2006/2/22

旅の準備  雑感

 堅い金属ステンレスで作られた実験模型と木で作られたラブフルート。この組み合わせを準備して出発です。緻密な計算と構造の仕組みと実験の目的を考え、それを具体的な形にする。
 そのためには様々な作り手たちとのコンビネーションが鍵になります。最終的に無事目的地に届ける運送の仕事も重要です。部品一つ欠けても完成できないのですから..
 もう一つはラブフルート。レッスンを楽しみに待っておられる方々との初めての出会いはどうなるのだろうか?映画会も加わって..

 待ち受けている出来事を楽しみつつ、準備は慎重に..意外としなければならないことが多いな..旅慣れた方はさっさと出かけるのでしょうが..

 何と何が本当に必要なんだろう..それを見極め、旅の期間と体力を考えます。足が二本、手が二本で..背中もあるけど..さすらう旅人を思い描いて出来るだけ少なく...でも、フルートは出来るだけ多く..?

 あれこれ思いつつも、旅立つときは確実にやってきます。そういえば、あれだけあった雪がそそくさと消え始めています。春の大合唱が始まる予感です。

 戻りましたら、いろんなことを書けると思います。10日程留守します..
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2006/2/19

ここはどうすればいいのだろう..  ラブフルート

 奇妙な書き出しになりました。これはマイフルートを製作中に何度も心の中に起こる思いなのです。一本のフルートを探すために何時間も工房で試行錯誤される方は珍しくありません。それでも、訪ねて来られる方々は直接ラブフルートに触れたり、息を吹き込むことができますから、それなりに感じることもあると思います。

 勿論、息の吹き込み方ひとつで音色は変化しますから、直接吹いてみてもなかなか思うように感じ取ることは難しいかとは思います。それでも、まったくラブフルートそのものに触れることもないまま、マイフルートを持つ決意をするのは独特の緊張感もあれば、不安や期待が行ったり来たりになると思います。

 お電話で注文の方もおられますし、FAXやメールの方もおられます。それぞれに難しさはあるのですが、何度かやり取りをしていく中で、受けた印象を大切にしながら製作に取り掛かります。

 率直にご自分の事を表現してくださる方もおられますし、好みがはっきりしている方もおられます。逆に、どこから選択していけばよいか困惑される方もおられます。

 とりわけ、音色の希望や願望をお伺いするときは、製作する側も、依頼されるかたもお互いに難しさを感じます。音色を言葉で表現する..それは、随分と大胆なことかもしれません。それは完全に感性の世界に属することですから、行き違いが起こっても不思議はありません。

 お互いに、優しい音色と口にしていても、それが一致することなどあるかと言えば、ないだろうというほうが安全です。そもそも、優しいとはどういうことなのか、それぞれにイメージは違うのですから..

 同じように、明るい、深い、静か、力強い、澄んでいる、輝きのある、落ち着きのある..となると、もう参りましたと言うしかありません。それと同時に、私たちはフルートの音色ことではなく、人間に対しても似たような表現をしているのかもしれません。感性と繋がるような印象を抱いたり、表現したりするものではないか..と。

 そんなこんながありながら、時に数十通のメールをやり取りしたり、長い電話での会話を通してフルートは作られていきます。言葉のやり取りを続けていく中で、自分自身が感じたり、思っていることが明確になってくることもあると思います。

 実際は樹木を選択して作り始めるのですが、木のどの部分なのか、木の育ち具合もあります。 そうした要素が複雑に合わさって一本のフルートが形を見せ始めます。手に持ち、口をあて、指を動かす。そして呼吸。

 単純なようで、こうした全部が調度いい具合になるのはエネルギーが必要です。しかし、何よりも大変なのはひとつひとつの音が生まれてくる時です。ラブフルートの特徴は、音の幅が広いことです。別な表現をすれば音程がとても不安定なのです。まして、バードやプレートが一定の位置に固定されていませんから、どうにでも音は変化してしまうのです。

 これは音の高さに限定した難しさなのですが、さらに音色の違い、呼吸の状態も加わってきますと、何をどうしてよいか分からなくなってきます。果てしない自問と作業の繰り返しが起こります。

 限られた接点の中から、その人に相応しいマイフルートを生み出す作業。それは手先や身体の作業と言うより、心の作業なのだと感じます。木を削り、形を作ることも勿論大切なことですが、なんと言っても生まれてくる音色がフルートの要です。

 均一で平均的な作り方をするという考え方もあるのですが、それは結果的にフルートにその人が合わせる関係になります。その人らしさを、フルートが邪魔してしまう事にもなりかねません。

