2008/4/28

二輪の桜  雑感

 例年にない暖かい4月に誘われて気持ちよく笛の音と過ごしていたはずが、夜の冷気ですっかり体を冷やして春の風邪に誘われて2週間ほど体調が優れず、メモしたブログの原稿も断念しました。なんとか日中は作業や接客に専念していたものの、夜は完全ダウン。飲まず食わずで20時間ほど、寝て過ごしました。

 まだ完全に調子を取り戻してはいないのですが、20時間ならまだしも、そのまま寝込んでしまうことだってあるのだ...と思います。それは勿論自分で選択できることではないのですが、改めて色んなことを考えさせられました。自分が健康であるという前提で立てられた人生が、足もとから崩れる時、自負心は根底から覆されてしまう.....。

 池の金魚に餌をやらなくてはと思って、ほんの少しだけ外に出たのですが、庭の桜が2輪ほど咲いているのが見えました。気温の変化が激しく、突風や雨もありで、桜もなかなか大変だねと声をかけてしまいました...。

 その一瞬の輝きと共に散る桜が、伝えていること。長く厳しい冬を過ぎて待ちわびた春に咲き、刻々と変化しながら瞬く間に散っていく姿は、喜びと別離がどれほど素早くやってくるかを告げているのでしょう。加えて、新たな時を待つ忍耐の必要を伝えているのかもしれません。

 それは悲しいことでも、悲観的になるようなことでもないのでしょう。誰しもが心の奥に感じている秘かな思いを鮮やかに、そして美しく告げているように思います。だからこそ、今という時を無為に過ごさず、与えられた束の間の時を楽しく豊かに過ごすようにと心を促しているような気がします。
 
 美しい桜たちの時期を過ぎてしばらくすると、あのシウリザクラが山で花を咲かせますから、その時は山の中で静かに過ごしたいと思っています。6月頃に咲くのですが、今年はシウリザクラも早めに咲くのかもしれません。人目に触れることが少なく、知る人も少ない地味なシウリザクラは、密かに自分の時を待っている事でしょう。

 もし、見に行きたいと思われる方がおられましたら、その場所をご案内しますので、連絡してください。近くに古くて小さな温泉もあります.....。
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2008/4/16

光を浴びるクロッカス  雑感

 光に浮かび上がるクロッカスが小さな庭に並んでいました。全身が花といっても良いほどで、地面に直接花が咲いているような楽しさとかわいらしさがいっぱいです。春になると真っ先にさくクロッカスは口を大きくあけて合唱している春の妖精のようです。

 硬く凍てついた大地から浮かび上がってくるクロッカスが嬉しくて、庭にあったコンクリートの塊に腰かけてしばらく過ごしました。こんなに美しく可憐な花たちが時の旅路に待っていてくれるのは幸せだな〜と感じて過ごす少し暖かくなった4月の一日。

 猛烈な冬がつい少し前まであったというのに.....。雪解けの激しい流れのように時間は足早に過ぎ去り、次の季節に向かっています。時間の貴重さをひしひしと感じます。4月も半分過ぎて、一年の3分の1が終わろうとしています。6月のライブのお話をいただいて、半年があっという間にやって来そうです。

 淡々と流れる時間の中で、自分の人生の残り時間を確実に意識しながら過ごす一日。木の笛を求めて声をかけてくださる方々が自分の命を繋いでいるのだな〜と感じます。母が亡くなり、父が亡くなり、独りで過ごす小さな家に足を運んでくださる方々は、さして見るところのない野の花に光と水を注いでくれる天使かも知れない...と感じています。

 少し前に、楽器作りの大先輩で演奏家のKさんのお宅を訪ね、いろんなお話をしたり一緒に笛を吹いてのんびり過ごしました。彼のところにも、ちゃんと天使がやってきているようでしたから、ちょっとホッとしました。彼が大切にしている黒壇の角材。死んだら上げてもいいけど....と笑いながら言ってましたが、なんとなく、自分の方が先に死ぬかもな〜と思ったりもしました。真面目に身辺整理しておかなくてはと感じたので、ひときわクロッカスの輝きがまぶしく感じたのかも知れません。
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2008/4/16

メチニスの傷  雑感

 草花の芽生えを楽しみにしていたこの時期に、メチニスが一匹死んでしまいました。一見ピラニアに似た感じの熱帯魚ですが性質は穏やかで地味な印象です。

 この子が死んでしまったことは、ちょと辛い気持と繋がっています。この子は、もう一匹のメチニスと一緒に育っていたのですが、とても臆病でちょっとしたことで死ぬほど驚いて暴れては体に大きな傷を負っていました。

