2007/9/27

お茶笛  雑感

 お茶を楽しむ会での演奏がこの10月に予定されており、いまから楽しみにしています。それこそ一服のお茶をいただきながらゆったりとお話をする空間のような繋がりが、この秋の新しい時間を生み出してくれそうです。

 明日演奏に来てくれませんか?というお電話に答えて、翌日お訪ねしたのが精進料理のお店でした。笛一本でやってくると思ったらちゃんとPAまで持ってきた..と驚かれていました。その後かなり時間が過ぎてから、これまた突然連絡が入り、お茶会をするので今から来てみませんか?とお誘いを受けました。

 この時、煎茶のお茶会を始めて知りました。笛を持ってきてくださいということで、何も分からないままお手前の席で吹かせていただきました。自然茶の一滴が今も強く印象に残っています。何かの間違いではと思うほど..一滴の目薬のようなお茶が目の前に配られました。ところが、その一滴が全身をお茶のエキスで満たすような不思議な感覚をくれたのです。

 今思い返すと、その一滴が実に様々なメッセージを運んできてくれます。それは心をこめた笛のひと吹きと繋がります。静寂の中で注がれる一滴の自然茶は、あれこれ物申す生き方の稚拙さを浮かび上がらせてくれます。

 このお茶には、もう一つの突然があります。それは、精進料理「葉」さんの移転先での出来事でした。お茶を楽しむ会の主宰の方から声がかかり、これまた明日来てほしいとのことでした。どうやらお茶の静けさと直感的な行動はどこかで繋がっているのかもしれません。

 結局、本格的なお茶会の席は主宰のお任せしますという一声で、流れのままに進んで行きました。依頼するほうも、それを受けるほうも、似たもの同士だった?のかも知れません。それ以来、何度か声をかけていただき、その度に新しい気付きがありますから、今回もそれを楽しみにしています。

 自然茶の色、香り、味わい、そして心に残してくれるもの。その空間には素敵な優しい風が吹き抜けます。人は自ずと、辿るべき道を予感します。茶葉が育まれ、煎じられ、水が沸き、融合し、心の思いとつながって、一人ひとりの席に届けられるのです。

 その一滴は、与えられている人生のすべてのものを運んできてくれます。言葉では言い尽くせない、感謝が生まれてきます。ゆっくりと、深く、静まる時間です。

 そこで吹く笛。笛は大地から生まれ、育まれた木から作られます。その笛は、風、息、魂と繋がって周囲を震わせます。
 
 お茶は大地に根ざし、天に向かい、自然のすべてと繋がりながらやってきます。そして、水の中、湯の中に溶け込み、体と心を潤します。

 慌しく過ごした夏を終えて、秋の一日をお茶と笛で過ごせるのはありがたいことです...。よろしければどうぞお出かけください...。
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2007/9/26

笛・歯・梨  雑感

 冷たい雨と高い空。色づく木々。とりわけナナカマドの実の鮮やかさが目立ちます。どうやら一気に秋が深まり、大雪山に初冠雪との情報が届きましたから、間もなく冬の兆しを肌で感じるようになってくることでしょう。

 そうなると恵み野のトンネルスペースでの練習は厳しくなってきます。指が冷たくなり、体が冷え切ってしまい今までのように数時間吹き続けることは難しくなり、1時間もすれば中断する時期になってきます。

 思い返せば、昨年、最後の練習をしていたときに出会ったTさんが、ラブフルートを手にされて丸一年になろうとしています。Tさんはラブフルートを手にされてから地道に休みなくレッスンに通われ、今では吹き始めた当時とはまったく違った音色が生まれています。およそ笛を吹くことなど思いもよらなかったのに、今は間違いなく笛を奏でています。信じられないという娘さんに、フルートの画像を送信し、ほんとうなんだ!と驚かれたと話しておられました。やがて歯科医療関係の娘さんから、笛を吹くと唾液の分泌が良くなり、唾液の成分に老化を予防する物質が含まれているから、是非続けるようにと連絡があったとのことでした。

 その娘さんからナシが届いたのでおすそ分けですと訪ねて来られたTさん。それをきっかけに、初めて出会った恵み野キャニオンでのレッスンをする事になりました。そこでTさんは、自分の呼吸から生まれた響きに繋がりながら次の流れに向かうという感覚を少し感じられたようでした。レッスンのたびに伝え続けてきたことを体で感じるきっかけが出来たのです。次のレッスンのときには明らかに吹き方の変化がありました。