 一つの音を、じっくりと息を吹き込みながら探っていく過程で、ここの響きを少し強めにするのがいいのか、弱く繊細に表現できるようにしたほうが良いのか..考えているうちに時間がすーっと過ぎて行きます。

 強いものは強くなのか、強いところを力を抜いてなのか..これは価値観の違いですし、人生観の変化と関連があります。優劣でも善悪でもないのです。まして、人の心は変化し続けていますから選択は困難です。

 微妙な心の動き、呼吸の流れを受け止めてくれるフルートとはいえ、その受け止め方の違いがあります。それは樹木の種類によって大きく違って来ます。誰が、どんな樹木のフルートを吹くのかと合わせて、製作には繊細な意識の流れが伴うことだけは確かです。

 後は吹かれる方とフルートの関係がどうなっていくかを見守ることだけが残されているのだと思います。時折、フルートを手にされた方との間に与えられる僅かな会話が道しるべかもしれません。
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2006/2/16

心を合わせる  ラブフルート

 心を合わせること。それはどういうことなのでしょう。言葉では散々使われているのですが、果たして自分はそれを知っているのだろうか..

 あると思っている。でもそれが本当にあるのか。それを確かめたことがあるのか。こういう思いをさえぎらずに進めて見ること。

 フルートを吹いているときに起こっている内面の状態を表現してみると、こういう思いが浮かび上がっているような気がします。

 それは、あえて開けようとはしないまま過ごしてきた心の扉に触れるような感覚かも知れません。そこには恐れと希望が交錯します。

 ラブフルートの音色には、こうした見えない感覚に気づかせる不思議な響きがあるように思います。

 リズムを合わせ、音程を合わせて、用意されている音の組合せを作り上げる。それは楽譜に忠実であることで、それなりの完成度を示すことが出来るでしょう。

 それはあたかも、人生に関わる手引書を読んでいるような感覚があります。そこから、合っている、間違っている、そうじゃない、こうじゃないといった批判的意識が次々と湧きあがってきます。

 手引書があったとしても、その解釈をめぐって、個々人の違いが明確になってくるからです。或いは自分が持つ人生へのこだわりや価値観が前提になって事物を見る、判別するという流れが生まれて来ます。

  こうなると心を合わせるなどということは、夢のまた夢になってしまうような気がします。合わせるための手引きが、むしろ不一致を引き出すという皮肉な現象が生まれてくるのです。

  こうして自分の生き方や周囲との繋がりを見ていきますと、実に心が合わさるという単純なことが遠くに行ってしまっているかもしれない..と思います。

 そもそも自分自身が持っている心を見詰めることなくして、他の人との繋がり方を云々することは出来そうもない..まず自分自身と向き合う生き方をきっぱりと始めること..それをラブフルートは教えてくれているように思います。

 ラブフルートが心の在処を教えてくれたような気がする..という私の感覚は「愛の笛」という絵本に記されているフルートとの出会いの物語と繋がっているのかもしれません。

 今年はさらにじっくりと「愛の笛」の物語を読み返しながら、これまで気づかずに来たであろう心の秘密を受け止める旅をしてみたいと思っています。

 今回は少し、趣の違った表現をしてみました..
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2006/2/14

ラブフルート呼び交わし  ラブフルート

 この2月下旬に神奈川にある研究機関に出かける予定が入りましたので、東京近郊でラブフルートをお持ちの方々にお願いメールを送りました。

 すると嬉しいことに、数時間後には様々な返信メールが届きました。北海道の田舎からの発信が、東京の大都会に潜むラブフルート一族?に届いて、暗号文が届く..そんな感覚です。

 木の笛一本が、生み出す不思議な音色が、見事に呼び交わされ、見えない輪を生み出しているのです。ラブフルート・サークルとかラブフルート村と表現しているものの、どこにもそんな団体や組織はありません。

 にも関わらず、どうやら東京の一角でラウンドレッスンの場が出来そうな気配です。一陣の風のように、ラブフルートが吹き交わされ、また散っていく..。
それぞれの人生の旅の途上で、ふとラブフルートの音色が聴こえて来た時、いつでも繋がれる優しさと喜びがあればいいなと思っています。

 何度かメールやお電話でお話して、出来る限りその方との繋がりを受け止めながら作るフルート。顔と顔を合わせてお会いしたことはないけれど、ラブフルートを吹きたいと思う心の持ち主であることは確かですから..実際にお会いできれば、楽しいだろうと思います。

