「コニタンにエビちゃん探しの旅(コニタン編)」
宮崎空港から鹿児島に向かう電車に乗る。まだ時刻は9時半ぐらいだっかと思う。そこから2時間ぐらいかけて、私は鹿児島中央駅に。途中外を見ると雨は止み、少し外は明るく見えてきた。
私は一応この日の観戦目的を、鹿児島県招待試合の第三試合・鹿児島実業VS関西の試合と考えていた。鹿児島中央駅に着くと、まずは鹿児島の高野連にTELするも誰も出ない・・・。夕べからの雨、未だ外は小雨が降ったり止んだり、肌寒くもある。鴨池球場に直接出向く方法もあったが、私はそのまま鹿児島観光に切り替えた。
私にとって鹿児島遠征は、当時ドラフト候補として注目されていた 楠木 裕介(加治木工−元JFE西日本)を見に、また今でもドラフト候補にあがる川畑 正明(25歳・熊本ゴールデンラークス)投手が、樟南高校2年だった頃の8年前に遡る。当時の記憶を辿ると、仕事帰りに直接夜の飛行機で鹿児島に。ヘロヘロになって、鹿児島空港から市内に入るバスに、1時間ほど揺られたのを思い出す。目の持病が悪化したこの日、宿についてバタンキューでベッドに倒れ込んだ記憶が・・・。
その時は、翌日梅雨明けした鴨池球場で、炎天下で朦朧とする中、鹿児島県予選を見てすぐに帰郷。観光もままならかったのを思い出す。空港に向かうバスの中「今度鹿児島に来るときは、絶対に観光をしてやるんだ」と誓いながら、あれからもう8年の月日が流れていた。実はこの時の帰りの便は、凄まじい豪雨の中飛び立ったので、飛行機が大変揺れたことを今でも忘れない。
カゴシマシティビューという、市内の観光スポットを回るバスで、一日600円乗り放題券を購入。城山・磯コースで回ることにした。前日、更新もそっちのけで調べていたのは、このコースの何処で降りて観光しようか、いろいろ調べていたからだ。鹿児島は、戦国時代・維新期が好きな私にとって特別な思いの街。特に最も尊敬する人物・
大久保利通の出身地でもある。
バスに乗ってすぐの「
維新ふるさと館」で降りる。ここでは、明治維新時の薩摩の様子や維新の志士達の活躍が、とてもわかりやすくロボットや資料が教えてくれるお薦めのスポット(結構お金かけております)。バスは、30分に一本ずつ巡回しておりますので、次のバスの時間を考えながら、各スポットを回ります。私は、ここで一時間ぐらい観ていたかと。
次は「
西郷隆盛銅像」。天気がよければ、ここで降りて写真をとも思ったが、銅像だけなのでバスから大きな像を眺める。次に私が降りたのが、鹿児島県歴史資料センター「
黎明館」。ここは、石器時代から現在に至るまでの、鹿児島の民族・文化・歴史的な貴重な展示品が沢山あり、全部で3階建ての建物だった。ここに何故降りたかと云うと、島津家の居城でもあった鶴丸城の跡地に作られた資料館だったからである。前回の遠征で、バスのガラス越しにこの鶴丸城を見て「どうしても今度は、鹿児島観光をしたい!」と強く願うきっかけとなった場所だったからだ。ここには、教科書に載っているような有名な絵なども飾られていた。
次は、鹿児島市内を一望出来る城山に。途中、西郷隆盛が最後の数日間を過ごしたと云う洞窟も。うちの近所にある鷹取山(戦隊物の撮影が今も行われているらしい メレ様〜)にある洞窟よりも更に貧相な洞穴だった。これを見ていると、薩摩軍の無念さが伝わって来る・・・。城山は、鹿児島市内を一望出来る高台。おまけに眼下には海が広がり、桜島がそびえているはずだった・・・。しかし上記の写真のように、桜島の上は雲がかかっている。そんな天気だったこともあり、地元でもデートスポットでもあるこの名所を、男の一人旅で降りることなく通り過ぎて行く。
次に降りたのは「
仙巌園(磯庭園)」。ここは、天下の名園と謳われている場所で、本当に桜島が近くにそびえ、海がすぐそばにある絶景スポット。多くの人がここで降りる。カップルや親子連れに混じり、怪しい中年男は、1人テクテクと庭園を歩く。ここは、お薦めスポット。
最後は、当初の予定にはなかったドルフィンポート前で降りる。ここでは大河ドラマ「篤姫館」が模様されていた。大河の影響で、多くの人々がここにも訪れている。宮崎あおい直筆のサイン(いかにも今時の娘のような文字を書いていたぞ)など、ドラマで使われていたものが多数展示。出演者達の個性的な色紙の文書を読んでいると、彼等の人柄が伝わって来る。ちなみ翌日の大河ドラマは、飛行機に乗っていて見られなかった。
4時間あまりの鹿児島観光を終えて、鹿児島中央駅に戻って来ると、ぐりぐり頭の高校球児らしき集団が私の前を。まさか今日の招待試合が行われたのかと実感する(未だ詳細はわからず)。しかし私にとってこの悲願の鹿児島観光は、何物にも代え難い思い出となった。
しいて云えば、今度は天気の良い日にでも、今回まわれなかったスポットや景色の良い場所を、コニタンみたいな彼女を連れて(いやコニタン本人を連れてと妄想)と心に誓いながら、この地をあとにする。しかし最後まで、コニタンに似た女性には出会うことなかった。こうなったら同じ
鹿児島出身(豊丸も鹿児島出身だったのか)の はしのえみ 似でもよかったわけなのだが・・・