2011/7/28

自戒から希望に向かう地味な道を辿る  雑感

  命の事、自然の事、世界の事。人はなぜウランを掘り起こし、そのエネルギーに依存する道を歩き始めたのか。

 それは特定の人々の問題ではないように感じます。根底にある自然観、人間観、世界観から引き出された、必然的な状況と言えそうです。

 原子力発電や放射能汚染に限らず、じっくりと吟味しなければならない事があるのだと思います。現実は突発的に起こっている訳ではなく、明らかにその根元と繋がっている。

 仮に原発が廃止されても、私達は次の問題を引き起こす事になるでしょう。原発事故から届けられているメッセージの真意を見逃せば、更に大きな痛みを引き起こす事になるのだと思います。

 仮に自分が大きな見落としや勘違いをし、周囲の人まで巻き込んでいる事に気付いたとしたら、どうするでしょう。

  何かが間違っている、大切な事を見落としてきた。それは、あの人でも彼らでもなく、自分自身なのだと気付くまで、私達は痛みを負い続けるように思います。

 福島原発事故の直後、チェルノブイリの子供達に携わった野呂さんに声をかけ、KOCOMATSUで12時間の話し合いの場を用意しました。

 更に先日はアイヌエカシの石井ポンペさんをお呼びして交流の機会を持ちました。それは、気付くべき事、立ち返るべき場所をはっきりと感じ取る必要があると感じたからでした。(KOCOMATSUブログ参照下さい)この日も、気が付けば12時間の交流になりました。

 この地球で自分達は何をしようとしているのだろう。自分たちは何処に向かっているのだろう。

 こうした問いかけに対して、すぐさま答えらしきものがやって来る。沈黙や熟考より早く、答えはこうだという人々が溢れている。あれこれの知識や情報で溢れかえっている。自負心に満ちた人でいっぱいじゃないか…。

 表現し主張する事に多くの時間を費やし、通過した経歴に依存しすぎてはいないか。時代性の中で引きずってきた様々な要素を根こそぎ見つめ直す本気の作業が必要なのではないか。
 
  衝撃的な出来事に対して、次々と使い慣らされたアプローチが現れても、問題のすり替えが起こるだけのような気がする。答えを示したがる人間が溢れている事、それがこの時代を作ってきたのではないだろうか。

 底の浅い、表層的な捉え方しかできていない自分であっても、それなりに最もらしい言葉を並べる事は出来るのかもしれない。だが、それがどれほど脆く、独りよがりなものなのか。

 そういう自分の実質がこの時代と繋がっているのだと思う。密かに自負し、依存してきた事が、全く無に等しい事を思い知らされる出来事に直面した自分達が、これからどんな道を辿るのか。

 既に、その衝撃の記憶すら薄らぎ始めているのかもしれない。当面の自覚は少ないけれど、内部に深く侵入する放射能汚染の拡がりが、自分達に語りかけている事。大丈夫に見えていた人たちが、確実に蝕まれる時が来る。心の中にも、放射線に酷似した要素がある事もまた軽視できないだろう。

 肉体と精神の両面に向けられたメッセージを受取り、真意に気付くきっかけをKOCOMATSUで地味に続けてみようかと思う。
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2011/7/14

タングロンを届けたい  雑感

 福島の子供たちにタングロンを送りたい。この素朴な思いが良い形で動いてほしいと願っています。
これは北海道の芦別という町で作られている飲み物です。

 この飲み物は、チェルノブイリと福島原発inKOCOMATSUの集まりの時に、メインスピーカーの野呂さんが、皆さんで飲んでくださいと持ってきてくださったものです。この小さな紙パックと放射能にどんな関係があるのか、よくわからないまま飲ませていただきました。

 強烈な放射能の話が展開していく中で、小さな紙パックはあまりにも無力に感じました。しかし、具体的にどんな生活をしていくことができるのかを話して行く中で、野呂さんがタングロンを配った意味が分かってきました。

 当然のことですが、野呂さんはタングロンの営業マンではありませんし、殊更その有用性を強調されたわけでもありません。これはしっかりと理解していただきたいと思います。あたかも、この飲み物が画期的で放射能対策の切り札のごとく扱われるのは、絶対に回避しなければならないと思っています。

 では、何故それを伝えるのか。それは野呂さんのチェルノブイリ現地での活動や現地の子供たちを招いて保養する活動を実践して来られたことと関連しています。バナナやリンゴなどペクチンの高いが食べ物が子供たちの健康回復と関連していることが、実体験として報告されたのです。

 この時のレポートを纏めている間に、現地で地道に調査研究してきた方の研究論文との出会いがありました。その内容はすでにKOCOMATSUのブログの中で紹介しています。そこにはリンゴの成分の重要な働きについて記されています。さらにその論文を翻訳された方の提言の中に、昆布などの有用性が記されています。