 ここ一ヶ月ほどは、実験研究期間の仕事で随分徹夜したり、図面をや打ち合わせに奔走していましたから、フルート吹きたい症状でウズウズしていました。

 勿論、もうじき開かれるコンサートに向けての準備はしていましたが、CADを使ってコンマ何ミリを計算しながら図面を書いているときの数字が残像のように脳裏に浮かび上がってきますから、やや集中力に欠けてしまうこともあるのです。こういう時は、フルートを吹くことが問題なのではありません。吹くことは吹けるのですが、落ち着いて音色と繋がるための心の切り替えがなければ、逆効果になりかねません。気持ちの切り替えは意外と難しいのですが、ちょっとしたコツがあります。

 「よし、仕事を忘れてほんの数分でもラブフルートの音色に心を寄せる時間を持ったほうが、身体にいいし、結果的に仕事も上手くいくんだ!」と決めて、さっさと行動してしまうのです。

 仕事に追われるという久々の体験をしてみますと、仕事が終わってもなかなかフルート吹く時間がなくて..と口にされる方々の気持ちが分かるような気がします。

 だからこそ、笛の音と過ごす時間の豊かさと安らぎを受け取って欲しいと思うのも事実です。

 というわけで、対照的な仕事を手がけている身としては、この機会に、東京でのラウンドレッスンとラブフルート交流が出来ればいいなと思いつき、お願いメールを送ってしまったのでした。
 
 都会の意外な場所で、それとなく聴こえて来るラブフルートの音色を辿って、しばしの旅を楽しもうと思っているところです。そのためには、仕事を完璧に済ませなければ..。休憩にお茶とフルートを忘れずに..です。
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2006/2/13

素朴な楽しさ  雑感

 今年は「さとらんど」の雪祭り会場に出かけて演奏をする機会がありました。呆れるような渋滞がお出迎えしてくれました。目と鼻の先の会場に辿り付けないのは奇妙な感覚でした。車社会、情報社会の落とし子でしょうか..

 情報が来て、車があって..さあ行ってみよう!そういう人たちがいっぱい集まって、会場に入るまでに数時間、そして一気に滑り落ちる滑り台のために4時間待ちで並んだというのです。これを昔話風に聞かされたら、信じられないお話になるのかもしれません。本当にそんなことがあったの?と質問されそうです。
この時代の人たちは、そんなに雪の滑り台が好きだったんだね〜と..

 かろうじてリハーサルに間に合ったものの、すっかりお疲れ状態でした..
今回は、おそらく子供連れが多いだろうからと考えてアップテンポの選曲と参加できる曲を準備しました。案の定、トウモロコシやなんとか汁や牛乳にソフトクリーム..どれもこれもなが〜く待たされてようやく手に入るのですが、それを食べたり飲んだりしながらの演奏会でした。

 こういうところでは、なんか音楽やってる..状態なのですが、それはそれで一緒に巻き込まれてしまえばいいのかな..と思っていました。そういう中に、演奏が終わってから、「ホームページ読んでます。初めて生のフルートの音色を聴きました..」と声を掛けてくださる方がおられました。そう言えば、熱心に前のほうで聞いていてくださってた方でした..

 そういう方が一人でもおられると嬉しいものです。さらにそのときは声を掛けることもなかったけれど、後になって他の会場などで「あの時、聴いてました」と話し掛けてくださる方もおられます。

 大変な渋滞の中を、僅かな演奏のためにわざわざ来てくださる方がおられる。これは本当に力が湧いてきますし、また呼ばれたら出掛けていこうという気持ちになります。

 ほんとうに聴きたいと思う方と、心からフルートの音色を伝えたいと思っているものが出会うのです。それぞれの場所から生まれた音がぴたっと合った素適な感覚です。

 今回は4つのグループが出演したのですが、他の方々の演奏を聴くのは楽しいものです。全然ジャンルが違うのですが、音楽共通の楽しみがあります。
 
 その一つは、リズムの楽しさです。リズムと一体化するだけで十分楽しいものです。演奏者たちがぴったり息を合わせている姿を見ているのは心地よいものです。それに様々な音色、歌声などが加わると、賑やかになりますし、美しいメロディーに心を添わせるのも素適です。

 今回は、様々な演奏を聴きながら、音楽の素朴な楽しさを感じ、それを喜ぶことを改めて受け取る時間がありました。音楽が教えてくれる深い知恵も感じました。

 雪像も滑り台も、あまりの人だかりで生で見ることは出来ませんでしたが、音楽のほうをたっぷり楽しませてもらいました。
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2006/2/11

雪の夜  ラブフルート

 今年は随分沢山の雪が降り積もり、さらに追加分がたっぷりありそうな気配です。先日、かなりひさびさに銭湯料金で入れる地元の温泉に出かけたのですが、あちこちで除雪話が聞こえてきました。「夜中に作業して、朝起きたらまた作業。やれやれと思っていたら昼もやらなければならなくて,さらに夕方も..どうなってるんだ〜」と。

 確かに工房の周辺は、屋根と同じくらい積み上げられた雪の山があって、さらに屋根の上の雪下ろしをすれば、スコップで投げ上げるのが厳しくなりそうです。これに加えて、吹雪が頻発する季節ですから..冬眠中の熊の隣で休ませてもらいたいくらいです..

