2007/4/25

春の鴨カップル  雑感

 数日前、今年一番の春の陽気に誘われて30分ほどくつろぎの時間ができました。このところ急に動きが慌しくなり、一体いつ休息すればよいのだろうと思う気持ちにすらなれずに過ごしていましたから、とても貴重な時間でした。できればもう少しくつろぎたいな〜と思いつつ引き上げました。

 市内の図書館の傍に池があり、小山があって、いろんな犬たちが散歩していて、今年もきっと美しい桜が見られるだろうと楽しみにしている。そんな場所でのひと時でした。

 昼食はここにしようと思い立って出かけました。風はやや冷たいものの、日差しはとても心地よかった。ふと見ると、池にはカモたちが3組ほどいました。コガモのカップルたちです。

 彼らの様子を見ていて、あることに気づきました。彼らは声も出さずに、絶妙なコンビネーションで池を移動していたのです。二羽の距離感は見事でした。くっつきすぎず、離れすjぎず...。一緒に移動していたかと思えば、いつしか別々の動きをする。それでいてちゃんとお互いを見ているのです。

 考えてみると、動物たちの行動には言葉はないけれど、不思議な絆があることは珍しくありません。どうやら以心伝心などと口にする人間たちは、動物たちこそ大先輩ではないかと気づかなければならないのかもしれません。

 言葉はとても大切なものであり、必要なものであることは確かでしょう。それによってどれほど人はすばらしいことを成し遂げてきたことでしょう。ですが、醜く愚かな事もまた言葉から生まれてきたように思います。たった一言で支えられる人もいれば、たった一言のために苦渋をなめ、苦悩や悲劇を背負うこともあるのだと思います。

 言葉を口にしているときよりも、沈黙しているときのほうが、よくよく物事を考えているし、相手のことや自分のことを考えている。そんな気がします。ラブフルートとのかかわり方にも、同じようなことが言えそうです。まずは深いところにまで息を吸い込む。沈黙や静けさや思い巡らす時があって、息を注ぐ。音色が響くことと、音色が消えて静けさの中に佇むこと。それはどちらも大切なのだと思います。
フルートを吹くことのできる生活もよし、吹くことの出来ない生活もまた次の流れに繋がって行くことでしょう。

 今年の春は、まず鴨カップルからメッセージをいただきました。工房のバードテーブルにやってくるヒヨドリたちは、やたらと鳴き交わしてうるさいときがありますから、鴨を見習って少し静かにしてみたら..と明日の朝話してみることにします..。
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2007/4/10

わずかだけれど大きく変わる  ラブフルート

 0.3mmで変わるラブフルートの音色。プレートの厚みの違いについて書いた内容に興味をもたれてオプションのプレートを使われた方が感想を伝えてくださいました。表現の仕方は、さまざまです。シャープとソフト。外向的と内向的。強さと優しさ。明るさと静けさ。二つのプレートを比較すると、こうした印象が残るようです。

 これをノンプレートにするとさらに別の感触が生まれます。一本のフルートから多様な音のイメージが生まれてきます。さらにバードの歌口周辺の形状によっての変化もあります。もちろんバードとプレートのポジショニングによる変化もあります。

 これらに加えて本体の樹種による振動の伝達率と振幅の違い。息によるアプローチの違い。樹木の持つ、湿度や温度に対する変化の度合いも違いを生み出します。ですからこのフルートを手にされた方が、まるで生きているみたいと感じられるのは自然なことかもしれません。

  ラブフルートが、その時間、その瞬間にどんなメッセージを届けてくれるのか。それを感じ、聞き取る心が伴うとき次の旅路を感じ取る気づきがあるように思います。

 これがこのフルートの音色だと思って吹き続ける..。ところがほんの少し厚みの違うプレートで吹いてみたら、違った響きが生まれてくる。わずかな変化ですが、フルートの体内を吹き抜ける息も、吹き込む息もすべて変化します。大げさに感じるかもしれませんが、プレート一枚で明らかに心の状態が変化し始めます。

 一枚のプレートを通してマイフルートが自分を形成していくという視点から考えてみることも興味深いものです。それと同時に、自分自身の心のポジションを微妙に変えることで人生に新しい風が吹き込み始めるとも言えそうです。

 長く思い続けてきた自己認識が変わり始めるとき、この世界も人生の意味も大きく変化し始めるのだと思います。あらゆる事象を認識しているのは自分自身ですから、たとえわずかでも自分が変わるとしたら大きな変化が生まれることでしょう。その大切なポイントは、一つのことに純粋に関わることではないかと思います。作為性や目的意識、価値や意義といった視点を忘れて、単純に一つのことをし続ける。そうした場や時間の中に人生の秘密が隠されているような気がします。

 これまで使い続けてきた人生のプレート。馴染みながらも気がかりだった自分自身の問題と向き合い、自分の心に欺瞞や無理のない響きとはどんなものなのか...。旅の途上の友たちに感謝しながら、新しい息を吹き込んでみようと思う春が来ています。

 30分もいたら全身が凍え、指が動かなくなる公園トンネルでのレッスン。今年になって3度足を運びました。自分の心が何を求め、何を喜び、どこに向かっているのかを静かに思う時間になりました...
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2007/4/1

風のささやきを聴け  ネイティブアメリカン

風のささやきを聴け Catch the whisper of wind 
チーワ・ジェイムズ=編  ハーディング・祥子 訳
 
 じっくり一年かけて読み進めてきた、今を生きるインディアンたちのスピリットという副題のついた書物。めるくまーるから2000年の9月に出版されています。わずか300ページたらずですから、一年かかるような文字数ではありません。56名のネイティブの方たちの体験などを取材したものがまとめられています。

 これをほんとにゆたっりした気分の時にいただくお茶のように読み進めてきました。何時の頃からか多読乱読スタイルから、のんびり熟読に変化した読書スタイル。凝縮された個々の人生の貴重な体験を自分なりに咀嚼しながら読み進めてきました。

 そこに記されている言葉は、古くて、小さくて、暗い小屋に差し込んだ柔らかな光のようでした。それがどこからやってきた光なのかは分からないけれど、確かに狭くて暗い空間に届いたような気がしました。それは、悲しく暗く悲惨な歩みを強いられたネイティブ・アメリカンたちが無残なまま葬り去られてはいなかったことを静かに伝えているように感じました。

 私が初めて出会ったネイティブアメリカンの人は、演奏家のカルロス・ナカイでした。それ以外は間接的なお話を伺ったり、書物や写真での接点しかありませんから、ほとんどがイメージの中でつながっています。そのイメージを現実とつなげてくれた書物。そんな気がします。

 登場人物一人一人が持っている豊かさと尊さを感じたことで、身近な方々との出会いにも新鮮で大切なものが詰まっていることを再確認しています。

 この4月からは別の書物を読み始めました。これもまたじっくりゆっくりの旅になりそうです。
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