2012/3/24

注意深く・忍耐強く歩くこと  雑感

  被災地がメディアのアプローチで疲れている。仙台に向かうフェリーの中で恵庭のローカルFM e-niwaの三浦氏と話す機会がありました。同じフェリーで仙台に向かい、僕たちは相馬市の仮設住宅や保育園、彼らは二本松市でお汁粉を振舞う為のボランティアでした。

 彼らの仲間は、震災後に農地を借り受け、自分たちで野菜などを育てて現地に届ける活動を始めていました。今回はカボチャや小豆を収穫し、それをお汁粉にして振舞う為にフェリーに乗り込んでいたのでした。素早く実践する彼らの動きから学ぶ事はたくさんあります。これからも気に留めたいと思います。人的協力が不足していると話していましたから、関心のある方は、声を掛けてください!船上では、陸前高田の仲間とも合流すると聞いていましたので、活動の可能性を打診してもらうようお伝えしました。

 戻ってから話を聞きましたが、震災一年目の3月11日直前だった事もあり、現地はメディアのアプローチに疲れていて、話を持ちかける雰囲気ではなかったとの事でした。被災者がメディアの対象になる現象は、ちょっと皮肉な側面も持っているように思います。

  支援を受け入れる側にもそれなりの準備が必要になりますが、その為の人員も受け入れ態勢も場所も簡単には用意できない。支援は感謝するけれど、支援を受け入れること自体が難しい。これは現地との電話のやり取りで何度も耳にして来た事でした。

  これは今後の動きを考える時の大切なポイントだと思います。現地の方々に極力負担を掛けず、逐一変化していく状況を確認し、支援に取り組むことの大切さを感じます。

 これは被災地への支援にかかわらず、どこであれ、だれであれ、相互の思いをじっくり受け止めあい、自分のするべきことを明確にし、具体的に行動する時の基本的な姿勢でしょう。

  基本的な情報を得る事と情報の確認は思った以上に難しいと感じました。僕自身、福島に向かう為に随分と時間がかかりました。その大半は状況と必要の把握でした。

 それと同時に、支援してくださる方に的確に情報をお伝えすることが必要なのですが、これもそれなりに難しさがあります。

  支援とかボランティアという言葉には、様々なトリックが隠されています。受け取るにも、手渡すにも、知恵深さが必要でしょう。多くの考え方、視点があっても、その全てを満たす事は出来ないでしょう。

 だからこそ、次にどんな一歩踏み出すのが良いか、声を掛け合いながら進めて行きたいと思っています。さて、次のステップまで下準備をしながらも久々にラブフルート工房での作業再開です。この春はポプラのラブフルートたちが旅立ちの準備中です。
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2012/3/20

相馬保育園の子供たちからのてがみ  雑感

  福島県相馬保育園支援から戻って来ましたが、活動の報告などをまとめる仕事もなかなか根気が必要で、ようやく発送の準備が出来ました。

 現地での活動と事前の準備、そして活動のまとめで、ほぼ3週間を費やしました。小さな呼びかけが、波紋の様に広がり、一人一人の心が支えとなって実現した今回の支援。

 感謝と同時に新たな歩みに向かい始めています。嬉しい事に、今回の活動後も支援金が届けられ、次の道に繋がっています。

 支援という言葉を敢えて使わなくても、それぞれが自分にできる事をしながら繋がって生きる、ごく当たり前のこと。それは命がある限り、鼓動と呼吸のように続くのだと思います。

 もちろん、それは単なる自己満足や一時的な思いで見過ごさないように知恵深く続けることが大切だと思っています。それは呼吸のように自然に循環し、殊更に意識しない中で、心地よく流れるのが良いのだと感じています。

