2006/5/31

シウリザクラツアー  ラブフルート

 今年は日照時間が乏しく、気温も上がらずという状態の中、予定通りシウリザクラを見に行くラブフルートツアーがありました。総勢5名でフルート、カメラ、ドラムを手にしながら新緑の美しい山に入りました。足元には行く先々でスミレがいっぱい待っていてくれました。
 霧の中の散策は雰囲気十分でした。澄んだ小鳥たちの囀りが心地よく、空気が濃いな〜という感じで贅沢な時間を過ごしました。生憎、足元は連日の雨でぐしゃぐしゃでしたが、とにかくシウリザクラがどんな樹で、どんな花が咲くのか気になりました。或いは、もう咲き終わってるのか..まだ咲いていないか..。

 木の胴体に名札がつけられていて、菩提樹、イタヤカエデ、クルミ、マツ、キハダなど聞きなれた木もいました!やがてシウリザクラの前までたどり着きました。ところが、花らしい姿は見えず、はるか頭上に若々しい葉っぱが見えるだけでした。小鳥を見ようと思って携行していた双眼鏡が役に立ちました。小さな蕾が見えたのです。ひとつ見え始めると、次々と見えてきましたが、どれもつぼみ状態でした。 

 まだ咲いていなかったとはいえ、とにかく自然の中のシウリザクラに出会えたことで十分満足でした。おもむろに、それぞれがマイフルートを取り出して吹き始めました。ドラムの音が森に吸い込まれ笛の音が木々の間を漂いました。

 交代でドラムやフルートを吹きました。やがて、踊りたくなったり声を出したくなってきました。人の声の重なりと笛の音の重なりの中、ふと足元を見ると、はるか頭上にあったつぼみがあったのです。強い風が、つぼみを振り落としてしまったのでしょう。ちらほらと見つかり始めると、帰り道の途中にもつぼみが落ちているところがあり、よく見るとシウリザクラが立っていました。ついには若い枝についたつぼみにも出会いました。足元にあったつぼみの中に、一つだけわずかに咲きかけた房がありました。こうなると、何とか咲いているところを見てみたいと思うのが普通かと思います。

 咲いていなくて残念といえば残念。また、足を運ぶ楽しみができたとなれば、これまた嬉しく楽しいものです。初めての出会い。楽しみにしていた出会い。次の期待を加えた楽しみ。新緑の中をゆっくりと歩き、濡れて輝く若葉たちと会話しながらの登りと下りでした..。

 3人は温泉コース。二人はハナミズキとの再会コースでした。昨年ライブのあった珈琲考房で遅めの昼食。カントリーバン入り口に植えられたハナミズキは、少し葉に元気はなかったものの、しっかり新芽を出していました。連日作業、接客、作業、レッスンの中、ほんの少しのんびり過ごしましたが、戻るとやっぱり工房作業になりました。拾ってきたつぼみ。ひょっとしたら咲いてくれるかもしれません。何とか咲いてるところを写真にとって掲載できればいいな..と思っています。
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2006/5/30

赤ちゃんに愛の笛  ラブフルート

 母から娘へ。娘から母へ。そして母から、まだお腹の中の子供へ。ここのところラブフルートがマイフルートからプレゼントのためのフルートに広がってきました。プレゼントにラブフルートを選ばれるかたがたのお話を伺っていると、ほんとに思いを込め、心を尽くして生きておられることを強く感じます。

 そのフルートが誰から、どこに届けられるのかを伺っていますと、楽器を作りながらも、人の心や思いを作っているんだな..としみじみ感じます。それはとても幸せなことです。それぞれの思いを繋ぐ笛を作るのですから...。

 自分では、そんなプレゼントをもらったことはありませんが、想像しただけでいいな〜と思います。
最近続けて、出来上がったラブフルートを手にされた方の嬉しそうな姿に接することができ、幸せ気分で一杯です。こうして新たな笛つくりのエネルギーを頂いています。

