2009/2/14
「隆一と有紀」 第6章
・・・・ 杉山が宴会場に戻ると、カラオケ舞台のほうに集まっているグループと、あいかわらず宴席で飲んだり、食べたり、喋ったりしているグループの2つに別れていた。
何が起こったのか、露天風呂に入っていた杉山には、まるで見当がつかない。
杉山は、カラオケ舞台に集まるグループのほうに近づき、人をかき分けてやっと中心が見える位置に来た。
そこには、新聞を大きく広げて一生懸命に記事を読んでいる隆一ら関東大生と他校の学生たちがいた。
(なんだぁ、新聞か〜)
杉山は当てが外れてがっかりした。なにか、もっと面白い物でもあるのかと思ったのだ。
杉山に気付いた隆一は「アブさん、一体今まで何処に行ってたんだい?」
杉山「いや、ちょっと露天風呂で酔いを醒ましていたんだ」
隆一の隣に、先に露天風呂から上がった有紀がいることに気付き、杉山は少しバツが悪かったが・・・、
有紀「杉山さん、先程はどうもありがとう」
杉山「有紀ちゃん、さっきは変なこと言ってゴメン。忘れてくれよな」
有紀は、この新聞記事のこともあって、悪びれた様子は少しもなく、いつもの有紀に戻っていた。
隆一「アブさん、この記事を読んで見ろよ」
杉山は、隆一がいた場所と入れ替わった。
この地元新聞は、やはり酔いを醒まそうとフロントロビーのソファーに座った関東大生が、近くの新聞差しから見つけたもので、何気なく見ている内にある記事を見つけ、宴会場の隆一に持ってきたものだった。
新聞の片方を木枠で閉じた地元新聞は薄いので、1週間分束ねてあった。
杉山「なになに『ハワイと神奈川県足柄下郡箱根町が姉妹都市を提携。それを記念して箱根駅伝コースのうち箱根を出発点に往復4区間を使ってハワイ女子大生と記念駅伝大会を催す』か、ふーん。で、この記事でどうして皆が騒いでるんだい? それにこの新聞は1週間前の日付けだぜ」
隆一「アブさん、よく見ろよ。参加〆切は明日午前中まで。レースは、あさってだ。まだ間に合うし、賞金も出るんだぜ」
賞金と訊いて、杉山の目の色が変わった。
「え〜と、ふんふんふんと、賞金、あった。なになに? 30万円!」
杉山は昼間、金髪の若い女性たちと玄関ですれ違ったが、彼女達がこのレースに出るためにハワイから来たのかと、今になって思い当たるのだった。
・・・・ 杉山「で、参加資格は?」
隆一「大学生4人」
杉山「メンバーは揃うのかい?」
隆一「現役の陸上部員は、関東大では俺と桜井、それに西北大の真野の3人だ。あす朝一番に確認するが、おそらく他校との混成チームじゃダメだと思う。その代わり関東大のボクシング部の藤原が出てもいいと言ってくれている」
杉山「じゃ、混成チームがダメなら、どうしても4人揃わないってわけかぁ」
隆一「その下の特別参加資格者ってところを読んでほしいんだ」
「どれどれ」
杉山は、言われたとおり読んでみた。
『・・・4名のうち、メンバーが揃わない場合は、実業団に所属しないアマチュアOBの参加を認める・・・』
杉山は、
「ふーん、そうかぁ。実業団に所属しないアマチュアのOBならいいんだ・・・、・・・えっ、まさか俺に出ろって言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ。きょう来てる全員にあたったんだ。メンバーが揃いそうなのは関東大だけ。現役の陸上部2人とボクシング部が1人。あとは、アブさんが出てくれれば4人揃うんだよ」
と隆一は、杉山が”うん”と言ってくれるのを待っている。
杉山「隆一君、俺を買いかぶりすぎだよー。大学の8年間、たしかにずっと陸上部にはいた。けど、いつも補欠だったんだぜー」
隆一「アブさん、どうせダメでもともとじゃないか。もし優勝して賞金の30万円が手に入ったら、最初の計画通り”箱根”にいられるんだぜ」
「・・・そうか、ダメでもともとかぁ」
杉山は、しばらく考えていたが、
「隆一君、ちょっと」
と言って、隆一を舞台の端の方に誘った。
・・・・ 隆一を舞台の端の方に誘うと、杉山は、周りの者に聞こえないように声を低めて、
「このことは、もう皆に話したのかい?」と訊いた。
隆一「このことって、何のことだい?」
杉山「もし万一、優勝したときの賞金の使い道だよ」
隆一「それはまだだ。俺もついさっき、この記事を読んだばかりだ」
杉山「さっき、新聞記事を読んでいた連中にもか?」
隆一「彼らには、はっきりとじゃないが、もしかして、もう少し箱根にいられるかも知れないぞって言っただけだ」
杉山「じゃあ、俺からお前に、ぜひ頼みがある」
隆一「なんだい、あらたまって」
杉山「もし優勝して賞金が手に入ったら、それを有紀ちゃんの学費に回してやってほしいんだ」
隆一「アブさん、いや杉山先輩、本気かい?」
「本気さ」
杉山は、真剣な顔でそう答えた。
隆一は、杉山の真剣な眼差しに、
「よし、わかった。他の連中には俺から説明する」
と、約束した。
そうと決まれば、杉山は俄然、身の引き締まる思いがした。
(よーし、有紀ちゃんのためにベストを尽くすぞ)
と、心の中で誓った。
同時に杉山の《箱根駅伝コースを1度でいいから正選手として走りたい》という関東大・陸上部”在籍時代”に抱いていた夢も叶うことになりそうだ。
隆一は、宴会が終わってから仲間らの部屋を訪れ、一部始終の経過を説明して皆の了承をとりつけた。

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