2009/2/14
「隆一と有紀」 第5章
・・・・ 宴会はいよいよたけなわ、各グループが輪になったり、席に戻ってカップルで話し合ったり、また違うグループの輪の中に加わったりということがくり返された。
隆一は、関東大に限らないバイク仲間のグループの輪を転々と移動して話しに加わった。
杉山の席には、隆一のバイク仲間で喫茶アブサンでも馴染みの者や、杉山とは初対面のカップルが、今回の旅行のスポンサーに感謝する意味で、入れ替わり立ち代りビールや酒を注ぎに来る。
有紀は、はじめのうちは隆一や杉山らと話をしていたが、すこし酔ったので夜風に当たりたくなって宴会場を出た。
杉山は、若い連中との宴会は大学時代以来、久しぶりなのですっかり機嫌をよくしている。
若い男女達からすすめらる酒は気分がいいのか、断らずに呑んでいる。
アルコールにあまり強くない杉山は、すでに”ゆで蛸”のような顔色になっている。
杉山は、すこし酔いを醒まそうと宴会場を出た。
エレベーターで1階まで降りると、広い玄関ロビーのソファーにぐったりと座り込んだ。
しばらくするとホテルの玄関に、昼間見かけた若い金髪女性3人が、湯上がりの顔で外から入ってきた。
杉山は、彼女たちがロビーを通り過ぎるのを待ってから、ふらついた足取りでフロント係のところにいって、尋ねた。
「このホテルは、外にも風呂があるのかい?」
フロント係は、
「はい、ございます。玄関を出てすぐ左手に本館沿いの小道がございます。その小道を行っていただきますと露天風呂に出るようになっております」
すっかり酔いのまわった杉山の頭には、先ほどの若い金髪女性たちの仲間がまだ露天風呂に入っているかも知れないという思いが浮かんだ。
杉山は、ふらついた足どりで玄関を出ると、フロント係に訊いた小道をたどった。途中からは、下りのなだらかなコンクリートの階段になっていた。
ステンレスの手すりに手を添えながら、その階段をゆっくりと降りていくと、ほどなく地道に出た。平たい飛び石のあるとおりに進むと、突き当たりに”築山”が見えてきた。
地道は、その築山を囲むように左右に分れていて、男湯と女湯がわかる表示板があった。いくら酔った杉山でも、女湯には入れない。
外から見た感じでは、脱衣室は一体の建物で、中で仕切られているようだった。
・・・・ 杉山は、男湯の入り口を開けた。
男湯と女湯の脱衣室は、中央を脱衣棚が設えられた壁で仕切られてあり、その棚には、空っぽの脱衣かごが並んでいた。
素早く裸になると、露天風呂につづく曇りガラスの引き戸を開けてみた。
やはり、男湯は無人だった。
空はすでに暗かったが、照明灯が湯面と、女湯との境の竹塀を照らしていた。
竹塀の高さは2m以上あるが、音や声はお互いに聞こえそうだった。
杉山は、なんだかそわそわする気持ちで、自分の存在を示すように勢いよく露天風呂に飛び込んだ。
「ジャブーン」という音のあとに一瞬の静寂があったが、ほどなく隣の湯音が聞こえてきた。
女湯には、誰か入っているようだった。
杉山は、おとなしく湯舟につかりながら耳をすましてみた。
湯の音だけがして、あとは静かだ。
・・・昼間の若い金髪女性の仲間ではないようだ。彼女たちなら、もっと派手な話し声が聞こえてきそうなものだ。それに、湯の音からして1人のようだ。・・・
杉山は、やっぱり、誰かが言っていたように”おばさんでも入っているのか”と思い始めた。
じっと聞き耳を立てていた杉山だが、酒の酔いと熱目のお湯で気分が悪くなり、露天風呂の湯舟のふちの平らな石に腰を掛けた。あわててやってきたので、タオルももっていない。
腰掛けた杉山の身体を、夜風が気持ちよく通り過ぎていく。
杉山は、夜の露天風呂も乙なものだなぁと思い直した。
「ふっ、はっ、はっくしょーん」
ブルブルッと寒気に襲われた杉山は、あわてて湯舟に飛び込んだ。
・・・・ すると、竹の仕切の向こうから、
「ひょっとして、杉山さん?」
という声がした。
杉山は、
(何だぁやっぱり金髪女性じゃなかったんだぁ)
と残念に思う反面、となりの露天風呂に入っている女性が自分の名前を知っていたので、今日一緒に来たバイク仲間のだれかにちがいないと思ったが、
「だ、誰だっけ?」
杉山は、かなり酔っぱらった声で、そう訊き返した。
「有紀です」
仕切の向こうから声がした。
「な、なーんだぁ、有紀ちゃんだったのかぁ」
杉山は、急に安心した声でそう答えた。
露天風呂の女湯に誰が入っているのか、さっきまで杉山は想像をたくましくしていた。
若い金髪女性なら静かすぎるし、やはりどこかのおばさんが入っているのかと思い始めていた。適齢期の杉山にとって、女湯に若い女性が入っているのか、おばさんかでは、天と地ほどの差なのであった。
女湯の客が有紀だと判ったからか、酔いがまわっている杉山は、ふだんより口が軽くなっている自分に気付くふうはなかった。
杉山「・・・今日の昼、見晴し台の公園で隆一君と有紀ちゃんの話を訊いてしまったんだ」
有紀「・・・」
杉山「悪気はなかった。たまたまそうなったんだ。それでね・・・有紀ちゃん訊いてる?」
有紀「・・・は、はい」
杉山「昼間は大学に通って、夕方から隆一君の店で働くのはたいへんだよ。有紀ちゃんの学費ぐらい俺が親父に言って出してもらうから、今まで通り大学に通った方が楽だと思わないかい?」
有紀は、どう答えていいのか分からない。
(隆一との話を聞いていたのなら、約束が出来たことを杉山さんも知ってるはずなのに・・・)
杉山の突然の申し出が、意外だったので驚いてしまった。
杉山「そ、そして卒業したら、僕の、お、お嫁さんになってくれないかい?」
この急な申し出は、さらに有紀を驚かせた。
さらに杉山は続けて、
「僕と結婚すれば、将来の杉山建設の社長夫人だ。君の実家の家計の心配も一切しないでいい。全面的に面倒をみるよ」
有紀には、このあまりにも唐突な申し出に、どう答えていいか分らなかった。それに、あきらかに杉山は、まだ酔っている。
有紀は、杉山を一人の男性として見たことがなかった。
(・・・きっと酔った上の思いつきで言ってるんだわ)
そこで、意を決して言った。
「杉山さんが私の家の心配をしてくれる気持ちはとっても嬉しいわ。でも、私には結婚なんてまだまだずっと先の事で考えたこともないの」
杉山「ずっと先でもいいよ。僕はいつまでも待つよ」
有紀「ごめんなさい、もう充分暖まったからお先に出るわ。でもありがとう心配してくれて、杉山さんて優しい人なのね」
杉山は、有紀が自分を傷つけないようにやんわりと答えたんだと酔っている頭でもすぐに分かった。
(俺って馬鹿だなぁ・・・)
杉山は、酒に酔った勢いで口走ってしまったと後悔したが手遅れだった。
(これでもう、店にも来てくれないかも知れない)
杉山は、自分の頭をポカポカと叩いて、湯舟の中に顔を沈めた。そして、息がくるしくなると「ぷぁ〜っ」と湯舟から顔を出した。それを気が済むまで繰り返す杉山だった。
宴会場で何が起こっているとも知らずに・・・。

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