「蛇足判決こそ違憲」
イラク派遣 最高裁判断封じる
(2008.4.18 00:57 産経ニュースより)
自衛隊のイラク派遣を違憲判断した17日の名古屋高裁判決は、主文で国側を勝訴としながらも、判決理由の中で原告側の主張をくみ取るという“ねじれ”の論理構成をしている。国側は判決内容に反論があっても、主文で勝訴しているために上告ができない。
判例としての拘束力を持たない「傍論」部分で、違憲判断を下す「ねじれ判決」は過去にも例があり、そのたびに司法関係者から疑問の声が上がってきた。
最近では、平成13年の小泉首相(当時)の靖国参拝をめぐり、福岡地裁が平成16年4月に「参拝は憲法違反」としながら、主文で国側を勝訴としたケースがある。過去には岩手靖国訴訟の仙台高裁(平成3年)などが知られている。
福岡地裁判決では、横浜地裁の井上薫判事(当時)が週刊誌に「主文に影響しない憲法問題を理由にあえて書くのは『蛇足』というほかない」とする批判を寄稿し、議論を呼んだ。今回の判決について井上氏は「1審で訴えが退けられた上、控訴が棄却されているのだから、違憲かどうかを判断する必要はなく、裁判所の越権行為だ」と話す。
福岡地裁判決の問題点を指摘してきた弁護士の稲田朋美衆院議員も「最終的な憲法判断は最高裁にあるというのは憲法81条からも明らか。非常に高度な政治的判断について、上告を封じ、最高裁判断を封じることは憲法に違反している。まさに『蛇足』の判決だ」と批判する。
控訴審で国は「控訴人(原告)の法的利益を侵害していない」などと主張しただけで、憲法判断には言及もしていない。一方、原告側の証人申請だけが積極的に認められ、法廷は違憲主張の独壇場となった。
白鴎大法科大学院の土本武司院長も「裁判所は訴えたことについてのみ判断する義務がある。争点になっている訴え以外のことについて判断を下すことは、やってはいけないことだ」と批判している。
国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(平成四年六月十九日法律第七十九号)…有名な、いわゆる『PKO法案』というものがあります。
第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、国際連合平和維持活動、人道的な国際救援活動及び国際的な選挙監視活動に対し適切かつ迅速な協力を行うため、国際平和協力業務実施計画及び国際平和協力業務実施要領の策定手続、国際平和協力隊の設置等について定めることにより、国際平和協力業務の実施体制を整備するとともに、これらの活動に対する物資協力のための措置等を講じ、もって我が国が国際連合を中心とした国際平和のための努力に積極的に寄与することを目的とする。
(国際連合平和維持活動等に対する協力の基本原則)
第二条 政府は、この法律に基づく国際平和協力業務の実施、物資協力、これらについての国以外の者の協力等(以下「国際平和協力業務の実施等」という。)を適切に組み合わせるとともに、国際平和協力業務の実施等に携わる者の創意と知見を活用することにより、国際連合平和維持活動、人道的な国際救援活動及び国際的な選挙監視活動に効果的に協力するものとする。
2 国際平和協力業務の実施等は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない。
3 内閣総理大臣は、国際平和協力業務の実施等に当たり、国際平和協力業務実施計画に基づいて、内閣を代表して行政各部を指揮監督する。
4 関係行政機関の長は、前条の目的を達成するため、国際平和協力業務の実施等に関し、国際平和協力本部長に協力するものとする。
…イラク特措法が延長されることになった背景にも、自衛隊の海外派遣が現実のものとなった要因にも当該『PKO法』が密接に関わっている事は明白です。
小泉元首相はかつて「イラクのどの地域が非戦闘地域であるか、私に分かる訳がない。」と発言して顰蹙をかいましたが、サマーワが戦闘地域である事など子供にも分かる常識です。
さて、護憲派市民団体が『憲法(日本国憲法)』を盾に訴訟を起こすのは最早珍しいことではなくなりました。国旗・国歌の問題では日教組系の組合員の闘争として今や定着してしまった感もあります。
また、靖国訴訟(靖国神社が原告!)も忘れてはなりません。
護憲派にとってのレゾンデートルは、憲法擁護なのか?それとも、自身の(あるいは所属する勢力の)主義主張や目的を達成させることにあるのか?そこを見極めなければいけないと私は思います。
目的と手段の関係を白日の下に曝さなければならないのです。
護憲原理主義者のバイブル的綱領『非武装中立論』の場合は、武装放棄ではなく「武装蜂起」の隠れ蓑としての役割があったことは既に明らかとなっています。
社会党左派(社会主義協会など)は、ソ連・中国・北朝鮮を模倣した「社会主義国家(正確には共産国家)」建設の為に、西側陣営からの脱却を図る上で「スースロフ理論」や「白旗・赤旗論」を巧みに用いて、自衛隊の消滅を目指しました。
「護憲」や「非武装」は左派陣営の戦略であったことは、2006年の社民党全国大会の中で村山富市名誉党首によっても語られています。(むしろ、日本国内の非武装が実現したとしても、旧東側諸国陣営の仲間入りを果たす上で、再武装を行ったと考える方が自然です。事実、社会主義協会代表・向坂逸郎氏は、日本のワルシャワ条約機構加盟を提唱していたのですから)
靖国・イラク派遣は、憲法違反であることは確かでしょう。しかし、それが「悪」であるとは限らない。むしろ「法」(最高法規)に不備があるパターンも有り得る。
我が国の安全保障と国益を考慮する上で忘れてはならない観点、それは「政治的に正しいか?否か?」というファクターです。
先の英霊に祈りを捧げる事は「悪」なのか!?そうではないはず。
国防力を行使せずに「座して死ね」と言うのは愚の骨頂です。
私は、護憲原理主義者を信用していません。
何故なら、彼ら・彼女らは日本帝国主義時代より遥かに悪辣で残忍な、北朝鮮金正日政権や中国共産党政権には無関心か、あるいはシンパシーを持っているからです。