2006/1/31

短歌に記号譜  ラブフルート

 以前徒然笛日記で紹介したラブフルート姉妹。この2月でレッスン開始から丸一年になります。今では、バードを結ぶ手つきも、笛の構えも、指の動きも、見事に成長しています。継続することの大切さをしみじみと感じます。

 この一年の出来事で印象に残ったのは、一年かかって、力まず自然な状態で音を生み出すことを知り始めた妹さんのことです。これは当然のことのようですが、少なからず人前で音を出してみようとすると、無意識に緊張してしまうものです。その緊張が少し取れ始めたのです。頑張って、一生懸命という姿が、落ち着いた穏やかな姿に変わり始めています..大切な土台が出来始めているのです。

 次は、お姉さんの事です。何にもわからないし、出来ないから、さぞご迷惑でしょうと言いつつ、丸一年です。しかも、格別課題を出したわけでもないのに、ある日、ご自分で記号譜を書いてこられたのです。これには驚きました。かつて初めて習って詠んだ短歌を思い出して、それに笛の音を合わせてみたというのです。

 これは本当に嬉しい出来事でした。意外な喜びでした。誰に言われるのでもなく、自ら思い立って、ひとつひとつ指を塞いで音を確かめながら、書き上げたのです。私もその記号譜を吹かせてもらいました。その音の流れには、落ち着いた、静けさの中に秘められた心の思いが強く伝わってきました。

 時折、フルートのレッスンの中で話すことのひとつを書いてみます。
いつか、近所を散歩していたら、どこからともなくラブフルートの音色が聞こえてくる。それは耳慣れた知られた曲ではないけれど、何故か心が惹かれ、安らぎを感じる..。ああ、またこの辺りを通ったときに、あの笛の音の流れに耳を傾けてみたいな..と。

 そんな時が来るのを楽しみに、レッスンしているのですよ..と。
それを予感させるような出来事でした。その音色は、道端で見つけた可憐な花のように、心を慰め、励まし、喜びを伝えてくれる..。

 あの人の、あの笛の音を聴きたくなった..思い切って訪ねてみようか..。そんな繋がりが、どこかに生まれるかもしれない。お茶を楽しんだり、大好きなお菓子を食べたり、素敵なお土産を持っていくように、それぞれのラブフルート音色が心を繋いでくれるかも知れません。

 思い出の短歌の記号譜。大好きな花の歌の記号譜。大切な人を思う記号譜。嬉しい心の歌の記号譜。白丸と黒丸だけの記号から生まれる音色の楽しみ。今のところ最高齢のラブフルートお姉さんが、伝えてくれました!
0

2006/1/30

時が来るまで  ラブフルート

2005年10月17日(月)徒然笛日記より転載

今年の4月にやってきた北大の倒木ポプラ
その声を聴いてから半年が過ぎました

ようやくそのポプラフルートの音色と繋がる
メロディーが浮かび上がってきました

10月16日の演奏の場で初めて
そのメロディーを歌いました

そこに至るまでに何度も
ポプラフルートを吹き
さまざまなメロディーを歌って来ました

それなりに話題になったポプラフルートですから
早々に「ポプラの歌」という曲を作って
皆さんに聞いて戴けばよいのにという声もありました

そのまま話題に乗ってそれなりの曲を書き留めれば
なんとか饅頭やなになに煎餅の仲間になったかもしれません

自分の心が本当に動くまで次の音には進まないで..
そういうラブフルートのレッスンをしてきましたから

それを実践しました..
つまりポプラフルートが出来あがったけれど
楽器が出来たから、ポプラの曲を作ろうという動きにはなりませんでした

最初にポプラの声を聴いたときの印象
その後何度か吹き続けていく中で起こる印象の変化
自分自身の吹き方の変化
耳にされる方々の印象に残ったものなど..

聳え立つポプラの樹と生まれてくる音色とのつながりはどこにあるのか..
その音色に相応しい音の流れを心が感じるまでの時間

ゆっくりと、じっくりと、しっかりと心がそれを感じ取るまでの流れ
生まれてきた音の流れをたどりながら
無理に吹き込まず、ことさらに控えめを装うことも無く
どんな時も許される限り天に向かって伸びてゆく
ポプラという樹と一つになるまでの密かな心の流れ

一本のポプラフルートが歌う音の流れ
それはそのフルートだけの独特の響きから生まれてきたものでした

そこには長い間育まれてきたポプラの歩み
激しい風に倒された衝撃
切り出されて一本の笛になった姿

生まれて初めて声を上げたポプラ
人々の前で歌ったポプラ
人々の手で触れられたポプラ
人々の感動を呼び起こし、心に触れる音色を響かせるポプラ
新聞やテレビでお披露目されたポプラ

