2008/8/22

音を聴きたい....  ラブフルート

 今回の日記は、3世代ラブフルートの旅立ちをされた方とのやり取りを、ご本人の了解をいただいて転記させていただきました。

> なのさん。こんにちは!!
>
> > 8月14日のブログ「インドの笛の音とラブフルート」を読みました。
>
> 読んでくださったのですね!
> ありがとうございます。
>
> > >素朴で、単調すぎるとも言えそうなドラムの響き。抑揚の少なく、音域の狭い、音量の乏しいラブフルート。それが何を意味し、何をもたらすのか、改めて静かに思いめぐらしています。一オクターブをわずかに越えるだけの笛に何が出来るのか.....。
> >
> > の部分。
> > なんか胸にぐっときました。
>
> このあたりが分かれ道ですね〜(^^:)
>
> > 夫にラブフルートを吹いて見せたとき、「音域が狭い」と一言。
> > 子どもたちが吹くのにもリコーダーのほうが色々な曲が吹けるから、
> > リコーダー&ピアノを中心にしてほしいと言われて「ガ〜ン」と落ちてました。
>
> 落ちてみると、いろんなことに気付きますよね!
>
> > (子どもたちは、ピアノは耳コピーで弾いているのですから、おもちゃみたいなものなのに…。)
> >
> > 夫は絶対音感があるから、ちょっとの音のずれも許せずこんなこと言うのか?
> > それとも、私より音楽にたくさん触れて生きてきた人だから、曲とか音域とか、音楽を理論で考えているのか?
> >
> > 謎なのですが・・・。
> > (もしくは、自分だけ持っていないからスネているのか 笑 )
>
> 謎×謎=確かにそのとおり..音域はせまいし、音程も悪いです
> 物事を、良し悪し、善悪で捉えると、この世はダメばっかりかもしれませんね...
>
> そうじゃない、こうじゃなければというものの見方は、人を縛って
> 良いもの、出来るものには優越感、悪いもの、出来ないものには劣等感や反発心を与えますよね...
>
> それが音楽であろうと、なかろうと、自分の価値観や言動が何を生み出すかをじっくりと見つめる...そんな場や時間があるといいですね
>
> お互いが価値観を提示するだけで終われば、それは価値観の質の問題ではなく、価値観そのものが意味するものを見失うことになるかもしれませんね。
>
> > 私は、感覚でしか音楽を捉えられないので(ピアノ習っていたけれど音符も読めないし、耳コピーにも限界があるし)心に訴えかけてくるこの音が好きなんだけど…と言ってみましたが、あまり伝わらなかったようです。
>
> 言葉のやり取りでは、多分伝わらないでしょうね〜
> >
> > 長女は「曲が弾きたいときはリコーダーかピアノで弾くの。弾きやすいから。 でも、音が吹きたいなぁと思うときは木の笛を吹くんだ。」と言っています。
>
>
> 音の響きそのものが生み出す心の錬金術に気づくまで、しばらく時間が
> かかるかもしれませんね...
>
> > 私には長女の言葉が「全て」な気がしてます。
> > 純粋に音と呼吸と心が一つになれる、なりたい時に ラブフルートが居てくれる。瞑想のような…。 
> >
> > 私はラブフルートで何かを(たとえば演奏家とか)したいわけじゃない。
> > ただ、そばにあって 息をして音を聴いていたいだけ。
> > それで、落ち着くから。
>
> いいですね〜嬉しいお話です
> 体も動かせず、言葉も口にすることができなくても
> そこにその人がいること
> そこから漂う光りのような響き
> ラブフルートが持っている響きは、そういう感じがします
>
> > ブログを読んで、一番最初にラブフルートの音色を聴いた時の感覚を思い出しました。
> > また、SHOさんの演奏を聴きたいです。
> > 今度は夫にも絶対聴いてもらいたいです。
> >
> > 言葉にできない 「伝わってくるもの」 を 知ってほしいから。
>
> 私が待っていた大切な出会いが、このメッセージの中にも潜んでいたことを 心底嬉しく思います。
>
> ただ、ご主人にも絶対聴いてもらいたいという気持ちはありがたくもあり、嬉しいのですが、ちょっと待ってみてください。
>
> そして、聴いてもらう機会を持ちたいという波を鎮めて、御主人の心に調度届くようになる時を待ってみてください。
>
> なのさんが大切な時を待とうという思いが満ちたとき、何かが待っているかもしれません。
>
> もうひとつ、付け加えるとしたら、私の演奏ではなく、二人のお子さんやなのさんやおばあちゃんの音色が十分その響きの意味を伝えてくれるときがあるような気がします...
>
> > 長文、失礼しました。
> > また、遊びに行かせてくださいね。
>
> フルートを受け取りに来られた時の、三世代フルート吹きならし時間。よかったな〜。四人の姿からあふれてくる輝きそのものが、まさに音の響きそのものでした。
>
> SHO
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2008/8/18