 それがどれほどの実効性があるのか。それを回答できる人はいないのだと思います。それはまさに今現在、福島周辺から関東地方の放射能値が計測され始めている最中ですし、これから時間をかけて明らかにされていくことでしょう。内部被爆の数値を計測し、その後ペクチンが多く含まれた食生活をし、改めて数値を計測する。この繰り返しの中で、引き出されたデータが必要になるでしょう。

 ただ、今現在私たちはチェルノブイリで体験され集約された結果としての論文に触れる事が出来ているわけです。その内容と、タングロンが不思議と繋がっている。こうなる事を知っていて、そのために作られていたと思いこみそうになる。そんな印象を持つのは、この飲み物の成分にリンゴ果汁や昆布酵素エキスが含まれているからです。

 なるほど野呂さんがKOCOMATSUに運んできてくれた訳が分かった。そして、その存在を強調して宣伝はしなかった。この流れが大切だと思っています。過剰な期待や効能を並べ立てるような動きは、むしろマイナスになるように思います。

 うたい文句を並べ立てず、あたふたとリンクして拡散させず、子供たちにプレゼントし続ける流れが必要だと思います。名も知らぬ人たちが、プレゼントしてくれた飲み物が、いつか子供たちが成長した時、なるほどそうだったのか...と感じるかもしれない。そんな流れに加わってくださる方と出会えたらと思っています。

 具体的には、どこにどうやって届ければいいのか。ニーズと具体的な方法に携わる人、そのための資金源の確保。いろいろと思い浮かぶ事はあります。

 事故当初は、リンゴやオレンジを福島にという思いもありましたが、保存性、輸送コスト、品切れを招くような流れを作りたくないなど、あれこれ検討し、別の道を探してきました。

放射能の実態を取り上げたり問題提起している間にも、食べて生きるという営みはずっと続いています。嘆きや諦めや批難ではなく、命を守り支えるために行動する。

 とりわけ、妊婦、幼児、学童の健康のために出来ることがあるのなら、やってみよう。そう思っています。津波の被災者たちのための米一合持寄りも継続しています。

 最後に、タングロンを注文した後で、メーカーから届いたメールを転記します。地道に健康のために働いている会社と云う印象です。

「ブログをご紹介頂きましてありがとうございます。

貴重なお話を読ませて頂きました。

現実をしっかり受け止めて、
一人一人が
成すべきこと。成せるべきことをおこなっていくことの
大切さが伝わってきました。

私たちも、「健康に良いものを」というコンセプトで
食品を販売させて頂いていることに、
しっかりと地に足をつけて運営していきたいと思っています。

どうもありがとうございました。」

タングロン北海道(株)
E-mail : tanguron@tiara.ocn.ne.jp
フリーダイヤル : 0120-400-780  
FAX : 011-893-2711
URL : http://www17.ocn.ne.jp/~tanguron/

******************************
ブログ掲載内容に関心のある方のための連絡先

電話&ファックス 0123−36−8881
携帯電話 090−8906−9916
メール ravenono@basil.ocn.ne.jp
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2011/7/12

小さなレポートのお知らせ  雑感

  4月にKOCOMATSUで開かれた「チェルノブイリと福島原発inKOCOMATSU」のレポートがようやくまとまったのは震災から4カ月が過ぎた7月11日から12日の朝方。

 レポートを読みたいというご希望もありましたが、随分とお待たせしてしまいました。しかし、内容は慎重に吟味しなければ、いたずらに混乱を与えかねません。タイムリーな文献との出会いもあり、具体的な取り組みをしていこうという思いを支えてくれる内容になったかと思います。

 次々と変化しながら、原発周辺の方々の困惑と混乱はますます大きくなり、その当惑の範囲も確実に広がっていくと思います。そんな中で、しっかりと自分のスタンスを持つためのサポートになればと考えて来ました。

 親しいもの、身内や仲間に混乱が起こった時、責め立て、非難するのか、絶望に陥るのか、混乱するのか、無関心を装うのか、ポジティブ思考が大切と口にするのか、安直な楽観を良しとするのか、もう面倒だ、どうでもいいじゃないかとなるのか...。

 どんな危機や混乱の中にあっても、自分がする事はある。それを淡々と実践する。力み過ぎず、手抜きせず、知恵深く次の道へ進む。そんな思いが、4月の12時間交流の場となりました。

 今は、レポートを纏め終わり、自分たちに根幹にある自然観、世界観、人間観をしっかりと見つめてみようと思っています。原発の事故は、自分たちの生き方(意識的であれ無自覚であれ)から派生したのだと思います。自分ならこんな世界を作らなかったと口にしたところで、紛れもなく自分はこの世界、この社会の一員なのです。

