2006/6/29

ブルーベリー  雑感

 1ヶ月程前に移植したブルーベリーの木が、今まで見たことのない新鮮な若芽を出し、葉を付けました。道路側の小さな庭から、裏の工房の近くに移し換えた途端にです。

 今年こそは葉を茂らせ、花を付け、実を付けるかな...。どうして成長しないのか不思議だと思っていたのですが、そのうち段々あきらめムードになっていきました。あれから既に8年。柿ならいざ知らず、ブルーベリーですから、そんなにかかるわけがない...。このままでは枯れてしまう..そんなあわれな姿になったので、今年こそは何とかしなければと思っていました。

 それは長年気になっていたハナミズキの思い切った移動に伴って実現しました。一本の成長した樹木の移動は、周囲の環境を大きく変えました。ぽっかりと空いた空間の寂しさをまぎらわせるようにハーブたちを移動しました。ベリー類を同じ場所に集めました。クランベリー、イエローベリー、レッドベリー、ハスカップ、レッドカーラント、ブルーベリー、プルーンたちはお互いを見ることができます。

 ブラックベリーとユスラウメとモモだけは別の場所にあるのですが...。秋になったら実を食べまくろうという感じです。まるで熊になって、冬眠の準備?みたいです。工房を訪ねてくださる方、レッスンに来られる方たちが、一口食べて実りを楽しんでいただけたらと思っています。

 それにしても、殆ど枯れかけていたブルーベリーの、あまりの変貌ぶりに驚いています。これは本当なんだ..と確かめるように、ほとんど毎日様子を見ています。こんなにも変わるものなのか..今までに見たことのない元気な姿を、嬉しさと不思議さの中で見ています。いろんな訳があるのでしょう。

 置かれる場によって実るものも実らない。実らないものも実るということを強く印象付けられました。ハナミズキを思い切って移動しようと決断したことで、ブルーベリーの思わぬ移動が起こりました。まるでここに来る時を待っていたように、一気に芽を吹き、若葉をつけ、花を付け始めました。

 場の大切さを感じます。同時に、自分が人をある場に置くこともあれば、自分自身が誰かや何かによってある場に置かれることもあります。はたして、自分は実りのない道路際の小さな庭にいるのか、それともぐんぐん成長できる場に置かれているのだろうか。それは、自分自身から伸ばされている枝に新芽や若葉や花が、そして実があるかを見れば一目瞭然なのでしょう。場を保持することだけでは花は付かない...。思い切った場の移動が、待ち受けていた新しい人生の扉を開くのかもしれません。それは見えないところで起こっている別の変化としっかりつながっているのでしょうね。去るものが、新たなものを招く。今回は、ハナミズキとブルーベリーの不思議物語でした...。
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2006/6/26

和太鼓とインディアンドラム  雑感

 先日美唄で開かれた演奏会。第一部インディアンドラム。第二部和太鼓。そんな組み合わせになりました。5〜6年前に一緒に演奏した和太鼓、獅子舞のカメサンとも久々に顔を合わせました。お互いに口にこそしないけれど、老けたな...。 

 ぎっしり貼り付けて、がっちり鋲で留め、ガンガン叩く和太鼓。その激しさ、威勢のよさ、切れのよさは強い印象を与えます。叩くという単純な動きが、こうも複雑で美しく不思議な世界を作り出すのもなのかと、改めて感心しました。2本の腕で叩いているとは思えませんでした。さらに大小さまざまま太鼓が組み合わさり、楽しい時間を過ごす事ができました。生きることの純真さ、ひたむきさに触れる空間は実に心地よいものでした。

 考えてみると、張り詰めた皮を硬い丸棒で強く叩くのですから、かなり強い音が生まれます。音とは空気の振動であることをまざまざと見せてくれました。全身音の波に包み込まれている、そんな空間でした。いや、包み込まれるというより、呑み込まれると言ったほうがいいかもしれません。