 生傷が絶えず、治りかけたと思ったら、また新しく生々しい傷を負ってしまいます。その繰り返しを何とかしようと工夫していたのですが、結果的に致命的な深手を負ってしまいました。その個体が持っている性質は、何とかしなければと思ってみるけれど、結局自滅してしまうことが多いのかもしれません。

 彼は水の中で生活していました。掌に乗ってしまう小さな命でしたが、とても存在感がありました。自分が水の中に入って傍にいてあげることもできませんでしたから、戸惑いながら毎日が過ぎて行きました。
雪がなくなり、地面も柔らかくなっていましたので、埋めてあげたのですが、何か不思議な気持ちが残っています。

 これに似た現象が、人間同士でも起こっている....という感覚がなかなか消えません。どうしてだろう、なぜだろうとは口にするけれど、その先がない......。表面的な現象に対する、自分の判断や反応はあるけれど、そこから先に踏み込むことはない。そうやって時間が流れていって、思いがけないと感じさせるような出来事が起こる。

 内情を知って、口惜しさが残るけれど、破綻を取り戻すことはできない。この苦々しい感覚が、いろんなところで起こっているけれど、身近にそんなことがあるとは気づかないのかもしれません。心が深く傷ついてしまうと、その傷が治癒するためには、長い忍耐の道を辿ることになるでしょう。その傷を埋め尽くすだけの真摯な心との出会いに治癒の可能性があるのかもしれません。

 苦痛や恐怖を経験した心は、様々な形で対人関係や周囲との繋がりにトラブルを引き起こしますが、その根源にある辛く厳しい状態を理解してもらうことは難しいでしょう。多くの場合、理解されるという期待は失望と諦めに変わり、メチニスのように自虐的状況に至ることもあるでしょう。現象の受け止め方で、メチニスは手のつけられない暴れ者とされるのか、手のかかる臆病者とみなされるのか......。心の根元まで見つめ、受け止めてくれるものがなければ、誤解と悲しみは続くのかも知れません。

 フルートを吹きながら感じることの一つは、生かされている瞬間の大切さ、心を繋ぐことの大切さかもしれません。自分はいろんなことを思い、あれこれ自分を正当化する言葉を繋いで生きているけれど、自分を守ること以上のことは何もしていないのではないか.....と。

 表面的には分からないけれど、あのメチニスのように自分傷つけてしまう生き方から抜け出せずに行き詰まり、その人が死に至るまで気づかない。そういう生き方をしていないかと....。自分のことよりも、相手のことを心底思い、心を寄せる。そういう時間が人生にどれくらいあるのだろう....。

 自分自身が傷を負ったメチニスであったり、時にメチニスを見つめる自分であったり。そういう旅路を辿っていることを、改めて思い返した一日でした。
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2008/4/14

フキノトウが並んでた  雑感

 和室の窓の下、物干し竿の足元にフキノトウ発見。若草色に輝いてる姿を見つけて、はっとしました。しかも、ふたつ仲良く並んでいました。少し歩くといろんなところで芽を出し始めていることに気づいてはいましたが、自分のすぐそばに予想外に顔を見せてくれると、とても嬉しいものです。

 このふたりは、長い冬を待ち続け、何やら話しかけたり、うなづいたりしながら春を待っていたのでしょう。随分仲良くお揃いで咲いてくれました。素朴に、仲良く、一緒に....この素朴な生き方を人はどこで知るのでしょうね.....。仲良く過ごせる時間は、あまりにも短いのに....。

 少し離れたところではクロッカスが小さな芽を出し始めました。いよいよ春だな...と思って、周辺を見るとチューリップが葉を出し始めてました。木々の芽も準備万端、順調に春の歌のコーラスに参加しようとしています。こうして春になると、いつも「あと何回春を迎えられるのかな...」と呟いてしまいます。これで最後ですよと言われる時が来るでしょうから....。

 これから足を踏み入れる自然の中には、去年の秋の枯れ葉たちと、新しい芽生え始めた木々の芽とのアンサンブルがいっぱい生まれそうです。わずかに残った雪の世界に、さよならまた会おうとささやきながら、新しい春の中に溶け込んで浮かんでくるリズム、響き、流れを感じる時間が楽しみです。

 時を操り、自分なりの計画を実現しようとする人間の思い込みが当然のように社会を先導しているように見えるのは、錯覚にすぎない....。あの大きな柳の樹の下にいると、そんな思いが浮かんできます。
 
