2013/8/31

複数のラブフルート  ラブフルート

このところ複数のラブフルートを求めて訪ねてくださる人々が続きました。その気持ちは分かるような気がします。僕自身、初めてラブフルートに出会った時、結局3本まとめて購入しました。

心の動きと密接な関係を持つ響きは、ひとつにしぼりきることが難しいものです。一日の間にも、気持ちはいろいろと変化し続けていますから、吹きたいと感じる響きも違ってきます。

木々の響きはとても繊細で個性的ですから、特定するには、それなりの知識や直感も含めて時間がかかります。比較的早い方でも、選択には数時間を要することが珍しくありません。

素朴にインディアンフルートが欲しいという事もありますが、出来ればある程度の納得をいただければと思います。お金で買うというスタンスから、少し角度を変えて触れていただければと思っています。

とにかくたくさん作って売れればいいという感覚は最初からないのですが、なかなか誤解を生みやすいことでもあります。

本当に必要で良いものを生み出し、分かち合うことが生きることそのものであること。その土台の上に、生活や金銭が伴うという流れを、大切にと思っています。

量産という発想は資本主義経済がもたらした価値観でしょうが、それが人々の生活や心に何をもたらしたか、よくよく考えて見る必要があるような気がしています。

長年の手作業で手や肩の痛みとの調整が難しく、明らかに製作のテンポが落ちていますが、長くお待たせしてきたフルート達もなんとか旅路に向かい始めました。 オーダーが途絶えて沈黙の期間が長かった製作作業も少し動き出しました。

先日、お渡ししたラブフルートを大切そうに抱えながら、生まれたての赤ちゃんを抱えているような気持ちですと話してくださった方。その嬉しそうな姿を見ながら、こちらの方が感謝でいっぱいでした。この方も2本同時にご注文でした。

かつては一度に3本購入したことを懐かしさも含めてお話ししてきましたが、先日は一度に5本の注文を頂きました。中には10数本の注文をくださり楽しんでおられる方々もおられます。

ラブフルートの森に囲まれる生活は楽しいだろうと思います。木が好き、木の響きが好きな方との交流は楽しいものです。

これからどんな流れになるのか分かりませんが、注文激減で廃業、転職も考えるなか、少し風向きが変わり、ゆっくり製作依頼の風が吹き始めました。どうやらもう少し、ラブフルート製作が続けられそうです。クリックすると元のサイズで表示します
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2013/8/16

夏の風 から秋の風  ラブフルート

夏が一気に駆け抜ける。とりわけ北海道の夏は短い。

このブログを書いている時間、木々を揺らす風は明らかに変化し始めています。

爽やかな朝、耳にした蝉の声。少しづつ勢いがなくなっている。時は休むことなく流れています。

この時期に「風になる豆になる」の気ままな集い。セミナーとかワークショップとか言わない、なんか良さそう気分で集まる。

ひとりじっくりとは違う、誰か自分以外の人と場を共有すること。それは自分のスタンス次第だけれど、随分いろんな気づきを与えてくれると思っています。

スピリットキャッチャーを作ろうとしたところから、ウィンドキャッチャーが生まれて来た。構造や原理は同じだが、核になる部分が違う。

それは能動と受動という根本的な違いだ。突き詰めれば、能動も受動も視点の違いでしかないとは思うけれど、あえて何処かで具体的な動きを表現するなら、能動と受動ということになるだろう。

自分自身が手に持って振り回すのがスピリットキャッチャー。自分はただ手に持って、風がやってくるのを待ち、風の流れを体感するのがウィンドキャッチャー。

手で回すスピリットキャッチャーは軽量であることが重要。立ち尽くして風を感じるウィンドキャッチャーは、身体に風の流れを伝達し一体感を共有できることが大切。

風という言葉と実際に感じる風との違い。それは概念や知識とは違い、直接的で具体的なもの。人はおびただしい知識や概念や認識の中で自己認識を安定させようとしながら、何処かでその辿り方に違和感を感じているような気がする。

心と身体という二分化した相対的認識も一つの視点にすぎず、心と魂という表現もまた確固としたものではないだろう。

にもかかわらず、あたかもそうであるかのように意識に登らせ、言葉にしてはみるものの、多分前提となる言葉の意味を明らかにしようとする作業だけで多くの時間を費やし、結果的にこれと言った何かを引き出すことはできないような気がします。

ラブフルートを吹くという起点があってのウィンドキャッチャーだけど、多分ラブフルートを吹くよりも分かりやすく感じやすいのだと思います。

自分も風なのだという感覚が何処かで感じられれば十分だと思っています。その先は、それぞれにあるだろうから…。

自然との一体感を視覚や言葉ではなく、体感する。その意味では、実に素朴でありながら、深い領域に触れる可能性を持つウィンドキャッチャー。

今のところ、体感した全員が楽しんでり、喜んだり、自分も作る〜と言わせている。まさかまさか、流れ着いた流木が風を連れて来てくれるとは…。

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