2007/5/22

その瞬間の連なり  ラブフルート

 音楽が遠くに行ってしまったな...という感覚。それはガイアシンフォニー第6番を見た率直な感想でした。先鋭化され、特殊化された世界は、凡人の日常とは別世界になる。それは思想であれ、宗教であれ、芸術であれ、似たような状態が生まれてくるものなのでしょう。

 映画はすばらしいものでした。いろんな触発をいただいて帰ってきました。それぞれが必要な自分へのメッセージを受け取る機会になるだろうな..と。

 私の場合は、ラブフルートを作ったり、演奏したり、レッスンしていることを改めて考える機会になりました。多分、中心にあるのは一輪の花のように生きることかもしれません。花という不思議な存在から受け取るメッセージはたくさんあって書き尽くせませんし、まだまだ気づいていないこともたくさんあるのだと思います。

 今回は、その中のひとつにだけ光を当ててみたいと思います。それは周囲からの賞賛や評価とは無縁だけれど、素敵な輝きや色合い、美しさを与えられて生かされている。その喜びと感謝をそっと分かち合うことです。

 たとえ一瞬でも、自分の息と木が生み出す音色の美しさに触れることができたなら、言葉にならない喜びや深いところから湧き上る勇気や感謝が心を満たすでしょう。その時、自分が出会った笛が何故ラブフルートと呼ばれているか気づくかもしれません。

 美しい響き、音色はそれを生み出しているその人と木の笛がひとつになって生まれてくるように思います。それは、樹木の美しさと、それを感じる人の心の美しさがひとつになる瞬間のことではないだろうか...。

 人生に備えられている喜怒哀楽のうねり。その意味が凝縮されて輝く。その輝きの連なり、その化身として笛の響きが見えない空間を満たす..。そのことが、ごく日常の中で手にしたラブフルートとすごす時間の中に生まれてくる。そこに一輪の花が咲く。その花たちが人生の旅路を誘ってくれる。密やかな感謝が道端に咲いているこの道はどこに向かっているのでしょうか...。
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2007/5/22

ほどほど  ラブフルート

 ある日、旅立った胡桃の長いラブフルートが里帰りしました。息を吹き込むと音のバランスがバラバラでした。自分の作ったフルートが、どうしてこんなことになったのか..しばし戸惑い、あれこれと要因を考えながら、メンテナンスのために手をつける時期を探って来ました。

 そのままではどうしてもまとまらないので、思い切って音程を変更してアプローチすることにしました。いざ手をつけ始めて気づきました。トーンホールがオイルのためにバランスを失っていたのです。息を吹き込むことが乏しいうえに、オイルでの手入れをし過ぎたために胡桃の響きが弱くなっていました。内管のトーンホールの内部周辺にオイルが付着し、音程がばらつき、透明な響きも失われていたのです。

 ややしばらく手を掛け、音程を半度上げて全体のバランスをようやく取り戻しました。過保護という言葉がありますが、まさにそれそのものでした。今回のフルートは、新たなスタンスで依頼者の手に渡るために必要なプロセスを辿ったのだと思いますが、過度の手入れはフルートを駄目にしてしまうことがよくわかりました。

 適度な手入れ。それは全てに繋がる大切なことのようです。
 
 はてさて、旅立ったフルートたちはどんな境遇で過ごしているのだろうか?ラブフルートの名にふさわしい道を辿っていてくれるといいな..と思います。バードとプレートのポジションが生み出す微妙な響きが定まらないまま、だめなやつだと言われていないだろうか..。よわっている子がいたら、里帰りして元気になれるかもしれないな..などと考えながらのメンテナンス作業になりました。
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2007/5/17

新緑美  雑感

 手稲山の残雪を背景に新緑が埋め尽くす山々。好きな風景のひとつです。ここは写真にはしたくない、そんな風景がいくつかあります。うっすらと太陽が出ているときに、ふわふわと浮かび上がる新緑の心地よさが全身を包み込みます。

 このまま山の中に足を踏み入れてゆったりと散歩したいな...と思いつつ、難しい仕事の打ち合わせに向かいました。この週末は雨らしいので、新緑の中を歩くのが楽しみです。雨粒と新緑が生み出す空間は心をたっぷり満たしてくれそうです。ですから、たとえ30分でも森や林に出かけてみようと思っています。