 人は心の奥深くにある自分の道、自分自身の声に気付くまで関わる人たちを矛盾や混乱の中に引き込み続けるのかもしれません....。

 純真に自然と繋がり木の笛と心を合わせて歌う....。いったいどこで、どうやってそれを知ることができるのでしょう。その心の状態を知った時、初めて愛の笛を奏でられるのかもしれません。同時に、奏でる人と同じ心の状態になった時に、その笛の音の意味を感じ取ることが出来るのでしょう。

 男は、愛の笛を奏でることを知る旅に出て、女はその音色を聞き分け、心の根元を知る旅に出る。それは、誰が笛を備え、どのように手渡されたかを知ることでもあるでしょう。こうして始まった愛の笛の伝説は、この時代の中でより広く深い意味を持って伝えられていくのではないかと思います。

 フキノトウが二つ並んでいた......。その二人から受け取ったメッセージでした......。
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2008/4/9

ひさびさの楽器店  雑感

 久々に楽器店に足を運んでみると随分様子が違っていました。ピアノやエレクトーンの発表会らしく家族総出で会場に集まる人々でごったがえしていました。音楽・楽器と言えば、ピアノ、バイオリン、いろんな管楽器という構造はいつから始まったのでしょう。

 ピアノは勿論、レコードプレーヤーもない家庭に育った自分は、音大を目指していた先輩の横でピアノを教えてもらい、紙鍵盤で黙々と練習をしていました。経済的に全く可能性はなく、聴力障害もありでしたから音楽の世界は随分遠くにありました。

 必死でアルバイトをし、全力を注ぎこんで手に入れようとしたフルートはあまりにも高価すぎてあきらめました。母が見るに見かねて、父に懇願し、不足分の援助をしてもらい、やっとの思いで手元にやってきました。それは最低価格のスチールフルートでしたが、手にしてからは朝一番の列車に乗って誰もいない音楽教室で毎日吹き続けました。養護教諭の先生が、フルートの音色を楽しみに聞いていたことを卒業の頃に知りました。

 楽器があまりに高価で手に入らない。その経験を、今回楽器店に行って改めて思い出しました。ゼロの数がたくさん並んだ楽器たちを見ていると、どうして音楽をすることがこんなにお金と繋がってしまったのかな〜としみじみ思います。まして、レッスンを受けるとなると、次々とお金がかかってしまいます。それは裕福な人々にとっては、ひとつのステイタスなのかもしれません。

 長く経済的に厳しい旅を続けていますから、音楽といえばお金がかかるという公式が出来上がって、そこから先に進めないという感覚がどこかに残っています。

 ですから、出来れば、音楽という言葉のイメージが、もっと根源的な生きる喜びそのものと繋がって行けたらいいなと思っています。この日は、キタラ大ホールでの交響曲を聴きに行ったのですが(ご厚意でチケットを頂きました...感謝)、金色に輝くフルートの音色を聴きながら一層色んなことを感じました。

 お渡ししているラブフルートを高価だと感じる方もおられるでしょうし、労力を考えると安いと思われる方もおられるでしょう。価値判断はさまざまかと思いますが、作り手としては二つのことを思っています。

 ひとつは、労力に見合った金額を手にすることではなく、求める方々のために労力を払い、心を尽くして生きられる人生を感謝すること。求められた方に喜びや元気や慰めが生まれるようなフルートを作ること。もう一つは、受け取ったお金は次に出会う人たちの喜びのために、出来る限りその出会いのために使わせていただくということです。

 一本のラブフルートと出会ったことが、それぞれの人生を豊かなものに繋げていけるといいなと思っています。店もなく、工房は仮設小屋ですから、せっかく訪ねていただいてもがっかりする方もおられます。なんだ普通の家だ...と。

 実際は、普通よりかなり古い築44年の平屋住宅で床はあちこち沈んでいます。ただ、手の届かない鍵付きガラスケースの中で0がいくつも並ぶフルートはありませんので、安心してお出かけください。
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2008/4/5

蝦夷山桜  ラブフルート

 エゾヤマザクラの板材が工房にやってきました。ひき割った板材から、果してどれくらいの部分がラブフルートになり、バードやボタンになるのかじっくり眺めながら取り組み始めています。これで工房には三種類の桜が集まりました。

 ひとつはシウリザクラ、もうひとつは九州からやってきた桜(詳しい名前がわからないために掲載されていないもの)、そして今回のエゾヤマザクラの3種類です。

 先日ミモザコンサートのあった札幌百合が原公園でエゾヤマザクラが咲いていてまだ見られそうでしたので、洗濯をして熱帯魚の水替え、池の掃除をして金魚たちを移動したら出かけてみようかと思ってます。

 激しく唸るマルノコで切り込まれたエゾヤマザクラの木は、切り倒されて、板になっただけでも相当ダメージを受けているのですが、さらに細く切り込まれてショックから立ち直れないかもしれない.......。しかも、まだまだ試練は続きます。

