2010/3/31

昼と夜  雑感

 久々に遠方からの来客との時間がありました。夜遅くと朝早くに可能な限りラブフルートとの接点を持っていただきました。夜の時間と日中では音の感じ方が違うのでと夜の時間にも響きを感じていただきました。

 夜になると変容するパターンは狼男やドラキュラ、さらには妖怪なども登場するのですが、私たちの心も昼と夜では随分と変化するのだと思います。

 音響設備を使わずに、生の音、自分の呼吸から生まれる木との触れ合いの響きに包みこまれる体験は、ちょっと不思議な気持ちになります。さらに、それが夜の時間になると一層感覚が変化します。

 ふと考えてみると、昼と夜が交互にやってくるサイクル自体が謎めいているような気がします。夜があって、朝が来るのか、朝が来て夜になるのか。たったこれだけでも、随分と生き方や価値観が違ってくるような気がします。

 フルートのレッスンの中に、下から上に向かうのと、上から下に向かう音では、大きな違いが生まれてくることを確かめたり、感じる時間を取り入れることがあります。違って当たり前のようですがラブフルートを奏でるときは、音程の高低の変化をを自在に辿るわけです。そこにはなかなか微妙な自分の中の心が浮かび上がってくるのです。

 小さなスペースに寝転がってみると面白いですよとお伝えして、昨日3人の美しい女性の方々が寝転がってみる体験をされました。一瞬、上下の感覚を錯覚する..のです。現実と、自分の感覚が交錯し入れ替わる...。そこにステンドの光が移ろい、木の響きがくるくる巡りながら自分を包み込むのです。これが、夜のランプやキャンドルになると、さらに違った世界が生まれます。

 中心に演奏者がいて、周囲に寝転がりながら全身に響きを感じる。そんな時間が生まれそうな予感がします。多分これは、スペースが狭くて囲炉裏やストーブを囲んで過ごすような空間だからなのでしょう。

 来られる方が、この建物に気ままに名前を付けて呼んでいるのも面白いと思っています。八角堂、ラブフルート道場、ココペリハウス、はたまたサイロにも見えるらしい..。それぞれが自分の感性や直観で名付ける場所になりそうです。
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2010/3/27

四等分の一つ  雑感

  そろそろ動き出してきた..ワラジムシたち。彼らと同調するように、自分の足元もウズウズし出したようです。正月以来、ライブもなく静かすぎるな..と思いつつ作業に専念していましたが、白紙のカレンダーが徐々に埋まり始め、来訪者の動きも活発になってきました。

 今年はどんなことになるのだろう..未知のまま、白紙のまま時間の方は勝手にスタートして、次々と前に前にと進んでいます。周囲に自由業の人が比較的多くなってくると、よくぞ一年生き延びてるな〜と感じることがしばしばです。

 空高く舞い上がって、食べ物らしいものを見つけると降り立ってみる。まさに野鳥の世界、野生動物に近い存在です。勿論、同じ野鳥でも、餌台を与えられて、安心安全に生活しているものもいるのですが、それもまた順調に生き延びられるとは限りません。

 突発的な出来事が、生命を脅かす危険はいつもあります。ご馳走もあれば、飢餓もある。それらが背中合わせになっているのでしょうが、人間たちの世界はお金という発想を得てから、自分自身や周囲の存在の意味を変えてきたようです。

 今年とは云っても、そろそろ4分の1が終わろうとしています。果たしてどんなことが待ち受けているのか、楽しみながらまずは今日の一日を歩いてみよう...。

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         まじまじと一粒の苺を見つめてみました
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2010/3/20

光と響きがまじりあう  雑感

 部屋の壁に投影されたステンドの光。それは幻想的で、イメージをたっぷりと膨張させ、現実と想像の境を消しさるようでもあります。今回は、お気に入りの赤と緑の光、そして3色がちりばめられた様子を掲載してみました。

 自分が見ているのは、投影された壁の映像なのか、差し込んでくる光。なのか、太陽の光を受け取るステンドクラスなのだろうか。地球を包み込む大気圏、太陽と地球の間を突き抜け、月をも照らし出し、突き抜けてくる光とは何なのだろう。

 光がなければ、自分は存在する一切のもの意味をどのように捕らえるのでしょう。そもそも、光のない世界に意味などあるのだろうか...。

 赤い光は火の鳥のように現れ、次第に変化し、不思議な世界をかもしだします。その赤い光を見て何を感じるかは自由です。しかも、そうだと思った次の瞬間には、新しい姿を見せ始めます。雲がよぎると、幻影のようにゆらぎ、消え去り、再び現れます。


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 緑の世界は、意識を森の中へと誘い込み、その奥にはどんなものでも存在しているんだと信じさせてくれます。だから、この入り口から入っておいでと誘う声が聞こえてきそうです...。


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 この三枚のステンドは色彩とデザインが巧みに繋がっています。それぞれの色彩固有のメッセージ性を保ちながらも、次のステンドに色彩の一部が取り込まれ、さらには造形が次の世界へと繋がっています。


