合が良すぎる展開かもしれないけれども、マンガなんだからいいじゃんというのか、マンガだからこそ許されるイナバウアー的な展開に、「夢も希望もない」この時代にそれでもイナバウアー的な出来事が起こり得ないか?を模索している人々の生をつかまえ出そうとしている「まっとうさ」を感じ取るべきなのではないだろうか。

下巻に合わせて収録されている短編『ビニール』も、もうどうすることも出来なくなっている状況の恋愛にそれでもちょっとしたイナバウアー的なチャレンジをしようと試みた青年の姿を描いた、しゃれた小品である。

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2008/5/9

「ネパール共産党毛沢東主義派」は毛沢東支持ではないんだぜ!  時事問題

何度か、書いていることですが、まあ、現在は、チベットが独立とかもっと自由な自治とか言っても中国側がなかなか容易に認めそうにない状況なのでそこまで考える状況でもないのかもしれませんが、将来的にチベットが本当に独立するなりもっと自由な自治を獲得していくのであれば、やはり政教分離も考え、民主化していくことを考える必要はあるように僕は思います。政教一致では特殊な独裁国家が出来てしまう危険性がありますからね。今のダライ・ラマ14世は平和主義の賢明な方のように思えるのでそういう心配はないかもしれないけど、次世代のダライ・ラマがどういう人かは分かりませんからね。
ネパールで王制を廃止し民主化する方向を選択したのは賢明な判断のように思います。

(ニュース)
ネパール制憲議会 毛派220議席獲得
4月26日8時0分配信 産経新聞

 ネパール選挙管理委員会は25日、今月10日に実施された制憲議会(601議席)選挙の最終開票結果を発表した。AP通信が伝えた。第1党のネパール共産党毛沢東主義派(毛派)は220議席を獲得し、2位のネパール会議派が110、統一共産党が103で続いた。毛派はすでに他党との連立を模索しており、プラチャンダ議長は24日、「議会の初会合で王制廃止は決まる」などと述べていた。(バンコク)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080426-00000091-san-int

なお、ネパールの選挙で勝ったのが「ネパール共産党毛沢東主義派」とあるので誤解されやすいのですが、この党派の人達は毛沢東を支持してきた人達というわけではありません。それどころか、逆なんですね。毛沢東に弾圧されてきた人達なんです。つまり、「ネパール共産党毛沢東主義派」の人達は、毛沢東の考えを心棒していた人達なのに、だから当人たちは毛沢東が自分たちを支持してくれると思っていたのに、毛沢東は裏切って逆に弾圧しようとしたのです。それで、毛沢東と闘い続けた人達なのです。だから、現在、これだけ、支持されているのですね。
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2008/5/8

チベット旗掲げた早大生と警官がもみ合い  ニュース

(ニュース)
チベット旗掲げた早大生、警官ともみ合い 胡主席講演控え
5月8日13時57分配信
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2008/5/7

『軍鶏 Shamo』  映画

『ドッグ・バイト・ドッグ』に続いて、ソイ・チェン監督が放つ、バイオレンス映画の傑作!
なんといっても、素晴らしいのは、ヒーローでもアンチヒーローでもない、主人公の造型。原作は知らないけど、バイオレンスの中に、主人公のナイーブな感情がひしひしと伝わってきて、ジーンとしてしまいました。
ラストの展開が素晴らしいと思います。試合に勝つとか、負けるとかは超越したところに話が行っているので。主人公の造型も、物語も、「勝ち負け」なんて超越して、人間そのものの魅力をつかまえ出しているように思いました。
けっこう、反則技とか、ステロイドなんてものまで出てくるので、「むむ、これはどんな手を使ってでも勝つことをめざすアンチヒーローものなのか?」と途中で思ったのだけど、そうではなく、「勝ち負け」を超越した話なんだと気づきました。
妹のエピソードは原作になかったものらしく、原作者の橋本以蔵氏もこれを入れることに反対していたそうなのだけど、結果としてあれがあるからこそ、こういうラストの味わいに至ったわけで、ソイ・チェン監督の狙いは成功しているのではないかと僕は思います。
というか、もしかしたら、これ、多くの人に受け入れられる映画ではないかもしれないので、その意味では成功作とは言えないのかもしれないけど、個人的にはかなり感動しました。こんな表現をやろうとしている映画があるということに。だから、少なくとも個人的には成功作(?)です。
また、全然、違うタイプの映画のように思えるかもしれないけど、これは『ロッキー』のような愛の映画なのだとも思います。
『ドッグ・バイト・ドッグ』と同様、あまりにも異様なバイオレンス映画で、どれだけの人に受け入れられるのか、分かりませんが、僕は大好きです。

