IOCのロゲ会長、
チベットでの聖火リレー実施を確認
【北京=結城和香子】
国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長は11日、理事会終了後の総括記者会見に臨み、北京五輪組織委員会が聖火リレーがチベット自治区のラサを訪れるルートに変更はないとしていることについて、「IOCは聖火がチベットを通ることに同意しており、今日その立場を確認した」と語った。
ロゲ会長はまた、聖火リレーを標的とした抗議運動が続くことに対し、「抗議は五輪のシンボルを攻撃しているのではない。世界のメディアが注目する聖火を利用しているのだ」と非難。「今や五輪は、テレビを通じて35億人が注目する最大のイベントだ。メディアの関心が集中するために、それを利用しようとする者が出てくる」と語った。
(2008年4月11日23時34分 読売新聞)
ダライ・ラマ生家、厳しい監視下…現住の親族は事実上の軟禁
【西寧(中国青海省)=加藤隆則】中国チベット自治区ラサで大規模暴動が発生してから14日で1か月を迎える。
同自治区に隣接する青海省にあるチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世(72)の生家は、当局の厳しい警備下に置かれ、外部との接触が制限され、現住する親類らは事実上の軟禁状態に置かれていた。
「ずっと山の奥だよ。先で聞けばすぐわかる」。10日、省都西寧市から延びる高速道路を下り、生家の所在を尋ねると、チベット族の住民らは驚いた様子もなく、教えてくれた。インターから約40キロ、高度3000メートル級の山々を越えて平安県の生家に到着したのは午後5時過ぎだった。
正面の門扉は固く閉ざされたまま。両側には、同省司法当局による4月2日付の通知が張り出されていた。通知は中国とチベット語の2通。中国語では、政府への破壊行為やダライ・ラマの肖像や写真の制作、配布を禁じ、情報提供者には報酬が出ることなどが書かれてあった。
裏手に回り、戸をたたくと男性が現れた。「あなた方はどこから?」。記者の身分を名乗ると当惑した表情に一変し、「今は対応ができない。すぐに帰ってほしい」と敷地内に姿を消した。その後、付近の住民が「日中は警官が何人もいて生家への道を封鎖している。さっき帰ったばかりだ」とこっそり打ち明けた。
ダライ・ラマは出生後の数年間、この家で過ごした後、ラサに転居。1959年のチベット動乱でインドに亡命した。今回の暴動で、中国政府はダライ・ラマを「首謀者」と非難しているが、今もダライ・ラマは周辺に住むチベット族の信仰の中心だ。
ラサの暴動に先立つ2月21日には、同県から南へ約150キロの黄南チベット族自治州同仁県で僧と警官の衝突事件が発生している。12日、発生現場を訪れると、若い僧が「軍隊が毎日部屋の捜索にやってくる。ダライ・ラマの写真を持っていれば、すぐに連行される」と恐怖におびえていた。
共産党独裁政権下の中華人民共和国・チベット自治区における弾圧の歴史に対して、これまで同じ北東アジアの日本ではお世辞にも関心が払われていたとは言い難い状況でした。
しかしながら、中国の毒入りギョ−ザ事件然り、中国情報機関による自衛隊の機密情報の入手事件然り…ようやく「平和ボケ」していた日本人も「ヤバイのは北朝鮮だけではなかった!!」という現実に気付きつつある様です。(でなければ困る)
共産主義者、共産党、コミュニスト。何と禍々しいこの響き。
プロレタリア独裁体制は、人民の発言の自由や民主主義を真っ向から否定します。これは歴史が証明している事実です。
例えば、近代史における虐殺(ジェノサイド)の主な歴史を振り返ると
●ロシア・東欧におけるポグロム
●パラグアイにおけるブラジル軍による虐殺(三国戦争)
●トルコのアルメニア人虐殺
●ナポレオン戦争
●第一次世界大戦
●ソビエト連邦におけるスターリン治世下での粛清
●第二次世界大戦・太平洋戦争
●通州事件(中国人部隊による日本人居留民への虐殺)
●日本軍による南京大虐殺(大量虐殺とする見方、信憑性には賛否あり。南京大虐殺論争を参照)
●アメリカ軍による日本一般市民への絨毯爆撃(東京大空襲・各都市空襲や、広島・長崎への原爆投下など)、沖縄戦など
●ソ連軍による日本人避難民の虐殺、シベリア抑留等
●ナチスのホロコースト
●アメリカ軍、イギリス軍によるドイツ一般市民への空襲(ドレスデン爆撃など)
●ソ連軍によるポーランド軍捕虜の虐殺(カティンの森事件)、ドイツ人避難民の虐殺
●中国(清代 - 中華人民共和国)によるウイグル・チベット・東トルキスタンでの迫害・虐殺・民族浄化
●文化大革命
●天安門事件
●朝鮮戦争、ベトナム戦争
●済州島四・三事件
●光州事件
●カンボジアのポル・ポト派(クメール・ルージュ)による虐殺
●イラクによるクルド人虐殺
●ユーゴスラビアにおけるユーゴスラビア紛争、特にボスニア内戦時の民族浄化
●ルワンダ紛争における大量虐殺
●ダルフール紛争における集団虐殺
第二次大戦後、そのほとんどが共産党政権、しかもソ連共産党と中国共産党にその大きな責があるとしか言えない程の犠牲者が出ていることはお分かりでしょう。(更にこれに朝鮮労働党政権による飢餓地獄も加える必要がありかと思います)
「チベットに平和を!!」と簡単に口に出来る程、1949年から脈々と続く悲劇の系譜を覆すのは容易ではありません。口幅ったい事を言わずとも、
「中国共産党にNO!!」と言える勇気こそが今、私達民主主義国家には求められていると思います。