 まず、危機にさらされているいのちを守り支える事。完璧ではないけれど、出来る事がある。それを明確に実践することが、第一にしなければならないことでしょう。その具体的に辿るべき道、具体的な道を学び、提唱してきた人たちがいるのです。そういう方々がいるという事実。

 私たちは、それを受け取り、感謝し、支え合う喜びの道を歩いて行ける。危機と同時にそこから逃れる道が必ずや用意されている。今までも、これからも..。

 KOCOMATSUブログに8枚のレポートにまとめて掲載しました。数字の若い順にお読みください。
このレポートから、新しい具体的な流れが出来て、一人でも元気と勇気が出てくれば十分だと思っています。

KOCOMATSUブログ
http://kocomatsu.exblog.jp/

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2011/7/9

笛人間  ラブフルート

 スティーブの笛との出会いは、彼が後に工房にやって来ることなど知り得るはずのない富士山五合目のでの出会いから始まりました。その時、私は手刀で荒く削り落した短くて細身のラブフルートを吹いていました。その隣に、個性的風貌の外国人が口琴を鳴らしに近づいてきました。

 ただただ一緒に音を奏でて過ごす。とてもシンプルな交流でした。その彼が、ひょんなことから半年後に工房にやってきたのです。この時はパキスタンのフルートを持っていたと記憶しています。ドローンの笛とメロディーの笛を2本咥えて演奏するものでした。

 ラブフルートにも、ドローンと組み合わせたダブルフルートがありますが、二本咥えて、メロディーを奏でながら左右の笛をバランス良く演奏するのは、それなりに難しいものでした。さらに循環呼吸での演奏ですから、全体の調和をとるのが難しい。そんな笛でした。

 今回彼の笛を話題にしたのは、その時以来ずーっと思い出しては考え続けて来た事があるからです。器用に何でもあっという間に手なづけてしまう演奏家は、色んなところに居て、周囲をあっと言わせるパフォーマンスで称賛を浴びます。

 曲芸めいた超絶テクニックで、関心を集める。そういうアプローチも、ときには刺激になるのでしょうが、何度か聞いているうちに慣れてしまって、気がつけば感動は半減してしまいます。

 彼は素晴らしいテクニックで演奏してくれました。ですが、それ以上に真剣に私の演奏に耳を傾けていました。彼は、演奏家としての印象よりも、熱心に真剣に、出会いの時を大切にしながら耳を傾ける聞き手としての素晴らしさを持っていました。

 もう一つ印象に残ったのは、自分の愛用する笛に対する真面目な取り組み方でした。彼が尊敬する笛の製作者で演奏家が居て、今までに彼以上の作り手にあった事はないと話して居ました。彼は、その笛を自分自身でメンテナンスをしながら吹き続けて来たのだと言います。また、いつか調整してもらうために会いに行きたいとも話して居ました。

 彼の笛は、族な表現ですが、古びて小汚く、手直しだらけでした。それが今でもとても印象に残っています。彼は、その笛をとっても大切にしていました。これまでに、何度も音の調整をし続け、納得がいくようになるにはまだまだ時間がかかるというのです。

 民族系の笛は、穴数は多くて7個か8個。そのホールを微妙に調整しながら旅を続けているのです。
自分の変化もあるだろうし、笛事態の変化もあるでしょう。本当に自分と一体化できる笛と出会えるかどうか。これはなかなか奥深い問題です。

 ある知人の演奏家が、自分は長年演奏してきているけれど、本当に自分がこれでいいと思えるような笛には出会っていないと話して居ました。

 これは、笛に限った事ではありません。一つの音に変化が起これば、関わっている全体のホールに微妙な変化が生まれて来ます。何か一つに手をかければ、全体に影響を与えますし、なかなか忍耐のいる修正、バランス調整が必要になります。

 この調整に関わる根気と忍耐と頑固さがなければ、一本の笛は完成しません。しかも、健康診断のデータのように点検し終わっても、実践的な場に出れば、表現しようとする音の流れによって音程のニュアンスが根底から変化します。これに、吹き手の状態(肉体的にも精神的にも)が加わるのですから、様々な側面からの調整が必要になります。

 こつこつと調整し続けるスティーブの笛は、自分の製作姿勢に刺激を与え続けています。自分自身の全体性を常に見つめ、気付いた事を調整し続ける旅の大切さを教えてくれます。

 全身を震わせ、響かせながら、与えられた心の音程を調整し、歌いながら旅する。古代からいたであろう笛人間。この時代にも、新しい笛人間が生まれているのでしょうね。

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         スティーブとのツーショット
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