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2008/5/7

チベットは独立国だったのか?  時事問題

*前記事
基礎から分かるチベット問題(毎日新聞)
http://blue.ap.teacup.com/documentary/1373.html

前記事のコメント欄で補足で書いたことの続きだけれども、ダライ・ラマ14世の考えのほうが「まだ現実的なのかも」と書いたけれども、それは世界的にアピールする上では効力を持つのではないか?という意味でそう思うのだけど。

(ダライ・ラマ14世の考え)
ダライ・ラマ法王14世による五項目和平プラン
http://www.tibethouse.jp/cta/5point_peace_plan.html

中道のアプローチ:チベット問題解決に向けての骨子
http://www.tibethouse.jp/cta/middleway.html

だがしかし、それでは「現実的」に中国がこうしたダライ・ラマ14世の要求をのむかというと、かなり難しいような気がする。いかに国際的に批判されても、中国としてはダライ・ラマ14世の案を受け入れたら実質的には各少数民族の独立を認めていく形になっていってしまうから、認めるわけにはいかないのだろう。
特に、毎日新聞の記事でも以下のようにあるけれども、

>89年にもラサで暴動が起き、戒厳令が敷かれる。自治区トップの共産党委書記が胡錦濤国家主席で、住民の生活改善に力を入れる一方、「独立分子」には厳しく対処。当時の最高実力者、トウ小平氏に評価され、49歳の若さで最高指導部の党政治局常務委員会入りするきっかけになったとされる。

現在の胡錦濤国家主席はむしろチベットなどの弾圧の功績で最高指導者になったような人物なのであるから、胡錦濤がやっているうちはダライ・ラマ14世の案を中国側が受け入れることはなかなかありそうにない。
結局、中国側としては、先送りにして、ダライ・ラマ14世が亡くなるのを待っているのではないかと思うのだけれども・・。

それと、ダライ・ラマ14世はチベットは中華人民共和国に進駐される以前は独立国だったと主張しているが、ここも中国側と見解が分かれているようだけど、毎日の記事では簡略に以下のようにこの事情を説明している。

>1911年の辛亥革命で清が倒れ、チベットは13年にモンゴルと「蒙蔵条約」を結び、互いに独立国として承認。住民に「独立」を宣言した。だが、独立をめぐるチベットと中華民国の間の紛争調停のため、英国を交えて開かれたシムラ会議では、チベットは中華民国の主権下に置かれ、英国に
アッサム地方との国境線(マクマホンライン)を認めさせられた。

これによると、チベット人自身の意識としては、「モンゴルと「蒙蔵条約」を結び、互いに独立国として承認。住民に「独立」を宣言した」時点で、独立国になったという意識だったのだろうか。だから、ダライ・ラマ14世はチベットは独立国だったと主張されているわけである。
しかし、国際的にはチベットは独立国として認められていなかったということなのだろう。「英国を交えて開かれたシムラ会議では、チベットは中華民国の主権下に置かれ、英国にアッサム地方との国境線(マクマホンライン)を認めさせられた。」というのが国際的な認識であったわけだ。だから、中国側の、チベットは独立国ではなかったという主張も間違いではないわけである。それにしても、イスラエル、パレスチナ問題でもそうだけど、ここでもイギリスが中華民国に「チベットは中華民国の主権下」と約束したことが問題の発端になっている・・。イギリスってやつは・・。ロンドンで聖火リレーに抗議活動をした英国の諸君には、自国の過去も反省してほしいものです。
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2008/5/6

基礎から分かるチベット問題(毎日新聞)  ニュース

(毎日新聞より)
ニュースナビ:基礎から分かるチベット問題(上)歴史と仏教

米シアトルへ向かうため成田空港に到着し、報道陣の呼びかけに笑顔を見せるダライ・ラマ14世=千葉県成田市で4月10日午後4時18分、石井諭撮影

 五大陸総延長9万7000キロに及んだ北京五輪の海外での聖火リレーは、中国当局のチベット政策に対する激しい抗議行動にさらされ続けた。直接の発端となったのが、中国チベット自治区で起きた暴動の鎮圧だった。北京五輪の評価を揺るがしかねないチベット問題とは何か。チベット仏教へのあつい信仰に支えられながらも、政治の波に翻弄(ほんろう)されてきたチベットの歴史を振り返るとともに、その現状を分析、今後を展望してみた。