 疲れ切っていたことと、床に寝そべってみたらどうなるのかという好奇心が一緒になって、スペースのど真ん中に寝転がってみました。日も落ちて、かすかな光が部屋に差し込むと、日中の強いエネルギーとは違った静かなエネルギーを感じました。

 フルートを奏でているわけではないけれど、部屋にはある不思議な響きが満ちていました。この時、音の響きは耳で聞くものではなく、こころと一体化した自分全体で感じるものだと再確認させられました。光の像が瞬間の中でうつろうように、音の響きや心の思いもまた、とどまることなく流れ去るのですね。

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      この日は、小さなスペース最初のレッスンでした。
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2010/3/19

空間  雑感

 なかなか動かないもの..たちまち変化するもの。感動を呼ぶもの、無機質なもの。色んなものが混在する自分という不可思議な存在を、一体どこから眺めるのがいいのでしょう。自分の内側を見るというけれど、二つ並んだ眼を内側に向けることはできるのでしょうか。

 目で見たもの、耳で聞いたもの、心に思い浮かんだもの、諸々の知識や経験、過ぎ去った時間ともう少し続くだろう時間を繋ぐものは何なのでしょう。

 がらんとした小さなスペースに立ち寄って呼吸が木と触れ合い、囲われた空間に音が巡るたびに、ふっと浮かんでは消えていく何かがあるような気がします。そこに生まれている響きは自分自身とどういう関係にあるのでしょう。

 響きを生み出している自分とそれを感じ、聞いている自分。それが同時に起こっている瞬間。吹いているのか、聴いているのか...。その瞬間、自分の心はどこと繋がっているのでしょう。

 誰もいなくて、何の言葉もない空間がこれほどまで心を動かすのは不思議です。自分という個体は変わっていないのだけれど、ちょっとした空間があるだけで、随分と興味深いことが起こってきます。

 たぶん、そこが日常的な空間ではなく、特定の役割を持った空間でもないからなのでしょう。目的性が強い場所は、自分が何であるかを感じる以前に、前提が生まれていますから感性もまた何かしらの透明な枠を感じてしまうのかもしれません。

 この空間の存在が意味することは、私がお伝えしてきたラブフルートのレッスンの根元にあることと繋がっているのだと思います。

 プラスでもマイナスでもない、かといってゼロでもない状態から生まれてくる響き。これをお伝えし共有するのは、なかなか困難ではあるけれど、十分に心を傾ける意味があるように感じます。

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          手作りハープと木の実
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2010/3/15

ぽつり ぽつり やってくる  雑感

 小さなスペースのフローリングも張り終わり、残すは壁塗りとステンド2枚、風見ワタリガラスになりました。音色を楽しんだり、きままに会話をしながらステンドの光の移ろいを楽しむことができるようになりました。

 この土曜日は次々と訪ねて来られた方と小さなスペースで過ごすことになりました。結果的に今までで一番長くこの部屋に居続けることになりました。お会いした方々との交流は、変化し続ける光の流れと一緒に記憶に残りました。

 午前中に来られた方とは、壁のこのあたりに、こんな光があったな...。午後から来られたお二人との時間には、あの光がこの位置にあって、ゆっくり変化していったな...。夕方ころに来られた時には、柔らかな光がゆっくり消えていったな..と。光の変化と移ろいの中でゆっくりと過ごし、時折フルートの音色が響く贅沢な時間を過ごしました。

 光の変化と木の響きに包みこまれていると、自分がどこにいるか一瞬わからなくなる感覚がすると、ある方が口にしておられました。時間というものは、数字に変えて刻み、数えるものではないな..。自分自身もまた、あれをして、こうなってと数え上げる事柄の中にはいないのだと感じます。

 光と音の響きと心が小さな香炉の香りや煙と一体化し、やがて蜜蝋キャンドルの光と繋がっていく。自分は本当にどうしたいのか。煩雑な情報が飛び交う世界。これこそ素晴らしい、大切だと叫び続ける先には何があるのか...。動きまわること、何事かを生み出そうとすること、こうした人間の意識の根元に何があるのか...。

 十分に、ゆったり、深く、静かに。そういう時間や状態の大切さを真摯に実現していく。そのきっかけの場の一つになればいいと思っています。知らず知らずのうちに、メディアに準じたアプローチを続け、表現し、主張し、誘導する...その先にあるものを知らずに..知っていると云ってしまう虚無の流れから離れて、思いがけずこの場に辿り着く人たちとの出会いがゆっくり始まるのかもしれません。ぼーっとしたくなったらおでかけください。

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             シメ と ヒマワリの種
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2010/3/4

差し込んできた光の色  雑感

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 壁に投影された色彩と床面に投影されたステンドの光の写真を2枚掲載してみました。古臭いので知らない世代の方もおられるかもしれませんが、子供の頃に見た幻灯機の映像がちょっと脳裏をかすめます。光と色彩があるだけで、とってもわくわくして、楽しかった...。
 
