2007/11/28

桜・ネム・栗・桑  ラブフルート

 新しい木をいくつか用意して新しい年の笛が生まれるようにと準備を始めました。新しい木は、宮崎県の木材屋さんからやってきました。随分遠いところから来てくれたな〜としみじみ眺めてから、少しずつ切り出し作業に取り掛かっています。

 やってきたのは桜とネムと栗に桑の4種類。樹木たちは自然の中で成長している時、花を咲かせる時、実を付ける時、切り出されて材料になった時、削りだされて笛になった時、その笛を吹いている人と一緒になった時など、様々な姿に変わりながら旅を続けます。

 自然の中の木に詳しい人も切り出された木を見ると違いが分からないことがあります。切り出された木に詳しい人も自然の中の木の姿を知らないことが少なくありません。

 一口に木と言っても、色んな側面がありますから、知っていることなど針の先程度です。まして数え切れないほど樹種がありますから、常に新鮮な感覚でいられるのは楽しいことです。ほんの少しでも木に触れていくと随分色んなことに気づかされます。

 しっかりした大地で育まれた木は、明らかに私たち人間よりも長生きです。自分よりもずっと長く生きていて、多分自分よりもずっと長生きする存在。しかも、生き生きと四季の中で変化し続ける。そんな木のそばにいるだけで、不思議な感覚が湧いてきます。

 一度、いいな〜と思う木のそばで半日ほど過ごしてみるといいかもしれません。ゆっくりたっぷり過ごせるように、食事や飲み物も忘れずに...木と過ごすだけの時間..。マイフルートと同じ木のそばに行ってみるのもいいかもしれません。懐かしい木、何度でも色んなときに足を運んでみる木もいいです。

 大切なのはとどまることかな..と思います。短時間に色んな事をするのではなく、一つのことを静かにゆったりと深く..全身で呼吸するようなイメージで過ごすのがいいかもしれません。いつかそーっと木が心の耳にささやき始める時が来るかもしれません..。

 木の個性は豊かで、それぞれに印象に残ります。ポプラはごつごつした木肌なのに、中はふわふわで柔らかい。桜は柔らかで美しい花を咲かせるけど、中身は硬い。ネムは優しいイメージだけれど、木は硬いし独特の香りがする。菩提樹は柔らかそうでいて、結構頑固で、削っても削っても変化する。アスナロは一見柔らかいけど、しっかりしてて、狂いが少ない。胡桃は硬い実を結ぶけど、程よい硬さと柔らかさを兼ね備えていてバランスがいい中身。レッドシダーは軽くて柔らかく、加工性がいい、そして水にも強い。

 こうした個性の他に、個々の木が持っている香りや色も加わって来ます。さらに木肌や葉や花や実などの変化を加えて行くと、どんどん個性的な世界が現れてきます。

 ましてや、その木の音色となると、一層複雑さと多様さが生まれてきます。それは木の特質に加えて、作り手の感性や技術や価値観、そして息を吹き込む人の内面が関わって来るからでしょう。

 新しくやってきた木に触れながら、意識や価値観や感性をリセットして、新鮮な感覚で取り組む準備が始まりました。いまは製作依頼を受けているフルートたちが無事飛び立つために全力投球中です。無事見送ることが出来れば、新しい木たちとの対話が始まり、新しいラブフルートの音色が新たな出会いを生み出していくことになりそうです。
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2007/11/26

森の教室  ラブフルート

 この25日、札幌の朝日山記念公園で森の教室が開かれました。おむすびとゆで卵を持って市内が一望できる公園に向かいました。このところ急激な季節の変化で真冬状態になっていたのですが、この日は好天に恵まれポカポカ陽気で、春みたいだね..と挨拶しあうほどでした。

 高い山は太陽に近いから暖かいんだ..といいたくなるような天気。喜んだり楽しんだり、ベンチに腰掛けて日向ぼっこをして過ごしました。うっすら残っている雪の上に、餌を捜し求めたカラスたちの足跡がたくさんありました。

 ふと見ると、緑の葉に真っ赤な実がついた植物が雪の上に落ちていました。すっかり葉の落ちた木々の中に、どうしてこんな新鮮な葉と実があるのか不思議でした。頭上をみるとハルニレの樹上にヤドリギが見えました。落ちていたのは、ハルニレに寄生していたヤドリギの真っ赤な実でした。