月風  雑感

 輝く満月を見上げた時、感じた空気は秋。朝の風が秋を知らせてくれた....。そういえば、景色の中にススキがチラホラしていました。

 ふと思い返すと、四季の感じ方が微妙に変化しているな...と感じている自分がいます。子供のころの四季は、くっきりと記憶されているような気がします。やらなければならないことが気になっていると、季節はあとからぼんやりと感じるだけで時間は嘘のように早く過ぎ去っていくような気がします。

 四年に一度のオリンピック。あたかも四季のように巡ってきます。あと何回オリンピックを見られるのかな.....と思ってみたり、2月に生まれた自分は、どんな季節にこの世を去るのだろうと漠然と思ってみたり....。どうやら、気分も秋風に誘われてどこかへ流れていくようです。こんなときちょっぴり切ないメロディーが流れてきたりすれば心の空きに秋風が染みるのかも知れません。

 何かが終わることと、何かが始まること.......。それを終わりと呼ぶか、始まりと呼ぶのか..........。どこに人生の視点、価値観を置こうとするのか。言葉を連ね、思いを綴るもよし、沈黙もまた秘かな愁いとなる。

 無性に笛を手にしたくなる......。自分の知らないところから涙が溢れてくる......。自分の内にありながら、まだ触れたことのない心。それを静かに見つめてごらんという季節が来た...........。

 言葉にしてはいけない心の思い、言葉にならない心がある.....と思う。沈黙の中に響きを感じる季節が始まりましたね。

 きょうはトウモロコシ買いに行こうかな................。
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2008/8/14

インドの笛の音とラブフルート  ラブフルート

 インド古典音楽のライブのお誘いを受け、珍しく外出。生活のすべてが音楽の中に浸っているインド音楽の世界をじっくりと感じることができました。複雑なタブラのリズムと単調なタンプーラの響き、流れ踊るバーンスリの流れが交差しながら時を満たしていく...笛の音が持っている独特の世界を改めて味わう時間でもありました。

 笛の大先輩のKさんから声を掛けていただき、思い切って出かけてみました。連日のハードな作業と展示会の搬入があって躊躇していたところへ思いがけない電話が入ったのでした。へとへとながら嬉しいお誘いでした。潜んでいた思いを動かしてくれた関わりに感謝でした。音楽を愛し、黙々と裏方に徹するKさんの姿もまた、美しい響きとなって心に残っています。

 会場では懐かしい方々や音楽関係の知人と顔を合わせることもできました。そんな中で、新たな意味でラブフルートの世界を思いめぐらすことになりました。自由さと厳格さと奥深い論理が統合されたインド音楽の世界とは対照的とも言えそうなネイティブアメリカンの音の世界。

 素朴で、単調すぎるとも言えそうなドラムの響き。抑揚の少なく、音域の狭い、音量の乏しいラブフルート。それが何を意味し、何をもたらすのか、改めて静かに思いめぐらしています。一オクターブをわずかに越えるだけの笛に何が出来るのか.....。確かに狭くて乏しい音域の笛ですが、これがどうして「世界にいるすべての鳥たちや動物たちが、力を合わせて、おまえのこの縦笛を作ってくれた。」と語られているのか。

 私には、音域の狭さよりも、この「愛の笛」の中で語られている言葉の意味と繋がることに心が引き寄せられます。思いつく限りの様々な手段を取り入れた音楽が、目まぐるしく生まれては消えていく中で、何故人の価値観や技術や思考の結果ではなく、命ある生き物たちが力を合わせて作ったと語る笛が自分たちの近くにあるのか...。語られた言葉を信じて受け取り、自分の息(いのち)を注ぐ笛。このあたりを、もうしばらく見つめていきたいと思っています。
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2008/8/6