 太陽の光と色ガラスの組み合わせは思い通りにならないのがいい..。

美しい瞬間はすぐに過ぎ去り、違う美しさがやってくる。

太陽が沈むと次の日の光を待つ。このサイクルがいい..。

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2010/3/3

3×2=6  雑感

 午後3時少し前、3面のステンドから差し込んだ光が並びました。初めて見る光の円舞は密かな感動の瞬間になりました。八面の壁の5面にステンドが組み込まれる空間は、日の出から夕暮れまで光が踊ることになっています。

 今回は3面からの光が壁に反射して、天井から床まで6面の光が現れました。作業の合間にそっと扉を開けた時、その瞬間の光が描き出す光景は瞬間の美と輝きを届けてくれる音楽のようでした。色と光と音の中で揺らめく心。

 近隣の山から切り出されてきた木々がすっと立ち上がり、小さいけれど新しい空間を生み出してくれました。差し込む光は、あたかも木漏れ日のようで、揺れる小枝たちの歌が聞こえてきそうです。お気に入りの木の根元に腰をおろして過ごす時間。そんな気持ちで訪れる人が一人でもいらっしゃれば、楽しいだろうな...。

 耳の聞こえない人が音の響きを感じられる空間がほしい。それがステンドを組み込もうとした思いの中にありました。目の見えない人が、光や色彩を感じられる空間がほしい。それがかすかな木々の響きを受け止めてくれる空間の中で生まれてくるかもしれない。そんな思いがありました。

 場所は、より大切で奥深い存在の秘密への入り口の一つでしょう。たとえどんな場であれ、物であれ、出会いであれ、それを受け取り感じる心が何よりも美しく尊い。それは言葉や手段によって引き出され、殊更に気付かされるものではないような気がします。

 一人になった時、そこには思いもよらぬ様々なメッセージや助けが用意されているのではないだろうか....。押し出すのでも、引き出すのでも、向かうのでもなく、あえて待つとか信頼すると口にすることもなくなった瞬間。

 光と色彩の移ろいや、音の響き、炎の揺らめきの中から浮かび上がってくるものがある..。分析や判別や意味づけに走る人たちが沈黙し、現実的な事柄がすべてだと云いたがる人たちが、自らの心が光や音や炎とひとつなのだという風の声を聞き始めるのかもしれません。

 あたかも、ステンドグラス工房のブログのようになってますが、書き飽きるまでお待ちください...。時折、一輪の花とか、美味しい食べ物とか飲み物のことも、ゆっくり書きとめるつもりです。勿論、ラブフルートが中心ですが..。
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2010/3/1

夕暮れ前のキャンドル  雑感

 昨日の午後、ラブフルートの仕上げに使っている蜜蝋のお店「海運堂」のFさんがいろんなお茶菓子と蜜蝋キャンドルを持って来てくださいました。

 まだ完成はしていないけれど、それなりに居場所のあるちっちゃな部屋にお招きし、ちょっと寒かったけれど小さなガスストーブを付けて、アウトドア用の小さな折り畳みテーブルを出し、お茶と会話で時間を過ごしました。

 午前中は厚真の方からラブフルートを受け取りに来られたYさんご夫妻がブルー基調とグリーン基調のステンドの光を楽しんだり、マイフルートの響きを楽しんで行かれました。

 Fさんが来られた午後3時過ぎあたりからはレッド基調のステンドがグリーン基調のステンドと並んで不思議な空間を作り出していました。お茶を飲みながら、光を楽しみ会話を楽しみ、ちっちゃくハンドドラムを叩き、フルートを響かせて過ごしました。

 Fさん曰く、夕方に差し掛かる前ころから蜜蝋キャンドルを灯すのがいいんですよ..と。ブルーレイバン向けにブルーのキャンドルを持ってきてくださり、光の揺らぎを見つめながら、色んな事を話しました。Fさんが、どうしてキャンドルの世界に関わるようになったのか..そのお話から浮かんでくるイメージがすっかり一冊の絵本のように描かれ、大切な心の小箱にしまっておきたい気分になりました。

 自分の心に浮かんでくるものが形になって現れる。その空間には、ステンドの光とキャンドルの光があって、くつろげるテーブルとイスがあり、何度も読み返したくなる本が数冊。思いを書きとめるためのノートと筆記具。浮かんだものを描くスケッチブック。心の向くままに奏でる素朴な楽器。身も心も温めてくれる飲み物。

 扉を開けてやってくる人たちの、魂の姿がふっと心をよぎるような会話。楽しい話題に心躍らせ、次に向かう小さな一歩がそっと近づいてくる空間。その屋根には、自分たちを運んでくれる風の道を指し示してくれる風見鶏。行く先を示す矢の向きを確かめ、自分の道に心を向ける。現在、金属工房ガルフhttp://metal-gulf.com/index.htmlのNさんが、風見鳥ならぬ風見ワタリガラスを手掛けてくれています。

 この先、誰がどんな風にこの部屋で過ごすのか、そんな時間のあれこれを予感させる小さな時間を過ごしました。夕暮れには急に気温が低くなり、ちいさなストーブでは辛くなり、Fさんをお見送りしました。空には、まんまるく美しい月の光がありました。
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