 そのヤドリギの実と茎と松の葉で新種のトンボを作って楽しんだり、ほんとに静かで穏やかに過ごしました。ミズナラとかシナの木、ニレ、松、柳など笛たちの親戚になる木を眺めてゆっくり歩くのもいい感じでした。

 森の小屋では、マキストーブを焚き、温かいスープとそれぞれが持ち寄ったおむすびで和やかなお昼ご飯を頂きました。

 インディアンビッグドラムとハンドドラム6個を思い思いに叩き続けて始まった森の教室は、周囲の樹木たちと一緒になった素敵な時間になりました。ドラムに触れ、ラブフルートに出会うために遠方から何時間もかけてやってこられた方々の姿は、とても印象に残りました。

 赤々と炎を見せて暖めてくれるストーブは心地よく、それぞれに選んだラブフルートの音色と繋がって楽しい時間になりました。フルートに慣れてくるに従って、音色はそれぞれの流れを響かせてくれました。

 心地よい天気と温かいストーブに柔らかな笛の音、軽やかなドラムのリズム。思わず舟をこぐひとコマもありましたが、そのまままどろみ、ふと気がつくと月明かりを見ながら笛を吹きたくなる、そんなゆったりのんびりの一日になりました。

 ラブフルートのレッスンにぴったりな空間でした。ほどよい散歩道とゆったりとしたベンチがいい感じでした。いつか野山を巡りながら、山小屋で楽しめると楽しいだろうな....。
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2007/11/20

彫刻・オペラ・モエレ  ラブフルート

 この12月は恒例になったサッポロ・モエレ沼公園・ホワイトクリスマスのコンサートが待っています。初めての企画のときから参加させていただいています。毎年、どんなプログラムにするか、苦しみつつも楽しんでいるコンサートです。

 今年は、どんなシチュエーションの中でラブフルートを吹くことになるのか、どことなく楽しみです。久々に新しい曲も生まれかけていますから、新鮮な感覚があります。場所は少し不便ですが、周辺は冬独特の空間が生まれますから、少し早めに足を運んで公園全体の景観を楽しんでから、ガラスのピラミッドに入るのも良さそうです。今年も新しいラブフルートの音色を用意しています。過ぎ去った年月が、箒星のようにキラキラと流れて、新しい時間が明けの明星のように輝く、そんな空間になればいいなと思っています。

 12月は、このほかに伊藤三千代さんという彫刻家の方とのコラボレーションを予定しています。大理石の彫刻が放つ不思議なエネルギーが木の笛の響きと繋がる空間(空感)がどんな感じになるのか、未知の世界に足を踏み入れる好奇心とほんの少しの緊張を楽しんでいます。大理石をテーブルに置いて、心に浮かぶ様々な感覚に触れながら、どんなラブフルートに息を吹き込もうかと思い巡らし、ゆっくり準備しています。

 荒削りの石の塊が、一人の女性との出会いの中で変容して行くプロセス。それは孤独で充足した空間で営まれる不思議な時間です。そのときの一こまは、ホームページの「のんびり写真コーナー」に掲載していますので、よろしければご覧ください...。

 もう一つ、彫刻とのコラボレーションの二日目最後の演奏を終えた直後に待ち受けているコンサートがあります。これまた、初めての試みです。オペラ歌手の女性からのお招きを受け、厚生年金会館3Fで開かれるクリスマスコンサートでの演奏です。ソプラノ歌手のステージにゲストとして声をかけられたラブフルートはどんな歌を歌うことになるのか..これもまた新たな視点、新たな意識の中で生まれてくる音の意味を探る時間へと繋がって行くのだと思います。

 この12月は、少し趣の違った空間でラブフルートが歌うことになりました。即興の演奏は準備された演奏とはまったく違ったスタンスで取り組まなければならないのですが、その取り組み方そのものにも新たな感覚が必要なのだと感じています。
 
 今の自分の内面の深いところに繋がるフルートとの関係をしっかりと確かめることが必要だと感じています。そして自分自身の内面の調和の大切さ、広く深く豊かな世界に引き寄せてくれる流れを感じ、そこにたたずむ感覚を確かめることなどなど..。いずれも、レッスンのときに様々な視点からお話していることですから、さあ自ら実践してごらんということだな..と再確認しているところです。
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2007/11/18