 今回は、親子プレゼントシリーズのニューバージョンです。つい昨日、若いお母さんが、お腹の中のまだ見ぬ赤ちゃんのためにラブフルートを希望されたのです。ラブフルートの音色にお腹の赤ちゃんが反応することを感じて、HPを探してやってきました。

 私には子供はいませんし、既に孫がいる年代?ですから、こういう依頼は新鮮で感動的です。お電話でお話しただけなのですが、もう自分の子供か孫のためにラブフルートを作るような感覚になりかけています。届いたラブフルートを吹く若い母親の姿。そこに届けられ、音色を響かせる..これだけで十分しあわせ気分です。

 赤ちゃんが心地よいフルートの響きを楽しみ、笛の音に誘われて生まれてくるかもしれません。
柔らかい木の音色をお腹の子に届けたいという願いを伺い、大至急製作開始ということになりました。7月誕生予定ですから、徹夜してでも早めにお届けしたいと思っているところです。生まれてくる赤ちゃんが、いつか母親の吹いていたラブフルートを自分でも吹くことがあるかもしれません。ひょっとして、お腹の中で耳にしたメロディーを吹き始めるかも...。どうやら次の世代にまで笛の音が届けられることになりましたが、果たしてさらに次の世代に手渡されるまで作り続けられるだろうか..ちょっと難しそうです。

 始めは比較的年配者の手に届けられていたラブフルートが、次第に若い世代、さらに次の世代にまで手渡されるようになってきました。木の音色に心動かし、それを喜ぶ人たちが繋がっていくのを見られるのは感謝なことです。
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2006/5/26

葉っぱ付けて、花が咲いて..  雑感

 ここしばらくさまざまな動きあり、少し駆け足気味の生活が続いています。自然分娩の大切さをお話してくださった吉村氏の講演が長沼の「大きな株」農園で開かれました。広々とした丘の上、遠くに樽前山、恵庭岳を眺め、眼下には広大な石狩平野という贅沢な環境の中、ずいぶんと色んなかたがたが集まられ、熱心に講演に耳を傾けておられました。かつてラブフルートを手にされた岡野さんから急遽依頼があり、思いがけず自然の中、音響設備なしでインディアンドラムを叩き、演奏を楽しんでききました。吉村氏は「ダンス・ウィズ・ウルブス」を5回も見るほどネイティブの音の感覚がお好きだとのことで、ご自身もインディアンドラムを叩いて楽しまれました。大きなドラムも自然の中ではかわいらしく見えました。

 この日の午後は、障害をお持ちの息子さんのためにラブフルートを希望されるご家族の来訪がありました。ご自分の呼吸が音色になる素朴な楽しさと喜びを感じていただけました。お父さんも、是非自分のラブフルートをと希望され、やがて親子で音色を楽しまれる姿を見ることができそうです。

 その翌日はパンダフル公園の集まりのための打ち合わせで、札幌市立豊成養護学校に出向きました。重複障害の方々が勉強しておられる学校です。その学校に隣接して北海道盲導犬協会の建物がありました。音響などを確かめるために試し吹きさせていただいたのですが、その音色を耳にされた方々が一斉にそれぞれの部屋から出てこられました。その中に校長先生がおられ、いろんなお話をしているうちに、ご自分も是非ラブフルートを手にして吹いてみたいということになりました。6月始めに演奏の機会があるのですが、どんな方々と出会うことになるのか楽しみにしているところです。

 この翌日は、菩提樹ご希望の方のために材料を求めてケンGさんの工房を訪問しました。彼にもボランティア出演をお願いしていたのですが、その最終確認と状況報告をしました。すると、彼は少し前に臨時収入があったので、どこかに寄付したいと思っていて、犬好きの自分としては盲導犬協会がいいかなと思って調べ、寄付したばっかりだったとのことでした。自分も盲導犬のために何かできることはないかと思いつつすごしていましたから、先を越された形でしたが、いつか自分も演奏などで協力できればと願っています。この後は、ノラ工房をお尋ねしてドラム缶を利用した面白いことをしてみたいという相談をしました。途中で、ちらっと「ハナミズキ」の姿を見かけたのですが、随分大切に囲われて若葉を茂らせていたようなのでほっとしました。いずれゆっくり会いたいと思っています。