倒れてから一年
ラブフルートになって半年

あの巨大なポプラのほんの一部分
小枝一本分で生まれてきたポプラ・ラブフルートが辿ってきた道
そこから生まれてきたメロディーが静かに流れ始めるときが来たようです

心が本当に動き出すまで待つこと
動き出した時には、はっきりと戸惑うことなく進むこと

人生を辿りながら感じてきたことを
改めて短くてちょっと太目のポプラフルートが伝えてくれました

ほら、私(ポプラ)がここにいて
あなたが息を吹き入れると

大地に聳え立つ私(ポプラ)が
大地を吹き抜ける風に揺れて歌い始めるよ

育まれてきた喜び
見上げてきた太陽や月や星たち
空を舞う鳥たち
命あるものたちの辿った道

激しい風に倒された恐怖と痛みと悲しみ
切り刻まれ、捨てられてゆく苦悩と絶望

それでも尚、残され生かされた私(ポプラ)の欠片(かけら)に
人の命の息が吹き込まれる

私(ポプラ)の物語があなたを生かし
あなたに命の息(生きる力)を注ぎ込む

生かされたあなたが、私(ポプラ)に命の息を吹き込むと
わたし(ポプラ)は自らの物語を歌い始める

あなたが倒れたとき、私(ポプラ)があなたを起こし、支えます
倒れた私(ポプラ)を、あなたが起こし、支えてくれます

私(ポプラ)に生かされて、あなたが息を吹き込むとき
私(ポプラ)は歌い始めます

やがて、その歌声、その音色に心を寄せる人たちに
ポプラフルートの物語が届けられ
新しい物語がそれぞれの心に生まれる時が来るでしょう
0

2006/1/28

楡(ニレ=エルム)のフルート  ラブフルート

2005年10月6日(木)徒然笛日記より転載

この4月には北大の倒木ポプラが比較的大きな
話題になりました

北大のポプラ並木は北海道の一つのシンボルですから
ある意味当然のことだったかと思います

確かにポプラ並木は印象的なのですが
悠然とした風格のある楡には
別の深い印象があります

その楡もあの台風で倒されたしまったのです

エルム会館にポプラのフルートが展示されることになったとき
楡のフルートもありますとお伝えしたのですが
とにかく話題はポプラですからという返答でした

正直、ちょっと戸惑いを覚えました
同じように台風で倒されたのに
ポプラのことは積極的に話題になるけれど
他の樹木は省みられないのかな..と

真っ白な、或いは象牙色のポプラと比較すると
楡は色黒で肌も粗いのです

ポプラは一直線に天に向かって伸びる
楡はゆったりと広く枝を広げる

青年と老賢者といった印象もある

わずかに戴いた楡の樹はねじれやゆがみが強く
フルートになってもらうのは無理かな..と
それでも、もし声が聴けたならと思い
手がけてみました

そこにはなんとも深く静かな
深い森のような響きが聴こえてきました

あまりにも物静かな声なので
そっと耳を澄ませなければ聴き取りにくい声でした

ポプラのような素材の扱いにくさは無いのですが
水分を吸収しやすいためフルートとして手がけるのは
やめたほうが無難なのですが..

話題の中心になりあちこちに出かけるポプラ
話題から離れて静かに歌う楡

ポプラの柔らかく繊細な歌声をかき消すような
一時的な話題はすーっと消えて行き

本当にそれを必要とする人々との出会いが生まれるときを
待っています

そのときはきっと楡の声にも耳を傾けていただけるのではないかな
そう思っています

以前楡のラブフルートを注文した少年は
ポプラフルートを見て
「この色好きじゃない。こっちがいい」と口にしていました

ポプラのラブフルートを待っている方々もおられますが
楡のフルートを楽しみにしている少年もいます

その楡のフルートが今月中には旅に出る予定です
0

2006/1/27

オリジナル・スケール  ラブフルート

2005年9月27日(火)徒然笛日記より転載

数年前から独自の音階で作られたフルートで演奏を始めています
それは自然に生まれてきたものでした

ラブフルートを製作していく中で
いわゆるチューニング(音程調整)をするのですが
そのためにはチューナーという装置を使います

完全にホールを塞いだ状態の時の音を
チューナーとあわせるのです
その一番低い音をもとに
5音階になるように
ホールの位置や直径を調整します

この作業はかなりの集中力と根気が必要です
何よりも吹いているときの状態が鍵になります
チューナーと合うことは当然なのですが
音が合っているときの身体と心の状態を慎重に整える必要があるのです

この作業をしているときに
どうしても5音階に音を合わせることが
必要なのだろうかと感じ始めました

自分はこのままあまり手を掛けない状態で
吹くほうが落ち着くし無理の無い感じがするな〜と

だったらこのままの音の流れで吹いてみよう
誰にも迷惑はかけないだろうから..と

そんなふうに作られたラブフルートを
演奏に使うようになりました

やがて工房で見ていただくために置いてみました

やがて、そういうフルートが欲しいという方々が
やってくるようになりました

おかしなもので
自分で始めて、それがいいなと思いつつも
いざ他の方が望まれると
少し不安な気持ちにかられるのは
何故でしょう

決められた安全な組み合わせのほうが無難
ということなのかもしれません
結局自分自身の中にもそういう要素があるからなのでしょう

大切なお金を戴いて作るのですから
あの曲も、この曲も、何にも出来ないフルートでは
不満が出てくるのではないかと...不安も出てきます

しかし、違う視点から見れば
あれもこれも出来ないけれど
その人だけの音の流れが生まれてくるということにもなります

既存の音楽を前提としておられる方からは
顰蹙(ひんしゅく)を受けそうですが

音楽は出来ないけれど
音を楽しみたいという方々にとっては
なんの問題も無いのです

むしろその方が良いとさえ思われるのです

明確な価値観やねばならないという意識を
お持ちの方にとっては、お話にならない捕らえ方かもしれません
誰とも合わせられない音が出てくるのですから..

しかし、誰とも合わせられない自分だけの要素を持って生まれてきたのが
私たちなのではないかな...と思うのです

それじゃ、この自分とは一体何なんだろう
そういう問いに率直に向かい始める

そんなきっかけになるかもしれない
そこにあるもの、それをそれとして生かす心

それが自分自身に向けられたら...

そんなラブフルート達が旅立ち始めています........




0

2006/1/25

オリジナル・レッスン  ラブフルート

2005年9月1日(木)徒然笛日記より転載

今月は十五夜の月ですね
もうススキが「秋だ〜秋だ〜」と合唱しながら
お知らせを始めました...

