平成元年に山梨に戻ってからは三浦半島が遠い存在になった。
私の釣りエリアは
伊豆半島
に移っていった。
沼津久料港 魚磯丸
が行きつけの船宿になった。
三浦半島の釣りと基本的には同じだが、船頭のタナの指示の仕方が違った
三浦半島では
「は〜い やって〜 そこから5メーター コマセじゃんじゃんふってぇ〜」
伊豆半島では
「は〜い やってみて〜上から35メーター ゆっくりやって〜」
てな感じだ、釣りを知ってる方ならわかるだろう・・・鯛つりは船頭の指示するタナを守らないと釣れないのだ、ありがたいことにこのころからカウンターの付いたリールが出始めた
私の鯛つりタックルです→

駿河湾です。天気がよければ海の向うに富士山が見えます。
ここでも私は、よく鯛を釣った・・あまり大きいものはあがらなかったが、その鯛の美しさは、初恋のあの人のような輝きをもっていた(笑)
三浦半島と違い船はすいていた・・・時には乗船客一人なんてこともあった。船頭にお願いして釣れたばかりの鯛の写真を撮ってもらった、混んでいるとそんなわがままは言えない。

この写真 成人後もっとも体重が少なかった32歳の頃のものだ・・今では+7kgだ・・・あははは 髪の毛もボサボサじゃない・・
そんなある日 予約をして訪れた魚磯丸で、私の顔を見てビックリするじゃありませんか
「あれ〜てんちゃんさん(違うけど)今日だっけ〜?」
予約を忘れていたのだ。この日は他の予約も無く、船頭は寝ているし、船の準備もできていない。
私は車で2時間もかけてきたわけで帰る訳に行かない。慌てて準備をしてもらい、なんと
貸切での釣行
となった、こういうのを釣り人仲間では
大名釣りと呼ぶ!
私はまさしくお殿様になった気分で富士を眺めながら釣りを楽しんだ、他にお客さんもいないので・・てんちゃんは
裸になったきゃ〜〜〜

なんと今見ると サンダル履きだ・・サンダルで鯛つりをする人も珍しい(笑
こうして昔の思い出を書いているとなんともいえない郷愁めいたものを感じる・・
次に鯛つりに通う頃は、老後を迎えた頃だろう・・しばしの間は
鯉の釣り堀・・に通うことになる。これはこれで楽しいのである。
(次回こそ渓流の思い出を書こう)