 ノラ工房では彫金作品を作っているのですが、そこで彼女が昔作った銅と真鍮でできたカラスを見せてもらいました。あれこれ会話しているうちに、二羽のカラスは一本のラブフルートと入れ替わるという話になりました。お互い現金とはあまり縁がないので、お互いの作品交換なら何とかなるかな..と。この二人の構図を思い描くと、物々交換時代の新鮮な感覚が浮かんできました。ということで二羽のカラスが工房にやってきました。

 さらに翌日は手稲の大きな病院のロビーコンサートでした。明るく心地よくボランティアをされておられる女性たちのお手伝いがあって、スムーズに準備ができました。ここのボランティアコーディネーターの方が一本のラブフルートを希望されたことから、このコンサートが生まれました。様々な流れで病院生活をしておられる方々とわずかな時間でしたが一緒に過ごすことができました。大きなドラムや笛の音色が皆さんに元気を分けてくれたように思います。

 とまあ、何やら動き続けましたが、さらにこの流れは続いていくようです。とおりに面した小さな庭では、やまぶきの黄色、もものピンク、ぼけの赤が揃って咲いています。部屋の窓からは少し離れたところにプルーン、レッドカラント、ハスカップが花をつけています。さあ、「みんな元気に実を付けられるようにがんばろう!」ですね。
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2006/5/18

ついに会えるかも  雑感

 いよいよシウリザクラと出会うためにお出かけの準備を始めました。ラブフルート村=(村民は全国各地に点在)のお一人から今朝連絡が入り、この31日に一緒にお出かけしませんかとのことでした。まだ先のことだなと思っていましたが、気がついたら周囲は花がいっぱい。新緑も競うように現れて、賑やかな春から初夏へのドラマの始まりです。
 
 ラブフルートに出会って、シウリザクラを知って、いよいよその花の姿に出会えるかもしれない。この素朴で素敵な流れを楽しむ。ましてや、シウリザクラの仲間がフルートになって、彼らと一緒に歌を歌うことになるとすれば、幸せのど真ん中に立つことになるでしょう。

 そういう時間や場所を想像しただけでも、十分満足です。勿論、シウリザクラばかりではなく、ほかの人(木々)たちとの出会いもあるでしょうから、それもまた楽しみです。

 もうひとつ嬉しく思うのは、シウリザクラのラブフルートをお持ちではない方が喜んで場所を教えてくださり、下見をし、計画を立てておられることです。私は黙々とフルートを作りながら、起こってくる出来事に従っているだけなのです。それでいて、十分に人生を満たしてくれる出来事が待っていてくれるのです。一緒に集まろうとしておられる方々も、それぞれの場所で色んな体験をされ、それを楽しみ、喜び、ほかの人と分かち合おうとしておられます。これは確かに、ひとつの美しい音の流れ、ラブフルートソングなんだな〜と思います。

 そういえば、あのハナミズキの様子も見てこれそうですから、楽しみは何倍にも膨らんできます。運び出されたとき折れた枝を水にさしておきましたら、かわいらしい若葉が出てきました。ひょとしたら安全な場所で根をつけ始めるかもしれません。これもまた、密かな楽しみです。

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2006/5/15

菩提樹ラブフルート  ラブフルート

 シナの木(菩提樹・リンデン)のフルートを手がけることになりました。ケルトの守護樹に関心をもたれた方の注文でした。木の名前にはいろいろと専門的な事柄も含まれていて、単純な説明では心もとないのですが、とりあえずお釈迦様に関係した菩提樹とは違うことは確かです。
 
 シナの木といえば、安い材料で知られているベニヤ板の材料です。この材料が近くの知人の工房にありました。そこで早速、製作しラブフルートとして使用可能かどうか試作することにしました。削り屑は細かくしっとりしたパウダーのようでした。香りは、まさにベニヤ板のそれでした。