  相馬保育園からは、こどもたちからの感謝の手紙が届きました。幼いながら心を込めてえんぴつで書かれていました。

  きのおもちゃ どうもありがとうございました。きのすてきなかおりがしました。   かとうりく

  すてきなこんさーとありがとうございました。みずのなかにいるようなきぶんになりました。  あらゆうと

  たくさんのじゅーすやおかし、かわいいはがきどうもありがとうございました。とっても、うれしかったです。  にいつまここあ

  どうぶつのえかーどどうもありがとうございました。しょうがくせいになったらほいくえんに、おてがみをかきます。   さんぺいなつみ

  たくさんのおこめありがとうございました。おきゅうしょくでおいしくたべました。  こやつひいろ

  とおいところからきていただきどうもありがとうございました。たいこをたたくことができて、とてもうれしかったです。  きくちとおや

  くっきー、どうもありがとうございました。あまくてとっても おいしかったです。   やまだしおん

   活字では、こどもたちのおおきく たどたどしい文字の雰囲気は伝わらないと思いますが、どうぞそれぞれの想像力でお読みください。

  今後は、残されたスマートボールやステンドグラスの計画、被災地、仮設住宅などへの音楽やドラムや歌声を届ける事。現地から体力気力回復のできる環境に移って、元気を取り戻す事。

  そしていま、こどもたちに「お手玉」を作って届けられないかと思っています。積木からお手玉へとシフトチェンジし、それぞれの場所で分担し、6月いっぱいまでに出来たものをお届けできたらと思っています。

 室内でしか遊べない環境はしばらく続く事でしょう。こどもたちが遊べるものはまだまだ必要なのだと思います。もし、何かできる事があればと思っておられる方で、関心のある方はぜひ声を掛けてください。

  
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2012/3/12

2012年3月7日・相馬保育園の子供たちとの交流  ラブフルート

2012年3月7日は、ほぼ一年がかりで「子供たちの命を守るために」と言い続けて来た、タングロンを届けたいという思いが現実になりました。

 前日の夜、茨木県の若いO夫妻が支援に駆けつけてくれました。予定していた道が危険区域になっており相当な遠まわりをして、真夜中にようやくホテルに到着しました。双方とも疲れ切っていましたから、しばしの交流の後は熟睡でした。

 翌朝は気になる放射能値を測定してみましたが、やはり北海道の恵庭近辺から見ると数値が一ケタ違っていました。iPadに接続させる簡易的な測定器でしたが、市内各地に設置されている放射能数値を知らせる装置とほどんど変わらない結果が出ていました。

 訪れた相馬保育園までは車で10分程度。園の敷地内にも大きな測定装置が設置されていました。北海道から来ましたと呼びかけると、早速迎え入れてくださいました。少しでも放射能の危険を回避しようと大急ぎで荷物を下ろしました。援軍の若い二人は搬入搬出と写真記録で大活躍してくれました。

 積み木の入った木箱はかなりの重量物でした。タングロンもたっぷりお届けしました。さらに音響機材やフルートにドラムたちでしたから職員の方々もびっくり!

 しばし園長先生と交流し、園の取り組みやこれまでの経緯、基本的な姿勢などを詳しく聴く事が出来ました。こちらからの思いもお伝えし、さらに今後どんなことが必要かも対話することが出来ました。いつ原発が危険な状態になるか分からないので、危機に備えて水や食料など最低一週間分を備えておられるとのことでした。

 ラブフルートの音色を聴いていただいたり、リズミカルな曲で身体を揺らしたり、目を閉じて木の響きを感じてもらったり、先生たちへの感謝を込めた曲などを演奏し、やがてドラムの時間になりました。

 もうこの時の様子は言葉にはできないくらい、エネルギッシュで楽しくて、元気と笑顔でいっぱいになりました。屋外で遊べない子供たちにとってドラムを叩いたりとび跳ねたりする時間は格別のものだったかと思います。

 この後、園児の皆さんに僕たちからのプレゼントをお渡しする時間になりました。タングロン、クッキー、カード、絵本、沢山の積み木が入った木箱(木箱は写真の時に子供たちが隠れてしまうので写っていません)、並べられたほんの一部の積み木たちは先生方が嬉しそうに積み上げました。

 今度は子供たちから僕たちへの感謝のプレゼントがありました。「ありがとうの花」と「明日と云う日がある限り」の二曲を歌ってくださいました。

 皆さんとの集合写真には、僕ら二人と茨城からの二人、そして前日のライブでラブフルートの音に魅せられて再び聴きに来られたご婦人が写っています。

 子供たちからのありがとうのメダルをそれぞれが首にかけてもらい、ハイタッチをしてお別れしました。子供たち全員と手を触れ合う時間は夢のようでした。きっと、タングロンやクッキー、カードを楽しみにしていたことでしょう。積み木は子供たちの想像力を膨らませ、大きな部屋いっぱいに並べられ時間を忘れて遊ぶ事でしょう。