北国に居ると
秋風を感じると同時に「冬が来るな..」と思ってしまいます
今年も残すところ4ヶ月ですね...

今年に入ってラブフルート工房のレッスンに来られた方に
恵庭のグランドキャニオンと称して
近くの公園を縦断する散歩道の途中にある
小さなトンネルにご案内してきました

鼻歌もお風呂場で歌えば心地よい...
そんな感覚でマイフルートの響きを感じる空間として
お気に入りの方も増えてきました

微妙なニュアンスと音色のイメージを感じるための
個人的なレッスン場所にしていた空間なのですが
勿体無いので、ご案内しているというわけです

皆さんの周辺にもご自分に相応しい
空間を見つけられると楽しいかと思います

それはご自宅の空間や近所の公園や散歩道
お気に入りの河辺や木の傍
お気に入りのベンチなど...
空間探しも楽しいと思います

周囲に迷惑を掛けそうなときは
フルートのバードポジションをずらして
消音状態にして呼吸や指の動きに慣れるのもいいと思います

バードウォッチングの場合は
自分のフィールドを決めてコツコツと観察するようにするのですが
回っていると、最初は何も見つからないことが多いものです

それでも、何度も回っているうちに
珍しい鳥に出会ったり、面白い動きを見つけたりと
小さな発見が出てくるものです

双眼鏡片手でもいいでしょうし
お好きな飲み物を片手にお出かけするのもいいものです

ラブフルートを手にお気に入りの散歩コースを見つけたり
お気に入りのレッスン場所を見つけるのも
新鮮な発見に繋がるように思います

かならずしもフルートを吹かなければならない
わけではありません

あまり目的意識を持つと
周辺の楽しさを見失ってしまいやすいですから...

自由な感覚で心が柔らか〜くなることが
フルートとの旅の秘訣かと思います

次第に大きくなってくる月を眺めながら
気が付いたら
いろんなところでラブフルートの音色が
夜空を巡ってる

ラブフルート繋がりで
お友達が生まれて

それぞれの素敵なレッスンが始まるといいな..と思います




0

2006/1/24

桂の埋もれ木発掘物語  ラブフルート

KEN’S WOOD WORKING=都築謙司・寄稿 

あれは6年前の8月のある暑い夏の日のことでした。
長沼町東7南9、柏敏春氏(58歳)所有の水田の暗渠工事作業中のことだった。
およそ半分ほど終わり午後に差し掛かり特に暑さが増した2時半ころ突然、
溝を掘っている作業車がうなりをあげて止まってしまった。

運転手の坂田昇(52歳・仮名)が故障したのかと思い
作業車を降りて様子を伺いに出てみた。

まだ、就任間もない監督の中村政幸(32歳・仮名)も首にまきつけたタオルで
額の汗をふきながら何事かと思い駆けつけたのであった。

溝を掘るために機械の先端にスコップ状のものがいくつもついているのだが
それが土中でなにかに食い込みびくとも動かなくなってしまっていた。
「まいったなぁ。なんか、ぼっこにでもひっかかったんだべか?」
道産子の坂田は北海道弁でつぶやいたのだった。

中村もかがみこんで覗いてみたが経験が浅いのでいったい
どうなっているのか検討もつかなかった。

「まあ、大した事ない。きっと古い杭かなにかだろう。昇さん、一度バックして
そのままやってみてください。ちょっとした杭くらいなら切ってしまいますから。」

東京育ちの中村は教科書にでてくるような標準語で坂田に指示をだしたのだった。
キーをひねりしばらくスターターがまわり発ガン性物質がたっぷりとブレンドされて
いるであろう黒煙をまきあげてエンジンがかかった。

言われたとおり、少しバックしてまた前に進んでみた。
ギィーという異音とともにまた止まってしまった。
「だ〜みだぁ。ぼっこでなくてなんか丸太かなんかでないべか。」
ベテランの坂田だがただものでは
ないまだ目の当たりにしていない物体に少々不安を覚えたのだった。

再度、トライしたが同じ結果であった。
中村は腕組をしてしばらく考え込み坂田に案を出した。
「私の経験からこういった場合は避けて通すのが無難だと思うの
で右方向へ蛇行させましょう。」と、
これ以上の最善策は無いと確信し誇らしげに胸をはっていた。

そこへここの土地の所有者で都築謙司宅の大家でもある柏氏がいつもの自慢の
オールバックも今日はさすがにこの暑さにはかなわず麦藁帽子をかぶってやってきた。
中村はこれまでの経緯を柏氏に話し自分の確信した策を実効するべく坂田に
指示をだそうとしていた。

その時、60年前の8月6日広島に原爆が落とされたごとく
柏氏の口からも原爆が落ちたのだった。
「な〜にいっとるかぁ!そんなもんだみだ!
丸太だかなんだかしらんけど堀りだせぇ。
おらぁ、まがったことがきれーだぁ。パチンコは好きだが」

最後の一言のボリュームは小さかったが
それ以外は3町ある敷地すべてに響き渡る雄たけびであった。

中村は一気に打ちのめされ一重まぶたのつぶらな目に
大波のように涙がこみあげ握り締めたこぶしが震えていた。

そんな中村のことも気にせず柏氏はスタスタと去って行ってしまったのだった。
そこへ別の暗渠作業車の通称ユンボと呼ばれるタイプの運転手
澤田靖男(49歳・仮名)がやってきて坂田から今までの経緯を聞き
その得体も知れぬ物体を掘り出すことを承諾した。
中村の存在に気がつかないようだった。

