2007/7/25

器  雑感

 器の大きさと中身。これはちょっとした不思議のひとつかもしれません。昨年のクリスマスプレゼントで手に入れた、もうおしまいだからと言われた貧相で小さなシクラメン。買ったときの小さな容器のまま夏を迎えたのですが、新しい葉が出て生き延びていたのでつい最近広くて新しい器を用意しました。すると、あっというまに葉が大きくなり新しい葉も次々と現れたのです。そういえば、一鉢180円で買い求めたちっぽけなイエローラズベリーが大地に植えられた途端ぐんぐん伸びて背丈を越え、次々と実をつけています。

 器の大きさと関連しているのは植物だけではなく、熱帯魚たちにも同じような現象が見られます。水槽の大きさに合わせてちゃんと生き延びられる適度な大きさを心得ているようです。こういう経験は色んな場面で見られるのだと思います。

 では人間の場合はどうなのでしょう。器の大きさの意味には広がりがあるように思います。実際に生活している土地や建物の大きさもひとつの器ですし、人との繋がりの広さ深さも器のひとつかもしれません。学んだり経験し積み上げたものも器にたとえることができそうです。肉体という器や精神力という器もありそうです。経済力もそのひとつかもしれません。生活状況もまた重要な器だと言えそうです。

 周囲を取り巻く器が大きくても小さくても肝心な自分自身の心の広さ豊かさという器が伴わないとバランスを失いかねません。器の大きさの意味は奥深そうです。果たしてシクラメンのように器が大きくなって自分も大きく成長するというバランスの取れた形になれるのか...ただ大きければ良いのか...あれこれ考えてみるのも楽しそうです。

 単純に器の大きさを嘆いたりすれば、その思いや心や生き方という器の大きさを忘れてしまいそうです。今与えられている場を感謝して受け取る心。するとその実質にふさわしい器が与えられる。どうやら、どこにどんな器を用いるのがよいか考えたり、実践してみるのが面白そうです。

 物置小屋同然の小さく狭い工房という器で、これからどうすればよいのか..年齢や体力という限られた器を与えられていることもわきまえて少し立ち止まる必要がありそうです。あえて言えば、器の大きさもさることながら、器の深さを大切にしたいところです。
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2007/7/24

時が生み出すもの  ラブフルート

 このところ毎日のようにラブフルートの音程調整を続けています。お待たせしているフルートたちが順番待ちしています。材質もサイズも違うものたちが、それぞれ個性的な響きを聞かせてくれます。
レンジの広い楽器ですから、音程調整は呼吸の調整でもあります。穏やかで、落ち着いた状態でじっくりと取り組まなければなりません。
 
 調整しながら感じることがあります。それは、フルートがまさにその方に必要な響きとなって行くという事です。それは今は知ることのできない未来を含んだものであり、共に過ごす旅路の不思議で知恵深い友となるように思います。

 なぜ、このフルートはこんな形、色、音色になるのだろうと思い巡らしつつ、忍耐強く取り組み続けています。面識のある方の場合には、口の形、手の大きさ、体格、好みなどを考えながら手をかけます。気づいたことがあれば、手直しし、時には最初から作り直すこともあります。木の響きをできるだけ生かしたいと思うと本体は厚めになり、それだけ時間がかかり手先の負担は増えます。

 好みなどを伺ってふさわしいフルートを模索するために複数のフルートを手がけ、最終的には直感的にどちらかに絞り込むこともすくなくありません。お会いしたことのない方の場合で、判別が難しい場合には複数のフルートから選択していただくこともあります。

 音程の調整に何日もかかることもあります。一日中、ひとつのバードと格闘することもあります。柿渋を希望された方のためには10数回、乾いては塗りを繰り返します。内部にはナチュラル素材の撥水材を何度も塗っていますが、歌口周辺はさらに重ねて塗布します。仕上げの段階では、毎晩この作業が繰り返されます。さらに、柿渋乾燥後にナチュラルオイルを3〜5回塗ります。最後はその上から蜜蝋を塗ります。この段階で音色は少しずつ変化していきます。この作業の意味は時間の流れとともに浮かび上がって来ます。