 何とか下準備ができて、息を吹き込むところまで進みました。そこに聞こえてきた音色は、静かで穏やかな中に、しっかりとした響きがありました。

 調べていくうちにシナの板はオーディオ関係者の間では音響に好ましい材料として使われていました。机や箪笥の引き出しに使われている事くらいしか知りませんでしたから、ちょっと意外でした。さらに調べていくと「千の用途を持つ木」とも言われていることがわかりました。素直で如何様にも合わせられる柔軟性・多様性のために、皮肉にも格別な個性のない木として扱われて来たのでした。

 マッチの軸や割り箸にもなる木ですから、軽視され粗末に扱われる感覚があります。しかし、これがラブフルートになったとき、なんともきめが細かく、繊細さと深い温かみのあるやさしい音色を響かせてくれたのです。

 木目が美しいわけでもなく、これといった特徴のない菩提樹の音色は、何故か心に静かに深くしみこんで来ます。他の木たちのような個性を感じさせない、おとなしくつまらない印象でしたが、音色にはさりげない気品とおだやかさがあるのです。少しゆったりとした休日のお昼前。好きなお茶でも飲んで、気が向いたら外に出てみようかなという静かな時間に似合うような気がします。或いは、ゆるやかな夕暮れ前の静けさにも似合いそうです。

 かなり漠然とした、たいしたことのない木。もしラブフルートにしてみなければ、そのまま軽視されて終わっていたような木。そこに秘められていた音色は、何も言わず、そっと静かに心に寄り添ってくれる..。ごく普通で、どうということのない、日常のさりげない時間のようでいて、とっても大切な時間を感じさせてくれる気がします..。甘く黄色い花が咲くのだそうです。いつか見てみたい..。楽しみが一つ出来ました。
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2006/5/13

ハナミズキ後日談  雑感

 一本のハナミズキが動いた。その後日談です。翌日には植えなければならないだろうから、連絡がきたら手を貸しに行かなくてはと、いつでも動けるように準備していたその日の夕方、カントリーバーンさんから連絡が入りました。職人ケンGさんにも手伝ってもらって無事植えられましたと..。
 
 あの桂の埋もれ木談義を書き込んでくれたケンGさんが助っ人に行ってくれていたのです。嬉しかったです!やさしいカントリーバーンのご夫妻に、これまた暖かいケンGさんが加わってハナミズキは新しい住処を与えられたのです。これはとても嬉しく、感謝なことでした。本当に良かった..考えてみたら、一本の樹のことを、こんなに気にとめながらすごしたことはありませんでした。彼らに命があることを、ここまで率直に感じたこともなかったように思います。樹を大切にする気持ちがなかったのではありません。tがだ、それが一人の人のように感じて関わる。そういう感覚は初めてでした。とても幸せな気持ちです。

 そして、そのハナミズキのために大切な時間を費やして、懸命に移植してくれる人たちがいること。その暖かい繋がりの中で生かされていると思うと、嬉しさの混じった涙が溢れてきました。

 自分の知らないところで、新たな人々がハナミズキのために動いてくれたのです。動いたハナミズキは、担がれて植えられるのを受け止めることしかできません。彼を動かしたのは、彼とともに生きている人々の心でした。

 心に思いが満ちて、ハナミズキは根を掘り起こされました。それを受け入れてくれる人との出会いがありました。さらに、その動きを助けてくれる人がいました。みんなが動いたのでした。

 昨日、工房脇に放置されていた20年以上前のドラム缶を、なんとか工房のシンボルオブジェか看板か郵便受けにならないかということで「のら工房」のA・Uさんに連絡をし、早々ドラム缶を前にして空想を語り合っていました。その会話の中で、ハナミズキのことが話題に上りました。

 その中で、カントリーバーンさんとこの奥さん大丈夫でしたか?と尋ねられました。なんと奥様は入院しておられ、退院して間もなかったというのです。そういえば少し動きが静かな感じだったけど.. 