 そこに生み出されている響きが自分と木の笛との繋がりの中で生まれていることに気付く。何事かを作り上げようとする意識から、自分自身と触れる瞬間の豊かさに気付く。私が続けているレッスンは、そのことに気付くきっかけといっても良いかもしれません。

 音色の根源に触れ、その繋がりが次のプロセスへと向かう。この循環の中に、力や静けさや喜び、或いは生かされていることへの信頼が伴ってくることに気付く。自分の心が立つべき場所を知る。これは到達点ではなく、始まりであり、その始まりが全体を包み込む..。

 少し難しそうで堅苦しい表現ですが、それをじっくり咀嚼することがレッスンの土台です。自分がどんな価値観や意図を持っていたとしても、その音色に現れるのはあくまでも魂の実質のような気がしますから、自分の実質に触れ、自分で答えて行くという貴重な時間と空間の共有レッスンになるというわけです。

 何事かを主張し、特定の価値観を示そうとすれば、そういう響きが生まれます。何かを模倣すれば模倣しているという状態が伝わってきます。成し遂げようとする意識があれば、そういう響きになります。自らの巧みさに満足していれば、その状態が響いてきます。そんな自分に気付き始める..それが一つの入り口かもしれません。

 その人自身が与えられている存在そのものが持つ輝き、尊厳に触れる。価値観や言葉や経験や認識を取り払ったときに現れる原初的なもの。それを見失いやすい世界に、密かな知恵として手渡される愛の笛。その真意を知り分かち合う雫が小さな輪を描きゆっくりと広がっているようです。

 歯科医療関連といえば、医科歯科大大学院のTさんの音色をまた聴いて見たいです。つい最近来られたTさんは歯科技工士さん。Tさんはポプラのフルートを選ばれました。笛吹き患者はたくさんいるでしょうから、ラブフルートリングがちょっとした歯科関連ラブフルートリングになってきたようです..。

 いただいたナシはとてもみずみずしく、この秋初めてのナシになりました..。一個のナシを戴くまでの旅路を思い描きながら味わうと美味しさもありがたさも増えるものですね..。
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2007/9/23

エコナチュ  雑感

 昨日開かれたエコ&ナチュラル展。会場全体が柔らかくのんびりとしていました。色んなエコが並んで、色んなエコ人たちが集まってきました。参加は4回目、大地に繋がっていることを喜び、感謝し、楽しんでいる空気がやんわりと漂っていました。

 会場では、ラブフルートをお持ちの方が7〜8名。そして、新たに手にされた方が3名おられました。そして、手にする時を待っておられる方が4〜5名おられました。何度もフルートに触れながらついに4年目にして一緒に旅をする決断をされた方もおられました。

 今年になってから、1年前、2年前、3年前に音色を聞いたとか、手にしてみた、或いはホームページで見ていましたという方が増えてきたように思います。こうした時間が経過してからの出会い、再会というのは、楽しく嬉しいものです。

 小さな種が実を結ぶまでの時間がとても大切ですし、それが自然の摂理なのだと思います。人の心や人生の流れもまた絶妙なタイミングの中で変化して行くようです。この子が私を呼んでいるとか何故かひき付けられるといいながらラブフルートとの旅を始められる姿をみていると一層強くそれを感じます。

 出会いから旅立つまでの流れもさることながら、ようやく可愛い、美しいと言われて旅立ったものの、3日で飽きられて暗闇に閉じ込められたまま過ごす子もいれば、毎日のように連れ立って旅を楽しむ子もいることでしょう。それは人の思いの大切さを教えてくれているように思います。

 笛たちは自分から声を出したり、話しかけたりすることは出来ません。風が吹き、人の心が動き、息を吹き込まれて初めて歌い出します。しかも、吹く人の息の注ぎ方一つで響きは変わります。やさしさ、忍耐、丁寧さ、真摯な思いで接すれば、それに答えてくれるでしょう。勿論、明るさ、楽しさ、喜びにも答えてくれるでしょう。