 和太鼓の強さとは対象的なインディアンドラムの響き。しかも単純すぎると言いたくなるようなリズム。硬い撥ではなく、皮で包まれた綿や布のマレット。強く張り詰めた皮ではなく、両面を皮紐で縛り付けただけの太鼓。実に対照的な太鼓の世界でした。

 和太鼓に合わせて甲高く鳴り響く横笛。これだけで賑やかな祭りの空気が生まれて来るのですから、音の持つ力は大きいと思います。音には人の想像性を刺激する強い働きがあるのだと感じます。

 和太鼓は、村や里。インディアンドラムは広い空間、大陸的な空間とのつながりを感じます。そして、笛の音にもそれぞれの世界につながる印象があるように思います。

 どうやら音は明らかに風土と繋がって存在するということなのでしょう。音色と風土は切っても切り離せない関係にあるのでしょう。それは音に限られた訳ではなく、形や色彩、言葉も風習も..いやその全ては生かされている場、土地とのつながりの中で育まれているのでしょう。

 以前、私の製作したラブフルートを持っておられた方が、北海道で開かれたインディアンの方たちとの交流の際に、ラブフルートのトレードを申し出られたことがありました。本場のインディアンが、何故日本人の製作したラブフルートを望んだのでしょう。結局彼はお気に入りのマイフルートを、アパッチインディアンのたっての希望に応じて交換したのでした。親交を大切にしたいという思いと、「この笛はアジアの響きがする」という言葉が彼を動かしたようです。

 このエピソードから感じるのは楽器は風土と人間とが繋がって響くものだということです。その響きを、誰が何処で、どんな状況、どんな内面的状態のときに聴いたのか。これも一つの要素ですが、もうひとつは、その響きが吹き手や聴き手が生かされているその場との繋がりを持っているかどうかではないかと思います。

 さらには、その繋がりをどんな形で受け取り、表現するかでもあるでしょう。強く、激しく、鮮明になのか、静かに、優しく、深く、無に繋がるのか。静と動、陰と陽。対峙する要素との調和。さまざまな可能性が引き出されてくる世界があるのだと思います。

 たぶん生涯模索しながら、許される間はラブフルートを作るのだと思うのですが、いつか日本の風土に育まれた人たちが、風土の中から生まれたラブフルートを奏でた時、インディアンたちがその音色に触れ、互いの深い心の繋がりを感じる...そんな時が来るかもしれないな..と。独自性、唯一性は、より普遍的で本質的なお互いの繋がりに気づく入り口なのだと...。
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2006/6/22

チビチビシウリの旅立ち  ラブフルート

 シウリチビチビラブフルートが歩き人さんと旅立ちました。ラブフルートを求めて工房にこられたトシ小島さんが地元駅前の石作りホールで演奏のとき、フルート製作者として紹介してくださった。その時会場にいたのがケンGさん。数日後に木工の勉強もかねて工房を訪ねました。そこで、マキになろうとしていた桂の埋もれ木と出会ったのでした。ひび割れてバードやケースのボタンになった桂の埋もれ木はフルートとして旅立てるのは残り一本だけになりました。

 この時の出会いは、彼が吹くディジュリドゥーとの出会いでもありました。何度かお会いしているうちに、時折演奏に参加して楽しみませんかと声をかけました。それ以来、何度も参加してくださり、いつしか隠れレイバン・ケンGとして活躍しています。

 そんな繋がりの中で、ごくごく最近「歩き人ふみ」さんがケンGのところから、歩いてやってきました。ベビーカーに重たいディジュを積み込んで日に焼けた顔でひょっこりこられました。子連れ狼ならぬディジュ連れおじさんでした。