つまみ食い連鎖  雑感

 ちょっとの息抜きの後はめまぐるしい毎日が待っていて、気がついたらブログの書き込みは激減。
8月は少しは余裕あるぞ〜と思ってますが、じわじわと予定が入って......。それでも、今までよりはややゆったりです。

 工房に行く前に、つまみ食いしていたレッドラズベリーもなくなり、イエローラズベリーもそろそろ終わりそう。しっかりジャムも作れました。彼らは小さな庭で、ちゃんとバトンタッチしているようで、今度はブラックベリーやブルーベリーが実を膨らませ始めてます。プルーンがそんな様子を眺めながら、自分の実る時を待ってます。

 今は、つまみぐいのために「ばら撒き菜園」を途中に設置して、ちょっとピリ辛だな〜とか、甘みがあるなとか楽しみながら自然の元気をいただいています。

 工房の中には、いままでいたことのない樹木たちが集まっています。高野槇、イチョウ、イヌマキ、リグナムバイタ、パープルハート、ローズウッドなどなど。いつかどこかに旅立って行くんだろうな....と思いつつ一緒に過ごしています。これらの樹木については、別の機会に少しづつ書いてみるつもりです。

 人との新しい出会い、樹木との出会い、新しい響きとの触れ合い。そういう中で、じっくりと自分の心も育まれているなと感じています。大好きな夏の光と風をいっぱいいただいて、これから少しカラマツフルートの音色を感じてから工房にこもるつもりです。
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2008/8/2

書店・雑踏・雨の夜  雑感

 札幌駅そばの大型書店紀伊国屋さんのインナーガーデンでの2ステージ。大きなガラスの壁の向こうは足早に通り過ぎる人々。反対側には大量の書籍に群がる人々。その中間にある空間で素朴な木の笛とインディアンドラムの響く時間を過ごしました。

 会場では、予期しない必然的な出会いが幾つかありました。ご夫妻でラブフルートを持っておられるOさんの感想は、森の中で似合うと思ってたラブフルートの音色を都会の真ん中で静かに聴くのもいいものですね〜というものでした。木の音色が響くと、そこに森が生まれてくるんですよ.....と答えながら、音色の植林家気分を楽しみました。

 いま、外は雨。最近のライブで、タオスの雨の夜という曲をそ〜っと吹かせていただいているのですが、この音の流れはあまりにも素朴(単調)で、人前で演奏してもパッとしないだろうなと思って、たまあにしか吹くことはありませんでした。

 ただ、外で雨が降っている...それだけの時間をゆっくりと感じる。そんなとき、自分の心はどこへ行くのだろう...そっと辿ってみようか。何らかの方向性や価値観を浮かび上がらせるのではなく、ただそれだけの時間の中で心は本来行きたいと思っているところに向かい始めるように思います。

 心を何らかの価値観に結び付けようとする仕組みが至る所に待ち受けている空間。何かに依存することで自分を知ろうとする試みは、自己という認識の視点を繁雑にしかねません。大量の書籍のとなりの空間で雨の夜の響き。実に象徴的な空間になりました。

 人は何故、こうも急いで本質的なことに接近しようとするのでしょう。分かった、気づいた、知ったという言葉の道を辿り続けるのでしょう。大切なことを探そう、見つけようと気持ちを動かすのでしょう。

 それがそれであることを素朴に感じるという心の状態に気づかずに、動きまわると、いつの日かあるはずのものが跡形もなく消え去っているかもしれません。

 ライブの後から、一枚のファックスが届きました。「今朝、小野さんの吹いた、雨の日の歌のメロディーが耳の中に聴こえてきてきて、目が覚めました。とても良い目覚めの時をいただいています。じっくりと心を傾けて聴くと、後からも自分の心の中に生きてくるんだな〜と感じました。」と。

 雨の降る真夜中に自転車をこいで遠くまで走りながら、いまのこの時に至るまでに、随分いろんな涙を流してきたな....と思い返していました。ひとりひとりの涙と祈りが、心を支え、旅を続けさせてくれる...。雨の夜の音色は、静かにそれを伝えているのかもしれません。
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