 自分が初めて手にしたラブフルートは、オイルすら塗られていないもので、自分でオイルを塗って対処してくださいという感じでしたから、現在の作り方は少し手間をかけすぎているかもしれません。それでも手をかけるのは手にした後の時間の流れ、ゆっくりとした色彩的な深みと音色の変化を思うからです。

 いつか円熟味を増したフルートが心の調和を学ぶ旅を始めた方と共に歌う響き、音色に出会うかもしれない..。時を経て、吹かれる方と一体化した音色が流れてくる。その時自分はもうこの世にはいないかもしれませんが...。
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2007/7/12

黒猫親子  雑感

 この春、車庫の奥で黒猫が数匹の子供を産みました。家賃を払うつもりはないらしいし、そろそろ出てもらわないと困るなと思っていたところ、状況を察してか、子猫をくわえ、運び出していました。無事でいるだろうかと気にしながらも、忙しさに紛れて忘れていました。

 ところが、つい最近車庫の前にちょこんとお座りしている親猫がいましたので、どうしたのかなと声をかけると、子猫を車庫で遊ばせていたのです。生まれた場所に連れてきたようです、故郷訪問でした。黒猫の親と黒猫の子。二匹の黒猫が、車庫の前で戯れたり、爪を研いだり、のんびりやっています。かいがいしく子猫の面倒を見ている親猫の姿は見事です。この親猫も、かつては工房の下で生まれた子猫でした。

 月が美しいので道路脇の小さな庭に出たところ、黒猫親子の姿が見えました。何やら食べ物を見つけて、子猫に与えているようでした。生きた獲物を与え、それを自力で食べるための子猫教育の現場に立ち会ったわけです。

 日夜共にいて、生き延びる知恵を伝えている。そんな光景が、何気ない住宅街の片隅にありました。あれこれと、意味や意義を唱えながら、如何に生きるべきかを口にする人間は、知識や情報を肥大化させながら、素朴な命の原点を見失いかけているのかもしれません。或いは、それを問題あることとして取り上げることに忙しすぎて。淡々と実践する事を忘れているのかもしれません。

 暗がりの中、月の光で浮かび上がる黒猫親子が携えてきたメッセージは、何だろう..。月の光は黒猫親子だけではなく、確かに私たちにも注がれている..。

 そういえば、アメリカで手にしたポストカードに描かれていた月を咥えたワタリガラスもまた黒かったことを思い出しました。カラスもまた家族や仲間との絆の強い生き物でした...。
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2007/7/10

夕空と小麦色  雑感

小麦の形と色彩の美しさがひときわ目に眩しい夏の夕方の自転車での散歩。懐かしい小学校の脇の川辺の道をゆっくりと辿る時間は心地よく、立派な白樺の樹が美しい葉を茂らせていたのが印象的でした。夏の真っ只中にいる..その感覚が嬉しい..。

 二日ががかりでようやく音程の調整を済ませたアスナロフルートは、ご高齢の方の指の動きや大きさを考慮しながらの地道な作業になりました。塞ぐ指穴が大きくならないようにするためには、通常の何倍も指を酷使する作業が必要になります。手にした感触や吹き込む歌口の大きさを状況にあわせて調整する作業。それは音の響きとの微妙な関係を吟味する作業です。

 もう一本、太くて短い胡桃のフルートの音程調整。先日訪ねた木工家の工房で、胡桃はいいね〜と盛んに口にしていたこともあり、改めて胡桃の心地よい響きを確かめながらの作業でした。根気と忍耐と集中力。依頼者とのやりとりなどを思い起こしながらの時間でした。

 この二本のフルートがようやくまとまってきたところで、いつもより少し早めに切り上げて気分よくお出かけできました。近くの体育館がお休みということでトレーニングをかねての自転車時間でしたが、調度よい感じの夕空と麦のコントラストは心に染みました。こういう情景が、心に残されていて、いつかラブフルートと一緒に歌う時がくるのを楽しみにしています。
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2007/7/6

