昨日は、正直言いますと、家で大きなトラブルがあって五輪どころではなかったんですね。結果的には不幸中の幸いで済んだのですが、久々に冷や汗ものでした・・・。うんでもって今日は、休日に入ってきたので、甲子園の観戦の続き・個別寸評などなど、積極的な更新を行ってゆけたらと思っております。
今回は、
伊波 翔悟(沖縄・浦添商)投手の野手としての可能性を中心に、最終寸評を更新致しました。
2000年 近鉄3位
近沢 昌志(鳥羽)捕手の千里眼を更新致しました。
甲子園大会三日目・第二試合・第三試合の注目選手について、取り上げました。
金よりも、こっちの方が、ほし〜の!
銀や銅メダルを取って歴史的快挙だと、それまで国民的関心事が高かったわけでもないスポーツが急にもてはやされたり、悲願の金メダルを取って英雄視されるソフトボールなどと違い、野球は勝って当然・金メダルしかないと言う、日本人にとって特別なスポーツなんだなと改めて実感致しました。
それだけ責任もプレッシャーも凄いわけで、結果を残せなければ、糾弾されたり、そっぽさえ向かれてしまう有様。そう野球は、やはり相撲・柔道と並ぶ、日本にとって国技なわけです。
それでも戦前・戦後と日本のスポーツ界を引っ張ってきた、これらの国技達は、今大きな危機に瀕しているわけです。相撲では両横綱はモンゴル人なわけですし、伝統の男子柔道も、過去最低のメダル数。そして野球にして、このありさまなわけです。
いずれの協会にも言えることは、非常に国際化のスピードに、組織の改革がついていっていない。つまらないプライドがあり、変革を忌み嫌う傾向さえ強い。そういった中、構造改革を行ってゆかないと「世界で戦う」と言うことを視野に入れた時には、充分に対応出来ない状況です。
勿論、こんなの柔道じゃねぇとか、野球ではない!というのであれば、鎖国状態にし、野球なんぞアマチュアに任し、代表チームの座を返してしまえばいいわけです。プロが参加するようになってからの五輪成績が、如何に悲惨なものになったことか・・・。ただ一つ勘違いしないで欲しいのは、いくら4年間かけてチーム作りをしてきたアマチュア時代の全日本を、今の国際試合に持ってきても、全く通用しないと私は思います。今は、各国もプロチームを選出するようになり、格段に国際試合のレベルが上がってしまったわけで、オールアマで太刀打ち出来るレベルでは、もう世界の野球はなくなっているわけです。
ただ今回の五輪に非難が集まったのは、こういった結果論云々と言うこと以上に、全日本の選手達の雰囲気が、あまりにソフトボールとは対照的だったからだと思います。妙にどんよりした悲壮感ばかりがベンチに流れてしまい、そういった雰囲気を自ら変えてゆこうと言う空気の流れを意識したベンチワーク・雰囲気作りが出来なかったこと。それが、観ている我々の共感を得られなかった最大の理由なのではないかと。これは、勝ち負け以前の問題であり、あまりに女子ソフトボールとは対照的な姿でした。
少なくてもWBCの時も、昨年のアジア予選の時にも、同じ全日本にはこういった雰囲気は殆ど感じられませんでした。このことは、早くからベンチの中から、全く声が出ていないことを指摘していた記者もおりましたし、けして勝負が終わったわけでもないのに、頭を垂れて素振りの一つもしないベンチ内の姿に、苦言をこぼす解説者もいました。
これは、采配・選手の好不調云々以前の問題であり、WBCやアジア予選とは、終始大会を通じて決定的な違いだと私にも感じられたことです。すなわちベンチに入っている選手が、
本当にプレッシャーをかけられた時・本当に逆境の境地に立たされた時に、それに対する術や経験を持ち合わせていなかった。そういったチーム作りをしてしまった点は、今回の全日本の最大の失敗であるように思えます。
ただ昨年のアジア予選の時には、まさに日本野球の底力を感じさせてくれたわけで、同じ首脳陣・似たようなメンバーの中で、何がこうまで今回違っていたのか冷静に分析する必要がありそうです。そしてこれらの失敗を、第二回WBCに生かして行かなければいけません。ただWBCの場合、五輪以上に出場国の競争は激しいわけで、今回のような状態で挑んだら、間違いなく予選リーグで敗退することになることでしょう。
韓国の選手だって、極端のプレッシャーのため、腕は縮こまって悪送球もしていたわけですし、前回のWBCでメジャー軍団が惨敗したのも同様です。国を背負って戦うプレッシャーは、万国共通。そんな中、如何に自分たちの本当の底力を発揮出来るチーム作り出来るのか、これからのジャパンに期待してみたいものです。
いずれにしても、世界で通用するための打力の向上は、日本球界が長年抱えてきた問題。今日行われる決勝戦と三位決定戦を見て、何が日本人が違うのか、今日は考えてみたいです。
少なくても日本球界の最高峰の選手達を集めて、今就任出来る候補の中で、最高の実績を持つ監督を、ごく自然の流れの中で選出して託したわけです。それで結果が残せなかったと言うことは、日本の野球界自体に、大きな欠陥・過ちがあると捉えた方が良いと思います。そう考えない限り、次も同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。