2011/10/30

愛の笛と大学生  ラブフルート

  20歳前後の男女が一つの空間に集まっている。自分は彼らと向き合って1時間半あまりを過ごす。

 おしゃれな彼らの前で、僕は手作りのラブフルートたちを並べて講師の席に立つ。演奏家としてステージに立つ時とは雰囲気がまったく違う。

 この人は一体誰なんだ?なぜ自分たちの大学にやって来たのだろう?
その辺りから動き出します。

 これはもう、ライブやコンサートとはまったく違います。たとえ見知らぬ人が立っていたとしても、少なくともこれから何やら音楽が始まると知っている人と、何が始まるのか疑心暗鬼の若者達。

  僕の突破口は「愛の笛」の物語。そして木で作られた愛の笛・ラブフルートの勇姿と音の響きでした。こういうストレートな取り組みは初めてでした。

 言葉にならない思いを伝えることを中心に、社会との関わり方、人生の土台となる心と体のことをお話ししました。

  笛の響きとお話しが適度に混じり合い、言葉を笛の音が支え、笛の音が言葉を支える流れになりました。

 僕が作るラブフルートは、基本的にパフォーマンスで吹き鳴らして人に聞かせる事を意図してはいません。勿論、要望があればそういう笛も作りますが…。

 講義のあとのレポートのコピーを頂いて、読み進めて行くうちに敬虔な気持ちが湧き上がって来ました。

 フルートの響きを聴いて、鳥肌が立ちました、心の奥深くが震えましたというような内容が多かったのです。お話も良かったけれど、何と言っても笛がこんなに心を打つものだとは思いませんでした...と。

 その内容に触れた僕の方が、彼らの心の純粋さに心が震え、厳粛な気持ちになりました。

  講義の最後の方で、僕は彼らを愛しているんだな..という感覚に包まれていました。そして最後に、一人一人の姿を思いながらラブフルートを吹かせて頂きました。

 その思いを感じた皆さんの言葉が沢山ありました。一本の笛の響きがお互いを受け入れ愛し合う世界を感じさせ、気づかせてくれたのでした。

 取り分け、学生さん達にドラムを叩いて頂き、笛の音と合わせ、立ち上がり、声を出し、身体を動かした瞬間、一斉に笑顔が湧き上がり、喜びと命が溢れ出しました。誰も講義の中でドラムを叩いたり、立ち上がって声を出すことになろうとは思ってもいなかったでしょう。

 頭で受け取り、言葉で表現するという作業ではなく、耳にしている言葉のリアリティーを直接感じ取る事が大切だと思っての事でした。

 彼らとの出会い、その輝く笑顔が僕を次の道へと繋げてくれそうです。
9

2011/10/5

ガンとラブフルート・FMラジオカロス  雑感

明日は久々にローカルFM ラジオカロス サッポロにゲスト出演することになっています。6日夜8時からの番組で、8時半頃の出演です。サッポロ78.1Mhz FMです。

 ガンとの関わりを中心に組まれた番組なのですが、演奏活動の初期に出会った方でラブフルートの仲間が、声を掛けて下さいました。

 ガンという病気は、多分自分のすぐそばにあるのでしょうが、普段はほとんど忘れて生活しています。かつてのように、ガンが死と直結するイメージは少なくなりましたが、それでもガンは明らかに死との関係を引き出すものと言えるでしょう。

  ガンに効果的なものが巷に現れては消えて行く中で、果たしてラブフルートとの関係はどうなのでしょう。

 木の響きを全身に響かせる状態の事が、何か伝えてくれるかも知れません。肉体と意識の関係は、普段経験している人間関係に似ているかも知れません。

 お互いが微妙に絡み合いながら生きていて、その影響は大きいのです。調和することもあれば反作用を起こす事もあります。微妙なさじ加減で揺れ動きます。

 木が呼吸と触れ合って響きますが、それを感じ取り心にも体にも浸透させる事ができるかどうかが、鍵になります。

 反発したり、抵抗すれば、或いは自己主張を強めれば、やがて不快感や嫌悪感に繋がり、体も心も硬直し始めます。この状態が短時間のものであれば、危険な状況にはならないかも知れませんが、長引いたり悪化する事になれば危険性が高くなるでしょう。

  ラブフルートを吹くという素朴な行為のなかには、こうした心身の状態がはっきりと浮かび上がって来ます。

  誰かに相談したり、宗教の類に依存したり、セッションを受けたり、カウンセリングを受けたりする行為は、心の事を言葉や思考で応答する流れになりやすく、自分自身の内奥の要素が十分に現れることが難しいようにおもいます。

 それは対人関係に置かれた時に、ほぼ必然的に現れる事柄と関係しています。その詳細は別の機会に書くことになるかも知れません。

  一人になって自分の呼吸を注ぎ、木々の響きに心を傾け、感じ取る。この素朴な状態のなかで浮かび上がって来る自分を見ること。

 そこには人の言葉では表しきれない世界が垣間見られるでしょう。敢えて、見ると描いたのには意味があります。

 知るという流れになると、たちまち思考の領域が動きだし、分析が始まり、意味付が起こるからです。そうなると、元の木阿弥になるでしょう。

 ガンという状態が、こうした心のなかの要素と密接な関係にあることに気付き始めるヒントなどをお話し出来ればと思っています。限られた時間の中ですから、お伝え出来る事は、ほんの少しかも知れませんが....


















6



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