ぼちぼち桜も咲き始めた3月27日、彼の告別式は行われた。
私は、前日まで行くか行かないか迷っていた。
遺族や参列の知人を見たら、崩れてしまうかも知れないと思ったから。
しかし、前夜に届いた故人のお姉さんのメールに「多くの方に来ていただくと、故人も喜ぶと思うんで」との一文を見、行く事にした。
「笑顔で送ってやろう」
そう思った。
カトリック式の告別式はおごそかに進行してゆく。
それまでは平静を装っていたいたが、祭壇への献花で、何かがぷつりと切れた。
止めどと無くあふれてくる物を押さえる事は出来ず、どこかに入れたはずのハンカチを探した。
式が終わった後、あかおかずのりが近づいて来て私に何かを言った。
嗚咽まじりの言葉はわからなかったが、聞き返す事も無く抱き合って泣いた。
二人で肩を組んで祭壇まで行き、思い出を語った。
ご遺族ともお話しをした。
ご両親は、息子にこんなに沢山の友人がいるとは思わなかったと言っていた。
気丈に振る舞ったお姉さんは、弟の残した作品でイベントをやりたいとの提案。
早速その場にいた音楽家組と、どんな形が良いか相談。沢山の人たちが集える形にしたいなぁ、、、
最後になったが、故人の思い出を紡ぐ。
くぼっちこと、久保貞信 (享年20歳)
私が勤めていたライブハウス「照和」のお客さんで、あかおかずのりのライブを良く見に来ていた。
大きなカメラバックをいつも下げていて、カメラマン志望の学生だった。
私もカメラが好きなので、私はNikon派だが君は?みたいな話が、最初の会話だったかな?
その後、私が照和を辞めてしまったので出会う機会は極端に減ってしまったが、その後も出向先のライブ会場なんかで見かけた。
どおいう経緯だったか忘れたが、片岡女史の企画イベントでは、私の横で照明卓をいじるようになっていた。
好みの色で照明を固定し、卓を無人君にして写真を撮りに行ったりと、中々の大物ぶりを披露したな。
そんな無茶をして撮った写真は、被写体に愛情がそそがれた「良い写真」だった。
そんな中でも、やましたひろみの写真は良かったよ。
この写真が、後日やましたひろみのラストライブサポートにつながっているんだぜ。
実は私も音楽野郎って事をくぼっちは知っていたと思うが、中々演奏する機会が無くて、くぼっちに写真を撮ってもらう事は無かった。
そんなおり、くぼっちが繋いでくれた「やましたひろみ」のラストライブに、私が参加する事が決まった。
「ついに来た」と思ったね。
しかし君は会場に現れず、私の希望はかなわなかった、、、
いや、きっとどこかで見ていてくれたはずだ。
どう?見直した?
桜咲く頃、君は逝ってしまった。
そして桜咲く頃、その恥ずかしそうな笑顔をきっと思い出すだろう。
さらば、友よ。