 あれこれと旅の話を聞いて楽しみながら、お返しに木の笛ラブフルートの紹介と演奏交流。昼食を一緒に食べて、再び会話。そんな中で、ラブフルート体験を始めました。どうも笛は苦手なようで、どことなくディジュ吹きスタイルのラブフルートになっていました。そこで、優しく接したくなるようなチビチビラブフルートをお渡ししました。持っていたディジュの中にすっぽりとおさまる可愛い奴です。

 それもまた指の穴で苦労しておられたのを見て、何故か一本だけシウリザクラで4穴のチビチビラブフルートがあったのを思い出し、お渡ししました。たった一つ穴が減っただけなのに、歩き人さんは急に生き生きと吹き始めました。

 それは小さいけれど、できるやつといったイメージで、なかなか体に似合わぬしっかりとした響きをする笛でした。試し吹きをしていたとき、オリジナルスケールで作ったのに「愛を知るために生まれてきた」というオリジナル曲が吹けちゃうことに気づいたのです。そうなるように意図して作ったわけではありませんでした。出来上がってみて6つの音で生まれてくる流れを辿っていたら、そうなったのです。

 工房に来られてこの子の音色が気になっておられた方は少なくありませんでした。果たして誰と旅をするのかな..と思っていた笛でした。なんと、ドラムに合わせて吹いているうちに、リコーダーが大の苦手で、先生にやり直しをさせられたりして、いい思い出がない..と回想しておられた歩き人さんの目つきが変わってきたのです。

 やがて彼はチビチビシウリラブフルートを吹いてみたい、これが欲しいと口にしたのです。決して無理はなさらないで..とお伝えしたのですが..いわゆる一目惚れでした。こうして、突然やってきた、文字通りの旅人さんが、シウリのおちびさんと旅立つことになったのです。

 お会いした記念に、柿渋染め仕上げをプレゼントすることにしました。仕上がりに一週間待っていただいたのですが、価格はそれなりですから、ほんとに大丈夫ですか?旅では何かと物入りでしょうし..と。

 彼は1週間後に約束通り、もっともっと短いシウリザクラのラブフルートを引き取りにこられました。今の彼にとっては貴重な現金を使って求めた笛。大の苦手な笛を、旅の友にしよう思ったのはなぜなのでしょう...あの4穴のチビラブフルートが「愛を知るために生まれてきた」という曲を奏でたのはどうしてでしょう。
 
 少なくとも、彼はその笛とであって、確かに今までにはなかった時間を過ごすことになるでしょう。そして、今までには生まれなかった新しい会話、新しい出会いを知ることになるでしょう。無心に笛を吹く彼の姿を見て、心を動かし、声を掛けて来る人たちがやってくるのだと思います。いつか柿渋がいい色になった頃に、またお会いできるかもしれません。

 動けるうちは動く旅を..動けなくなったら、動かない旅を....。自分から動くとき、向こうから動いてやってくるとき..どちらの旅もそれぞれに楽しいものですね...
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2006/6/20

小鳥の歌  雑感

 新緑の山でシウリザクラの花を見た..その余韻はふとしたときによみがえります。気の早い話ですが、来年も見に行けたらいいな〜と思うだけで、どことなくしなければならないことをスーッとこなせそうな気分になります。実のなるころに、出かけようかなと書いていたのに、もう来年の話を書き始めてます..

 というのも、夏至が目の前にやってきたからです。日が長くなってきたな〜と思っていたら、もう日が短くなる転換点に来てしまった..。自然に目をとめると、のんびり、ゆったりというイメージが消えて、グングンと流れる雲のような変化に気づきます。穏やかに、そして速やかに動いています。

 確かに、あの可憐なスミレたちが一気に姿を消して、シウリザクラが咲いていました。今度行くときは、また違った顔を見せるのことでしょう。そうした変化は、自分自身にも当然のように起こっています。

 こうした時の流れを感じるとき、人生はまさに音の流れのようだな...と思います。瞬間はたちまち過去になり、次の流れが生まれてくる。心のさまざまな変化は、さーっと流れる時の中のリズムであり音色であり、メロディーであり、ハーモニーなのだと...