 ■北京の圧力、反発と妥協−−仏の化身信じる、誇り高き民族

 ◆NAVI1・歴史は?
 ◇7世紀「吐蕃」−−1950年から解放軍進駐

 中国南西部、崑崙(こんろん)やヒマラヤの山々に囲まれた雲表の地チベット。アジアの大河の源流域でもある高原に統一国家「吐蕃(とばん)」が成立したのは7世紀だ。その名は玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)の紀行「大唐西域記」や、平安時代に編さんされた奈良時代の史料「続日本紀」にも登場する。

 吐蕃には勢いがあった。唐の皇帝の娘を王妃に迎えたり、763年に戦乱で疲弊した唐の都、長安(現在の西安)を占領し、皇帝を擁立したりした。仏教の国教化は8世紀。インドと直接、交流し、イスラム教やヒンズー教に押され、消えつつあった当時のインド仏教を受け継いだ。

 9世紀半ばに吐蕃は分裂、衰退した。その後、勢力を伸ばしたモンゴル人支配者はチベットと深くかかわった。元の初代皇帝フビライはチベット僧を重用。チベット支配の代行役とした。元はチベット仏教も導入した。

 明代、チベットでは仏教の宗派と結びついた氏族同士の勢力争いが続いた。チベット仏教とモンゴルの関係は16世紀半ばに復活。17世紀にはチベット中央部を征服したモンゴルの王侯がダライ・ラマをチベットの宗教的、政治的権威と認めた。

 モンゴルを駆逐した清はチベットの宗主権を手に入れるが、最盛期の皇帝の一人、乾隆帝はチベット仏教を保護し、寺院や僧院を建立。モンゴルや清朝との単純な支配、被支配ではない関係は、その後の複雑な歴史に影響を与えている。

 1911年の辛亥革命で清が倒れ、チベットは13年にモンゴルと「蒙蔵条約」を結び、互いに独立国として承認。住民に「独立」を宣言した。だが、独立をめぐるチベットと中華民国の間の紛争調停のため、英国を交えて開かれたシムラ会議では、チベットは中華民国の主権下に置かれ、英国にアッサム地方との国境線(マクマホンライン)を認めさせられた。

 第二次大戦後、台湾に逃れた中華民国に代わり、中華人民共和国が成立。50年に人民解放軍が進駐を始め、翌年ラサに入城。この間、チベットと中国の間で「チベット人民は中華人民共和国の祖国の大家族の中に戻る」などとする17条の平和解放協定が結ばれた。だが、59年に漢民族中心の共産党による支配に対する抵抗が激化。この動乱を軍が武力制圧し、ダライ・ラマ14世はインドへ亡命した。

 89年にもラサで暴動が起き、戒厳令が敷かれる。自治区トップの共産党委書記が胡錦濤国家主席で、住民の生活改善に力を入れる一方、「独立分子」には厳しく対処。当時の最高実力者、トウ小平氏に評価され、49歳の若さで最高指導部の党政治局常務委員会入りするきっかけになったとされる。同年、ダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞した。中国当局は、経済発展をテコに、チベット問題の解決を狙っている。

 ◆NAVI2・チベット仏教とは?
 ◇4大宗派、独自の「転生」理論−−後継「活仏」選定、中国の干渉も

 インドから伝わった仏教は7世紀、チベットに根づき始める。13〜14世紀にかけ、インド、ネパールの経典がチベット語に翻訳され、現在の形にまとめられた。チベット仏教は密教を含む大乗仏教を根本としており、チベット民族の統一と文化の維持に意義を持つ。

 チベット仏教にはニンマ派、サキャ派、カギュ派、ゲルク派−−の4大宗派がある。チベット仏教界の最高指導者ダライ・ラマ14世は、最大宗派ゲルク派の出身だ。

 16世紀に、後にダライ・ラマ3世となるソナム・ギャツォがモンゴルの王侯、アルタン汗から「ダライ(知恵の海)」の称号を贈られた。以後、大僧正が「ダライ」の称号を持ち、高僧を意味する「ラマ」を付け「ダライ・ラマ」と呼ばれた。

 チベット仏教では13世紀から、聖なるものが人間の形でこの世に現れるという「転生」理論がみられるようになり、独特の転生相続制度を作り上げた。

 ダライ・ラマは観音菩薩の化身、第2位で「偉大な学者」を意味するパンチェン・ラマ(ゲルク派)は阿弥陀如来の化身とされる。ダライ・ラマが幼少の時にはパンチェン・ラマが師となり、その逆もある。ただ、パンチェン・ラマはダライ・ラマを助けるために現れたとされ、政治権力は与えられていない。