 人力限界でようやく動いたハナミズキ。そこには奥様の手も添えられていたのです。きっとためらいながらの手助けだったと..今になって知りました。そして、確かにその手が添えられて初めてハナミズキは動けたのです。

 さらに、もう一人の手が添えられていたことも分かりました。ケンGさんの工房でこの4月から働き始めた「のら工房」A・Uさんのお兄さんも植え込み作業に加わっていたというのです。ハナミズキは私の知らない所で、手を添えてださった方々に助けられて新しい場所を与えられました。人の心を動かし、喜びと感謝と希望、新しい楽しみを伴って丘に立ちました。

 そのハナミズキは、今年は是非シウリザクラの花の咲く頃に、集まってラブフルートを吹きましょうと楽しみにしている同じ丘の反対側立って広大な石狩平野を見下ろしながら成長してくれることと思います。

 窓脇のハナミズキをバードテーブルに向かう格好の留まり場所にしていた野鳥たちは、しばらく戸惑い気味でしたが、ポイントを芽吹き始めたプルーンの樹に切り替えはじめました。

 それぞれに、人生で失ったもの、与えられたものを思い起こしながら、新たな旅を始めたいですね。
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2006/5/11

430年足す400年  ラブフルート

 430年前から作られてきたお菓子を頂きました。今の時代にも十分おしゃれな感覚で好まれる素敵なお菓子でした。今、フルートを注文されておられる方のご好意でいただいたものです。それを、樹齢400年の自然茶を飲みながら、おいしく頂きました。上品な甘さが心地よく、やさしいお茶の香りがぴったりでした。お茶は、お茶を楽しむ会主催のお茶会のときにいただいたものです。

 お仕事を終えて電車に乗って、わざわざ工房に訪ねてくださったお二人といっしょにいただきました。お一人は、お母様のためにラブフルートをプレゼントしたいということでした。連休前に来られて、帰省の際にお母様の好みのタイプを決めてもらおうと思いつかれ、何本かサンプルを取りにこられました。今回は、その返却とお母様のユニークなご要望を伝えにこられたのでした。そして、前回札幌のレッスンで一緒だったお友達も同行されました。小さくて大きな人に魅せられて、工房までこられたとのことでした。

 素朴なラブフルートが、こうした様々な事柄と繋がっているのは、楽しくもあり、面白いものです。3人でお話をしているところに、神戸のLand and Lifeの辰巳さんから電話がきました。この14日の集まりのときに、何か音のある時間をということで数日前に連絡をいただいていたのです。では、僕にできることは何かな..と考えて、手持ちのラブフルートをお送りして、少しの時間でも楽しむことができればコミュニケーションも比較的スムーズになるかなと..。お送りしたラブフルートが無事とどきましたというお礼を兼ねたお知らせでした。

 ここしばらく工房にこもりっきりでフルートを作り続けているのですが、手作りの厳しさと難しさを再確認しながらの作業です。様々な課題を持ちながら、少しでも創意工夫をし、新たな試みを続けていますが、最後はいつも「むずかしいな〜」です。

 同じパターンの繰り返しで製作するわけではありませんから、いつも新たな別のフルートを作ることになります。どんなに大変でも、このスタンスが大切だと思っています。それによって新たな発見ができるからです。毎回、あらたな緊張感があり、果たしてどんな音色になるのだろう。この子は、どこに旅立つのだろうという楽しみがあります。

 考えてみたら、今日という一日、いつも顔を合わせる親しい人との関わりも、新たな一本を作るときのように向きあえたらいいのにな、と思います。これはフルートつくり以上に難しい..と思います。でも、きっと素敵なことだと思います。ちょっと試してみましたが、新鮮な感覚で関わるのは、なかなか難しいものです...

 今日頂いた、新しいプレゼント。それは、お母様のために時間を費やし、体も心も動かしながら、一本のラブフルートの製作を依頼しようとしておられる姿でした。その姿を見ていると、笛の音の美しさには、それを奏でたり、それに耳を傾ける人の心の美しさ、やさしさがあるんだな〜としみじみ感じました。

 ラブフルートたちに囲まれた生活。ラブフルートを手にされ、息を吹き込み、心の旅路を辿られるかたがたとの出会いと語らい。それは、暖かな日差しを受けて開きはじめる春の花たちのようです。
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2006/5/10

新しい物語が始まってる  雑感

 あれほど降り積もってあちこちに山を作っていた雪たちが、いまはすっかり姿を見せなくなりました。とはいえ雪捨て場にはまだしっかり雪が残ってはいるのですが..

