2015/1/17

実践を支えるもの  雑感

新年 すでに17日目。神戸の震災に強烈な衝撃を受けてから20年になるという。
新年を迎えるたびに加速度的に時間が流れ去る感覚が始まる。昨年12月は東北訪問が急遽決まり、準備と現地の活動で半月。戻ってからの予期しない体調不良で半月の間、寝たり起きたり。約束事を済ませると、布団に伏せる。その繰り返しが続いた。

まったく工房に入れない状況。完璧な誤算で終わった年末。仕上げを終えてお渡しする筈のラブフルートは全く手がつけられず残念な年末になってしまった。

この体験は貴重。製作作業に伴う肉体的負担が、確実に大きくなり、リタイアの可能性を密かに感じ始めている時期。健康体であることが土台であると改めて確認。

食事など、それなりに留意して来たつもりだが不覚にも崩れた…。嬉しくはないが、新しい一年も何が待ち受けているか分からない。不測の事態を念頭に行動する必要を痛感する。ほんの少し身体を横にしたつもりでも、そのまま長引き最後にいたる可能性もある。

独り暮らしならば当然考えておかなければならないことがある。今年は本気で準備を始める年になりそうだ。

これまでは災害など緊急事態に適応することに集中してライフスタイルを調整してきたが、自分自身の健康状態に緊急事態のこともある程度考えておかなければならないと感じている。

自分が生きているそのすべての営みは身体を持ち動ける事。その土台があってこそだろう。その土台を大切にし、具体的に実践しているだろうか。

食に関してはそれなりに意識してきたつもりだが、肉体を支えるための時間はどうかと言えば、いささか問題がある。何度か地元の体育館で身体を動かしたりしたものの、長続きしない…。

鼓動と呼吸の大切さ、ラブフルートを吹くことに関しては地道にお伝えして来たのだが、生きる土台となる身体に関して自分はどう生きて来ただろう。肉体的ハンディがあることで言い訳じみた生き方を続けてきたのではないだろうか…。

自分自身の課題を知り、具体的に実践する生き方。その土台は、しっかりと現状を知る事だろう。明らかに、ときおり気にしては見るものの、向き合い実践できていない。

やや遅すぎるかとは思うが、どうやら回避して来た課題に具体的に取り組む年になりそうだ。ラブフルートを手元に置きながら、なかなか具体的に関わることができない方々に、何か声を掛ける前に自分自身の価値観に沿った生き方を実践するのが先のようだ。

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2015/1/2

東北訪問ほうこく・2014・12・10〜16  ラブフルート

昨年末は相馬保育園の希望日程を中心に東北訪問交流と演奏の旅に出掛けました。
その詳細はFBに掲載していますが、いずれこのブログにも転載したいと思っています。今回同行してくださった石戸谷氏が、ご自身のブログで僕とは少し違った視点からの報告していますので、よろしければご覧ください。→川風便り http://www.st-glass.jp/blog

今回は4度目の訪問交流となり、同行者も4人目になりました。この間に現地の状況は当然のように変化し、支援を続けようという人々の意識も変化して来ました。

こうした変化は、被災地との関係に限られたものではなく、誰もが少なからず変化し続けているわけです。

今回の訪問は変化の先にあるものに目を向け、新たなスタンスで現実と向き合うための確認作業といった意味を含んだものになりました。

これまでは、予定された活動を実践するというスタンスであり、演奏などの間の限られた時間の中でやや落ち着かなく慌ただしい交流もありました。

今回は演奏や交流を基本としながらも、より個人的な領域での交流が実現しました。
積み上げてきた交流が、時を経て、新しい関係を生み出しているようにもおもいます。

逆の視点に立つと、支援という繋がりは薄れ、それぞれの場でよりよく生きていくための基本的な繋がりが始まっているように思います。

勿論、そこには放射能汚染の課題も具体的に関わってはいますが、じっくりと状況を見極める視点が必要だと感じます。現実に対する認識が多様であるのは、いつの時代、どんな世界でも変わらないでしょうから、自分自身がどんな視点に立つかは慎重でありたいと思っています。

具体的な変化は、時間の経過とともに、個々の状況に大きな差異が生じていること。ボランティアの受け入れに関しても、受け入れ態勢が十分ではなくなり始めています。生きて働かなくてはならないという現実に直面し、仮設住宅で依存的な状況に留まり続けることは出来なくなって来たのです。

動き出すしかないと考え始めれば、ボランティアの活動に合わせて待ち受ける余裕は無くなり、むしろボランティアの受け入れが負担になり始めています。

これはむしろ良い流れだと思います。ただし、動けない方々、先の見通しが立たない方々がおられる現実もあります。この点は、新たに考えていかなければならないのだと思います。

震災で止む無く作られた共同体は、被災体験とその後の変化によって、これまでの特殊な状況の中での繋がりが途切れ、新しいコミュニティーが始まるための過渡期を迎えているような気がします。

現地との繋がりを大切にしながら、これからの必要を感じ、新たなスタンスで動き出す必要を感じています。2015年に何が待ち受けているか、未知の要素がいっぱいですが、ひとまず現地訪問の報告でスタートを切りました。

ラブフルートを携えて続ける旅を今しばらく続けたいと思っています。これからもどうぞよろしくお願いします。

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