2016/2/29

肥田舜太郎先生の2011年3月19日講演会、再アップ  原爆・原発問題

肥田舜太郎先生のドキュメンタリー映画『ヒロシマ、そしてフクシマ』が公開されるので、唐突に再アップします。
肥田舜太郎先生が2011年3月19日に行なった講演会の一部をユーチューブにアップロードしたものです。

大人たちのつくった世界(制作 つーじー、金子サトシ)
http://www.youtube.com/watch?v=SAM6U5C_viA
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2016/2/24

日本国憲法の憲法9条は世界の憲法の中で決して孤立した条項ではなかった!  時事問題

日本国憲法の憲法9条は世界の憲法の中で決して孤立した条項ではなかった!
いまさらだが、衆議院憲法調査会事務局、安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会(平成 15 年 7 月 3 日の参考資料)の、
「日米安保条約
「憲法第 9 条(戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認)について〜自衛隊の海外派遣をめぐる憲法的諸問題」
に関する基礎的資料」

をじっくり読んだら、そういうことが明記されていた。(←ただし、そう明記していると読むかどうかは読み方にもよるかも。私はそう読んだ。)
とても、興味深い。
以下、引用します。

(引用)
  歴史上いつの時代にも武力紛争が存在し、20 世紀における二度の世界大戦を経た後もなお絶えない現実がある一方で、これまで、国際社会や諸外国において、戦争の廃絶と平和の確保に向けた努力が積み重ねられてきた。このような努力が法文化された古い例として、1791 年フランス憲法の「フラン
ス国民は、征服を行う目的でいかなる戦争を企図することも放棄し、また、
その武力をいかなる国民の自由に対しても使用しない」との規定を挙げるこ
とができる。その後、このような「征服のための戦争」又は「国家の政策の
手段としての戦争」の放棄を定める規定は、フランス第 4 共和国憲法(1946
年)、イタリア共和国憲法(1948 年)、ドイツ連邦共和国基本法(1949 年)、大韓民国憲法(1972 年)等の諸外国の憲法や、ハーグ平和会議(1899 年・1907 年)、国際連盟規約(1919 年)、不戦条約(1928 年)、国際連合憲章(1945年)等の国際条約に盛り込まれるようになった。
 これらの諸外国の憲法や国際条約と日本国憲法とを比較して、学説の多数説からは、前者は、侵略戦争の制限又は放棄に関わるものにとどまっていのに対し、後者は、戦争違法化の国際的潮流に沿ったものであると同時に、
@侵略戦争を含めた一切の戦争、武力の行使及び武力による威嚇を放棄した
こと、Aこれを徹底するために戦力の不保持を宣言したこと、B国の交戦権
を否認したことの 3 点において徹底した戦争否定の態度を打ち出し、際立っ
た特徴を有していると評価されている。他方、現在、150 近くの国家の憲法
において、下表のような形で類型化されるいわゆる「平和主義」条項が設け
られており、日本の安全保障や国際貢献の方策を考える際に日本国憲法の特
異性を持ち出すことは適当でないとの見解も存在する。
  <世界の現行憲法における「平和主義」条項の類型>
類    型 国数 主な国(カッコ内は根拠条文)
平和政策の推進 48 インド(51)、パキスタン(40)、ウガンダ(前文)、
アルバニア(前文)等
国際協和 75 レバノン(前文)、バングラデシュ(25)、ラオス(12)、
ベトナム(14)、フィンランド(1)等
内政不干渉 22 ドミニカ(3)、ポルトガル(7)、中国(前文)、ウズ
ベキスタン(17)、スーダン(7)等
非同盟政策 10 アンゴラ(16)、ナミビア(96)、モザンビーク(62)、
ネパール(26)、ウガンダ(28)等
中立政策 6 オーストリア(9a)、マルタ(1)、カンボジア(53)、モ
ルドバ(11)、カザフスタン(8)、スイス(173・185)
軍縮の志向 4 バングラデシュ(25)、アフガニスタン(137)、モザ
ンビーク(65)、カーボベルデ(10)
国際組織への参加又は国家権力の一部委譲 18 ノルウェー(93)、デンマーク(20)、ポーランド(90)、スウェーデン(10-5)、アルバニア(2)等
国際紛争の平和的解決 29 カタール(5)、ガイアナ(37)、ウズベキスタン(17)、キルギス(9)、中央アフリカ(前文)等
侵略戦争の否認 13 ドイツ(26)、フランス(前文)、バーレーン(36)、
キューバ(12)、韓国(5)等
テロ行為の排除 2 チリ(9)、ブラジル(4)
国際紛争を解決する手段としての戦争放棄 5 日本(9)、イタリア(11)、ハンガリー(6)、アゼルバイジャン(9)、エクアドル(4)
国家政策を遂行する手段としての戦争放棄 1 フィリピン(2-2)
外国軍隊の通過禁止・外国軍事基地の非設置 13
ベルギー(185)、マルタ(1)、アンゴラ(15)、フィリピン
(18-25)、アフガニスタン(3)、モンゴル(4)、カーボベル
デ(10)、リトアニア(137)、カンボジア(53)、モルドバ
(11)、ウクライナ(17)、ブルンジ(166)、アルバニア(12)
核兵器の禁止・排除 11
パラオ(U3)、フィリピン(2-8)、ニカラグア(5)、アフガニスタン(137)、モザンビーク(65)、コロンビア(81)、パラグアイ(8)、リトアニア(137)、カンボジア(54)、ベラルーシ(18)、ベネズエラ(前文)
軍隊の非設置 2 コスタリカ(12)、パナマ(305)
軍隊の行動に対する規制 30 アメリカ(修正 3)、メキシコ(16・129)、ボリビア(209・210)、パプアニューギニア(189)、ザンビア(100)等
戦争の煽動・準備の禁止 12 ドイツ(26)、ルーマニア(30)、スロベニア(63)、トルクメニスタン(28)、ベネズエラ(57)等