しばらくしてキャタピラの音と共に10t以上はあろうユンボが姿を現した。
全体は巨大な戦車のようだがアームの先は
直径15センチほどの土管の幅の溝を掘るために
細くとがった鶴のくちばしのようになっており華奢な印象を受けた。

それで少しずつ物体の右脇に沿って掘り起こしていった。
およそ直径25センチほどの物体の先端が顔を覗かせた。
泥にまみれていったい何なのか見当もつかない。

しばらく掘り進むと1メートルほど
柱状のものと判断できるくらい露出してきた。
ふつうはそれくらい露出してアームでひっかければ
いとも簡単にとりだせるのであるが
しかしこれはまったくビクともしないのであった。

そこへ柏氏がやってきてその様子を伺った。
「おっ、こりゃ座敷の机でもできるぞ。
都築さぁ〜ん、都築さぁ〜ん、おるかぁ〜!材料
出てきたで机つくれ〜。」と、
そのときはいつもの大げさな冗談で言ったのだった。

せいぜい電信柱くらいのものだろうと誰もが思っていたのだった。
しばらく澤田ひとりでその物体を掘り続けて他の者達は
暗渠工事の作業にもどりそのことさえも忘れてしまうほど時間がたっていた。

と、突然異様な地響きとともにボキッと金属的な周波数の高い音が聞こえた。
何事だとみんなが振り返ってみてみるとあのユンボのアームの
先端の鶴のくちばしがアヒルのくちばしのように変わっており目を疑った。

澤田が運転席から飛び出してアームを唖然とながめているのが遠く
からでもわかった。
みんながそこに集まってきて澤田同様、唖然としてしまった。
5メートルほど丸太が地面から約13度ほど斜めに上向きに
飛び出しておりその根元あたりをひっぱりあげるつもりだったのだろうが

あまりにも重いのとまだ地中に残って全貌を現すのを拒否するかのごとく
抵抗しているようでアームの先を折ってしまったようだった。

露出した部分を目撃した柏氏の借家で木工業を営み
木工家と称して家具作りに精をだしている都築謙司
いわゆる謙Gのめがねが輝いたのであった。

澤田はしかたなくかわりのアーム先端のバケットを通常のものと取替え再度
発掘に取りかかった。今度はみな暗渠工事はそっちのけで
残りの物体の全貌を拝むのに夢中になっていた、一人を除いて。澤田は慎重に
バケットで土を掘り出して地中深く続いている大物を誘い出しているようであった。

澤田はみんなが操作しているのを見ている視線を感じてか
背中にハンガーが入っているように肩をこわばらせ緊張しているようだ。

しばらく掘り進んだとき横方向に障害物がでてきた。
それは横だけでなく上にも下にものびていた。
なんと根っこだったのだ。

その為、今度は後ろ側から掘り
出し深さも3メートル幅5メートルほど掘ることを余儀なくされた。

悪戦苦闘の数時間がたち全貌があらわになった。

泥のかたまりのような巨大な物体、
長さ約10メートル幅約5メートルの木であるが地中から
長い長い眠りからめざめたゴジラのような
得体の知れぬ古代の木のミイラが現れた瞬間だった。

その後、ユンボで作業の邪魔にならない南端まで引きずっていきしばらく放置された。

掘り出された跡は小さな爆弾でも落ちたように大きくえぐられ
それを埋めるために余分な土を入れることとなってしまったのでした。

数週間、放置された巨大古代樹木ミイラは
農地の南端から謙Gの工房前まで移動することとなったが

さてあの巨大なヘビーなミイラをどうやって持ってくるかが問題であった。
クレーンを使うにも手前に電線はあるし傾斜してて足場は悪いしで
結局すこし乾かして軽くして道路際までトラクターでひきずってくるしかなかったのだ。

だが、数十年いや数百年またはそれ以上地中に
埋まっていたものが空気に触れ紫外線を浴びてたら
すぐひび割れて使い物にならなくなってしまう。

気が気ではない日々であった。
そしてある日柏氏の親戚の運送会社社長の西村氏に協力していただき
大型ユニック付きトレーラーで運ぶことができたのだった。

晴れて工房の前に鎮座する巨大古代樹木ミイラを見てみると
木らしからぬ色と深くヒダ状になった表面と異様なにおいで
中身がどのようになっているのか好奇心にそそられるのでした。

その後、水洗いをして幹の部分を長さ2M50CMほどに3分割し厚さ65MMに
チェーンソーでスライスし桟積みし乾かし今にいたる。

この作業をしたのは2000年8月・発掘。
同年10月製材。
桟積みし今のところこの材を使って作られた2台の座卓が
この世に存在し10枚ほどのいたが倉庫で眠ってます。