 シウリザクラを見た山の中で、もう一つ印象に残ったことがありました。それは、エネルギッシュな小鳥たちのさえずりです。いつものように、ああ小鳥たちの歌声がきれいだな〜と口にしていました。そのうち、ラブフルートの物語を思い出したのです。彼は獣や鳥たちや風や木の葉ささやきから笛の吹き方を学んだのだと...。そう思って、改めて小鳥の鳴き声を聴いてみると、その愛らしさ、巧みさ、全身を振るわせる力強さ、美しさが迫ってきました。

 自分の吹く笛が、とても稚拙で貧弱だと気づいて、ひるんでしまいました。純粋で周囲の自然と溶け合ったさえずりを聴きながら、自分がどんな風に笛を吹きたいのか気づきはじめたようです。十分に受け取る時間の大切さを痛感しました。

 そういえば、つい先日庭にやってきた小鳥。それは、そこにいるだけで、美しいメロディーだったように思います。シウリザクラが招いてくれた小さな山道の散策は、素敵なプレゼントがいっぱいでした。さあ、また出かけるときが来るように、今日一日に与えられていることを受けとることにしよう...。
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2006/6/15

ついに見てきました  雑感

 ほぼ一年かかって、ようやくシウリザクラの満開の季節に山に入ることができました。最初に山に登ったときは、つぼみが固くなっていて、もうしばらくかかるな..と思いました。それでも、強風で引きちぎられた蕾を拾ってこれましたので満足でした。それと同時に、あの蕾が開いたらどんな感じなのかな..と気になっていました。

 シウリザクラの材料が手に入るまでに約1年待ち、花と出会うまでに7〜8ヶ月。やっぱり見たい!

 天候が気になる毎日でした。そしてついに休日の午後、夕方近くの穏やかな時に山に入ることができました。すると、下見の時には気づかなかったところに白い小さな花をびっしり咲かせたシウリザクラがありました。山に入って5〜6分のところでした。

 下見の時には山道の両脇にスミレがいっぱいでしたが、可憐な姿はすっかり消えていました。薄い紫の花たちは、清楚なシウリザクラにバトンタッチしたのでしょう。これからは、何度かシウリザクラを見る機会があるのかもしれませんが、この初めての出会いが、何よりも深く懐かしい思い出になるだろうと思います。

 美しく輝く新緑の山で出会ったシウリザクラの花たちの姿は、その音色に触れるたびに鮮やかによみがえります。目で見て心に焼き付けた花たちの記憶と息を吹き込むと同時に響くシウリザクラフルートの音色。それはいつも同時に浮かんでくるのだと思います。花に触れたことは、その音色を深く感じるために大切な体験だったと思います。

 少し気の早い話ですが、花たちが実になり色づくころを楽しみにしています。その時は美しい紅葉の中を散歩することになるでしょう。ひとつの木とであったことで、それを喜び、楽しみ、分かち合う。そんな時間の中で共にすごすラブフルート村の面々との散策もまた楽しみです。

 シウリザクラの姿はHPのHomeでご覧ください。6月いっぱい掲載します。
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2006/6/11

アイヌの笛  雑感

 アイヌの笛がありました。アイヌ資料ビジュアル版に掲載されていました。今ごろ知ったのかと言われそうですが、そういえばそれに近い小さな笛を頂いた記憶があります。それは、写真のものよりも発達した構造でしたが...か細く、かすかな音色がけれど、いいな〜と思って吹いていました。
 
 以前、二風谷の萱野氏宅をお尋ねしたときは、ワタリガラスの神話との関わりを調べることが中心でしたから、楽器の話は出ませんでした。また、いわゆるムックリとトンコリが知られているし、それ以外はないと思い込んでいましたので敢えて尋ねることも思いつきませんでした。