 別の表現をするならば、笛の音色には言葉がありませんから言葉の源にある心が直接引き出され、その響きが再び自らの心に巡ってくる。そういう循環が起こります。この循環を助ける、或いは導く媒体が息を吹き込むことで響き出す笛の貴重な役割とも言えるでしょう。

 この笛をいつ、どのような流れの中で受け取るのか..。それは意図的に意味づけて実現するものではなく、確かな内面のプロセスとの繋がりの中で知ることになるように思います。それは手にしたから分かるとか、分かったから手にするといった短絡的な関係ではなく、多様な形で実現して行くことでしょう。
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2007/9/21

削りながら...  ラブフルート

  自分の手が我慢できる間は旋盤加工をしないラブフルートを作り続けよう。そう思って続けてきたのですがさすがに丸三日かけても仕上がらないと苦痛も限界になります。現在、イチイ(アララギ・オンコ)トラディショナルスタイルフルートをナチュラル仕上げにする作業に取り組んでいるのですが、それなりの決意がなければ先には進めません。

 アメリカのラブフルートサイトを眺めながら、旋盤を使えば安くて早く出来上がることを確認しながらも結局黙々と手やすりで作業を続けています。加工性の良いレッドシダーやアスナロやボダイジュなどは丸一日かければ何とか形だけは見えてきますが、硬い木はあきれるほど時間がかかり、ひたすら忍耐の連続です。

 今夜は作業を続けながら、何故こんなことを続けているのか考えていました。つまらぬこだわりや、頑固さにすぎないと一蹴されてしまうだろうな..と。辛くなってくると旋盤で粗取りだけでもしようかと思い始めます。どうしてこんなに労力のかかることをするのか自問してみました。

 出来上がったフルートからはほとんど見えてこないけれど、実際に費やした時間の積み重ねの大切さがその一つです。マイフルートも自分自身も、そうした人には見えない時間の中で生きているのだと思うのです。
 
 旋盤で一気に削って、ペーパーをかけてしまえばものの10分で終わります。かなり込み入ったデザインでも30分くらいで形が出来上がります。ゆがみもなくきれいな円柱が現れます。単に時間をかければ良いと言うことではありませんが、あまりに簡単に出来上がると木と気持ちの繋がりが希薄になります。駄目になってもまた、さーっとやればいいという状況があると、ものの質は明らかに低下して行きます。

 人間は機械による合理的な生産方法を見つけて、良いものがたくさん出来るようになったと賞賛してきましたが、それによって失ったものの大きさになかなか気付けないばかりか、コンピュータの利便性が加速され、一人の人間存在の尊さを実感しにくくなっています。それは結果的に自己喪失や対人関係の問題などの根深い要因になっているような気がします。

 もう一つは、決めた目的に向かって満足することで見失うものがあるということです。つまり、決めたサイズに木を削り上げて良しとしてしまうと、大切なものを失うのです。確かに決めたとおり、設計図の通りに作ればよいのかもしれません。そうすれば、完成するのですから。ただ、そうなればその選ばれた木が持っている美しい響きがどこにあるかに気付くことはなくなるでしょう。

 何かを自己の価値観で結論付けることではなく、それが何なのかを知ることの大切さ。それは木に対しても、人に対しても失くしてはならないように思います。出来るだけ太くて角ばった塊のときに息を吹き込み、その木が持っている響きに触れる時間。そこからスタートします。樹種は勿論のこと、切り出された場所によって木の細胞は微妙な違いを持っていますから、それぞれの個性を生かすことを考えます。

 よく鳴り響くのが向いてる子もいれば、おとなしめにしてると輝く子もいます。長さや管の厚みで別世界が現れます。それぞれの木は、笛になる前から大地と空と生き物たちの歌を歌って生きて来たのです。
その木が、自分を愛し、大切にしてくれる人と出会って、新しい歌を歌うのです。

 愛の笛を求めて工房に来られる方々、メールで何度となくやり取りしてラブフルートを手にされる方々もまた、さまざまな人生の歌を歌って来られたのだと思います。そう思うと、手で削らなくてはという原点に引き戻されます...
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2007/9/18

ラブフルートの長さ  ラブフルート

 ラブフルートの長さは製作を始めてから今日まで様々に変化してきました。当初は初めて出会ったフルートとインディアンクラフトの略図をもとに製作jしていましたから、長さ70cm・内径22.5mmと45cm・内径15mmの二種類でした。指穴の数は6穴でスタートしました。