(引用、ここまで。)

以下が私の感じたこと。
日本国憲法の憲法9条とまったく同じ条文ではなくても、世界の多くの憲法で、「侵略戦争の制限又は放棄」などの平和主義の条項はもうけられているのだ。日本国憲法第9条は、こうした世界の憲法の流れの中でうまれた条項なのであり、決して世界の憲法の中で特異な条項ではないのではないか?
ここに書かれているように、
「日本の安全保障や国際貢献の方策を考える際に日本国憲法の特異性を持ち出すことは適当でないとの見解も存在する。」
のである。

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi033.pdf/$File/shukenshi033.pdf#search='%E6%86%B2%E6%B3%95+%E4%BE%B5%E7%95%A5%E6%88%A6%E4%BA%89%E5%90%A6%E5%AE%9A+%E4%B8%96%E7%95%8C
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2016/2/8

『ビハインド・ザ・コーヴ』  映画

『ビハインド・ザ・コーヴ』、見てきました。
感想としては、全体にあまりに情報がとっちらかっているので、もっと整理したほうがいいのではないかとは思いましたが、でも太地町の人々と、シーシェパードやイルカプロジェクトなどの人たちと、双方の人たちに取材しているので、とっちらかっていても客観的に考えてみることが出来るようになっているとも言えるかもしれません。
割と客観的で公平な立場の人というのか、間にオスロ大学のラーズ・ワロー教授のインタビューが入っているのは良いと思いました。個人的には、この先生の話が一番、納得できるように思いましたので。

私は以前に、自分は日本の調査捕鯨に批判的と書いたけど、私は調査捕鯨というやり方はどうなのかとか、日本がこれだけ国際的な批判をされているのに南極あたりまで行って捕鯨をするのはどうなのかということをこれまで言ってきたので、むしろ、日本は調査捕鯨や南極まで捕鯨に行くのをやめて、日本近海に限って商業捕鯨を行うほうがいいのではないかという考えです。
この映画では、商業捕鯨が出来なくなったので、禁止されない小型のイルカ漁に頼っているという話も出ていましたが、それならいっそう商業捕鯨を再開したほうが相対的にイルカ漁に頼らなくなりイルカ漁をしなくてよくなるということもあるのではないかと思いました。
何より大事なことは、世界には多様な文化や価値観があるのですから、それをいかに平和的、文化的に解決していくか、暴力や軍事による衝突ではない形で解決していくかということだと思います。映画の後半でベトナム戦争の話が出てきたのは、そうしたことを八木監督が訴えたかったのかと思いました。八木監督の意図は、こうした文化的な価値観の違いの衝突を、戦争ではなく、話し合いで文化的に解決していけないかということだと思いました。これは共感できるものだと思いました。
八木監督、このような作品の製作、本当にお疲れ様でした。