 ところが、笛があったのです。それは、あまりにも素朴な笛でした。笛と呼ぶには、あまりに原初的な姿をしていました。イタドリという何処にでも生えている植物の枯れて硬くなった茎を斜めに切り取っています。それだけです。

 しかし、よく見るとちゃんと節にあたる部分を底にして残してありますから、単なる突き抜けた管ではありません。どちらかというと、サンポーニャやパンフルートの一本を取り出したような印象です。ただし、歌口、吹き口の形状はかなり鋭角です。また、両側から切り落としていますから、ちゃんと口を当てて拭きやすいように工夫してあります。ただ、これを口にあてたまま転んだ子供は、ひょっとして血だらけだったかも...という形です。

 かなり素朴な構造ですが、アイヌに笛があるというだけで嬉しくなります。北海道の大地でイタドリの笛を吹くアイヌがいたというだけで、思い描く情景が変わってきますし、楽しいものです。やっぱり笛があったかと思うと、何故かほっとします。ムックリにもトンコリにも、歌にもない世界が笛にはあるからです。

 おそらく切り口の角度や管の長さや太さで音程は違っていたでしょうし、吹く強さでも変化はあったと思われます。とても、笛つくりのアイヌが規格品を作り、チューナーで合わせたものをお祭りで売っていることはなかったでしょう。すぐに割れてしまいそうな素材ですから、ひとときひたむきに咲いて散る花たちのように、その時だけの音色が周りで響いていたことでしょう。構造から想像すると、小鳥たちとひとつになるような響きだったのではないかと思われます。
 
 写真で紹介されている笛は、かなり短いものですが、中にはそれなりに太いものや長いものを見つけて鳴らしていたアイヌもいたかもしれません。どんな時代、どんな世界にもそういう人はいるものですから..あれこれ想像を掻き立ててくれるアイヌの小さな笛を知ったことで、南の国、薩摩の「天吹」にも通じる笛の道もあるような気がしてきます。

 竹製で歌口が逆切り込みになっている天吹、底を残した管を吹くアイヌの笛。ラブフルートがかつて、底のある笛だったという資料と合わせると、興味が湧いて来ます。こうなると、日本の中間地帯にバードという構造をもつ笛に近いものがあるかもしれないという都合のよい空想も生まれて来ます。

 今年の秋は、枯れたイタドリでアイヌ笛を作ることになりそうです...ひょっとしたらアイヌ式パンフルートの類ができるかもしれません。
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2006/6/8

呼び名  雑感

 イチイをオンコと呼び、さらにアララギと呼んでみる。ニレをアカダモと呼び、或いはエルムと呼ぶ。青森ヒバをアスナロと呼び、シナの樹を菩提樹と呼ぶ。七度かまどに入れてもまだ残っているからナナカマドと言われているけど、実際はよく燃える...。

 ひとつの樹木が、様々に呼ばれ、そうだと思われていたことが事実とは違う。こういうことをゆっくりと考えていくと、人もまたいろいろな呼び方をされて生きているし、事実とは違うことが、それらしく伝わっていることがあるな..と気づき始めます。

 つい先日、近くの山にシウリザクラを見に行ったのですが、ウワミズザクラとかイヌザクラという似たような花をつける桜たちがあるらしいのです。図鑑にかいてあるのだから、らしいという必要はないのでしょう。しかし、さらに別の資料を調べていくと、ちょっと違うな〜と思う内容にぶつかることも少なくありません。ということは、知ったかぶりはやめて、まずはじっくり眺めているのがいいのかもしれません。

 多分、人生の中の色んなところで、勘違いしたり、間違ったり、思い込んでることがあるのだと思うのです。確かに、自分のことを色んな呼び方をする人たちがいて、勝手にそれが増殖していくことがあります。しかし、その極みは、自分が自分自身を誤解していたり、勘違いしていることかもしれません。