 その後数種類のフルートをアメリカから入手し、5穴のものも作り始めました。同時に長さも60cmのものを加えました。やがて、長いフルートを吹きたいけれど手がとどかないので音が豊かでコンパクトなものがほしいという希望に応じて長さ50cmで内径24mmの太目のものを作りはじめました。

 さらに旅行やフィールドに持ち運べる短いものが欲しいという希望があり40cm、35cm、30cmという長さが加わり始めました。現在、一番短いものは17cmになりました。この長さでは片手の演奏も可能です。吹き込めばしっかりとした響きがあるという基本的なスタンスを保つことを大切にして来ました。短いフルートは旅行用というだけでなく、小さな子供たちが音を楽しみ、親子のコミュニケーションが生まれるという小さな流れも生み出しています。

 長さに加えてホールの数も変化してきました。それは手や指が不自由な方のためでしたが、穴が多くて混乱したり吹くのが難しいと思われる方へのサポートとして製作してきました。これは、音の響きを味わい楽しむという原点を考慮しながらのアプローチでした。

 コンパクトに持ち歩ける、或いは気軽に手にして吹くことが出来るフルートが、最近の流れです。中くらい、太くて短い、短い、もっともっと短いタイプが多くなっています。

 長さはラブフルートを吹く環境によって違ってくるようです。活動的な方たちと、じっくりゆったり深い響きを楽しむ方では手にするフルートは違ってくるようです。実際、山の中に入って吹きたくなるフルートも動き回っているときと、どこかに座ってゆったりできるときでは違ってきます。小鳥と鳴き交わすときは片手で持てるタイプがしっくりします。岩に腰掛けてのんびりしたいときは少し長めのものが似合います。

 長さの違いを振り返ると、個性の違い、生活環境や思いの違いが浮かび上がってきます。興味本位で何でも作るのではなく、出会った方々の必要のために出来ることをしようとしてきた結果だと思います。

 長さの異なるフルートを製作するためには、ゼロから音つくりに取り組む必要がありますから、労力は大きく時間もかかるのですが、それはこの笛がラブフルートであり続けるために必要なプロセスだろうと思っています。
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2007/9/12

バードあれこれ  ラブフルート

 ラブフルートを目にしたとき誰しも気になるのが、マウスピースの近くにある独特の飾りのようなものです。単なるデザインなのか、何故皮紐で縛ってあるのか、完全に固定せず動くようになっているのは何故かといった疑問が起こります。

 この部分を私は最初に教えられたバードという呼び方をしていますが、このほかにもトーテムとかブロックといった呼び方もあります。このバードには様々な形状がありますので、これがラブフルートの典型的デザインだとは言えません。ただ、古い時代のものが幾つか資料として記録されていますから、それらが象徴的なバードという印象を与えているように思われます。

 構造的にはいくつかのパターンがあります。それは音が出る本体のl構造とも関連しており幾分説明が複雑になりますので、詳しい説明は省略します。

 バードと音を発生させる四角いホールとの関係で分けますと、前に傾いてかぶさった形、直立している形、後方に傾いている形があります。これは明らかに音の響きを変化させます。ある程度こうした構造が分かってきますと、自分はどういうタイプが好みかも分かってくると思います。

 傾き方と合わせて、両側に溝を付ける形もあります。その溝の深さは様々ですから、組み合わせが幾通りも生まれてきます。それぞれの形状によって音域への影響が生まれますし、吹き方との組み合わせで響き方が違ってきます。さらにプレート(金属・皮・樹脂など)を使用するものと、バード本体に溝を付けたもの、フルート本体を削り込んだものなどがあり、音への影響も少なくありません。

 ここまでは構造的なもので音色に関連したバードとの関係ですが、これらに加えてデザインの違いがあります。彫刻並みにこったものから、奇抜なものや複雑なもの、きわめてシンプルなものまで、ありとあらゆる形状が見られます。特別な石を使ったり、象嵌や寄木やペインティングさらたものなど、およそ人が考えて手を加えるときに思いつく他面的なアプローチをしているというのがアメリカのラブフルート世界の一面といえそうです。