沖縄音階ラブフルート  ラブフルート

 沖縄音階でラブフルートをというお話があり、1ヶ月前から試作をしてきました。5穴のペンタトニック(5音階)ラブフルートを替え指することで演奏は可能なのですが、純粋な沖縄音階のラブフルートをご希望とのことで製作しています。

 おそらく三味線などの世界と同じように、地域によって調弦が違ったりして地域独特の音楽が存在していると思われますから、沖縄にも同じような状況があるのかもしれません。詳しいことはむしろいろんな方に教えていただかなくてはならないと思います。とりあえず今回は一般的に沖縄の音階として知られているもので取り組みました。

 行ったことのない沖縄はどこまでも想像の世界でしかありませんが、ラブフルートの独特の揺らぎとは意外と相性が良いかもしれないという予感はありました。実際試作されたものを、富良野のクリエーターズマーケットに並べたのですが、こういう笛がほしいな..という方が何人かおられました。

 すでにオリジナルスケールのラブフルートが色んな方の手元に旅立っていますから、沖縄音階のフルートもそのひとつではあるのですが..。純粋に、その音階だけの笛になることと、色んな音が出せる笛との違いは確かにあるように思います。

 マルチ的に何でもできることに価値を見出すことと、純粋にそれしかできないこと。いえ、出来ないではなくそのことが純粋にできるということには本質的な違いがあるように思います。

 実際に吹いてみると、様々なことに気づかされます。どこからこの音の並びが生まれてきたのか不思議です。とりわけ高音域の二つの音程には、内奥にある思いが引き出されてくる独特の感覚があります。旅路の途上で見つけた切なくも美しい一輪の花をふと思い起こすような...。

 音色がいやおうなく人の心を引き出す神秘の一端に触れる。その喜びと奥深さを改めて受け止めるきっかけになったようです。この笛を持って、沖縄に行く機会があれば、また違った感覚が呼び起こされるのかもしれません..。
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2007/7/3

富良野へ、そして富良野から  ラブフルート

 6月は恵庭市民プラザに始まって洞爺湖と富良野でライブや催事があり、あわただしい中にほんの少しリクレーション気分もまじりました。遠方からわざわざ足を運んでライブに参加していただいたき嬉しく思っています。

 洞爺湖のライブは目と鼻の先が湖という贅沢な空間でした。40年前にタイムスリップしたような建物。周辺の自然をたっぷり味わいながらの時間になりました。遠くの町から仕事を早めに切り上げさせてもらって駆けつけたと聞き、ありがたいことだとしみじみ思いました。きっとお腹が空いているし疲れていたことでしょう...。

 富良野は随分しばらくぶりに足を運びましたが、初日はあいにくの雨に振り回されました。翌日は早朝から咲き始めたばかりのラベンダーを眺め、急ぎ足で会場に駆けつけました。延べ5000人以上の来場者は多彩な手作り品を揃えた100店舗を超える売り場をたっぷり楽しんだようでした。

 わざわざラブフルートを手に取るために来られた方やホームページで以前から関心を持っていたという方々ともお会いできました。風に乗ってラブフルートのうわさが運ばれているようで楽しい時間でした。

 その富良野から、音色が忘れられずマイフルートを手にしたいという方が工房を訪ねて来られました。思い切らないとなかなか行けない富良野から、ラベンダーの香りとともに一人の方がやってきました。

 自分たちはたくさんの方々と出会う機会として富良野へ向かいましたが、その方は一本のマイフルートのために富良野から来られました。じっくりとお話をしながら、手で触れ、息を吹き込み、感触や体や心に感じる印象を大切にしながらマイフルートが決まりました。楽器はその人の心と体の状態を作り出すものだということを感じていただき確認しながらの時間でした。

 振り返ると、九州、四国、愛知、神戸、名古屋、神奈川、東京などからわざわざ足を運んでいただいて作らせていただいたラブフルートたちが旅を続けています。95%がオーダーメイドのラブフルートが途切れずに小さな町の工房から旅立っているのは不思議なことです。

 出かけて行ったり、来ていただいたり、お友達に紹介されたりプレゼントになったりしているラブフルート。この夏、どんな音色が風に運ばれてくるのか楽しみにしています。
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