 彼らのありがとうは、今回の活動を支援してくださった皆さん全員への感謝の言葉である事を片時も忘れる事はありませんでした。ほんとうにほんとうにありがとうございました。

 この後、大人たち6名が二階の部屋でお食事を頂き、さらにこれから必要な事などを話し合う事が出来ました。仙台から駆けつけてくださったS・Yさんは、到着時間が遅れてしまったので失礼にならないようにと数時間車の中で待っておられたのでした。時間が遅れて、ちょうど彼女が到着した時間に会は始まったので、とても残念でした。僕は久々の再会を感謝し、彼女のためにフルートを吹かせていただきました。また、園の方からは、僕らと同じメダルをかけていただきました。久々に彼女らしい気遣いを感じる出来事でもありました。

 帰路ではS・Yさんが仙台まで先導してくださり、フェリー出発ギリギリまでお話をさせていただきました。姉妹のお一人が、相馬市より数値の高い南相馬市で5人の幼い子供たちを抱えて暮らしておられるとのことでした。避難したくても出来ないもろもろの事情があってのことでしょうが、とても心配しておられました。彼女の実家も、園長さんの住居も津波で失っていました。

 これからの長い歩みの中で必要な事についてお話をお聞きし、今回の支援とは別の形で彼らの事を心に留め続け、地道に支援を継続していく必要を感じています。

 第二弾は、この夏にスマートボール(木で作られたボードゲーム)を届け、ステンドグラスの光を届けるための活動に入ります。また、現地の子供たちが少しでも健康を維持するための保養地、保養のための住宅、新鮮な野菜やお米などの支援も考えて行きたいと思っています。

 今回同様、様々な形でご協力、ご支援いただければ幸いです。まだまだいっぱい書くべき事はありますが、取り急ぎ活動の報告をさせていただきます。支援金のご協力は引き続きお願いできれば幸いです。
今回ご支援くださった方々には、別途活動の報告をお届けしたいと思っておりますので宜しくお願いします。

 尚、記録した写真や動画(園長さんのコメントや交流の様子)などをご覧になりたいなどのご要望がありましたらメールやお電話などでお知らせください。

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ラブフルートの美しい響きを初めて聴くこどもたち

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目を閉じてじっと聴き入るこどもたち

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ドラムをたたいてわくわく時間

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プレゼントが気になるけれどじっと我慢の集合写真

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メダルをもらった6人。
左から仙台から来てくれたYさん。
茨木から来てくれたO夫妻が僕の両脇。
ラブフルートに惹かれてやってきたAさん。一緒に行ったNさん。

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食事は保育園の昼食以外は玄米お結びと質素なおかずで節約の4日間!
この食事から間もなく、船は高波の中を17時間航行しました...

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イラストカードを手に「ありがとうの花」を歌うこどもたち

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屋久杉のちびフルートが人気でした!

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タングロンやクッキーたち

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みんなとハイタッチ!

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仙台から駆け付けてくださったYさんにありがとうの笛の音

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ありがと〜といつまでも見送ってくれた年長さんたち!
名残惜しかった..

動画の一部はラブフルートリングのブログにアップする予定ですが、うまくいかない時はご容赦ください。
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2012/3/12

福島県相馬市3月6日  ラブフルート

 2012年3月6日と7日の二日間福島県相馬市で過ごしました。支援の中心は相馬保育園の園児たちでしたが、時間の関係で仙台に到着してすぐに2か所でラブフルートのライブになりました。

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        KOCOMATSU前から相馬に向かう二人

 仙台に向かうフェリーは4〜5mの高波で激しく揺さぶられたうえ、2時間も遅れましたから、ぐったりした身体を休める事も出来ないまま、大急ぎで相馬市に向かいました。震災後まもなく一年が過ぎようとしていましたが、途中の光景は荒涼とした平地や倒壊した家屋が残されていました。


 高速道路を使わないと、どこで道が中断されているか分からないことと、フェリーの遅れでライブの開始時間が明らかに遅れてしまっていたため、周囲の様子を知ることより、とにかく現地に急ごうという流れでした。

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 高速道路のすぐそばまで波が押し寄せ、建物が崩壊していました

