【 今週の巻頭言 】
Happiness. Simple as a glass of chocolate or tortuous as the heart. Bitter. Sweet. Alive.
幸福。グラス一杯のチョコレートのようにシンプルで、人の心のように複雑。苦くて、甘くて、生き生きとして。 「Chocolat ショコラ」/ジョアン・ハリス
自分にとってジャズとは何か。僕がジャズに関心を持ち、期待し、その価値を認めるのは、ジャズの持つ無限の可能性を秘めたその自由度にある。クラシックはあまりに狭い範囲で充足しているように思える。自らを小宇宙に閉じ込めてしまっている。その小宇宙は実に偉大なものであるけど、それでも直感的にその限界を感じざるを得ない。その点、ジャズは無限の宇宙を内包する可能性を持つ唯一の音楽だと思う。
ジャズの起源からオーネット・コールマンに至るまでのジャズは、音階、和音に束縛されている。ただ。それらに縛られた中での即興性が唯一の救いであっただろう。コールマンはそれを解放し、新たなジャズの可能性を切り開いた。そしてフリー・ジャズの全盛を経て、ここ数年はウェザー・リポートや、「Return to Forever」などの美しい、牧歌的なジャズが、ジャズの新たな発展段階としてとらえられているようだ。
だが、フリー・ジャズのひとりよがりにも思えるジャズから一般性を取り戻したジョー・ザビヌルやチック・コリアらのジャズは、そのために大きなものを犠牲にしたように僕には思われる。最近、アンソニー・ブラクストンに注目しだしたのも、彼が僕の期待する方向に向かっているのではないかと思えるからだ。ブラクストンは、サウンドの純粋性、絶対性を追求している。
タイトルほどには大したことが書いてなくて腰砕けの感があります。
学生時代、ジャズに関しては前衛志向だったので、今は一番のお気に入りのビル・エヴァンスも真面目に聴かなかったし、「Return to Forever」のかもめジャケットは嫌いでした(ジャズ喫茶で聴き飽きたということもあります)。でもウェイン・ショーターがいたウェザー・リポートは、割と好みでした。
アンソニー・ブラクストンは前衛派のアルト奏者で、彼がチック・コリアのトリオに加わったサークルというグループが結成され、活動した時期がありました。短命なグループでしたが、僕はとても好きでした。普通のモダン・ジャズの演奏で始まり、グループのプレイが熱してくると、フリーの音響空間に突入してしまうというスリリングな演奏でした。ただ結成当初から限界が見えていて、短命に終わったのは必然だったろうと思います。
ブラクストンのアルバムでとくに好きだったのはアルト・ソロによる3枚組のアルバム「For Alto」で、ここでは静寂から混沌、咆哮に至る多様なサウンドが生起しますが、晩年のコルトレーンの無我の境地の演奏とは違って、奏者ブラクストンの意識の明晰さが際立った演奏でした。