 パンチェン・ラマ9世はダライ・ラマ13世との不和から当時の中華民国に亡命。転生者のパンチェン・ラマ10世はダライ・ラマの認定を受けることなく中国側の認定だけを受けた。パンチェン・ラマ10世は1952年にチベットに戻り、30年ぶりに公式に和解。しかし、ダライ・ラマ14世が1959年にインドに亡命する一方、パンチェン・ラマ10世は北京にとどまった。

 パンチェン・ラマ10世が89年に死去すると、ダライ・ラマ14世は95年5月、チベットに住むゲドゥン・チョエキ・ニマ少年(当時6歳)を転生者と公表した。これに対し、中国政府はニマ少年を軟禁し、同年11月にギャインツァイン・ノルブ少年(同)を独自に転生者と認定した。

 ダライ・ラマ14世が死去した場合、ニマ氏は転生者の認定に関与できず、中国側が認定したノルブ氏が影響力を行使する可能性が高い。中国政府は昨年9月、活仏転生に関する規則を施行し、「外国のいかなる組織、個人の干渉や支配も受けるべきではない」と明記した。ダライ・ラマ側による転生者認定を阻む狙いがあるとみられる。

 一方、亡命チベット人の間では、00年にインドに逃れたチベット仏教第3位のカルマパ17世(カギュ派)に期待する声も出ている。
http://mainichi.jp/select/world/news/20080505mog00m030003000c.html

ニュースナビ:基礎から分かるチベット問題(下)

チベット問題

 ◆NAVI3・暴動の経緯は?
 ◇「動乱49年」…3月、ラサ−−独立求め僧侶デモ

 一連の暴動のきっかけは、「チベット動乱」から49年に当たる3月10日、チベット自治区ラサで独立を求める僧侶らが起こしたデモだった。米政府系の「ラジオ自由アジア」によると、警察は約70人を拘束。その後もデモがあり、14日には住民も加わった大規模暴動へと発展した。中国政府は「暴徒が商店の破壊や略奪、放火をした」と指摘するが、亡命政府は「武力鎮圧で少なくともデモ隊の99人が死亡した」と非難している。

 暴動は周辺各省のチベット族自治州に波及した。ダラムサラの非政府組織(NGO)「チベット人権民主化センター」は、四川省や甘粛省、青海省で抗議デモが相次ぎ、多数の死者が出たと伝えている。亡命政府は4月29日、ラサや周辺での中国側の鎮圧によるチベット人死者が203人、負傷者は1000人以上となり、5715人以上が拘束されていると発表した。

 一方、新華社が報じた死者数は、ラサでの市民18人と警官1人、四川省と青海省での警官各1人にとどまっている。また、ラサ中級人民法院(地裁)は4月29日、3月14日の暴動で逮捕、起訴された僧侶ら30人に対し、無期懲役から禁固3年の実刑判決を言い渡した。

 ◆NAVI4・亡命政府とは?
 ◇印北部に設立−−予算、海外からの寄付

 亡命チベット人は現在、世界20カ国以上に約13万4000人がいるとみられている。そのうち、最も多いのがインドの約10万人。ダライ・ラマ14世を頂点とする亡命政府もインド北部ダラムサラにある。

 亡命政府は、ダライ・ラマが亡命した直後の1959年4月にインド北部のムスーリーで設立され、翌60年5月にダラムサラで本格的に発足した。

 元首に相当するダライ・ラマの下で、カシャックと呼ばれる内閣(行政)、代表者議会(立法)、最高司法委員会(司法)に機能が分かれている。

 内閣は首相に相当する主席大臣をはじめ4〜8人で構成され、文部省や財務省など七つの部門を管轄している。代表者議会の議員46人のうち、43人は亡命チベット人の直接選挙で決まり、残る3人はダライ・ラマが指名する。このほか、ニューヨークやジュネーブなど主要11都市に事務所を置いている。

 予算の大部分は、亡命チベット人や海外の支援団体などからの寄付で成り立つ。亡命政府が公表した05〜07年の開発プロジェクト予算は、7省で計6億8226万ルピー(約17億7300万円)を計上している。

 聖火リレーへの抗議を通じ、広く知られるようになったチベットの旗は、ダライ・ラマ13世の時代にデザインされた軍旗が基になっているという。

 中央の白い三角形は雪山を表し、赤と青の光線は二つの守護神によって伝統が守られることを象徴している。太陽は自由と繁栄の享受を、1対のスノー・ライオンが支える三つの宝石は精神的なよりどころであるブッダとその教え(法)、僧侶を意味している。