 こういう時は身体も気持ちもいっぱいになってしまいやすいのですが、投げ上げた雪が太陽に照らされてキラキラ舞う美しさ、真夜中の冬の月の神秘的な輝きと星々のささやきが、身も心も和らげてくれることに気付かされます。

 美しさに触れた心は、さらに新しい感動や喜びにも気付き始めます。山になった見上げるような雪が完全に消え去る時が来るのです。雪の下では、すでにうごめいている虫たちもいますし、吹雪の中にバードテーブルにやってくる小鳥たちもいます。木々は芽吹きのために淡々と準備を始めています。

 どんなに激しく降り積もる雪も、黙々と僅かずつでも作業を続けていけば、確実に処理されていくことにも気付きます。困難なことが立ちはだかると、嘆き、恐れ、逃避したくなる心がやって来やすいものです。

 そんな時、「さて、いま自分が出来ることは一つだけ。さて、自分は何をしようか。」と自分の心に向かって語りかけてみます。そして、いま出来る事を始めるのです。ただただ、あれもこれも引き出して、何もしていないのに、思い起こすだけでいっぱいになる前に..

 身体は一つ、いまできることも一つ。いつも生きているということは、一つのことをしていくことなのだな..と。

 そして、どんなに困難なことでも、それは波が打ち寄せるだけではなく、引いて行く事。呼吸は、吸うことと、吐くことで成り立っていること。心臓の鼓動も...。自然に営みの中にある知恵とメッセージ。それは、自らの肉体にもあります。

 美しさに触れることで、心はやわらぎ、生かされていることの意味に気付き始め、目の前にある扉の向こうに光があるだろうことを予感させてくれるように思います。雪の夜が届けてくれる、自分だけへのメッセージを聴き取ることが出来る、貴重な冬を大切にしたいものです。
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2006/2/5

シウリザクラ・フルート  ラブフルート

 名前を知って以来、どんな桜なのだろうと、ずっと気になりながらシウリザクラ・ラブフルートを作ってきました。あれこれ探しても、なかなか写真付きの資料に出会えないままでした。幹は分かっても、葉や花や実際に生きているシウリザクラはしらないままでしたから、資料を見つけたときは嬉しく思いました。
 
 せっかくですから、資料に掲載されていた内容を転載してみたいと思います。
「木の名前」岡部誠 著・婦人生活社
シウリザクラ バラ科・サクラ属
別名/和名 シオリザクラ、ミヤマイヌザクラ
学名 Prunus ssiori
特性 落葉高木
原産地 本州中部以北、サハリン、中国
鑑賞期 花期6月、果期9月
用途  修景樹
由来 和名は種小名同様、アイヌ名に由来します。属名はスモモのラテン古名によります。葉の基部が心臓形であることから、他のサクラと区別できます。
メモ 北海道に多く自生し、寒冷地の緑化修景樹に適しています。高さ15M

 それこそ桜色の花を想像していたものですから。あれっ?という反応でした。
随分地味な印象で小さな花がたくさん並んでいます。ちょっとした野草の花に似た印象です。今年は是非、本物の花と葉と木を見てみたいと思っています。ミヤマイヌザクラとも呼ばれているようですから、犬年に出会えれば記憶に残りそうです。

 いわゆる桜色ではなかったのですが、どちらかというと、こういうおとなしい静かな感じで良かったなと思っています。そして音色と花のイメージが繋がっている..と感じました。

 現在演奏に使われているシウリザクラのマイフルートは「愛の笛」という曲のために作られたフルートです。逆に言えば、このフルートの音色から生まれた音の流れが「愛の笛」という名前と繋がったのです。

 「愛の笛」という絵本については先のブログの中で紹介したことがあります。その中に現れる果敢な戦士・若者は4本の矢を放って、ついに愛の笛にたどり着きました。何を射るともなく空に向かって放たれた矢は、彼を導くように空に留まり、やがて川の近くに落ちました。