 バードに関する好みや考えかたは様々で色んなバードを眺めるのも楽しいものです。ただ、デザインもさることながら、この部分が音の発生源ですからベストポジションを見つけて安定した音程と響きを得ることが大切かと思います。しっかりと固定し、位置を安定させることは勿論ですが、ほんのわずかなバードの調整で見違えるほど音が良くなることも珍しくありませんから、フルートをお持ちの方はちょっと見直してみると良いかもしれません。また、バードの大半は木製ですから経年変化していないか点検し、リペアすることが必要になる場合もあるかと思います。 
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2007/9/7

足元を駆け抜ける木の葉  雑感

  ブラックベリーが熟し始めました。ベリー類最後の収穫です。レッスンに来られたりフルートとの出会いを求めて工房に来られた方々が今年もまたブラックベリーを口にする季節になりました。熟してとても甘いものから、見た目は良いけどかなり酸味の強いもの。誰がどれを口にするか...。楽しい時間です。

 小さな木の実が、人々に会話をもたらし、素朴な反応を呼び起こします。口に入れた瞬間、大地と繋がる感覚が呼び起こされます。不思議と体に元気が湧いて来る感じがします。先日食べた方も同じような感想を口にされたので、似たような感覚がするものなんだと思って嬉しくなりました。

 いま外は激しい雨と風に見舞われていますから、たくさんの木の実が落下すると思います。一粒の木の実は、私たちの思いの象徴でもあるのでしょう。人生には夢のように心地よく美しい時もあれば、悪夢のような時も巡ってきますが、それでもその全てが次に待ち受けている時に繋がっている...。

 ラブフルートに息を注ぎ始め、静かに吹き終えるしばしの時の中に、さまざまな意識の流れが波のように起こっては消えていきます。強い意識も、深い悲しみや戸惑いも音の揺らぎの中に溶け込んでいきます。一つの音の流れが、ひとつの人生のように始まり、ひとつの区切りを迎える...

 風と雨の激しかった先日の夜。足元を駆け抜けていく木の葉を見送りながら、夏の暑さが随分遠くに行ってしまったなと感じながらフルートを吹いて過ごしました。気がつくと体はすっかり冷え込んでいましたが風に吸いこまれていく笛の音は不思議な安らぎを連れてきてくれました。
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2007/9/2

美しい響きを感じる心  ラブフルート

 ラブフルート関連のCDを50枚ほど積み上げ、改めて全体を聴きなおしはじめています。CDのほかにもアメリカのフルート関連のサイトから音のイメージを聴く時間を作るようにしているのですがたくさんあって疲れ気味です。日本の空間で手に入るCDはごくごく限られています。Webサイトにはあまり知られていない隠れたフルーティストの素敵な演奏もたくさんあります。

 そんな中で、小さな感動を覚えるのが恵み野トンネルキャニオンでのラブフルートタイムです。まったく初めての方々が、自らの呼吸から生まれてくる音色に誘われていくうちに、予期しない美しい音の流れを生み出していくのです。それが、さらに次の音色へと繋がっていくのを聴いているのはとても満たされた時間です。CDになることもなければ、人前で吹くこともないけれど素朴で美しい音の響き。その瞬間の連なりがそれぞれの道を作っていることに気づかされます。美しさに触れた感動や喜びが次の音色を自然に生み出していくという流れを体で感じてもらいたいと思いつつ足を運んでいます。

 その人の内側にある輝き、美しさ、尊厳といったものが作為せず自然に流れる瞬間を共有していると、フルートを作っているというよりも、作らせていただいているという思いが強くなってきます。まして、同じ空間で笛を吹き交わす時間はとても尊いのだと思います。

 人はいったいどこで自分自身と触れ合い、他の人たちとの心の繋がりを知ることが出来るのだろう...。視界をさえぎるもののない広い空間に立って笛を吹いていると他愛のない自己満足の空虚さをを通り抜けて、光や空気や水や自然と一体化する心地よさや安らぎの予感がしてきます。

 ラブフルートを製作していて大切だと思うのは、求める人の心や人生を愛そうとする思いではないかと思います。フルートを選択するまでに多くの時間を費やし、製作に時間をかけるオーダーメイドは明らかに労力がかかりますが、人と人の繋がりが笛を生み出すというプロセスの大切さを一層強く感じています。いつの日か、手渡したものも受け取ったものも、愛の笛の真意に触れるときが来るのかもしれませんね....。
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