 朝昼晩と続けて雪掻きをしても、まだ降ってる〜。そんなことが何度もあった冬でした。さらになかなか気温があがらず春はまだかな〜と何度もつぶやいて過ごして来ました。

 しかし、いまではそんなことは嘘のように、あちこちの庭で花が咲き始めています。この当然といえば当然の変化をじっくりと思い巡らす時間がとっても貴重だと思います。その変化の根元にある強い力を十分に感じるとき、感謝が生まれ、喜びが湧き上がり、自然とともに生かされている自らの人生へのメッセージを受け取ることになるように思います。

 やるべきこと、やらねばならないことが先行した生活からは退けられてしまう静かに思い巡らす時間。それは時間にすれば、わずか数分のことです。しかし、そういう生活が身に付くための密かな決断の時というものがあるように思います。自分の頭が知っている、分かっていると思っているものほど、実質から遠くにあるという皮肉な結末を迎えないためにも...そういう時があって、そこから明らかな変化が始まることが必要なのだと思います。

 先日のレッスンに参加された方の一人が「ラブフルートを吹いて、こんなに自分と向き合ったり、自分の心を感じるとは思わなかった..」と話しておられました。自分が何かをするという方向性で歩いておられると、この感覚がなかなか感じ取れないかもしれません。内的自分に触れているということ自体がどういうことなのかに気づくことが難しいのです。それだけ、文字や言葉、あるいは様々な情報や知識を優先した時間に浸っている可能性が高いからかもしれません。

 自然と共に生かされている事をゆっくり思い巡らす時間は素敵なものですし、そこで感じたことを実際の生活の中で実践することが楽しくもあり嬉しくもあると思います。

 先にハナミズキが動いたことを書きましたが、たとえばこの一本のハナミズキになってみることで色んなことが浮かび上がってくるものです。

 自らは動けない。どうしてこんな小さな家の、軒下になんか生まれたのか。夏になれば生い茂った枝葉が畑の日当たりを妨げてしまう。屋根から雪が落ちてくれば、それを邪魔してしまう格好になる。しかも自分も思いっきり傷ついてしまう。ある日、大切な幹のひとつが、家の邪魔になるというので切られてしまった。餌台に向かう鳥たちが、周囲を警戒するために留まるためには少しは役立ってるかもしれない。家の住人はときおり、茂った葉っぱや美しい枝に感動してるのを見たことがある。様々な季節の変化、気候の変化を体験してきた。向かいの工房では仲間の木を持ち込んで何か作ってる。いろんな人たちがやってくる。そして、急に足元が掘り始められたと思ったら。今は、広い平野の端にある丘の上に立っている。まさか、こんな日が来るとは思いもよらないことだった。でも、家の人は随分前から、自分のことを気にかけていたらしい...さて、これからどんなことが待ち受けているのだろう...。

 消え去った雪。惜しげなく柔らかな花びらを広げて春の歌を歌う花たち。そして姿が見られなくなったハナミズキ。丘の上に運ばれたハナミズキ。この春にも、またまた新しい物語が待っていました。
 
 きっと、このブログに立ち寄られる方たちのところでも、新しい物語が始っていることでしょう。
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2006/5/9

ハナミズキが動いた...  雑感

 こうしてブログの原稿を書いている部屋の窓から見えていたハナミズキがいなくなりました。勿論自分の足でノコノコ散歩に出かけたわけではありません。長沼のカントリーバーンさんの所に嫁入りしたのです。このハナミズキの枝には、随分といろんな鳥たちが留まって可愛らしい姿を見せてくれてました。

 ワープロやパソコンで書き物をしている時に、ふと窓辺にやってくる小鳥たちの姿は随分と安らぎや元気をくれました。手を伸ばせば届くところにやってきたのです。ハナミズキは四季の移ろいを歌う詩人のようでした。ハナミズキの美しい葉を眺めるのが好きでした。