 いよいよ放射線の数値の高い地域に入ろうとしていた僕たちは、マスクを二重にし、雨が降っている時は全てをビニールで包みこんで搬入するように指導され、忠実に実行しました。雨合羽と大きなビニール袋を用意し、靴にはビニールカバーを用意しました。さいわい雨はやんでおり、被せていたビニール系のものは取り外しました。

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         ビニール袋をかぶせたドラムたち

 最初のライブは「ふるうた放射能測定室」でした。現地でも放射能と真面目に向き合い、ベストを尽くそうとしている方々のサロンでした。ここでは行政の動きを当てにせず、自力で400万円以上の高価なベクレル測定機器を準備し、地域の方々の食品の放射能を測定し、安全なものを取り入れる取り組みをされていました。フルートの演奏やドラムワーク、ボイスワークもさることながら、安全な野菜やタングロンに強く関心を持つ方がおられました。ここでは、保育園にお届けするタングロンの一部をお分けしてきました。

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          ふるうた放射線測定室サロン

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             放射線測定機


 スケジュールが完全にずれ込んでいたため、慌ただしい食事を済ませ高野台仮設住宅の集会室へと向かいました。ここは津波の被害をまともに受けた方々が住んでおられました。日は暮れて居ましたがびっしりと立ち並ぶ仮設住宅は、一種独特の空気が漂っていました。

 2か所のライブは、いずれも訪問と演奏を心待ちにしているのが良く分かりました。相馬まで来てくれるボランティアはほとんどいないからね〜と口にしておられるのが印象的でした。笑顔で迎えてくださり、バトンリレーのように楽器や機材を会場に運び入れてくださる姿はとても印象的で、一体になって生活しておられることがひしひしと伝わってきました。

 すぐそばの宮城の地区では放射能が高い、どこそこの地域は数値がどうだといった会話がタブーのところと話しても大丈夫なところがはっきりしており、住民意識の違いが印象に残りました。

 僕は語りかける言葉を慎重に選びながらも、楽しく心地よく過ごせるように心を込めて過ごす事に集中していました。寡黙な東北人の皆さんが、巨大な地震と津波、さらには放射能に襲われている中でしたが、ラブフルートの響きが心を柔らかくしてくれました。

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       相馬市高野台仮設住宅での演奏

 所有しているドラムを全部持ちこんでいましたから、嬉しい事に集まった方全員でドラムを叩き声を出す事が出来ました。みんなが一つになり、次第に笑顔が生まれ、帰り際の皆さんの表情はきらきら輝き喜びで満たされていました。

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    高野台仮設住宅のみなさんのドラムと歌声

 来て良かった、いっぱいドラムを持ってきて良かった、全員がドラムを叩いた!同行したN氏はなんども口にしていました。激しい高波で食事も出来なかった彼の嬉しそうな様子を見ていると、2時間、2時間、連続4時間のライブの疲れが少し軽くなりました。

 世話役の若い議員さんが持ち込んだオカリナの演奏をお願いし、会場が和みました。皆さんの中からバードコールを鳴らして参加していただいたり、最後には今回の世話役のEさんにも急遽陸前高田のラブフルートを手渡し、議員さんと即席デュエット。ピーピーなるだけでしたが、おおいに皆さんの笑いを誘ってくれました。

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              お二人の演奏!

 お客として聴かされ、じっと受け身でおられる事が多いだろうと思ってのアプローチでしたが、仮設住宅の皆さんの心が一瞬でも開かれて光が差し込んだかもしれません。ドラムを叩いて、住宅の中を歩き人を集めてくるとおっしゃった言葉が心に残っています。一人でも楽しんだりくつろいだり元気になれるように...そんな思いやりが溢れていました。

 相馬保育園のことは、この後の日記に分けて掲載させていただきます。今回の2か所の演奏は当初の予定外の事でしたが、皆さんのご支援で実現できました。ありがとうございました。
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2012/3/7

船に乗っています  雑感

  いま福島県の相馬から戻り、仙台発のフェリーで移動中です。19:30発、苫小牧には翌日の11:00過ぎに到着予定です。

   行は良い良い、帰りは怖いの逆バージョンの旅になりました。5日夜のフェリーは4-5mの高波で渡航時間も2時間遅れで、壊れ掛けたジェットコースターに17時間閉じ込められた感じでした。