 この時期の北海道は枯れ色の中から湧き上がるように花や木々の芽が出てきますから、もうそれだけで嬉しいし、楽しい..おにぎりの具材をどうしようかと楽しみながら、卵焼きと漬物一切れにお茶を用意して近場の川原に行ったり、公園を散策する。久々にあたらしいメロディーが生まれてきそうな予感がします。

 どのフルートを持って出かけようか..気がついたら随分種類も増えています。どのフルートも結局ライブで使いますから、どうもプライベートなフルートがない..。どれもそれなりの良さを持っていますから、曲想にあわせて使い分けています。特に最近は一曲一本という感じになっています。

 どうやら今年は、演奏に使わない、自分だけのフルートと出会う必要がありそうです。不思議とフルートもメロディーも、他の人に聴いていただくというスタンスになると変質するような気がします。一人で使う、一人だけの音の流れが必要なのではないか..。それは独りよがりや孤立を意味するものではなく、自分が生かされている意味を知ることに繋がるような気がします。

 人は結局誰にも知られず、触れることのできない自分だけの道を辿りつつ人生を終える。そういう部分をもっていて、そこのところで自分はどう生きるかを問われ、それに答えて旅しているのかもしれません。

 うつろい行くけれど、確かにいまそこにある新緑の美しさ。彼らは、何か大切なメッセージを送り続けているような気がします。それは生まれてくる音の響き心の揺らぎと繋がるものかもしれません。
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2007/5/15

桜・人・鳥  雑感

 市内の図書館では年に2回図書のリサイクル市が開かれています。自分が読み終えた図書を投函し、それを他の人たちが読む機会を提供するというものです。大半のものは無料、残りは10円から20円で売られ、その資金で新しい書籍を購入するという流れです。

 昔は貸し本屋さんがあって、5円とか10円で一週間ほど借りて読んだのですが、さすがにそれはなくなったたようです。調度桜が綺麗な頃でしたので、一挙両得とばかりに出かけてみました。そこで見かけた光景は、少し残念に思うものでした。

 天候のことも考慮して狭いスペースでの開催になっているのですが、無料本コーナーは押し合いへし合いで方向転換さえままならない状態でした。また、無料本を手当たり次第に大きなバッグに詰め込む人が多くなり、ますます身動きが取れませんでした。

 ボランティアの方々の思いを生かすという気持ちより、ただで欲しいものを手に入れることに夢中になってしまうバーゲン売り場の闘争に似た光景は少し残念でした。お年寄りや子供への配慮、狭い通路を移動する時にお互いに声をかけて譲り合うことがあまりに少なくて驚きました。

 自分に必要なものは、必要なときに必要なだけやってくる。もしくは他の人のためにやってくるものもあるから分かち合おうといった空気が欲しかったな..と感じました。私はといえば、旧漢字が混じってカラーは表紙だけで、あとは質の悪い紙に印刷された古臭い文字とイラストの入った漬物300品という本を無料コーナーで見つけて十分満足させてもらいました。

 率直な気持ちとしては、ただでいただいたものに対する感謝とか気持ちを表すコーナがあってもいいのかなという感じでした。

 そんな一角から少し離れると、繊細な色彩が一面を覆っていました。楽しみにしていた桜たちでした。それは花曇の空に見事にマッチしていました。風光明媚な桜並木とは違って地味な世界でしたが、平凡な感じが心地よく感じました。ふと桜の花びらを見上げると巣作りのために古びたこけや細い枝を懸命に集めているアオジやコムクドリが桜の枝にやってきたり、ヒレンジャクたちが虫をついばむ姿が見えました。

 そんなひと時に十分満足し、恵み野グランドキャニオンでしばしフルートを楽しみ、出来上がったラブフルートを引き取りに来られる方との待ち合わせ時間に遅れないように引き返しました。美しい桜たちの中で、人間たちも美しい心の花を咲かせることを思い見る。そんな季節になればいいですね。
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2007/5/10

きつつき人間  雑感

 季節とともに人も動きだす。いろんな方々のブログに目を通しているとエネルギーを感じます。小さな工房にこもって黙々と作業をしている毎日が続いていますが、周囲に花が咲きはじめ、新緑が小鳥たちと歌い交わすのを見ていると、めったにないのですが時に気分転換をしようかと思い立ちました。

 ほんの少し早めに作業を済ませて、昨年の秋にいただいたイタヤカエデの丸太で遊ぶことにしました。トーテムポールにするには短すぎるので、庭のオブジェらしきものを手がけてみることにしました。