 このハナミズキは、あまりにも建物に近すぎて屋根の雪をまともに受けてしまうため、随分と傷ついており、このままではかわいそうだと思いつつ年を越してきました。今回、思い切って石狩平野を見渡せる丘の上のカントリーバーンさんにお話して、迎え入れてもらうことにしました。

 さて、いざ掘り起こしはじめると、なかなか手強く数日がかりでようやく動かせる状態になりました。4人かかりで、なんとか軽トラックに運び込んで見送りました。果たしてちゃんと根付いてくれるだろうか、様子が見えてくるまで気がかりな日が続きそうです。

 およそ20年かかって、しっかりと自分の足場を作り上げてきたハナミズキの移動から、随分色んなことを感じました。切り倒すのは実に簡単な事なのですが、何故いのちあるハナミズキを切り倒さなければならないのか。このままだと建物に雪と氷の負担がかかってしまうし、ハナミズキも痛みがひどくなる...。大きく育ってしまった樹木は、簡単に移動することは難しい..。堂々巡りしながら解決策がない..そんな時、幸いにも引き取ってくださる方がいて、切り倒さずに済みました。とはいえ、途中の作業はなかなか厳しく、思わず切り倒したほうが楽だ..と思うこともありました。その辛さを乗り越えたのは、ハナミズキのいのちを可能な限り生かしてあげたいという思いであり、願いだったと思います。

 大切なもののために全力を注ぐ。この素朴な時間が教えてくれたことをうれしく思いました。樹木は自分の力で移動することは出来ません。ハナミズキの移動作業をしながら、北大の倒木ポプラを2本立ち上げた方々のひたむきな作業を思い起こしました。人の心と願いが倒されたポプラを再起させたその姿を見ると、喜びと感謝が湧き上がります。一緒に生きている..と強く感じます。

 いつかこのハナミズキも、そんなシンボルとして丘に根を張り、美しい姿を見せてくれるかどうか気掛かりであり、楽しみでもあります。

 今回は最後に4人が力を合わせて掘り起こしましたが、動けないのは何も木ばかりじゃないな〜と感じました。置かれた環境、状況の中でひたむきに生きようとしてきた人の心も、ハナミズキの根ように広がってきたのではないだろうか。気がついて動かそうとしてみたところで、もう自分だけの力では身動きが取れない。年月が生み出す素晴らしさもあるけれど、ちょっとやそっとじゃびくともしない根深い傷や苦悩もあると思うのです。

 このままでは自分も関わっている存在にも負担をかけ、取り返しがつかないことになる..でも、動けない..。肉体的にどれほど移動できても、自分自身の心を動かすことができない。まるで一本の木のように..そう感じることがあるかもしれません。

 その只中で、思わぬ出来事がやってきて、根元をグイグイ揺さぶられるのです。これは大変なことになったとばかりに恐れたり、焦ったり、逃げ出そうとします。でも、自分では動けないのです。
これは必ずしも悪いことではないのだと思います。自分が...自分で..と考え続けてきたからこそ動けなかったのかもしれません。

 そんな中に思わぬ出会いが待ち受けていて、意外な状況が起こって、自分は何もしなかったのに
よいしょ!よいしょ!と担ぎ上げ、運んでくれる。気がついたら、自分の心が求めていた場所に移動していた..という。そういうことがあって、人生は次に用意された道へと向かっている..おそらく、今日移動させられたハナミズキは、いつかそういう物語を自分のそばにやってきた小鳥や動物や虫や人間に聞かせてくれるような気がしています。

 そして、汗だくになってようやくハナミズキを運んだ〜とにかく大変だったと言ってる自分に「私がおまえの心を運んだんじゃなかったかい..」とささやくハナミズキの声が風の中から聞こえて来そうです。
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2006/5/7

二風谷の人・萱野茂氏との出会い  雑感

 萱野茂氏が亡くなられたという報道を耳にし、彼に与えられた時間が終わった..と思いました。数週間前の新聞記事に、アイヌ語に関するローカルFM放送のことが掲載されていたので、お元気なんだなと思っていたばかりでした。