窓辺のシクラメン  雑感

 去年のクリスマス、はね品として花屋さんの隅に置かれていたシクラメンの小さな鉢。モエレ沼公園のホワイトクリスマスコンサートを終え、ささやかな食事会の席でプレゼントに添えて仲間に渡しました。貧相な花しか咲いていないし、あまり持ちませんけどいいですか?と声をかけられ、少し戸惑いましたが、そのまま処分されるよりはわずかでも一緒に過ごしてあげようと買い求めました。

 そのシクラメンが花を散らしてからほぼ丸一年。つい最近居間の窓辺で美しい姿を見せてくれました。しかも、たくさんの仲間たちも引き連れて..。しっかりと背筋青伸ばし、光に向かい、花びらと光がかもし出す豊かな輝きが心を引き寄せます。

 このシクラメンを眺めながら迎える冬は、どことなく嬉しくもあり、隅に置かれて処分されることを覚悟した色んなものたちへの思いが浮かんできます。

 同じいのちを与えられ、一緒に生きている..。この素朴な思いが、どれほど人生を豊かなものにしてくれるか、もう一度思い返してみようか..。シクラメンは、ここに至るまでの物語を添えて、ささやいているようです。

 頭で認識することと、実際に知ることとの大きな違いに気付く...。それを知るまでに、人は多くの時間を費やすことになるのでしょう。しかも、それは意図的な手段では届かないところにある...。

 自分自身の中にありながら、それを知ることが出来ないもの。それが心なのかもしれません。認識し言葉や文字に出来ない世界。言葉や文字の豊かさがどれほどであったとしても、到底あらわせないもの。
肉体を持ちながら、心を持って生きる自分たちが、葛藤の闇に突き当たるのはむしろ当然のことかもしれません。

 一輪の花が、人に愛でられる事なく、大地に繋がり、光に向かって咲く。言葉も文字もないけれど、人が生涯を生き抜くに十分なメッセージを届けてくれる。そんな草木や動物たちと一緒に生きている自分がいる..。

 一切の説法をすることなく、尺八だけをを吹いて旅した普化宗の虚無僧たちもまた、一輪の花のように生きようとしたのかもしれません。言葉にならない思いを伝えるために与えられた愛の笛もまた、それぞれの人生に、不思議なメッセージを伝えてくれるときが来るのかもしれませんね..。
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2007/11/15

新しい雪、新しい冬  雑感

 いまゆらりゆらりと雪が降り始めました..。今年は雪をどんな気持ちで見たり触れたりするのだろう...。新しい雪、新しい冬の始まりです。

 慌しくて十分な冬の準備は出来ていませんが、入り口脇のトランクケース改造リサイクル池の金魚とメダカだけは、なんとか出来ました。恵み野グランドキャニオンの近くの市立図書館の脇に大きな池があるり、そこなら越冬できそうなので広い場所に引越ししてもらおうかとも考えていましたが,,,。

 昨年池で育った金魚たちは、金属造形作家のお友達の大きな池に移住したのですが、春に里帰りするにもどれがどの子だか分からない..。無責任な飼い主ということで終わりました。それに、その池にはタガメがいましたから、すっかりご馳走にされているかもしれません。

 自宅の水槽で暮らしてもらうか、大きな池に移住するのが良いか。そんなことで1ヶ月以上試行錯誤していました。一昨年は、やはり元気に育った金魚たちを自宅の水槽に引き上げたのですが、環境の変化が大きすぎたのか、次々と消えて行きました。それではかわいそうと思い、池のあるお友達のところに預かってもらったのでした。

 他人事なら、そもそもそんなことになるのなら金魚なんか飼わなければいいということになるのかもしれません。家の中の水槽か、大きな池かという選択肢だけでは駄目かもしれません。自宅の庭に、金魚が越冬できるくらいの池を作ればいいという道だってあります。

 そんなこんなで迷い道をたどりながら、野鳥とか、野生の動物に始まって、人間だって同じような状況があるな..と。

 こんな自問自答とは関係なく、水草入れてほったらかしの池から姿を見せたのは、丸々と太って元気いっぱいの金魚とメダカたちでした!池の中には、落ち葉やプルーンの実やブラックベリーの実がありました。10センチそこそこの浅い池で、よくもこんなに立派に育ったものだと口にしつつ、言葉にならないたくさんの感動を受けました。