 ◆NAVI5・急進派とは?
 ◇独立掲げるNGO−−亡命者ら若者主体

 今年1月、ダラムサラに拠点を置く五つの亡命チベット人組織が「チベット人民蜂起運動」を結成した。「チベットにおける中国の不法占拠終結に向けた直接行動」を主張しており、米議会調査局の報告書は急進独立派の台頭として懸念を示す。「蜂起運動」の中核は、チベット人の非政府組織(NGO)として最大規模を誇る「チベット青年会議」だ。世界に80カ所以上の支部を持ち、約3万人のメンバーを抱える。「中国からの独立」を掲げ、チベット人の「本心」を代弁していることが、若い世代の人気を集めている。

 ただ、青年会議幹部会の一人は「多くのメンバーは本気で独立を勝ち取れるとは考えていない」と語る。東大東洋文化研究所の大川謙作助教も「海外留学組などのエリートが独立活動を意識しているが、大きくなり過ぎ、さまざまな立場の人がいる」と解説する。

 中国政府はチベット暴動について「ダライ集団が画策した」と非難し、急進派組織の活動を「証拠」として指摘する。これに対し、青年会議のシバン・リグジン議長は「信じられない言い分だ。抗議行動はチベット人たちの自発的なものだ」と関与を否定した。

 インドには穏健派の「チベット連帯委員会」など大小約50の団体がある。彼らの活動は、亡命チベット代表者議会のガイドラインに沿って認められている。青年会議の活動も亡命議会が認めている形だが、これを中国政府が「ダライ集団の画策」と指摘する根拠にしていると亡命政府はみている。

 しかし、実態は「亡命社会の多様な意見」を認めているに過ぎず、ある穏健派団体幹部は「青年会議の活動が中国を硬化させている」と冷ややかな見方を示す。ダライ・ラマの指導の下にあるとはいえ、亡命チベット人社会は必ずしも一枚岩とは言えないようだ。
http://mainichi.jp/select/world/news/20080505mog00m030005000c.html


*毎日新聞に「基礎から分かるチベット問題」という特集記事が出ていた。
 情報が錯綜しているチベット問題であるが、この記事を見ると、チベット暴動を中国政府側は「ダライ集団が画策した」と決めつけているけれども、やはりそうではなく、独立ではなく自治を求めているダライ・ラマらの亡命政府と、独立を求める「チベット青年会議」とがそれぞれ別に活動している・・ということなのではないだろうか?と思える。
 僕は以前にもちょっと書いたけれども、中国から独立し、かつダライ・ラマが権力の座につくのでもない、民主的な政府をチベットで樹立する・・というのが理想だと思うのだけど、現状ではただの空想的な理想論でしかないのかもしれないけれども・・。
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2008/5/2

オルミVS井川耕一郎  映画

今日は、「イタリア映画祭」でオルミ監督の『百本の釘』(ストローブ、ユイレ監督の短編『ヨーロッパ2005年、10月27日』付き)を見てから、新宿国際名画座で『喪服の未亡人 ほしいの…』(渡辺護監督)。『喪服の未亡人 ほしいの…』は知人の井川耕一郎氏の脚本作品なので見に行ったのだが。そういえば、去年のイタリア映画祭では『結婚演出家』を見てから七里圭監督の『ホッテントットエプロン ースケッチ』を見たのだけど、去年はベロッキオと七里圭の組み合わせで、今年はオルミと井川耕一郎の組み合わせというのも不思議と言えば不思議だ・・。

で、作品のほうだけど、『百本の釘』はサスペンス調の出だしにいきなり何が始まるのかと驚いた。まあ、結局は、とある大学教授がすべてを投げ出して放浪の旅に出る・・という話で、きわめて単純明快な話であるわけだけれども、にもかかわらずオルミ監督の前作『ジョヴァンニ』に続き、壮大なルネッサンス作品とでも言うべき映画になっているのは、この監督が提示するイメージの凄さによるのだろうか・・。基本的なストーリーは驚くほどのものではないはずなのに、オルミ監督の作品のこの強度はいったい、どこから来るのだろうか?と思ったりした。「強度」と書いたけれども、一方でオルミの作品の良さというのは決して偉大な巨匠の作品という感じではなく何か、自由闊達なものであるところにあるようにも思うので、「強度」と言うより「おおらかさ」とか「豊かさ」とでも書いたほうがいいのかもしれないけれども・・。

『喪服の未亡人 ほしいの…』は、死んだ夫の遺品のカセットテープで夫の浮気を知った未亡人の妻が、夫への復讐心から不倫に走るというもの。ちょっとホ・ジノの『四月の雪』を思い出したりした。これも基本的なストーリーはそれほど新味はないものの、会話のうまさというのか、独特なこだわりぶりがやっぱりハンパじゃないと思った。
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