めでたし めでたし
0

2006/1/23

ラウンドレッスン  ラブフルート

2005年8月3日(水)徒然笛日記より転載

ラウンドレッスンは
バードとプレートの調整を済ませて
素朴に一つの音を吹くことから始まります

自分が最も心地よい音色を吹き続けるのです
そこでは自分自身の息(心)と音色が繋がる状態を待ちます

指を動かして色々な音を出そうとするのを控えて
単純に音を出し続けます

一つの音から別の音に移行する
心の変化を感じ取れるように待ちます

呼吸と指の動きが自然につながる感覚を
感じ取れるように待ちます

このレッスンの時に起こる考え方や自分の反応を見詰めるようにします
ジャンケンで負けた人から始まって次の方へとレッスンの輪を繋いでいきます

自分自身が吹くことと自分以外の人が吹く様子を見たり感じたりしながら
何度か回ります

このとき不思議と求められたことと違う動きをする方がおられます
あれっと思うのですが、きっとその方なりの受け止め方があるのでしょう

求めていることは絶対的なものではなく吹いていくためのヒントのようなものですから
厳密な再現は重要ではありません

こうした輪が繋がっていく中で
お互いの音色に耳を傾けたり、自己表現してみたり
そっと受け入れあう空間が生まれます

言葉のやりとりではなく
フルートの音色だけが流れていくからこそ生まれてくる不思議な感覚があります

レッスンでは名曲が演奏されたり、課題曲が演奏されることはありません
一つの音の流れをたどり、再現しようとすることにも学ぶことがあります

しかし、ラウンドレッスンで大切にしていることは
自分が自分として生き、それを音というもので表現してみることです

心の中にあることが表現されることによって
自分で自分の状態に気付く可能性が生まれます

何かとぶつかったり、やりとりしてみると
頭の中で空想している自分ではなく、生の自分が出て来易いのです

意外と積極的だったり、逆に消極的だったり
批判的だったり、同調しやすかったりという自分が出てきます

自分が出てきて初めて、本当に自分がしなければならないことに
触れ始める(気づき始める)可能性が生まれてきます

ラウンドレッスンはフルートを吹くことによって浮かびあがってくる
自分自身の姿と向きあいながら
じっくり、ゆっくり変化し始める輪を辿るものです

ですからカリキュラムがあって
それをどれだけこなしているかチェックしながら
次の課題を与えられるレッスンとは違います

勿論最低限の吹くための方法は学ぶことになるのですが
それは最も重要なことではありません

呼吸をして生きているように
レッスンと日常の歩みを繰り返しながら
自ら学び取るようになるための貴重な場所、空間なのです

自分だけで学ぶこともありますが
他の方々と触れ合うことでしか学べないこともあるように思います

何かを得るためにといった目的意識ではなく
空間に触れ、場の中で感じることを大切にする機会を持つのです

やがてそうした出会い、触れ合い、繋がりこそ
人生の大切なプレゼントなのだと気付き始めるような気がします

ラウンドレッスンは単純でつまらない音出しサークルのようですが
単純な反復を様々な関わりの中で続けていくうちに
大切な人生の旅のヒントを与えられる場のように思います

気が向きましたら
また、ラウンドレッスンにお出かけください
或いは、どこそこでやってくれと声を掛けてみてください
0

2006/1/22

心地よい音の流れ  ラブフルート

2005年8月1日(月)徒然笛日記より転載


このところ演奏の機会が続いています

ひとつひとつの場に必要な音の流れを模索するために

心の整理と場を大切にする思いが満たされるまでの静けさが

必要になりますし、それをなくしてはならないと強く感じています


いま生かされていて、必要なこと

それを待っている人との出会い


それはラブフルートのレッスンの原点

その時、心が本当に動こうとしている音を辿ること


そんな中で長沼町の作家が集まり

音のイメージ展が開かれています


集まってきた作品を見ていますと

一人一人の歌が聞こえてくるようで楽しくもあり、嬉しくもなります


形は心から生まれてきますから

何かを形作ることと音楽には深いつながりがあると思うのです


それは一人一人の大切な生きている印のようなものではないかと..
そうした作品に囲まれながら

そこで感じている息遣いが音になっていくのです

作家の方々の音
作られた作品たちの音

一緒に演奏に参加してくださった大切な友

耳を傾け、心を寄せてくださる方々

ささやかではあるけれど
とても満たされた豊かな時間を共有することが出来たと
感じています

ラブフルートの旅はまた続きます...
新しい出会いと人生の問いかけが待っていることと思います

この日記をお読みになられた方々とも
いつかお会いすることになるのかもしれませんね...



0

2006/1/21

ミニチュア・ラブフルート  ラブフルート

2005年7月13日(水)徒然笛日記より転載


「この笛といつも一緒にいなさい
それが第一のレッスンです」
それが初めてラブフルートに出会ったときに伝えられたことでした..

これはラブフルートバトンの文章に書いたものですが
今回のテーマになっているミニチュア・ラブフルートは
この言葉と繋がっています

長さ5センチから8センチ
実際に作られているフルートの素材を使って
極力本物に近い形にして作っています
上の写真は最近の展示の様子です

小さいからこそ手もかかるのですが
ちゃんとオイルを塗って、蜜蝋で磨いて仕上ています
残念ながら音は出ません...
とても指で塞げる大きさではありませんから..

笛の音がなんとなく感じられるアイテム
自分が一本の笛になって歌う人生の旅の象徴
まだまだ色んな意味合いを持っているのだと思います

(本物の桂の埋もれ木フルートは高価ですが
ミニチュアなら手元におけるという楽しみもあります。
大切な材木をゴミにしないという考えもあります)

愛の笛を吹いている、持っているというだけでも
十分人生の助けになってくれている笛だなと感じています
ですからミニチュアラブフルートがその象徴になって
どこにでも一緒に行ってくれるといいかなと思うのです

最近は長さ20センチに満たないミニラブフルートを製作して
既に5〜6本は旅立っているのですが
彼らも心の杖として十分働いてくれているようです

最近の展示の時に
小さな女の子がミニチュアラブフルートを嬉しそうに眺めてから
お父さんの顔を見上げて
「この可愛い笛が欲しい..」と口にしました

その様子を見ていたお父さんが嬉しそうに
「好きな笛を選んでごらん」と答えていました

女の子が、いつかラブフルートの本物に
触れるときが来るかもしれない
密かな楽しみが出来ました..