 与えられた場所で、生き生きと生きている。それが人の心を揺り動かす。

 その原点を確かめる晩秋、冬の入り口に立って七人のサムライならぬ7匹の金魚と2匹のメダカたちから貴重なメッセージをいただきました。
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2007/11/13

六本木ラブフルートリング  ラブフルート

 名前しか知らなかった新宿御苑にお結びと飲み物を持って足を運ぶ..。予想外?予定無しの始まりは、様々な巨木たちを眺めながらの散歩になりました。夜にはラブフルートリングの方々が六本木に集まることになっていましたので、とにかく自然に接したい、木に触れたい気持ちになっていました。好天に恵まれた新宿の緑は実にタイムリーでした。

 聳え立つコンクリートの高層建築を背景に天を突く巨木は何も語らずして、心を包み込み支える不思議な存在でした。根元にたたずむと深い静けさが全身を包んでくれました。そして、背中に背負った3本のラブフルートを吹くときに広がる深く優しい響きの源にたどり着くような感覚がありました。

 食事をしているところにやってきたカラスは、明らかに食べ物を求めて鳴き続けていました。その仕草と鳴き声を聞いているうちに、自分も生き物のひとつになって神話の世界に入り込むような感覚がありました。カラスと会話が出来るな...と感じている自分。そこへ北海道ではほとんどみられないカマキリが登場。まじまじと見つめてしまいました..。

 木漏れ日に浮かび上がる紅葉の輝きを楽しみ、さらにはシラサギの真剣な捕食行動も楽しみました。その動きはドジョウすくいのおじさんよろしく見事な足運びとキョロキョロとした目の動き。待ち合わせの時間は飽きもせずたっぷりシラサギを眺めていました。

 さらに丹精こめた菊たちの美しい姿のオマケ付で、のんびりあったかな秋の散策になりました。フルートを吹き交わす夜に向けて心地よく、穏やかな時間を過ごせたのは幸いなことでした。たどった時間や空間が音の響きに繋がりますからとても貴重な時間になりました。

 急な展開にもかかわらず、ラブフルートを背負ってやって来て下さる方々。それはとても嬉しく感謝なことでした。ラブフルートの遠吠えは、意外な展開で初めてフルートの音色に触れてみたいと思われる方々を加えてちょっぴり大きめのラブフルートリングになりました。

 会場の入り口で、顔を合わせたことのない方々が待っていました。その姿を見ているだけで、嬉しさや感謝と共に頭の下がる思いでした。途中で届いた電話先で、声をかけていただいたけれど都合がつかなくて..との声。その方もまた、ラブフルートリングの一つなのだと思います。

 北海道の小さな町の、これまたちっぽけで車庫より狭く小さな工房で作られたラブフルートが大都会の会場で、色んな人たちを連れ立ってやってきたのです。わずかな時間、ただ笛を吹き交わすために遠くから疲れた体でやってきた方々。こういう方々と、人生の時間を共に過ごせることの幸せを強く感じました。

 求める方々にラブフルートを作ってお渡しし、必要に応じて出来る範囲でフルートの楽しみや喜びをお伝えする。これが自分に与えられた人生の音色であり、響きなのでしょう。そして、ラブフルートを吹いておられる方たちの音色、音の流れを耳にしていると、まるでわが子がその方との出会いを喜びながら歌っているように感じました。
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2007/11/10

笛旅・出会い旅  ラブフルート

 ゼネコンさんのハードな作業を二日間。その後、へとへとになりながら神奈川県の藤野の小学校を改造したところで宿泊、ガイネさんと笛吹きまくり、喋りまくりで真夜中の3時半過ぎまで過ごしました。

 大きな時計と黒板があって、オーナーも管理する人もなく、たった一人で廊下辿ってひろ〜い教室で寝ました。スペースがあるところにたった一人で寝ると、何かありそうな気分になるのが不思議でした。それぞれに疲れてるはずなのに、次から次へと吹いたり話したりの楽しい夜でした。朝、迎えに来てくださったときにオレンジ色のバンダナにくるまれた小さなお結びをいただきました。ご馳走様でした!長い待ち時間にホームのベンチでゆっくりいただきました。