以上のように考えていくと、『ザ・コーヴ』にしろ『ビハインド・ザ・コーヴ』にしろ、とにかく映画表現という形で、文化的に訴えようとしているものにほかなりません。少なくとも、映画は暴力ではありません。たとえ内容に批判があったとしても、反論すればいいし、反論する権利は見る人に与えられています。しかし、まず上映されることは守らなければなりません。
なので、『ザ・コーヴ』の映画館上映を求めることと、『ビハインド・ザ・コーヴ』へのサイバー攻撃を非難することはどちらも表現の自由を守るためのものとして、矛盾なく両立することだと改めて私は思いました。
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2016/2/6

映画『ビハインド・ザ・コーヴ』に対するサイバー攻撃は認められない  映画

私自身は、日本の調査捕鯨について批判的で、日本の調査捕鯨に対する批判を何度も書いてきた人間です。
ですが、『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画がサイバー攻撃を受けているということを聞き、これは表現の自由に対する侵害であると思います。
『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画はまだ見ていず、その映画の内容が私の考えと合致するものなのかは分かりませんが(この映画の紹介から察するに、私はそもそも調査捕鯨に反対なのですから、おそらく私の考えと違うことを主張している映画なのではないかと思いますが)、それとは別に、サイバー攻撃についてはサイバー攻撃をしている側を表現の自由を侵害しているものとして批判するべきであると考えます。
また、産経の記事によると、「ドキュメンタリー映画「ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問題の謎に迫る」(八木景子監督)の公式サイトや、当該映画館「ケイズシネマ」のホームページが29日夜、閲覧できない状態になった。」とあります。ケイズシネマのホームページが閲覧できなくなったら、『ビハインド・ザ・コーヴ』だけでなく他の上映される映画の情報も見れなくなってしまうのですから、もはや『ビハインド・ザ・コーヴ』という映画だけの問題ではありません。

→捕鯨肯定する映画「ビハインド・ザ・コーヴ」の公式HPにサイバー攻撃か
http://www.sankei.com/smp/world/news/160130/wor1601300009-s.html
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2016/2/1

サタジット・レイ『チャルラータ』  映画

早稲田松竹でサタジット・レイ監督の2本、『ビッグ・シティ』(1963年)『チャルラータ』(1964年)。サタジット・レイ最高傑作と言われる『チャルラータ』をこれまで見てなかったのは不覚だった。
サタジット・レイが生真面目な映画作家…だなんていうのは、どこの誰が作った伝説なんだ!と思わずにはいられない、なんとも荒唐無稽な、不倫メロドラマの傑作。ヒロインの人妻のマドビ・ムカージー(インドの吉永小百合と言うべき)が双眼鏡を手にしていたり、トランプとか、この映画、ディテールが妙と思って見ていると、家の中なのになぜか嵐がやってきて、傘を手にした文学青年が登場するシーンで、この映画が尋常ならざる映画であることが確定になる。そういえば、ウェス・アンダーソンが大好きな映画としても『チャルラータ』は知られているのだが、それも納得の、オーバーラップの印象的な使い方を含めて、まるでダニエル・シュミットが影で微笑んでいるかのような、荒唐無稽なメロドラマの傑作だ。サタジット・レイがこういう映画作家でもあったことを人類は発見し直すべきだろうか。
同時上映された『ビッグ・シティ』を見ると、『チャルラータ』がどうしてうまれたのか、レイが何を考えていたのかの背景も分かるようで、さらに興味深い。
おそらくインドのミュージカル映画があまりにもとんでもないものが多かったから、その対比でうっかりレイの映画は生真面目なインド映画なんて言われてしまったのだろうが、ミュージカルシーンはほとんどなくても、『ビッグ・シティ』『チャルラータ』の2作ともバックの音の使い方は実にユニークで、ちょっとほかの映画にはない荒唐無稽な域に達しているし、音の面だけでもレイが生真面目な映画作家などではなかった、実に豊かな映画作家であったことは改めて考えてみないといけないのかもしれない。
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