 カンナで削られ、円くくり抜かれて、強烈に絞め込まれてじっと耐えなければなりません。その後、なんとか締め付けから解放されたと思ったら、胴体に穴をあけられ、さらに手カンナやヤスリなどで削られてしまうのです。工程の詳細は省きますが、随分と色んなプロセスを経て、一本のラブフルートになります。

 この間は、じっと流れに身を任せなければなりません。こんなにたくさん、こんなにいろんなことを辿らなければならない.......一体自分はどうなってしまうのだろう。こういう嘆きは何度も繰り返されます。

 こうしてラブフルートとして旅立つ前に色んな経験をしていますから、旅に出たラブフルートたちを、あの子、この子と呼んでしまうのは、自然な感情かなと思っています。

 勿論、旅立ってからも色んなことが待ち受けているでしょう。自分がラブフルートとなり、人とひとつになって歌う喜びを知るまでには、さらに忍耐が求められるかも知れません。いつかわが子が出会った人との生活を喜び笛となった意味を知ることが出来ればいいな〜とそーっと思いめぐらしています。

 桜の咲く季節から少し遅れるかもしれませんが、エゾヤマザクラのラブフルートが一本くらいは生まれてくるかもしれません。どんな歌を聴かせてくれるか今から楽しみです。
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2008/4/2

木・遠い記憶  雑感

 真夜中に不思議な声が聞こえてくる。一体なんだろう....。獣の声だろうか?

 やがて、それは近くにある巨木が大量の水を吸い上げている音だと分かった。

 これは、木にまつわる書物の中に記されていたエピソードです。

 だとすると、木々はラブフルートとして歌い始めるはるか前に、森や林の合唱団として歌っていたのではないだろうか。吸い上げる水の響きに体を震わせて歌う木々たち......だったのではないでしょうか。

 思い返してみると、幼い時の建物はガラス窓とわずかな金属部品以外は、全部木で作られていました。ストーブは薪を燃やしていましたから、ずっと木に支えられて生きていたことになります。屋根もマサ葺きでしたから、まさに木のお家でした。こんなに木に助けられていたのに、木に感謝した記憶がないのは寂しいことです。

 かすかな木の記憶のひとつは、イジメにあって数日で辞めた保育所に向かう道のわきに高い塀がありまして、その塀の向こう側に、大きな果樹園があり、そこで見たリンゴの木を思い出します。友達に肩車してもらい中をのぞくと、番犬が数匹いて激しく吠えられました。その時、一瞬だけ、たくさんのリンゴの木が見えました。

 もう一つの記憶は、分厚く氷の張った川を渡った向こうに山がありまして、スキーで遊んでいた時の記憶です。いつも、山に登ると、あの林のところまで登ったら滑り降りると決めていました。木は目印でした。

 最後は、お正月のことです。とっておきのごちそうにと地主兼大家さんから鶏をもらってきた時の事です。父は二人の息子を呼んで、これから鶏を絞めるから見ておけと言いました。多分若かった父は、初めてその儀式をとりおこなったのだと思います。マサカリで鶏の首を落としました。それはほとんど信じられないような出来事でした。猟奇事件のような光景でした。

 首をなくした鶏が雪原を駆けだし、雑木林にぶつかって倒れました。長男である私は、父に命じられて鶏を持ってこいと言われましたが、無理でした。

 不可解さと理不尽さと恐怖が入り混じったショックがしばらく残りました。その時の雑木林がやけに印象に残っています。

 結局、鳥への恐怖はずっと残りました。皮肉なことに、その日の夜に食べたお雑煮の美味しさは格別でした。その感動はいまでもかすかに残っています。そこには、あの鶏の肉が入っていると教えられたのです。これは、自己矛盾に直面した最初の記憶かも知れません。

 家族のために貴重な鶏を処理した父は、足を縛ることも、頸動脈を切って吊下げることも知りませんでした。父になることも、家族に美味しいものを食べさせたい一心で勇気を振り絞った気持ちも経験していない自分は、長く残虐なイメージの父がつきまといました。

 雑木林を見ると、いまでもかすかに当時の記憶が浮かび上がってきます。雑木林は、風に揺られて歌います。

あの時見た出来事の意味をもう一度思い返してごらん。気付かなかったことが見えてくるかもしれない。

決めつけや、思い込みがどんなに人の心を苦しめるか.....。

いのちを与えあうことから、何が生まれてくるか.....。

木がその体を分け与えてくれたこと、そこに私たちが心を注ぐ時に生まれる響きの不思議、その奥にあるもの......。
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