 ガイネさんに明日はどうするのですか?と尋ねられて、成り行きに任せますとしか答えられませんでした。木曜の夜のレッスンだけは決まってましたが..藤野の駅まで送っていただいて、ふと携帯を見ると午前中から1時頃まで時間あいてますがいかがでしょうか?とDさんからの伝言。東京か横浜に出てみようかと思っていましたので、八王子からの連絡はタイムリーでした。八王子までの電車の待ち時間が勿体無いので、手前の高尾で待ちあせて、ラブフルートを巡る不思議な繋がりのあるお店で個人レッスンになりました。お昼を食べる時間も惜しんでフルートレッスンと会話の時間になりました。

 Dさんに、八王子に駅まで送っていただき、時間取れますと連絡のあったKさんに電話をし、横浜の山下公園でフルートを吹こうということになりました。それはそれは美しい港の灯りの見える芝生に座って数時間吹いたりお話したりしながら、中華街のお粥の美味しいお店を探して何とか夕食になりました。すご〜くお腹すいてましたから、美味しくてザーサイおかわりしてしまいました。

 その後、二人で恵比寿に向かいました。こんどは女性のKさんを交えたフルート交流になりました。Kさんは、まだラブフルートの音色を聴いたことがないということと、現在注文中のフルートの素材をもう一度確認したほうがいいかなということになりました。男性のKさんは千葉方面から来てましたので最終に合わせて帰宅。その後しばらく女性のKさんとフルートを巡るお話。彼女のサポートで新宿の宿泊がなんとか出来ました。まだ、お会いしていないのにミクシイでの交流やお電話でのお話を頼りにお願いしてしまいました。結局最終電車でホテルに向かったのですが、電車が遅れて1時間以上ホームで待ちぼうけ。ホテルの門限をはるかに越えてしまいました。

 翌日は、夜のレッスンまで何もすることがないけれど、どうしようかな〜と歩き出し、高島屋の屋上から景色を眺めていると眼下に広い緑が見えました。どこだろう..緑の空間を散歩してみようかと思っていると、笛を背中に背負った変なおじさんを不審に思った警備員さんが声をかけてきました。そのついでに、あの広い公園のようなものはなんですかと尋ねると、新宿御苑ですとのこと、早速コンビニでお結びを買って出かけてみました。なんと広い、しかも巨木を含めて樹木たちの立派なこと!菊祭りの時期でした。そういえば皇族の方々が菊を眺めている映像や写真を思い出しました。

 公園を巡り、ベンチでお結び。ゆっくり移動していたところにMさんからの電話。あまりに天気がいいし、仕事も暇な感じだから、そこに行ってもいいですかという話になりました。ふらりふらりカメラ片手に散歩していると、シラサギが真剣に小魚を狙っている様子が見え、楽しく過ごしました。やがて、お友達を連れてこられたMさんと3人で、いいね〜の連発で過ごしました。園内の楽器の演奏はご法度なので、やや残念でしたが、気持ちのいい散歩でした。とはいうものの、私の足はぼろぼろ、限界に近づいてました..。

 夕方、レッスン会場の近くで夕食。Mさんのご主人のTさんもやってきて、さらに前日横浜で一緒に吹いたKさんが合流。会場に向かうと、入り口で待っていたのはTさんとDさん。その後Nさんも加わりました。
さらに会場に来ておられた方々も興味があるということで急遽参加となり、気がついたら15〜16名のラブフルートリングになっていました。その時のことは、また別に書くことにます。

 振り返ると、笛ばっかり吹いて、お話して..戻った翌日には、別のところでまたまたラブフルートリングのレッスンが始まります。どうやらラブフルートの遠吠えは、今回もまた新しい風を呼び起こしたようです...。
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2007/11/9

手動レンジファインダー・カメラ  雑感

 先週、神奈川・東京方面に出向く直前にデジタルカメラが壊れてしまいました。コンパクトで本格的機能のカメラでしたが、レンズカバーがあまりにも華奢でした。急遽予備のデジカメと完全手動のレンジファインダーのカメラを持って出かけることにしました。ズッシリ重たいので旅向けとはいえませんでしたが、一緒にいたいカメラでしたからついて来てもらいました。

