2009/2/14
「隆一と有紀」 第4章
・・・・ 隆一と有紀の話が弾んで明るい様子だったら、杉山も「やあ!」と声をかけたかも知れない。
2人の様子が妙に静かだったので、杉山も成り行き上、後ろに回って聞き耳を立てることになってしまった。
有紀「春休みが終わったら、3回生までで中退するかも知れないの、わたし」
隆一「えっ、中退?」
有紀「えぇ、今の大学に入ってすぐに父が亡くなったのは知ってるでしょ?」
隆一「うん、知っている」
有紀「父の代わりに母が働いてくれて、これまでやって来れたの。でも今年、弟が大学に入学するし、今の母の収入だけでは、まかない切れなくなるのは目に見えているわ」
隆一「そうかぁ、有紀ちゃんの家もたいへんなんだな」
有紀「だから、大学を中退して、わたし働きに出るつもりなの。4月からは、隆一さんともこうして頻繁には会えなくなるわ」
隆一「・・・」
有紀「これまでの大学生活はとても楽しかったけど・・・」
あとは声にならない。
有紀の目から涙がこぼれた。
隆一も、いつしか真顔になっている。
隆一は、黙ったまましばらく考えていたが、有紀の顔を見あげて言った。
「よし、じゃあ、4月からおれんちへ来いよ」
有紀は、うつむいていた顔を上げると、隆一を見ながら、
「えっ?」と小さく答えた。
(これって・・・、もしかして・・・・プロポーズ・・・・!?)
「どういうこと?、隆一さん」
有紀は、頬の涙を拭くと隆一の顔を見て、少し心臓をドキドキさせながら訊き返した。
・・・有紀は、箱根のドライブが決まったときから、2人きりだと思っていたので、隆一にこの話を打ち明けるつもりでいたのだ。
隆一「有紀ちゃんに、そんな心配事があるとは知らなかった。4月から、うちの店で働いてみないかい?」隆一の店は、銀座で『たか原』という老舗の日本料亭をしている。
隆一「昼間は大学に通って、夕方から、うちの店でバイトすれば大学を中退しなくてもすむだろ?」
有紀は、自分の早合点を恥じらうのと、少しガッカリした気持ちの半々で、
「そんなの、お店の迷惑になるだけだわ、きっと・・・」
と、答えるのが精一杯だった。
隆一「雇い人の1人ぐらいなんとでもなるし、店を手伝ってる妹に教わりながら覚えれば、すぐに慣れるさ」
有紀「お店に相談もしないで、そんなこと勝手に決めて大丈夫なの?」
隆一「いま人手が足りないとか言ってたから、だいじょうぶ心配しなくていいよ」
・・・・ 夕方、宴会場には全員が浴衣姿で顔を揃えていた。
カラオケも出来るような舞台を背にして正面左から、この旅行の幹事役の高原隆一、今回のスポンサー”アブさん”こと杉山二郎、その右には川島有紀の3人が座っている。
中央をあける形で、左右に10人、5組のカップルが隣りあって座っている。これで23人の全員が揃ったわけだ。
昼間、カップルで、あるいはカップルがグループになって出かけた連中は、自分たちが出かけた観光スポットについて情報交換しているのか、ワイワイガヤガヤと騒がしい。
隆一のバイク仲間は、関東大の学生とは限らない。他校の大学生もいれば、すでに社会人という者もいる。
カップルも十人十色で、なかには女性のほうが年上とおもわれるペアもいる。
幹事役の隆一が、立ち上がった。
・・・宴会の寸前に杉山から、実質上のスポンサーである彼の父親に、女性分の費用は聴いておらず断られたという話を聞かされた。隆一は、自分の店にも電話して頼んでみたが、急な話で快諾は得られなかった。
困り果てたすえ、杉山と話し合って≪日程を短縮するしかない≫という結論になった。
幹事役の隆一が立ち上がったのに気付いて、騒いでいた連中もようやく静かになった。
そして、隆一の方に注目した。
隆一「えー、皆さん、今日から4日間の予定のツーリングに参加いただきまして、どうもありがとうございます」
パラパラと拍手がわいた。杉山は、みんなに合わす顔がないのか、下を向いたままだ。有紀も、まだ知らない。
隆一は、「う、うん」と咳払いをして、
「えー、皆さん」
と、もう一度言った。
「それはもう訊いたわ」
近くに座っていた女性のひとりが、からかい半分に言った。
この合いの手に、一部からクスクスと笑い声がした。
・・・・ 隆一は、(スポンサーは杉山だ。参加者は小遣い銭ぐらい持ってるだろうが、所詮およばれで来ているんだ)
と、腹は座っていた。
隆一は、落ち着いた口調で言った。
「始めに皆さんに、日程の変更についてお知らせしなければなりません」
「えっ」
と、姿勢を直す者もいた。
隆一「4泊5日の予定でありましたが、箱根には3日間つまり、2泊3日とさせていただきます」
「えー?」
「どーして?」
と、不満の声があちこちから起こった。
隆一は、この際正直に言うべきだと、事の次第をすべて話した。
「なんだぁ」
「そーなの」
・・・ちょっとガッカリという声もあったが、自分たちが費用を一円も出していないので仕方ないか、という空気になった。
隆一は続けた。
「この旅行のスポンサー、関東大OBのアブさんこと杉山二郎氏に盛大な拍手をー」
みんなは拍手で感謝の意を表わした。
隆一は腰を下ろすと、隣に座っている杉山に「何か挨拶しないのかい」と小声でうながした。 杉山は、申し訳なさそうに、自分の頭を2、3回撫で回しながら立ち上がり、
「皆さん、とんだ事ですいませーん。今宵は豪華な料理をゆっくり堪能して下さーい」
と、全員に聞こえるように言うと、詫びる気持ちでペコリとおじぎをして席に座った。
ふたたび隆一が立ち上がって、
「じゃあ、皆さん乾杯をしましょう・・・みんな注ぎ終わりましたかー?」
と見回した。
「おー」
「はーい」
「いーよ」
隆一「じゃあ、皆さんの健康と活躍を祈って、かんぱーい」
「カンパーイ」
「乾杯ーい」
「かんぱ〜い」
・・・
「ゴクゴク」
「グビグビ」
「やっぱり、冷えたビールは旨いね〜」
なかには、昼間歩き回ったので、お腹がペコペコだという顔をしている者もいる。
「あー、腹減ったー」
「よーし、食うぞー」
こうして、1日目の宴会は始まった。

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