 人は、かなり身勝手に相手のことを決め付けたり、信じ込んだりしながら生きているのかもしれません。本当のところは分からないのに、想像と事実とを一緒にしてしまうのです。そういうお互いが会話をする。それは形としては会話ですが、実際はそれぞれ自分が思っていることを主張したり、確かめる作業になりかねません。

 基本的に人は自分が否定されることを好みませんし、望んではいません。ですから、否定されるようなことを言われると、そんなことはないと言いたくなります。相手の見方のほうがおかしいと..思いたいものです。こういう性質を根元に持ちながら、相手のことを批判的に感じる生活を続けていますと、ほぼ確実に自分自身を誤解しながら生きていくことになるだろうな..と思います。

 何か言われれば、そういうあなたこそそうじゃないかと..。でも、相手の問題を指摘しても、自分自身が変わるわけではないし、問題がなくなるわけじゃない..。さて、自分はどんな風に、与えられた人生の時間を辿ればよいのだろう..。笛を吹いたり、吹き終わるころ、しばしばこういうことがさーっと漂って来ることがあります。

 みんなで見たシウリザクラは、ひょっとしたらウワミズザクラだったのか、それともイヌザクラだったのか。図鑑を見ればわかるというより、見てしまって逆にわからなくなってしまいました。太い幹に付いていたネームプレート。それを信じるしかない?

 はてさて、一本の樹木の見分けも付けられない、判別のポイントがわからないとしたら、果たして自分という存在が何なのかを知ることなどできるのだろうか?

 こういうときは、自然の中に出向いて、それとなく歩いてみるのがいいのかもしれません。アリたちが枝の内部を食い荒らし、それをキツツキが穴を開け、そこに風が吹いて、何か音色が聞こえてくるかもしれません。そして、自分自身が何者で、どこに向かっているかをそっと教えてくれるかもしれません...。自分に相応しい、秘密のネームプレートを首にかけてくれるかもしれません。
 
 ということで、この週末は何としても時間を見つけて、あのシウリザクラ?の住んでいるところまで出かけてみたいものだと思っています。
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2006/6/6

よいん  雑感

 余韻。これは一つの大切な感覚なのだろうと思います。以前書きました400年前から生きている自然茶や430年前から作られてきたお菓子。そんなお茶とお菓子との出会い。それは瞬間の感覚をゆっくりと広げる知恵を伝えてくれました。

 先へ先へと向かう時代の流れの中で、踏みとどまり、じっくりと思い巡らし、受け止める時間。果たして自分の生活の中にどれくらい、そうした空間があるのだろうか。知るとか分かるという反応に忙しくて、それが自分自身の中で生きて働いていることを味わうことが欠落していけば、いつしか心は空虚さに直面するように思います。

 頂いたお菓子を食べながら、やさしく、さりげなく、それでいて深い余韻を感じさせる甘味に触れているときの充足感を感じます。そして長い年月をかけて育まれてきた茶葉をお湯に浸して飲む。こうしていると、自分の粗雑さや軽率さがふっと浮かんできて、そんな自分に随分と貴重な菓子やお茶が与えられていることにもったいなさを感じます。

 尊い時間を凝縮したような世界。それをありがたく、おいしくいただけるのは嬉しく、幸せなことです。ああ、自分の笛もこの甘味のような余韻を感じさせるようになればいいな..と。お茶の香りのように質素で奥深く漂うものが生まれてくればいいな..と思っている自分がいます。

 手にして豊かさを感じ、吹きながら静かな流れと力を受け取り、吹き終えて安らぎとひそかな喜びを感じる笛。それを生み出すのに十分な樹木の仲間たちがちっぽけな工房にもやってきてくれます。
 
 大変な思いをして生まれてくる自然茶。培われた菓子の深い味わい。その仕事人たちから学べることを瞑想し、感謝しながら、残された時間の中で笛とすごしたいものだと思っています。いただいたお菓子は、工房にこられた方に順番にお出ししています...あっ!残り4個だ...
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