 2階建ての屋根から落下したかと思ったら、一気に屋根の上まで持ち上げられる。急降下というより、落下してる感覚が連続で立って歩くことも出来ず、大地震が止まらない厳しい状況の中を必死でくぐり抜けました。

 ロビーでは眠れなかった自慢の会話が飛び交っていました。そんな船旅でしたから、陸地にいても身体は揺れ続け、ふらつきが抜けないうちに、再び船に乗り込んでいます。

  本来なら書き込みなどやめた方が良いのですが、まずは今回の活動を支援くださった方々に動向をお伝えし、詳細は帰宅してからじっくりお伝えしたいと思っています。

  わずか二日間の相馬市滞在でしたが、とても貴重な旅であり豊かな出会いの旅になりましたことをお伝えして一度日記を閉じることにします。
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2012/3/5

現実と向き合う  雑感

  今は被災地で何が求められているのか。この3月に福島に向けて出掛ける準備の中で感じる事がいくつかありました。

 最初に感じたのは、子供達の健康維持の為にと思って呼び掛けたタングロンのお話をした時、音楽をされているなら是非来ていただきたいと声をかけられた事です。

 そして今回は、福島に出掛ける事を知った相馬の方々からも是非演奏に来て欲しいと声がかかりました。あそこでも、ここでも来てくれるならお願いしますと....

  メディアでは、様々な演奏家たちが現地でボランティアをしている様子が紹介されたりしていますから、むしろ出しゃばったことは避けようとさえ思って来ました。まして、今回は現地での滞在時間は短い為、子供達への届け物を中心に、演奏もさせていただく感じになりました。

 保育園の時間の都合で到着した当日は空白になって居ました。仙台港から、北に向かうか、南に下がるか、風まかせでいたのです。

 やがて風は南に吹き、相馬市内の二カ所で演奏会の予定が入りました。結果的に2日間、3回の演奏会になりました。
10時>-仙台港着<14時〜16時>-ふるうた食品放射能測定室サロン
<18時30分〜20時30分>-大野台仮設住宅(津波被災者)
<<7日>><10時〜12時>-相馬保育園 

  届いたメールの印象では、心を支える必要性がひしひしと伝わって来ました。物資の必要性は当然の事ですが、たとえ住まいや食物があったとしても、人はそれだけでは生き続ける事が難しいのです。

 ましてや目に見えぬ放射能の只中で生活する人たちにとって、生き抜こうとする為には僕らが想像する以上に大きなエネルギーが必要なのだと思います。多分僕は、それを肌で感じる事になるのだと思います。

 震災当初から東北に出向く事になった時の為にと、インディアンハンドドラムを10組準備して居ました。今回はこの他にもビッグドラムを二つ加えて向います。ラブフルートの響き、ドラムたちのビート、人の声が一つになる時間を過ごす予定です。

 これまでにも震災後の東京、大阪、神戸、札幌、長沼、恵庭、帯広と声で一つになる時間を過ごして来ましたが、今回は福島で心の声が響き渡る事でしょう。

 直接、身体と心が一つになってみんなと繋がる。心臓の鼓動と呼吸から生まれる響きで繋がり存在する命の原点を確かめる必要性を痛感しています。

 相馬の演奏に向けて準備していますが、心には様々な思いが去来しています。メディアの情報やソーシャルネットワークの情報以外に何も知らない自分を改めて感じています。

 勿論、現地に行ったとしても、そこでは被災地の片鱗に触れる事しかできないでしょう。一体、この巨大な地震の全容を知るものなどいるでしょうか。

 今回は仮設住宅で津波の被害者の方々と触れ合う事になるのですが、同時に放射能汚染の只中で生活する方々でもあるわけです。現段階で調べたところでは、この近辺の数値と一桁違う数値が出ています。

 自分がこの数値に対してどうする事が良いのか、それを十分考える余裕もなく数日後には現実に直面する訳です。それはもう、何をどう考えようと情報も知識も理屈も関係なく現実そのものがあるわけです。

 容赦なく放射能に覆い尽くされた人々。それは明日の自分の現実となってもおかしくはありません。望むと望まざるとにかかわらず直面する現実。

  こうした現実は形を変えて僕たちの人生に待ち受けているのだと思います。今回は福島で一つの出会いの場があります。その只中におられる方々と限られた時間ではあるけれど、じっくり語り合うことができればと思っています。
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