 実験関連の仕事で二風谷に足を運ぶようになって数年。50回以上足を運んできました。そんな中で何度もアイヌ資料館を訪ねたりしてきました。

 私が個人的に萱野氏を訪ねたのは3度ほどでした。気さくに招いてくださり、色んなお話を伺うことができました。一番の関心は、アイヌにはワタリガラスに纏わる神話の類が残されているかどうかを確かめることでした。残念ながら、彼はハシブトとハシボソのカラスの事しか知りませんでした。逆にワタリガラスの事を尋ねられることになりました。それでも、カラスにまつわる幾つかのお話をしてくださいました。

 私がなぜワタリガラスのことを尋ねるために伺ったのかお話する中で、ラブフルートのことを説明することになりました。彼はとても関心を示し、自分が持っているアイヌ資料館に展示したいので製作してほしいと依頼を受け、後にラブフルートとCDをお届けしました。

 アイヌ語でお話を聞かせてくださった時の不思議な時間と空間は忘れられない時間のひとつになってます。今度、二風谷を訪れるときは、これまでとは違った思いが心に満ちているように思います。
 
 幼いときのお話。山々や家族のお話が印象に残っています。萱野氏への感謝とご冥福をお祈りしつつ..。
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2006/5/5

天吹と小さくて大きい人  ラブフルート

 もっともっと短いフルートの続きの書き込みです。実は当方の工房に、虚無僧が吹く「普化宗」の尺八を製作したり、演奏したり、托鉢で回っておられる方が尋ねてこられたことがあります。この「普化宗」とは不思議な繋がりがあります。絵を描き、哲学を愛する知人が亡くなられるとき、何故か「あなたが持っていてほしい」と言われて遺品として所有している笛がこの「普化宗」の尺八でした。

 その後、北海道大学の倒木ポプラのラブフルートのことをNHKが全国放送した時に、それをみて興味を持たれ尋ねて来られた方が、これまた「普化宗」の尺八に深いかかわりのある方でした。
 
 さらに今年はじめに突然かかってきた電話口の方が、やはり「普化宗」の尺八と深くつながっておられるかたでした。さらに今年の春、思いがけず訪問した群馬の弁天村のお向かいにおられた方もやはり、「普化宗」の尺八を作られたり演奏される方でした。

 私がラブフルートとの対話の中で気づいて来た事と「普化宗」の真髄との共通点をどの方も異口同音に口にされたことが印象に残っています。そんな出会いの中で、とても興味を惹かれる笛の話がありました。それは武士が懐に入れて大切にしてきた短い笛があり、とてもか細い音色だが必要に応じて吹いていたものがあると..このお話を聞く以前から「もっともっと短いフルート」は製作していたのですが、いつかこのお話のことを詳しく知りたいと思ってきました。どこかに共通点を感じていたのです。

 その笛は「天吹」・てんぷくと呼ばれていました。細い竹の短い笛で、自分で作って吹くものでした。
薩摩藩だけに伝わるということと、今ではほとんど継承されておらず、わずかに愛好する人たちのグループがあるらしいことがわかりました。

 それにしても「てんぷく・天吹」とは見事なネーミングだと思います。天に向かって自らの行くべき道を尋ねるということでしょう。これはネイティブの短いフルートが天の父に捧げられると言われていることと不思議と繋がるように思えて嬉しく謎めいている所が興味深く思います。さらにもうひとつ気になることがあります。それは、歌口の部分が通常の尺八とは異なって内側にエッジが切ってあることです。これはラブフルートをお持ちの方はお気づきかもしれませんが、やはり内側に向かってエッジがあるのです。

 現在製作中のもっともっと短いフルートが、どこに旅立ってどんな音色を響かせるか想像することも楽しみですし、天吹の由来に思いをはせるのも興味深いと思います。現代社会で生きていく私たちと薩摩藩の武士との繋がりを、笛を吹くという共通した行為の中で気づくかもしれません。
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