 木を扱う仕事を終えて、またまた木と向き合うという不思議な気分転換なりました。厚い皮を剥がし、四角い穴を開ける。当面の目的はそれだけです。イタヤカエデの独特の香りを楽しみ、ノミと木槌で削り始めました。なかなかの力仕事なのですが、何故か心地よい...。ノミと木槌と手の動きが一体化して心地よいリズムを刻んでいるときの感覚が楽しいのです。

 友達の彫刻家は、こんな楽しいことをやっていたんだな〜と思ったり、啄木鳥たちがどれほど優れた能力で木に穴をあけ、中に巣を作っているか、その凄さを感じたりの時間になりました。鋭利なノミで力いっぱいたたきながらも、ほんのわずかしか削れていない...。啄木鳥たちはくちばしひとつで
よくも見事な巣穴を作り上げるものです。それにあのリズミカルな動き...とても真似などできません。まして頭のすぐそばにあるくちばしで開けるのです。口にノミをくわえるか、頭にノミを固定して木を削るなんて、どう考えても無理です...

 何が楽しく心地よいのかな..と心の中をのぞいてみると、単純な作業を無心でしている状態が秘密のようでした。また、自分が手をかけた分だけ確実に変化していくことも良いのかもしれません。全身で関わる状態も心地よさに繋がっているようです。これを機械でやってしまうと、効率はよいのでしょうが、一番おいしいところがなくなってしまうような気がします。

 結局日が落ちて暗くなるまで楽しんだのですが、ノミの使いの楽しみもう少し味わおうとして工房に引き返し、手をかけながら進まずにいたシンプルなハープの共鳴板にもノミを当ててしまいました。

 また思い立ったら続きをやろうか程度なのですが、四角い穴に小さなキャンドルを灯し、出来上がるかどうかわからないハープをつまびいてすごす時を楽しみに目の前の仕事に取り組んでいます。 
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2007/5/3

お気に入りの場所の手前..  ラブフルート

 まだ肌寒い春。かつては野鳥の写真のために足しげく通っていた恵庭公園を散歩してみました。仕事を終えてからでしたから薄暗くなっていましたが、歩くごとに記憶がよみがえって来ました。

 長い冬を終えた公園の木々は、これからゆっくりと目覚め、やがて光を浴びて一斉に輝くような若葉を広げ始めることでしょう。ただ少し、残念だったのは真新しい柵や道のために刈り取られ、切り倒された木々が目に付いたことです。公園管理のために見通しを良くするためなのでしょうが、自然そのものの味わいが薄れていくのは寂しいことでした。自然をどう捕らえるか..管理し維持するという観点との関わり方は慎重であってほしいと思いました。

 歩きなれた公園の中にも、いつ通ってもいいな〜と感じる場所があるのは嬉しいものです。今回は太くて短いイチイフルートを連れての散歩でしたが、いいな〜と感じる場所の手前あたりでなんとなく吹き始めたところ、不思議に音が響きわたりはじめました。

 周囲は立ち枯れて葉のない木々があるだけで、とても音響効果のよい場所とは思えない空間でしたから、いったい何が起こったのだろうと周囲を見渡したほどです。何度試してみても、確かに心地よい残響があるのです。

 自然が生み出したコンサートホール。それは、練習場所にしている恵み野グランドキャニオンとは質の違う素敵な空間でした。コンクリートのトンネルは、間違いなく残響がありますし、音に包み込まれた感覚が心地よいものです。周囲には作られているとはいえ自然もたっぷりありますから十分満足です。ですが、自然の中で出会った不思議な空間は、まったく別世界です。響きが吸収されず適度に響く素敵な場所でした。音響的に造られた響きと自然な中の残響の違いをまざまざと感じました。作られたいやしの世界から来る、まったく物足りないような静けさと微かな響きかもしれませが..。ここは木の笛が似合うな..と感じている自分がいました。

 微妙な音の響きやニュアンス、イントネーションなどを感じ分けるために通っている空間は、大切な役割を持っていますから、これからも許される限り出かけると思います。ですが、自然の中で出会った限られた空間は、作為とは違う世界ですから、笛を吹くことの意味を根元から知らせてくれる気がします。これはとても大切なことだと思います。

 愛の笛の伝説に記されている男性は、ひょっとしてこれと似た空間で笛を手渡され、笛の音の意味を感じ取ったのではないかなどと空想しながらの散策でした。ふと気がつけばたくさんのカラスたちが、怪しげな音色を警戒してか、いっせいに旋回し、周囲は真っ暗でした。
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