音の出ない小さな笛が
自分自身が生かされている意味を尋ね歩く心の旅人を
引き寄せ、或いは支えてくれるかもしれない

その小さな笛は
どこかで人の心と繋がって
歌い始めるかもしれない


以上、ミニチュア・フルート物語でした



0

2006/1/20

ポプラの輪  ラブフルート

2005年7月5日(火) 徒然笛日記より転載

倒れた木が様々な人々の出会いや繋がりを生み出してくれる...
それは不思議な輪になって静かに広がっています

このコーナーでも既に数回ポプラを話題にしてきたのですが
倒れたからこそ手元にやって来るという
思いがけない出会いになりました

ポプラはどんな声で歌うのだろうかという
素朴な思いの種が地に落ちて
小さな芽を出し
着実に成長しています

見えないポプラの精が人々の心の中で育まれているようです

ドイツで見聞きしたポプラの事を話してくださった方
ポプラがどんな木なのか色んなお話を伺うことが出来ました
嫁入り道具にポプラの家具を用意するのだそうです
日本の桐の箪笥のようで興味深いお話でした

台風になぎ倒されたポプラを目の前で見ておられた方のお話も
伺うことが出来ました

幹が弓のようにしなり、枝が矢の様に飛んでいたと..
思いがけずその時のポプラのフルートに出会ったことが
強く印象に残ったようです
ポプラの声を耳にしたときうっすらと涙を浮かべておられました

活発なシニアの方々に囲まれて
ポプラフルートの紹介をさせていただいたときに
おもむろに近づいて来られた方から
昔、オランダでポプラの木靴を作っていたというお話を伺いました

ホームコンサートの会場に来られた方が
「ポプラの讃歌(うた)」という本を出版しようとしている時に
思いがけずポプラのフルートの音色を聴くことが出来て
感激しましたと連絡を戴きました
(まもなく出版の予定との事でした..)

別の機会にポプラフルートの音色を紹介していまいしたら
思わず音色に心惹かれた方が
間もなくご自分のフルートを手にされるようになり
さらにはコンサートの計画が生まれて現在準備中です

こうした繋がりはポプラにだけ生まれているわけではありません
倒されたポプラの事を耳にした方が
幼稚園で倒れているクルミの木の話をしてくださいました
やはり台風で倒されたとのことでした

ポプラやクルミの歌を聴いていたシウリザクラもまた
新しい方々の輪を作り始めています

「愛の笛」という曲が生まれたのはシウリザクラの音色に触れたからでした

密かにシウリザクラのフルートを求めて出会いのときを
待っておられる方がおられます

シウリザクラの音色に惹かれた男性が一人..
シウリザクラのマイフルートを手にされました

最近、思わぬ形でお会いした二人の女性もまた
シウリザクラのフルートを求められました

倒木ポプラフルートはそれなりの働きを見せてくれているのだと思います
それは大自然の豊かな知恵や恩恵を知る一つのきっかけになるのだと思うのです

私たちが生きている青い星の魅力を知らせてくれるのは
ポプラだけの役割ではありません

桂の埋もれ木フルートは今も耳にする方々の心を惹きつけていますし
レッドシダーも素朴な歌声で心を引き寄せています
クルミやシウリザクラやナラはフルートになったりスモークチップになったり

近所で切り取られた山桜の枝たちは
フルートケースのボタンになったり...

みんなそれぞれに自分の道を生き生きと歩いています

彼らは密かにポプラフルートの噂をしています

あいつは背が高くて、成長も早くて、
このあたりじゃかなりの人気者だけど
全然いばっちゃいないいよな...
風といっしょに歌う声を聴いたら

あったかくて、思いっきりやさしくて
一番高いところからみんなを見守ってくれてるような
すてきな奴だってわかるんだよな...
0

2006/1/18

ラブフルートバトン  ラブフルート

2005年6月11日(土)徒然笛日記より転載

一体どんな人の手に渡るのだろうか..
ラブフルートを作りながらいつも考えています

この5月に開かれた花・であい展
ドラマティック・レインという薔薇が強い香りと不思議な色合いで
皆さんを待ち受けることが出来ました

9人が集まった展示会
ごく自然な成り行きで始まりました
それはラブフルートが密かに集めてくれた方々でした

「この笛といつも一緒にいなさい
それが第一のレッスンです」
それが初めてラブフルートに出会ったときに伝えられたことでした

一体何を言おうとしているのか理解できないまま
気が付いたら、いつも「それはどういうことだろう」という思いの中にいました

その秘密はゆっくりと解き明かされてきたように思います
まさかこんなことになろうとは...
そんな思わぬ展開が待ち受けていていました

笛が導く人生なんて
空想された物語としか思えませんでした

でも、それは本当のことなんだ..
それは変化に満ちていて、楽しく、不思議な旅へと誘ってくれるのです

こうなったら、この笛物語の中に飛び込んでみよう
その中に生きてみてもいいかな...と

一本の笛が思わぬ会話を引き出し
素直に心の思いを現してくれる...

木の声を聞こうとして目を閉じ、耳を澄ませる姿
自分の息を吹き込む姿

頑なな心の壁をすーっと突き抜けていく音色の秘密
自分でも気付かない心の痛みに触れ
そーっと癒してくれる木々の歌

そんなラブフルートとの出会いが「花・であい展」にもありました

自分が受けたラブフルートのバトン
それを最初に受け取られた方..