 内向的な自分の性格に苛立ち、行き詰まり、嫌悪感を抱き、投げやりになり、どうでも良くなってしまった時..彼は矢を放ちます。なんとその矢は空中に留まったままでした。彼はそれを追いかけて河辺にたどり着き、一晩を過ごします。それを繰り返していた彼の姿が教えてくれることがあるように思います。

 それは目を天に向けることではないかと...。それは自分に与えられた道を尋ね求める姿であり、示された方角に向かって歩き出すことでもありました。それは単調な繰り返しのようでありながら、なんと備えられていた愛の笛を見出す道のりだったのです。

 それは派手なプロポーズが苦手だった若者に用意されていた愛に至るためのプロセスでした。愛する人との出会いを用意していてくれる天から与えられる印。その心の思いを奏でる笛。彼は野山の自然や動物たちの鳴き声を真似ながら、心から思いを歌い、伝えて生きる道を学び笛を奏でたのでした。

 追い詰められた人生、行き詰まる心。天に放たれた矢が導いた4日間。4の数字はすべての方角を象徴しているのでしょう..人生に備えられたあらゆる道を辿り、ついに心が望むものを与えられ、それを手にし、自分を取り囲む世界から奏で方を学ぶ。これはとても象徴的な内面の旅のプロセスではないかと思います。

 空を見上げ、夕べには暗闇の中に星空を見上げ、朝ごとに旅立ち、素朴な笛を与えられ、その奏で方を自然から学び、ついにその心の思いを笛の音を通して伝える。この時の笛は杉の笛でした。

 若者が思わぬ形で与えられ、学んだ笛。この物語を伝えるフルートが、何故シウリザクラだったのか。この花と出会って、なるほど..と思います。何度吹いても、密かな問いかけを感じさせる笛です。いつかシウリザクラの花の頃に、笛を吹く時が来るのかも知れません。
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2006/2/1

竹のラブフルート  ラブフルート

2005年11月1日(火)徒然笛日記より転載

ここのところ竹のラブフルートとの繋がりが続いています
虚無僧の尺八を作られ、吹いておられる方の訪問
流れは異なるものの、やはり尺八を作っておられる方からの問合せ
演奏会での竹の音色への関心

やはり竹が自生する日本人の心には
竹の響きが心地良いのかもしれません

ラブフルートを作ろうとした最初のきっかけは
竹とレッドシダーの2種類があることを
知ったことからでした

樹を削りだして作るには
道具も乏しく、時間がありませんでした

というのもアメリカでのラブフルートコンサートに
招かれており、出発まで殆ど時間がなかったのです

何かが生み出されるときには
必ず周囲の状況と繋がって事が起こります

時間も余裕もあれば、おそらく竹で作ることはしなかったでしょう
或いは、ケーナやオカリナを吹いていなければ
ケーナ製作者のところに竹を分けてもらいに行くことはなかったでしょう

結局、初めて作ったラブフルートは竹製でした
これがアメリカで開かれたフルートサークルの会場で
彼らの興味を惹きました

後に様々なラブフルートを製作していく中で
竹はいかにも笛になるためにあるのではないか
と感じるようになりました

何よりも天然の管をもって生育するのですから
あたかも笛にしてくれと言っているようです

さらに言えば、竹はラブフルートになることを待っていたのではないかとさえ思うのです
少し大袈裟に聞こえるかもしれませんが
ラブフルートの構造を見ると
あながち大袈裟ではないかもしれないと感じられるでしょう

竹で作られた多くの笛の類は
節を抜いて作ります
ケーナの場合は下端部の節を利用して音程の調整をしますが
節を完全に残すことはありません

しかしラブフルートは節が無ければならないのです
節を貫通させず、節の前後にわずかな穴を開け
二つの穴をバードで繋ぐのです

丸い筒と節
これをそのまま生かして作られているのです
こうした構造を知ってくだされば
竹があったからラブフルートが生まれてきたのかもしれないと言いたい気持ちが
お分かりいただけるかもしれません

レッドシダーのフルートが最初に作られたとすれば
どうして管を貫通させずに塞いでおこうという発想が可能だったのか
推測することが難しいのです

でも、竹のラブフルートが初めに作られたのを見て
レッドシダーで作ってみたとなれば
なるほど塞がった構造の発想に納得できそうな気がしてきます

初めて作ったラブフルートが竹製だったことには
何か深い意味が隠されているのかもしれません

尺八やスチールフルートを吹かれる方々が
一旦呼吸を受け止め、蓄えてから
静かに節目を越えて音色を生み出す
ラブフルートに穏やかさと安らぎを感じるという流れは
しばらく続くのかもしれません



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