 久々の感触を確かめながらファインダーを覗き込みピントを合わせる。絞りも、シャター速度も手作業でフィルムの巻き上げも手動。電池切れとは無縁です。シャッターを切ったときに始まって、果たしてどんな風に写っているのだろうという期待と不安が交錯する時間。現像されてくるまでの時間、フィルムを見ながら焼いてみたい画像を選ぶ時間、そして写真になって手元にやってくる瞬間。この流れの中でシャッターを切るのです。

 軽くて、何でも出来て、簡単に写せて、写した画像をすぐに見直して、駄目ならもう一枚。それは数分か数十秒で終わります。しかも、写した画像を色んなイメージに変化させることも出来ますから、魔法のような道具です。

 実は、久しぶりで使った手動式レンジファインダーのカメラ。最初のフィルムは、楽しんで写したはずなのにフィルムが巻き上がっていませんでした。やや巻き上げに難があるなとは思っていましたが、しばらくぶりなので初歩的な確認ができていなかったのです。フィルム入れ忘れてたことに気付いたときの唖然とした感覚とは、また違う残念感でした。それでも、ファインダーを覗きながらじっくりとシャッターを切る時間は楽しいものでした。
 
 せっかくのお気に入りなのに、初歩的な確認が出来ていない。それはとても勿体無いことでした。それは、そのままラブフルートの基本的な確認の大切さにも通じるように思います。まず最初に、本体とプレートとバードのベストポジションを探しましょう。フルートを手にして、本体の感触を確かめ、指の穴が自然に自分の場所を見つけられるようにしてから、息を吹き込みましょう。あれこれとたくさん指を動かさず、一つの音の響きと自分の心が繋がる感覚を最初に見つけられるように過ごしましょう。これは頭で確認することではなく、実際にそれを試み、実際に知ることへと向かうプロセスなのです。

 1ミリの半分を動かそうとするか、しないかでまったくの別世界が生まれてくるのです。人は様々な知識や情報に接して認識することはできますが、自分の心で生きて具体的な一歩を踏み出すことは難しいように思います。別な視点から言えば、どこまでも自分を守り続ける一方で、何かを得ようとすること。この矛盾した状態のままに過ごし続けて、疲れや欺瞞や苛立ち、虚無感が生まれやすいということかもしれません。

 そういえば今回持って出かけたカメラ。お気に入りではあるけれど、どんな風に扱えばよいかじっくりと考えたことはなかった...ような気がします。自分とちゃんと繋がってる人やものがどれだけあるのだろう..そんな思いのよぎる数日間でした。 
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2007/11/4

ちいさな試み・じっくりと  ラブフルート

 同じ音程(D管)のラブフルートを吹き比べてみて、様々な違いを感じています。一本は桂の埋もれ木で70センチ以上。内径は24mm。もう一本はミズナラの木で長さはほぼ同じですが、内径は30mmプラス。外径は50mm以上ですから、内径20mmのレッドシダーフルートがすっぽり内径に入ってしまいそうです。

 木の種類が違いますから、響きが違って当然なのですが同じ音程なのに随分と印象も吹いている感覚も違います。中肉中背でやや骨格のしっかりした人が出すレの音と、太さが倍くらいある人から出てくるレの音の違いでしょうか...。倍音の違いが主な要素なのでしょうが、太くて長いラブフルートの音色は、全身を包み込むような柔らかく深い不思議な感覚を呼び起こします。

 最近は、この二本のラブフルートを吹きながら浮かんでくる様々な思いをゆっくりと取り出して、音の響きの不思議さを新たなスタンスで感じる時間を過ごしています。

 この秋から、ご注文いただき、ご要望に合わせたオーダーのマイフルートの製作とはややスタンスの違うフルートの準備を始めています。これまでのわずかな経験を少しずつ反映させて、自分が作ってみたいと心を動かすようなラブフルートをじっくりと作ってみようと思っています。北海道の大地の中で感じてきた感性と繋がるラブフルートの製作です。

 勿論、簡単なことではありませんが、ラブフルートがネイティブなものになるプロセスとして自然な流れとも言えそうです。それは自分が自分であることの意味を知る旅と言い変えられるのかもしれません。分からないことだらけで、確かめてみたいことが山積みですが、何よりも自分の感覚、価値観や意識の変化を見つめながらコツコツ取り組み続けたいと思っています。
 
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