その次に受け取られた方
いつか受け取ることになるだろう方々

それは木々の枝たちのように
さまざまに分かれながら
葉を茂らせ、花を咲かせ、実を実らせて行くのだろうと思います

リレーは苦手だったけれど、ラブフルートバトンはなんとか渡すことは出来そうです
0

2006/1/17

手作りのラブフルート  ラブフルート

2005年5月10日(火)徒然笛日記より転載

ここのところ職人たちの生き様に関する本を続けて読んでいます
時代にもよるのですが、知名度が上がるまでの困窮した生活が印象に残ります

困窮した生活だけは一緒だな〜と納得してしまいます(^^;)

あれこれ読んでみますと、職人たちの持つ
物を作り出すための強烈な探究心と集中力、創意工夫が深く心に残ります

何度も壁にぶつかりながら
ぎりぎりのところで切り抜けたり
思わぬ助けがあったり..

そうした生き生きとした感覚を楽しめることと
作られたものが売れなければ生活できないという緊迫感
その両面から学ぶことが多くあります

合理的な量産が生産の基本的なスタイルになってからでしょうか
ものを大切にするという感覚が希薄になってきたのは..

どこにでも、いつでも、たくさんあるという状態では
だれしも一つのもののありがたみは感じられなくなるのだと思います

もののありがたみどころか
有り余ったものをどう処理するかでお金がかかるのですから..
皮肉なものです

そんな時代の中で
製材所ではさっさと捨ててしまいそうな端切れのような材料を
頂いたり買い求めたりしながら笛を作っています

笛は飛ぶように売れるどころか
8分ほど仕上て保管され、眠り続けています

求める方々の希望を取り入れるために7〜8割程度で
作業を止めていることが多いのです

工房を訪ねてくださる方の中には
作るときに旋盤を使わないのですか?と尋ねられる方もおられます

確かに旋盤を使うと早くて綺麗に仕上がるのです
そういう合理的な作り方をしたフルートがアメリカでは沢山売られていました

当然価格も比較的安くなります
もちろん高級品・高価な手作りフルートもありましたが..

何故か機械加工したものはどことなく味気がない
所有する喜びが乏しい..
高級品は工芸品にはなっても実用性が乏しい..
それが率直な感想でした

折角作るのなら
持っている喜びが生まれてくるようなものにしたい..

自分が欲しいな〜と思うようなフルート
生活の中に根付いた暖かいフルートが欲しい
それが基本的な思いです

それは同時に生計がなかなかおぼつかないということになります

一本のフルートのために費やす時間と労力
それを考えると、単純に今の2倍〜3倍の価格になります
しかも肉体的には、毎朝手が腫れ上がり、指が激しく痛む..

では、旋盤を使えば...どうか
現在の6割程度の価格で仕上がります
そして、あちこちで販売してもらうことも出来ると思います
極度に身体に負担がかかることもなくなります

一緒に作業をしている仲間の姿をみていると
時折切なくなることがあります
一本の笛をひたむきに手作業で磨き続けているのです

そこまでしなくてもいいよと声を掛けそうになります
機械作業で済ませられるのに...

では、なぜ?

頑固な職人のこだわり?
意固地なだけ?
大変さを売りにしてる?

ちょっと違います

心底、心のこもったものが欲しい...
それによって心が動き出すようなものが欲しい...のです

限られた命、限られた肉体を惜しみなく使う
心を込めて削り、手に触れ、手触りを確かめる

音色に耳を傾けては再び削る
削っては耳を傾ける
この笛と出会う人たちの事を思い描くことがエネルギーなのです

取り出された木々の事を考えてみる..
自然の営みのあれこれを思いながら作る...
ラブフルートととの出会いから生まれた
新しい人々との出会いを思い返しながら作る...

そのためにはじっくりと作るのがいいのです

ちっぽけな身体で出来る限りの事をしてみるのがいい..

いつの日か
「こういう笛が欲しかった..」という出会いが来る..

それを思うと
やっぱり手作業で笛を作ることになるのです

勿論、単に手作業だから良いということではありません
手作業には、それに費やす貴重な時間と同時に
心の動きがあるのです

この目に見えない心の思いの有無が
ものの大切さに繋がっているような気がしています

凝りに凝ったもの、こだわりのあるもの
それもまたものの価値の一つなのでしょう

しかし商品価値を高める様々な要素を持つことと
心を込めて作ることとは少し違うと思うのです

心を込めて生きる意義が人生にあると感じていること
人と関わることの大切さを深く感謝し、喜んで生きていること
それが土台なのだと思うのです

心の思いがあって、ものがあるのだと思うのです
心を満たすのは、心なのだろうなとも...おもいます
地味で、根気の要る手作りものというだけでは満たされないのです

この笛との出会いが、それを静かに教えてくれたのです

ですからごく自然に

そういう笛との出会いの場が出来ればいいなという思いが生まれました

その思いが現在の工房の原点です

それは身体が動いてくれる限り
何度も何度も確かめていくことになるのだと思っています
1

2006/1/16

ポプラフルートの産声  ラブフルート

2005年4月26日(火) 徒然笛日記より転載

象牙色のポプラがどんな音色で歌うのか
その思いは新鮮な感覚とともに
何度も心をよぎりました

それと同時に果たして歌ってくれるのだろうか
という不安も交錯していました

通常の製作工程を念入りに調べ直し
ポプラの樹にどんな加工をすればよいのか
慎重に検討することが最初の仕事でした

シールド剤がたちまち吸い込まれてしまうのを見て
これは厳しい..と
それでも通常の倍の量を塗布し
空気に触れる部分や水分を吸収しそうな部分すべてに
処理をしました

素材はあまりにも柔らかく傷つきやすい..
汚れもすぐに付いてしまう
どう扱えばよいのか思案しながらの作業が続きました

最初に比較的鳴りやすい短いフルートを手がけました
予想通り上手く響きませんでした

今度は弱々しく微かな響きを
最大限に共鳴してくれる本体の状態を模索する作業に入ります
これは行き過ぎると完全な失敗になるため
薄皮を剥ぐように根気の要る作業になります

削っては吹き、吹いては削る
気が付くと、そこには初めて生まれてくる
ポプラとの会話がありました

振動を吸収する素材のため呼吸の状態が極度に影響します
これはポプラの問題ではなく
呼吸する自分の側の問題であり課題でした

音色に気を取られ、呼吸の調整が難しかったのですが
それでも短いフルートは歌い始めました
優しい響きでした

その直後に、中くらいのフルートを手がけ始めました
難しさは倍増するのですが
先の経験を土台に改善を加えて作業を進めました

あまりに弱々しい響きに愕然としましたが
なんとか気を取り直して作業を継続し
ようやく産声を聴く事が出来ました

それは耳を澄ませなければ聴こえないほど静かな響きでした
あとは呼吸の状態がバランスよくなることでもう少し
歌うようになるだろうなと思っています

それにしても何という声でしょう..
天空に向かって一直線に伸びてゆくあのポプラの声が
勇壮な姿からは想像も付かないような
穏やかで、優しい響きなのです

柔らかく白い音の化身に
そっと心の奥に触れらるような
不思議な感覚を呼び起こしてくれる

厳寒の地にそびえ立っていたポプラが
倒されたいま、私たちの心に向かって
語りかけてくるメッセージ

それは様々な形で私たちにもたらされていくのだと思います
0

2006/1/15

完成したポプラフルート  ラブフルート

2005年4月2日(土)徒然笛日記より転載

昨年の激しい台風で倒された樹木の数は
一体どれほどだったのでしょう

中でも北大のポプラが倒れている姿
それは大変衝撃的であり強烈な印象を残しました

かつてポプラ並木の写真を撮ったり
ポプラの根元から空を見上げた時の記憶が蘇って来ました

台風が去り、倒されたポプラを生かそうとする方々が現れました
その動きの一つが新聞記事になりました

私はその記事を読みながら
ポプラの声(音色)を聞いてみたい
そう思ったのです

もし北大のポプラが歌うとしたら
どんな声をしているのか
みんなで聞いてみたいなと...

すぐさま北海道新聞社にメールを送り
ポプラの材料がまだ手に入るでしょうかと問合せしました

しばらくして電話連絡があり
残念ながらポプラはまったく残っておりませんと直接お話がありました

お話の最後に
ひょっとしたら置戸町のほうに材料が
残っている可能性があるかもしれませんと申し添えてくださいました

そこで木工関連者のK氏に直接電話を入れました
すると別のK氏を紹介してくださいました

するとK氏はH氏を通じてI氏を紹介してくださり
最後にT・Hを紹介してくださいました

なかなか返事が来ないな〜
もう駄目かなと思っていたのですが

事態は急に動き出し
急遽T・H氏が来訪され
手元にある貴重なポプラとニレを持ってきてくださいました

木肌が白く美しい、とっても軽いポプラは
聳え立つ力強さや表皮のゴツゴツしたイメージとは異なり
やさしく、穏やかな印象でした

この子はどんな声で歌ってくれるのだろう
それが気になって...

ちゃんとフルートとして生まれてくれるかどうかも未知数なのですが
細心の注意を払って取り組んでみようと思っています

北の地の風雪に耐え、豊かな太陽の恩恵を浴びて
育まれたポプラ

その並木は見上げる人々の心を
励まし、慰め、奮い立たせてきたことでしょう

その感謝の思いを込めて
北大ポプラのラブフルートが歌うときが来るといいなと願っています

その木がここにやってくるまでにいろんな繋がりがありました
その輪はさらにいろんな形で繋がっていくことでしょうね

ポプラフルートの響きが大地や青空に広がり
新しい命や力が生まれてきたら
嬉しいですね...
0

2006/1/14

静けさの美  ラブフルート

2005年3月17日(木)徒然笛日記より転載

紅梅、白梅、椿
池の鯉、石亀、野鳥
一気に咲こうと待ち受けている木々の芽

畳の部屋
着物姿の女性たち

惜しげもなく降り注ぐ春の日差し

突然降り始めた粉雪

春の喜びという最後の曲と共に
再び明るい日差しが蘇った庭園

平成庭園 源心庵の一日は別世界への旅にも思えました

お客様をお迎えすること
心から、喜びとともに..

人が生きていることの美しさ
優しさ、愛しさ
一滴のお茶から広がる豊かさと喜び

煎茶の素朴なお手前の中に
静かで思いやりに満ちた心が見えてくる...

静かな身体の動きにあわせて
竪琴を奏で、笛を吹く..
密やかな鼓動のように太鼓が響く

静かな空間
沈黙の世界に溢れるほどの音が満ちている

静けさの中で満たされる

これが今回のお茶を楽しむ会との出会いが教えてくれた
ことの一つでした

お茶のお話を伺いながら笛の世界に思いをはせ
笛のお話をしながらお茶の世界を垣間見る
そんな3日間でした

人は自分が生きていることを確かめ
その命が何処に向かって行こうとしているのかを
しっかりと感じながら生きようとしているような気がします

人の歩み、手の動き、呼吸のひとつひとつは
その思いを身体で現しているのかもしれません

お茶のお手前全体が
命の美しさを映し出していたのだと思います

それが時折書き綴ってきた笛を吹くことの意味と
ひとつになってその空間を満たしたのだと...

それぞれが満たされ
心から感謝し、喜ぶ
それが人として生かされている源にある心のように思いました

この時期に源心庵に招かれたことには
深い意味が潜んでいるような気がしています

それぞれが生かされている場所に
源心庵が生まれてくることを願いつつ...
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